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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
二章 駄メイドと送る同棲生活

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あたしはヨレヨレのメイド服着てるくらいでちょうどいンだよ

 パスタだけでは寂しいので、レタスをちぎり、シーザードレッシングをかけただけの簡単なサラダを作った。


 (さかき)さんと二人で、ローテーブルに二人分のパスタとサラダを運ぶ。今回のパスタソースは王道のミートソースだ。

 僕らは二人ともパスタを箸でいくタイプだったため、今回はフォークを用意していない。


「いただきます」

「いただきます」


 ソースを絡めたパスタを口に運ぶ。

 トマトの酸味と肉のほのかな甘みが口に広がる。

 値段相応の味だが、これがいいんだよな。


 榊さんは、ラーメンみたいに豪快な音を立ててパスタを頬張っている。そして、缶ビールでそれを流し込む。


「なー、公太郎(こうたろう)

 不意に、榊さんが声をかけてきた。


「もうすぐあたし給料日だからさ。金入ったらどっか外に食いにいかね? あたし、驕るからさ」

「えっ……。パチスロに使わなくていいんですか?」

「お前はあたしにどんなイメージ持ってんだよ」


 突っ込んだ後、榊さんは重々しい表情でこう言う。


「それはそれでいくに決まってんだろ」

「いくのかよ」

「冗談に決まってんだろ」

「絶対冗談じゃないだろ」

 そこで榊さんは、ふっと表情筋を緩めた。


「公太郎には世話になってっからさ。遠慮しなくていいぞ」

 そう語る際の榊さんは、とても穏やかな顔をしていた。


 僕の胸に、ろうそくの火が灯ったような温かさが宿った。

 金欠の榊さんが、僕のためにお金を使おうとしてくれたのが嬉しかったのだ。


「ありがとうございます。じゃあ、ごちそうになります」

「ん」


   〇


 皿洗いは榊さんがしてくれるということで、僕は洗濯をすることにした。


 風呂場近くに置いてある洗濯かごを持って、ベランダへと向かう。僕の住むアパートは、ベランダに洗濯機が置いてあるからだ。


 かごの中には榊さんの服も入っているからあまり見ないようにしたのだが、メイド服がまるごとぶちこまれていたのでさすがに気になってしまった。


 僕はベランダから、キッチンで皿洗いをしてくれている榊さんに声をかける。

「メイド服って、クリーニングとかせず洗濯機でそのまま洗ってもいいんですかー?」

「ああ。あたしはヨレヨレのメイド服着てるくらいでちょうどいンだよ」

 ちょうどいいってなんだよ。


「まあ、榊さんがそう言うなら」

 確かに、彼女のキャラ的にもパリパリのメイド服を着ているよりはいいのかもしれない。……たぶん、服の手入れをしたくないだけなんだろうな。


 かごの中のものを全てぶち込み、洗濯機を回す。


 洗濯機の駆動音を聞きながら、僕はなんとなくベランダに立っていた。

 どこかからやってくる、夜風が気持ち良かったからだ。


 そのまま一人、夜景を(のぞ)む。

 前方数十メートル先には別のアパートが聳え立っているため、あまり見晴らしはよくない。だが、散在する(いとな)みの光が夜に(にじ)み、美しい。


「黄昏てんのか?」

 夜の空気の間を縫って、不意に、好きな人の声がした。

 いつの間にか、煙草の箱を持った榊さんがベランダにやってきたのだ。


「お皿、ありがとうございました」

「ん。そっちこそ洗濯サンキュな」

 ガウンガウンと、僕の隣では音を立てて洗濯機が稼働している。


「ここ、あんま夜景見えねぇよな」

「まあ、二階ですしね」

「たまにはベランダで吸うか。いいか?」

「どうぞ」

 僕が言い終える前には、榊さんはライターで煙草に火を付けていた。


 彼女は煙草の火を夜に溶かしながら、手すり壁に頬杖をついた。


 僕は、夜景から目をはなし、榊さんの綺麗な横顔をじっと見つめる。

 美しい彼女の忘れ鼻が、形のない夜に輪郭を与えていた。


 彼女はたぶん、顔を眺められることがあまり好きではないはず。

 でも、僕は吸い込まれるように榊さんの顔を眺めてしまうのだ。


 煙を出しながら、榊さんが黒目だけをこちらに向けた。


「お前、あたしの顔ホント好きだよな」

「好きですね」

「素直なやつ。……ま、公太郎にならいくら見られても嫌な気はしねぇな」


 榊さんは、懐から取り出したブラウンの携帯灰皿に灰を落とした。

 そのしなやかな動作を、僕は自然と目で追いかける。


 彼女の口と煙草から立ち上る二つの煙が、僕を惑わす。


「なんだ? また煙かけてほしいのか?」

「……」


 僕は、凄く真面目な顔で頷いてしまった。


 情けないよ、自分が。


「んな簡単にはかけてやんねぇよ」

「な、なんでです?」

「公太郎が喜んでキメェから」

「そ、そんな……」

 これは、完全なるお預け状態ではないか。


 しょんぼりとする僕を見て、榊さんは意地の悪い笑みを頬に乗せる。

 そんな彼女の姿に、僕はどうしようもなく(たかぶ)ってしまうのだ。


「お前、お預けくらって興奮してんのか?」

「みたいです」

 ドン引きする榊さん。彼女の顔に、演出として書かれた斜線が目に見えるようだ。


「煙かけてもかけなくても興奮するとか、無敵かよ。ド変態じゃねぇか」

「そんな僕を見て喜んでる榊さんも同類です。口元緩んでますよ?」

「は?」

 榊さんは慌てて自分の口を手で覆った。彼女は指で頬をなぞり、自分の輪郭が歪んでいることを認知したようであった。


「うわ……」

 吐かれたその言葉は、たぶん僕に対してではなく、彼女自身に対してなのだろう。


 それから彼女は、残りの煙草を無理やり携帯灰皿に押し潰した。


「あたしをこんなんにしたの、お前のせいだからな」

 赤ら顔でそう言い残し、彼女は部屋に戻ってしまった。


 榊さんの背を見つめながら、僕も一人、ベランダで声を溢す。

「それはこっちの台詞なんですが……」


 妙な気恥ずかしさを胸に抱えながら、リビングへと戻った。

 まあ、相性がいいのだと前向きに捉えることにしよう。


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