あたし、ずっとクソ滑ってなかったか?
結局、僕らは家に着くまでずっと手を繋いでいた。
二人とも、手をはなすタイミングがわからなかったのだ。
僕が家の鍵を開けているときも、榊さんはずっと僕の手を握っていた。
その彼女の体温の温かさに、僕の心は柔らかくほぐされた。
〇
夕飯は、二人で協力して作ることにした。
といっても、二人ともあまり料理は得意ではないし、冷蔵庫の中には残り物しかなかったため、必然的に簡単なものになる。
料理をしない人間が作る簡単なものは、パスタかチャーハンか野菜炒めの三択だ。
でも確か、榊さんは米をあんまり食べないんだよな。
「なに食べたいですか?」
「なんでも」
そう言いながら、榊さんは台所のありとあらゆる引き出しをバコバコ開けていた。この人、人ん家への順応早いよな。
「パスタソースあるし、パスタにするか? 楽だし」
「そうですね」
「パスタソースって、二人前のやつばっかでさ。一人だとちょっと多くて使い辛いんだよなー」
「わかります」
初めての共同料理は、茹でるだけのパスタになってしまった。
鍋でお湯を沸かし、そこに塩を入れる。
その様子を見て、榊さんが腕を組んだ。
「塩って意味あんのか?」
「なんか、茹でるときに吸収して、ちょっと味付くらしいですよ。YouTubeで見た事あります」
「へー」
湯が沸く様子を、僕らはじっと黙って見ている。こうしていると、小学生の頃の理科の実験を思い出す。確か、沸騰石とか入れてたよな。
榊さんは、冷蔵庫からビールを取り出し、無言で飲んでいた。
「キッチンドランカーって言葉があんだけど」
「はい」
酒を飲みながら料理を作る人のことだっけ?
「あの名前、必殺技みたいでかっこよくて好きなんだよな」
「ちょっと、わかります」
「……」
「……」
沈黙を破るのは、鍋の中で水が沸く音だけ。
榊さんといるときの静寂は、僕は嫌いじゃない。嫌な感じがしないからだ。
「なあ、公太郎」
「はい」
少し泡が出始めた鍋を眺めていると、榊さんが迫真の顔でこんなことを言ってきた。
「──帰ってからのあたし、ずっとクソ滑ってなかったか?」
「なんなんだよ急に」
なぜだかはわからないが、榊さんは冷や汗を顔に浮かべていた。
「なんか、うっっすいあるあるみたいなことしか言ってねぇし、中身のない映画の台詞かよ」
「なんてこと言ってんだよ」
肩を落とす榊さん。
あれ? なんか、普通に落ち込んでるみたいだ。
ホントに笑いに貪欲だな、この人。
僕は、自然と微笑んでいた。
「別に僕は、中身のない会話も好きですよ。榊さんとなら、面白い会話もどうでもいい会話も。全部楽しいですから」
僕のその声で、榊さんはハッとしたように顔を上げた。
「……スマン。そうだよな。今のはちょっとめちゃくちゃ言い過ぎたわ」
「いや、別にそれは大丈夫ですよ。僕は、めちゃくちゃなあなたが好きなので。榊さんは、めちゃくちゃなままでいてくださいね」
「お前、やっぱちょっと歪んでるよな」
「あ。ちなみに、今の好きは別にそんな、あれのあれじゃないんであれですよ」
「どれのどれのどれだよ」
鍋の中が沸騰し始めたので、僕はノータイムでパスタとパスタソースを同じ鍋に入れた。
すると、榊さんはなぜか後方腕組み彼氏面で頷いていた。
「お前はそうだと思ったよ」
「は、はい……?」
榊さんの拳が僕の顔に近づいてくる。びっくりした。
殴られるのかと思ったが、どうやらグータッチを求められているだけだと気付く。いや、なんで?
よくわからないままグータッチに応じたが、遅れて榊さんの言葉の意味がわかった。
そういえば、パスタとパスタソースを同じ鍋で茹でることを嫌がる人が割といるのだという。
榊さんはまあそんなことは気にしないだろうなと思い、特に確認することもなく同じ鍋を使ってしまった。
僕と価値観が似ていることが嬉しかったのだろうか。榊さんは上機嫌でビールを飲みながら、茹でられるパスタを眺めていた。
「あたしら、結構いい夫婦になりそうだよな」
「ぶっ!?」
急にのろけみたいなことを言われ、僕は咳き込んでしまう。
「ふは。冗談だよ。うろたえすぎだ、バーカ」
「あ、そう、ですか……」
僕は、息を整えたあとに榊さんの顔をちらりと窺い見る。
……。
自分で言ってみたは良いが恥ずかしくなったのか、彼女は耳と顔を真っ赤にして少し震えていた。
は? なんだこのかわいい生物は。
「榊さん。かわいすぎるのであなたを国内希少野生動植物に勝手に指定し、僕が保護します」
「この上なくキモいなお前はッ!?」
榊さんの絶叫が狭いキッチンに木霊した。




