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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
一章 駄メイドと過ごす一週間

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あたしはめんどくさい女なんだ

 朝。目を開けると、やはりそこにはメイドの姿はなかった。


 昨日は、ベッドに横になったままいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 慌ててスマホを確認する。(さかき)さんからのLINEは届いていなかった。  

 それどころか、昨日僕が送ったメッセージにも既読が付いていない。


 なんだか、凄く嫌な予感がする。


 僕が榊さんに避けられているだけなら、別にいい。

 でもそうではなく、榊さんになにかあったとしたら。


 あの人は結構危なっかしいところがある。僕との出会いからしてそうだったのだから。

 またどこかで酔いつぶれているとか? スマホを無くしたとか? 知らない場所で遭難してしまったとか?


 ──拉致(らち)、でもされていたら……。


 悪寒が走り、全身から一気に嫌な汗が吹き出した。


 僕は、急いで榊さんに無料通話をかける。

 虚しいコール音が響く。榊さんは電話に出ない。

 もう一度かける。やはり榊さんは電話に出ない。


 そこで、今はまだ朝の八時であることに思い至る。まだ、眠っているだけなのかもしれない。

 それでも少し心配で、僕は榊さんにメッセージを送る。

『大丈夫ですか? なにかありましたか?』


 その後、僕はそわそわとしながら食パンを焼かずに口に突っ込んだ。味なんてなにもわからなかった。


 一時間ほど経って、榊さんから返信があった。

 急いでスマホを覗く。


『連絡してなくてスマン。なんもないから大丈夫』

 ひとまず、胸を撫でおろした。


『よかったです。今日は帰ってこられそうですか?』

 そうメッセージを送ったが、榊さんの返信は昼を過ぎてもこなかった。

「……これ」


 やっぱり僕、避けられてる?


   〇


 今日が日曜日でよかった。

 平日なら、こんな空虚な心持ちで講義なんて受けられたものじゃないから。


 ……久々に、あれやるか。


 昼食にカップラーメンを作りながら、心を落ち着けるために大喜利サイトを開いた。

 高校生の頃はこのサイトでよく遊んでいたが、大学に進学して生活環境が変わってからは全く開いていなかった。


 適当にお題を選ぶ。

『無名のおっさんの握手会に長蛇の列。いったいなぜ?』


 数秒考えて回答を送る。

『顔がほぼキムタク』


「……」


 やばい。

 頭の中にノイズが多すぎて、手応えがあるのかないのかわからない。


 とりあえず、ご飯を食べることにしよう。


 カップラーメンを食べながら、榊さんに避けられているであろう理由を考え始める。

 シンプルに僕との同棲が面倒になった?

 ありえる。気まぐれな榊さんなら、ありえまくる。


 シンプルに、僕が嫌われてしまった?

 それもあるだろう。僕を避ける理由なんて、それくらいしか思いつかない。

 でも、どうして嫌われてしまったのか、それがわからない。

 しらない内に、僕がなにかしてしまっただろうか?


 榊さんがいなくなるまでは、二人で楽しく暮らしていた……と思う。少なくとも僕は、榊さんと一緒にいられることができて楽しかった。


 榊さんがいなくなる直前のことを思い出す。

 僕は、飛野(ひの)さんとお笑いライブを見にいった。

 そして帰り道、飛野さんが榊さんと(おぼ)しき人影を見て幽霊だと誤認していた。

 そこからだ。榊さんが家に帰ってこなくなってしまったのは。


「……」

 とある可能性が、僕の中で浮上する。


 いや、しかし、榊さんに限って……。

「──嫉妬なんてあり得るか?」


 路上で飛野さんが榊さんを見つけたとき、榊さんもこちらに気が付いていたとしたら?

 楽しそうに女の子と話す、僕の姿を見ていたとしたら?

 ……それくらいで榊さんが嫉妬なんてするだろうか? それも、しばらく僕と会いたくないレベルの嫉妬を?


 駄目だ。考えてもらちが明かない。

 一旦、飛野さんに相談してみようか?

 そんなことを考えていると。


 ──スマホに着信があった。


 発信者は、榊さん。

 急いで応答すると。


「もしもし」

 そんな低い声が、僕の耳に滑り込んできた。

 この声、間違いなく榊さんだ。

 少しハスキーな、僕の好きな榊さんの声。

 声を聞いただけで、なぜだか涙が出そうになった。 


公太郎(こうたろう)です。榊さん、大丈夫ですか? なにか、あったとかじゃ……」

「ん。それは大丈夫」

 淡々として、異様に落ち着いた話し声であった。


「実は、公太郎に謝りたいことがあってな」

 榊さんの言葉には、感情が乗っていない。無理やりに無心を装っているかのような、違和感のある声であった。


 なんだ? 怖い。


 胸の辺りがぞわぞわとする。

 榊さんは、なにを考えている?

 僕に、なにを言おうとしているんだ?


 その先を聞きたくなくて、僕は思わず耳を塞いでしまいたくなる。

 しかし、榊さんの声は無慈悲に落とされる。


「……やっぱ、同棲すんのやめよう」

「──え」


 榊さんの言葉が、脳を素通りしていく。


 世界が色を失ったみたいに、急に色褪せていく。


 なんで、急に、そんな、こと。


「明日大家が帰ってくるみたいだし、そんとき新しい鍵もらうわ。てことで、同棲期間は今日までだ。つっても、今日もあたしは帰れないんだけどな。すまんな。今まで世話んなった」

 妙に淡々とした声に、僕の心がざわつく。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

 自分の言いたいことだけを一方的に伝える榊さんに、僕は無性に腹が立ってしまった。


「な、なんでそんな急に……。僕、なにか変なことしちゃってましたか? なにか、榊さんが気になるところがあれば言ってください! なおしますから!」

「……」


 居心地の悪い無言の時間が過ぎていく。


 しばらくすると、榊さんが小さく囁く。

「そういうのじゃねぇんだ。公太郎はなにも悪くないし、公太郎のことが嫌になったわけでもねぇ。お前は、最高の男だ」

「なら、なんで……」


「そうじゃなくて、全部、あたしが悪いんだ。お前に隠し事をしてた、あたしが」

「隠し、事……?」

 榊さんは、一体なんのことを言っているのであろうか。

 確かに、彼女がなにかを抱えているのだろうと思う瞬間は何度かあったが、まさかそれが関係しているのか?


「すまん。いつかはこうなるとは知ってたんだ。あたしは、それをわかってた。だからこれは、あたしが罪悪感に耐えられなくなっちまっただけなんだ……」

「榊さん! なにが言いたいのか全然わかりません!」


「すまん。あたしはめんどくさい女なんだ」

 それは知ってるけど!


「あたし以外に友達ができたみたいで良かったじゃねぇか。あの子、大事にしろよ」

 あの子、だって? まるで、実際に見たような口ぶりだ。

 やはり榊さんは、飛野さんと僕がいるところをしっかり見ていたのか?


「じゃあな。今まで楽しかったぜ、公太郎」

「待って、榊さん……!」


「もう、あたしみたいな女に引っかかるなよ」


 そうして、通話は一方的に切られてしまった。


 あまりにも無慈悲な沈黙が、僕をその場に縫い付けてはなさなかった。


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