この繋がりが消えてしまいませんように
まりにゃんさんとルイにゃんさんに別れを告げ、僕らは帰路に付いた。
時刻は十六時。夕暮れには、まだ少しだけ早い。
錦糸町駅で降り、アパートに向かって歩を進める。
僕らの関係は、少しは進展したのだろうか。
した気もするし、今までとなにも変わらないような気もする。
二人とも変にお互いを意識するというようなことはなく、今まで通りのくだらない雑談をかわし合っていた。
榊さんの隣を歩く僕の頭には、彼女が屋上で言っていた言葉が思い出されていた。
彼女は、面白い人がタイプなのだ。
ありがたいことに、榊さんは僕のことを面白いと思ってくれているようだ。でも、僕は正直自分のことを面白いと思えない。どこにでもいる普通の人間だ。
だから、僕は怖いんだ。
いつか、榊さんに見捨てられてしまうんじゃないかって。
例えば、僕が今よりも面白くなくなったらどうする?
僕よりももっと面白くて、僕よりももっと彼女の好みの人間に榊さんが出会ったらどうなる?
この関係は、薄氷の上に成り立っているような気がしてならない。
そのとき、とある決意が確かに僕の魂に灯った。
「榊さん」
足を止める。
そんな僕に気が付き、榊さんも歩くのをやめて体ごと僕を振り向いた。
「すみません。今から僕は、変なことを言います」
「その前置きがもう変だけど、なんだ?」
どこかから踏切の音が鳴り。
子どもたちの笑い声が聞こえてくる。
「僕は」
喧騒の多い東京で、僕の声が消えてしまわないように。
榊さんに、言葉を届けよう。
「もっと面白くなります。あなただけのために。あなたに失望されないように」
「……ふは」
僕の好きな人は、いつもの気の抜けた笑い方で息を吐く。
そして、少し茜が滲み始めた空の端の色を、瞳に浸してこう言った。
「んな気負わなくてもいンだよ。気楽に生きようぜ、あたしみたいに」
「榊さんはちょっと気を抜きすぎです」
「言うじゃんか」
すぐに榊さんの横までいき、歩みを再開する。
すると。
「うり」
と言いながら、榊さんが僕の手を指で押してきた。
彼女の方を見る。
「その。なんつーか」
榊さんは、前髪を自身の指で弄りながら、くすぐったそうにこう言った。
「ひ、暇だし、手でも繋いで帰るか?」
「え」
思わぬ提案に、僕の瞳孔が広がる。
というか、誘い方がかわいすぎる。暇だしってなんだよ。
「僕は嬉しいですけど、いいんですか?」
「ああ。暇だしな」
暇だしはそんな万能なワードじゃないだろ。
路上で立ち止まる。
僕らの指が行き場を失い、宙でダンスする。
そして、僕らはどちらからともなく指を絡めた。
陽光にも負けない彼女の温かな体温が、僕の体温と混ざる。
改めてこういうことをするのは、さすがにちょっと気恥ずかしい。
そんなことを思っていると、榊さんは急にその場にうずくまってしまった。
「榊さん?」
彼女は、顔から火を出しながら掠れた声でこう言った。
「……やば。ガラじゃないから、なんか恥ずかしくなってきた」
榊さんは、明らかに僕よりも恥ずかしがっていた。
なんて愛おしいメイドなのだろうか。
そんな彼女を見ていると、比較的落ち着いていた僕の心臓が元気に暴れ出す。
「と、とりあえず、家に帰るまでは繋いでみましょうか」
「そ、そだな」
そうして、僕らは手を繋いだまま家路を辿った。
夕焼けがこの世界に落ちてくるまでには帰れるかと思っていた。だが、家に着く頃にはすっかり辺りはオレンジに侵食されていた。
それはたぶん、どちらからともなく歩くペースを落としてしまったから。
少しでも、長く手を繋いでいたかったからだ。
大切なこの繋がりが消えてしまいませんように。
きっと、二人ともそう願っていた。
簡易あとがきです。
今回で一章が終わりです。
明日から二章が始まるので、よろしくお願いします。
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