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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
一章 駄メイドと過ごす一週間

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あたしが今よりも、ちっとばかしでもかわいくない顔だったとしたら

「なんで病んだかっつーとだな」

 (さかき)さんが膝の上に肘を置き、頬杖をつく。


「しばらく、面白さだけを求めて生きる日が続いたんだ。で、ある日、ふと思った。もし、あたしがこの見た目じゃなかったらどうなってたのかってな。……あたしが今よりも、ちっとばかしでもかわいくない顔だったとしたらさ。今より面白いと思うか? 面白くなかったと思うか?」

 煙を吐いてから、榊さんが顔をこちらに向ける。


「それは。……。わかりません」

「まあ、だよな」

 天上に向かって、榊さんが言葉を吐き出す。


「でも、当人であるあたしにはなんとなくわかるんだ。あたしが今よりもかわいくなかったら、()()()()()()()()()()()()()()

 断言するような榊さんの物言いに、僕は思わず息を呑み込んでしまう。


「笑いは、ギャップが大切だ。面白い顔をしたやつが面白いことをするのは、まあ、当たり前に面白い。逆に、美人が面白いことをすると、それはそれでギャップにより面白さが生まれる。それは、美人にしか生み出せない笑いだ」

 榊さんは、力任せに煙草を灰皿スタンドに押しつぶした。


「……あたしは、自分の見た目を呪ってた。もっとあたしの内面の面白さだけを見てくれって思ってた。でも、もしかしたら……あたしが生み出す笑いはあたしの見た目ありきなのかもしれないと思ったときに、愕然としたんだ。あたしは……嫌いな自分のこの美貌に面白さを与えられてたんだって。あたしの面白さは、あたしの見た目ありきだったんだって……。それに、気付いちまった」


 榊さんがいつの日か、「あたし、美人だろ?」と訊いてきたことを思い出した。

 そのとき、僕が肯定すると、榊さんは少し悲しそうな目をしていたのが印象に残っている。


「そっから、あたしはスランプみたいな状況になっちまった。自分の面白いと思うものを、信じられなくなっていった。……ボケられなくなっちまったんだ」


 ライターの音。榊さんが三本目の煙草に火を付けた。


 煙草を持つ榊さんの手は、震えていた。

 それは、怒りによるものなのか。悲しみによるものなのか。悔しさによるものなのか。


「そんで……。あたしは芸人をやめた。それでも今もメイド服を着てんのは、まだ芸人に未練があるからだ。あたしは、これを脱げなかった。あたしの心はまだ、死んでなかったんだ。……しぶといよな? あたし、いつまで笑いに囚われてんだか」

 榊さんは、椅子の上で両腕と両足を伸ばす。


『自分の面白いと思うものを信じられなくなった』。『ボケられなくなった』。

 それは、面白さを求めて生きてきた榊さんにとっては死活問題だろう。


「そっからはもう、お前も知っての通りだ。安アパートに住んで、メイド喫茶で働きながら、なんとかギリギリ日々を生きてる。煙草の量も、酒の量も、パチンコ打つ量も、バカほど増えちまったけどな」


 榊さんは、懐から出した煙草の箱を僕に見せてくれた。

「この銘柄な、あたしの好きな芸人さんが吸ってたやつなんだ。それに憧れて吸い始めたんだけど、あたしにはあんま合わなくて……。酒をしこたま飲んだ日に吸うと、未だに気持ち悪くなる。ま、それがまたいンだけど。愚かな自分への罰みたいで、な」

 灰を落とし、榊さんが口元だけで笑ってみせる。


「……んで、なにもかも嫌になって飲んだくれてた日。──お前と出会った」

 そう言った榊さんの口元は、張り詰めていた緊張感が抜けていた。


 僕の部屋の前でぶっ倒れていた榊さんの最悪な姿は、今でも鮮明に思い出すことができる。

 榊さんもそのときのことを思い出しているのか、彼女の頬は(ほころ)んでいた。


「あたしさ、びっくりしたんだよ。あたしが酒ほしいって言ったらさ、お前、一瞬で突っ込んでくれただろ? 「なんでだよ」っつって。普通、見ず知らずの相手にあのスピードでしかもタメ口で突っ込めねぇって」

「そんなにまっすぐ褒められると恥ずかしいです」

 くすぐったさから、僕は榊さんの顔を見られなくなる。


「あんとき、あたしはボケたつもりはなかった。でも、お前の突っ込みがあったから、あたしの発言はボケになったんだ。あたしは、お前の前でならボケることができた。いや、お前にボケさせられたといっても過言ではねぇな。……そんときな、こう思ったんだ。公太郎(こうたろう)なら、あたしを復活させられるかもしれねぇって」

 その言葉の最後の方は、かなりトーンダウンしていた。


「もうわかんだろ? 公太郎。あたしが、お前の家に転がり込んだ理由」

「……」


 榊さんの目はいつもよりも鋭利になっている。それは、僕を睨んでいるというよりかは、自分自身を睨んでいるかのような、不思議な目つきであった。


「あたしはさ」


 (おり)を出すみたいに煙を吐き切ってから。

 榊さんは、空に向かって声を投げる。


「──自分のリハビリのためにお前を利用したんだよ、公太郎」


 心臓が、嫌な鼓動を奏でた。


 榊さんの声が、言葉が、表情が。

 僕を突き刺して、はなさない。


「これが、お前に隠してた、あたしの罪だ」


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