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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
二章 駄メイドと送る同棲生活

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あたしを暴力系ヒロイン扱いするな

「寝るか? 一緒に」

 それは、(さかき)さんにしてはかなり珍しい真面目なトーンであった。


 黙考の末、彼女の問いに僕が頷く。


「はい」

「え」


 その瞬間、二人の間に夜よりも静かな沈黙が訪れた。


 僕を見つめながら、冷や汗を頬に流す榊さん。

 榊さんの頬は、なぜかみるみる内に熱を帯び始めた。


「マジ、か」


 彼女はベッドのシーツを強く握り込んでいる。よく見ると、彼女の肩は小さく震えていた。


 嬉しいというよりは、恥ずかしがっているのだろうか。


 自分から誘ったくせに。

 僕が素直に頷くと思っていなかったのかもしれない。


「かわいい」

「か、かわいくねぇって」


「榊さんって、攻勢に出られると急に弱くなりますよね」

「ハァっ!? エロ漫画みたいな台詞言うなッ」

「ッ、ごほっ」

 体に小さな衝撃が走る。榊さんに胸をどつかれたのだ。

 というか、エロ漫画て。


「……ぼ、暴力系ヒロインは流行りませんよ……」

「あたしを暴力系ヒロイン扱いすんな」

 榊さんが腕を組み、むっとした表情となった。


「お、お前。やけにあっさりだったな。そんなにあたしと一緒に寝たかったのかよ」

 榊さんが徐々にいつもの調子を取り戻し始める。僕をいじるときの顔だ。しかし、表情がぎこちなく、どこか無理をしているようにも見える。


「はい。一緒に寝たかったです」

 榊さんは、僕を見据えたまま硬直した。


「なんで今日はそんなに素直なんだよ」

「もう、随分と仲良くなったかなと思ったので。僕だけかもしれませんが」

 その言葉に、榊さんはしばらく黙った後。


「……あたしもだよ」

 小さな声でそう言ったのだ。


 ベッドの上で、座ったままに見つめ合う。


 静謐な夜。二人しかいない六畳間。

 カーテンの隙間からテールランプの帯がのぞき、車の排気音が微かに耳をくすぐった。


 榊さんは、恥ずかしさを紛らわせるように耳に髪をかけた。


「じゃ、まあ……。今日は一緒に寝るか」

「はい」

 そうして僕らは、どこかぎこちない動きでもそもそとベッドに横になったのであった。


   〇


 二人して、同じ天井を見つめる。

 シングルベッドは、僕たちにはやや狭く感じてしまう。


 榊さんと一緒に寝るのは、彼女と出会った初日以来か。……榊さんが僕のベッドにもぐりこんできたイベントをカウントしなければ、だ。


「明日、大家んとこに同棲していいか一緒に訊きにいくか。たぶん、明日帰ってくるだろうし」

「そうですね」


「あたしは明日休みだけど、公太郎(こうたろう)は大学って言ってたよな」

「はい。朝だけなので、昼には帰ってきます」

「じゃ、いくのはそのあとだな」


 そこで、榊さんは指を一本ずつ畳んでなにかを数え始めた。

「大家んとこいく。あたしの部屋に公太郎を招待する。同棲の本格的な準備する。公太郎にメシを奢る。で、公太郎の実家にもいかなきゃだろ? ふは。イベントがいっぱいだな」

 そう語る榊さんの瞳は喜色(きしょく)に飾られていた。


「イベントで思い出しました。僕の友達に榊さんの話をしたんですけど、彼女、榊さんに会ってみたいって言ってまして」

「おー。あの眼鏡のかわいい子か」

「はい。お笑い好きなので、榊さんと話も合うと思いますよ」

「ふーん? いいぜ。うちにきてもらってもいいし、どっかに遊びにいってもいいな」

 僕の視界の端に映る榊さんの表情が、和らいだように見えた。


「じゃあ、その次はあたしの友達も公太郎に紹介してやるよ」

「榊さんの友達って、まりにゃんさんとかルイにゃんさんですか?」

「あいつらは同僚。ま、友達でもあるけどな」

「なるほど。メイド喫茶とは関係のない友達ですね」

 榊さんの友達か。その方たちも、榊さんみたいに変な人なのだろうか。


 正直ちょっと会うのは緊張する。

 でも。

「ぜひ、お会いしたいです」

 彼女のご友人がどんな人たちなのかは、普通に気になった。


「ん。じゃあ、それとなく空いてる日訊いとくわ」


 それから僕らは、どうでもいいような会話を交わし合った。

 すると、次第に意識がまどろみに誘われていく。榊さんの声って、異様に落ち着くんだよな。


 好きな人と一緒にいられる心地よさと安心感が、僕を眠りに誘う。


「……?」

 ……それは、意識を失いかけた瞬間のことであった。


 なぜだかはわからないが、急な不安感に襲われたのだ。

 眠れない日に、見えない未来や死等の暗いことを考えてしまう、あの感覚。


 そして、今回僕の頭に降って湧いたのは──。


「──僕たち、いつまで一緒にいられるでしょうか」


 ぽろりと。思いが口から飛び出してしまっていた。


 当たり前だが、僕らはいつまでも仲良し、というわけにもいかないかもしれない。

 現在幸せの渦中にいる僕は、そんな確定もしていない未来のことが急に恐ろしくなってしまったのだ。


 一瞬の沈黙の後榊さんは、「んー?」と覇気の抜けた声を出した。


 寝転がったまま彼女は、右腕を曲げ、手で自分の頭を支え、僕の顔を少し上から覗き込むようにした。


「あたしと、ずっと一緒にいたいってことか?」

「それは」

 言葉に詰まる。


 でも、僕のこの気持ちは本物だ。

 榊さんのことを好きな気持ち。

 できることなら、彼女とずっと一緒にいたいという気持ち。

 その気持ちが、重いが、言葉となる。


「はい」

 吐息とともに、声を発した。


「そーか」

 そんな僕を、榊さんは茶化してこなかった。


「正直、ずっと一緒にいてやるよ。……なんて男前なこと、あたしは言えねぇ。あたしはきまぐれだからな。いつ、思ってることや考えが変わるかはわかんねぇから」

「……はい」


 僕は、その言葉が嬉しかった。

 飾らず、僕に気を遣わない、榊さんなりの優しさが込められていたからだ。


 顔から不安感の抜けた僕を見て、榊さんは穏やかに口元を緩める。

「でも、それまでは一緒にいてやるよ。あたしと公太郎が、一緒にいたいと思っている間はな。お互いの思いが変わらないのなら、それこそ、一生でもな」

 言い終わってから、榊さんは少しだけ頭をかしげた。


「あれ? あたし、めちゃくちゃ当たり前のことしか言ってないな?」

 と、気恥ずかし気に頬を掻く榊さん。


「いえ、嬉しかったですよ」


 榊さんの言葉が、僕の体から余計な力を抜いてくれた。


 なんだか今日は、ぐっすり眠れそうだ。


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