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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
一章 駄メイドと過ごす一週間

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おもしれー女

「あたしさ。昔、芸人やってたんだよ」

 別に隠してたわけじゃあねぇんだけど、と。(さかき)さんは付け加えた。


 昔、ということは、今はもうやめてしまったのか。


 僕の表情を探るかのような、榊さんの視線が飛んでくる。

「意外か? それか、予想は付いてたか?」

「意外と言えば意外ですが……。榊さんのことはおもしれ……面白い女性だと思っていたので、確かに腑に落ちる感覚はあります」


「お前今、あたしのことおもしれー女って言おうとしただろ」

 じろりと目で射られ、僕の体は(すく)んでしまう。

「……はい」


「ふぅん? 別に、嬉しいから言ってくれてもいいんだぜ」

 嬉しいのかよ。


 なぜか期待の目線を向けてくる榊さん。

 これ、今言えってことか?


 僕は、生唾を飲み込んでから恐る恐るこう言った。

「お、おもしれー女……?」

「……。ま、悪くねぇな」

 言下、煙草をくわえる榊さん。その口元は緩んでいる。凄く嬉しそうだ。


 そう、彼女は面白いと言われれば喜ぶ人種の人間。そして、自分が面白いと思うことを自分なりに追及している人だ。それは、知っている。


 だから、芸人として活動していたのだろう。

 そんな彼女が、どうして芸人をやめることになってしまったのだろう。


「あたし、大学いってねぇんだよ。そんな賢くねぇし。中学の頃くらいから、ぼんやりと芸人になりたいと思ってたからな。高校出たら、即NNCSに入った。就職もせず、バイトしながらな」

 NNCSとは、お笑い芸人養成学校のことだ。


 榊さんの横目が飛んでくる。僕がなにを思っているのか探るような目つきだ。


 僕は、素直に凄いなと思う。

 小さな頃から目標があって、それに向かってまっすぐ突っ走って。それで、本当に夢を叶えているんだから。

 本当に、凄いことだ。僕には夢なんてないから、余計にそう感じるのであろうか。


「かっこいい、ですね」

 それは、思わず零れた僕の本音だった。

 そんな簡単なことしか言えない自分が、少し嫌になるけれど。

 榊さんは、「そうかな」と。少しだけ照れくさそうに口元だけではにかんだ。


「あたしは、そこそこの成績でNNCSを卒業した。卒業後は、何度かコンビを組んでみたけど全部上手くいかなかった。そんで、自然とピンで活動するようになっていった。あたしには、こっちの方が気楽でよかったな」


 不意に風が吹き、榊さんの綺麗な黒髪を弄んだ。

 榊さんは、乱れた前髪を直そうともせずに語り続ける。


「そっからは事務所に所属して、地力作りの小さなライブに出たり、番組のオーディションも受けたりした。でも、どこいっても大体言われることは同じだ。キャラが弱いってな」

「榊さんで……キャラが弱いんですか?」

 この、やさぐれヤニカス酒クズギャン中ダウナー面白メイドが?


「まー、芸人なんて面白くて当たり前、キャラが強くて当たり前ってな世界だからな」

 どこか達観したように言う榊さん。


 そして彼女は、煙草を持っていない左手で自分のメイド服を摘まんでみせる。

「それにあたし、そんときはまだメイド服なんて着てなかったんだよ」

「え……」

 それは、かなり衝撃的な発言であった。僕にとって、メイド服といえば榊さん。榊さんといえばメイド服なのだから。産道を通るときにもメイド服を着ていたと言われても別に驚かない。いや、それは言いすぎた。


「じゃー、キャラ付けするかってなもんで、メイド服を着始めたんだ。芸人の仕事のときだけ着てたんじゃ面白みがねぇから、普段から着ることにした。そんだけ」

 榊さんのメイド服にそんな理由があったとは。


「んで、それがよかったのかはしらねぇが、ちょいちょい小さい仕事をもらえるようになったんだ。……なんだか、自分の信じる面白さを認められたみたいで、嬉しかったな」


 遠い目をして語る榊さんの顔は、どこか誇らしげに見えた。

 そんな彼女の横顔に見惚れていると。

「おい。また見惚れてんぞ」

 茶化す風ではなく、大真面目な顔でそう言われてしまった。


「あ、すみません」

「んや、いいんだけどさ。……あたしの顔が綺麗なのは、あたしが一番知ってっから」

 それはきっと、自慢などではない。榊さんのその声は諦観(ていかん)(まみ)れていたから。

 少しだけ睫毛を伏せて、榊さんは重い感情を吐き出していく。


「ちょっと仕事もらえるようになるとな。芸人とか知り合いとか、色んなやつからよくこんなこと言われるようになったんだよ」

 榊さんのまとう空気が少しひりつく。


「『かわいいのに面白いね』、『綺麗なのになんで芸人に?』とか。そんな枕詞(まくらことば)いるか?」

「……」


 お偉いさんや、ベテランの芸人さんに弄られる榊さんの姿がありありと想像できた。

 その弄りは決して榊さんを追い詰めるためのものではなくて、ただの興味本位だったり、彼女を美味しく弄ってあげようとしていただけなのだろう。


「ま、これは面白い返しができなかったあたしが悪かったんだがな。完全にあたしの実力不足。……ただ、この世界でもやっぱ、綺麗なあたしの顔については言及されるのかと思って、悲しかったな。顔関係なく、面白さだけを見てほしいんだが。……まあ、これはもう呪いだな」

 悔しそうに、榊さんは唇を噛んだ。


「あとは、なんかグラビアとかの仕事もよくきたな。アイドルへの勧誘とかも。全部断ったけど。あたしは見た目で勝負したいんじゃなくて、面白さで勝負したかったから」

 煙草を持つ榊さんの手に強い力が加わる。煙草は途中でひしゃげ、灰が風に踊る。


「でも、あたしはしょげなかった。男の芸人さんにもイケメンはいるし、女の芸人さんにもかわいい子なんて幾らでもいるだろ。あの人たちは、顔で売れてんじゃねぇ。面白さで売れてんだ。だからあたしは、顔に触れられねぇくらいに面白くなることを、決意した」

「……それで、どうなったんですか」


「病んだ」


 吐き捨てられた、あまりにも重いその言葉が僕の心をひっかいた。



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