メイドといえば、屋上だろ?
「もうちょっとで退勤だから、店の外で待っててくれるか?」
榊さんにそう言われ、僕は会計後、メイド喫茶の外で待つことにした。
店の外というのがビルの外なのかメイド喫茶の外なのかわからなかったのだが、一応メイド喫茶の入り口の前で待つことにした。
数分後。
「おまっとさん」
メイド喫茶の入り口から、メイド姿の榊さんが堂々と現れた。猫耳を付けていない、いつもの榊さんだ。
「ついてき」
榊さんが、こちらに手招きをする。
「どこいくんです?」
ビルの階段を上り始める榊さんの背を、慌てて追いかけた。
榊さんは、首だけで僕を振り返り、懐から出した煙草を宝物みたいに僕に見せる。その手には、煙草の箱以外にも鍵のようなものも握られていた。
「屋上。メイドといえば屋上だろ?」
そうなのか?
二人で無言で階段を上る。
暗く、閉塞したその空間はなんだか少し居心地が悪かった。
屋上へと続く扉の前で、榊さんが足を止める。彼女が鍵で解錠し、錆び付いた扉を押す。
蝶番の軋む音。
暗い世界を割る光と、鋭い風が差し込む。
「ん、いくぞ」
榊さんは、僕の手を取って外の世界へと誘い込んだ。
そこは、普通の屋上であった。
目の前には別のビルがあるため、別に景色がいいというわけでもない、よくある屋上。
ただ、少し特徴的な点をあげるとすれば。
壁際に、ボロボロの椅子が二つと、「吸い殻入れ」と書かれた灰皿スタンドが置いてあることだろうか。
「座り」
先に椅子に座った榊さんが僕を促す。言われるがまま、僕は榊さんの左の席に座った。
「煙草吸うぞ」
「どうぞ」
僕が言い終わる前に、榊さんはライターを取り出して火を付ける準備をしていた。
赤い熱が、榊さんの口にくわえられた煙草に、光を分け与える。
「いいだろ、ここ。仕事終わりにいつもここで吸ってんだ」
「いいですね」
雲に向かって、榊さんは怠そうに煙を吐く。ここから見れば、榊さんと雲が煙で繋がっているように見えた。
僕はふと、似ているなと思う。
「榊さんって、煙みたいです。掴みどころのないところとか、知らない間に消えてしまいそうな儚いところとか」
僕の言葉に、榊さんは数回の瞬きを返す。
そして。
「ど、どした? 急にポエムりやがって……。コワ……」
「……」
普通に引かれてしまった。
恥ずかしくなった僕は、咳払いをして話を無理やり変える。
「他のメイドさんも吸う方いるんですか?」
「あたしの店はルイにゃんくらいか。あ、これ言ってよかったんだっけ? ま、いっか」
青髪メイドのルイにゃんさんが榊さんとともに喫煙しているシーンが、簡単に頭に浮かんだ。
「キャストじゃなくて、店長とか料理担当の人とかなら吸う人もっといるけどな」
そこで言葉を止め、榊さんはいいことを思いついたと言わんばかりに頬に喜びの色を呼んだ。
「……写真、撮るか? 公太郎。メイドの屋上喫煙シーンはバズるぞ。前例があるからな」
榊さんはたぶん、有名な屋上でのメイドの喫煙写真のことを言っているのだろう。
「別にバズらなくてもいいですが、まあ、記念に」
「ん」
右手で煙草を持ちながら、左手でやる気のないピースをする榊さん。その表情は、完全なる無であった。
やっぱ、画になるよなぁ。この人。
二枚ほど、撮らせてもらった。
「待ち受けにしていいですか?」
「うわ……。ま、いいけど」
うわ……って。
「嫌ならやめときます」
「嫌じゃねぇよん」
無事榊さんの許可が出たので、僕は今撮った写真を爆速でスマホの待ち受けにしたのだった。なんだか、御利益がありそうだ。
榊さんが煙草を吸う。熱が彼女の口に上り、灰が風に舞う。煙を吐き出しながら、榊さんは吸い殻入れに灰を落とす。その姿は、とても様になっていた。
一本目を吸い終わった榊さんが、腕を組んで椅子に深く座り直した。
「さて、どっから話したもんかな」
トントンと。榊さんが腕に立てた指で刻むリズムだけが屋上を満たす。
「しゃあねぇな、まずはあたしのこと話すか。自分のこと話すの、結構苦手なんだけどな」
あ、僕と一緒だ。
「確かに、榊さんってあんまり自己顕示欲とかなさそうですよね」
「そうかもな。ネタツイも、ウケてちやほやされたいからじゃなくて、自分がオモロいと思ってることを好き勝手やってるだけだし」
まあ、本当に拡散されたいのならネタツイ用のアカウントとか作るはずだしな。それはそれで持ってるのかもしれないけれど。
メイドのアカウントでネタツイをするという、その行為自体が、榊さんの中でのオモシロなのだろう。
「まずは、スマンかった。急に距離取るようなことして」
と、榊さんが急に頭を下げた。
「別にいいですよ。頭を上げてください」
僕の言葉に、榊さんは素直に頭を上げる。
「あの、これだけは訊いておきたいんですけど。榊さんが僕と距離を取ったのって、僕が女の子と歩いていたことが関係したりします?」
一瞬、榊さんの片眉が動いた気がした。
「んまあ、間接的には、あるな」
やっぱり、関係あるのか。
「すみません。うぬぼれだったらあれなんですけど、それはその……嫉妬、的なあれだったりしますか?」
「んー……。ま、それもちょっとある」
あ、あるの!?
僕は、自分の耳を疑った。
「でも、それが直接的な原因ではないんだよ。ま、それは今から話すとして……」
嫉妬についてもっと深堀りしたかったが、榊さんが触れるなという顔をしていたのでやめておいた。
じっと見つめていたら、ふいっと顔を逸らされた。
「んだよ。見んな」
彼女の耳は、少し赤くなっている。かわいい。
僕の顔を見ないままに、榊さんが続きを語り始める。
「あたしは、こう……結構めんどいところがあったり、言葉とかが強かったりするからさ。今回みたいに急に変なこと言ったりしても、あんま気にしないでくれ。嫌んなったら、嫌いになってくれていいし」
「嫌いになんて……」
なれるわけがない。
そう言おうとしたが、未来のことはどうなるかわからない。
それに僕は、榊さんが僕に隠していることがなにか非常に気になっていた。
以前、寝ぼけた榊さんが僕に謝っていたことがあった。
つまり彼女の隠し事は、なにか僕に関することなのではないか。
それは、僕に対して後ろ暗い事情があるなにかなのか……?
「あたしさ」
僕の思考を断ち切るかのように、榊さんの声が挟まれた。
榊さんは、二本目の煙草に火を付けた。
彼女は、雲を眺めながら言葉を漏らす。
それは、榊さんが僕に隠していたであろう、彼女の過去の断片。
「──昔、芸人やってたんだよ」
彼女の過去が吐き出されていく。
重たい煙とともに。




