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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
一章 駄メイドと過ごす一週間

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僕が爆イケのメイドお姉さんじゃなくてよかったな、少年たち

 朝。

 目を開けると目の前にメイドが──。


 いなかった。


 何度目を擦っても、僕のベッドにメイドはいない。


 いや、本来であればいない方が正常なのだ。

 朝起きるとメイドがベッドに潜り込んでいるだなんて、そんな状況あり得るわけがないのだから。そんなの、妄想甚だしいにもほどがある。


 一応、床で敷きっぱなしの敷布団に目をやる。そこにも榊さんはいなかった。

 それどころか、部屋中から(さかき)さんの気配がしない。


 少し怖くなって、LINEを確認する。

 寝る前に送った僕の、『ご飯美味しかったです。ありがとうございました。先に寝ておきますね。帰り、気を付けて』というメッセージの一時間ほど後に、榊さんからこんなメッセージが届いていた。


『急用ができたから、今日はそのままどっかカラオケかネカフェで泊まるわ』

 一応、無事みたいでほっとした。


 なにか、外でしなければいけない作業でもあったのだろうか。

 それか、急用というのは実は嘘で、一人になりたかっただけなのかもしれない。


 今日は土曜日だ。メイド喫茶はかきいれどきだろうから、榊さんは出勤の可能性が高いだろう。昨日の夜の外出時、彼女はメイド服を着ていたから、そのまま出勤するだろう。

 つまり、今日の夜まで榊さんは帰ってこないということ。


「……」

 そう思うと、急に寂しくなってきた。

 たった数時間会っていないだけなのに、どうしてこんなに寂しいのだろう。

 榊さんのこと好きすぎるだろ、僕。


 講義があればよかったのだが、今日は生憎(あいにく)休みだ。


 榊さんと出会うまで、僕は休日や空いた時間をどう過ごしていたっけ?

 大学に入るまでは、友達と遊んだり、部活をしたり、たまに勉強をしたり。まあ、普遍的な高校生らしく過ごしていた。

 大学生になってからは、家でぼぅっとテレビやYouTubeを見たりして、寂しさをなにかで埋めるようにして無為に過ごしていた。


 まあ、せっかくの一人での休日だし、たまには一人でふらりと出かけてみるのもいいかもしれない。

 食パンを焼かずにそのまま口に突っ込んで、朝の支度を終わらせる。


 そうして、僕は家を出た。


   〇


 目的もなく、ふらふらと家の近くを散歩する。


 土曜日ということもあってか、往来(おうらい)は老若男女様々な人の姿を確認できて活気があった。


 人混みがそこまで得意ではないため、人気(ひとけ)のない道をあえて選んで歩いた。

 すると、景色に自然の色が増え始める。


 僕は道端に生えているヨモギに視線を送った。

 ヨモギは、榊さんが食べられると言っていた草だ。少し摘んで帰ろうかな。このために、家からビニール袋を持ってきたのだ。


 少しだけヨモギを積んで、袋の中に入れた。

 そんなことをしていると、ここに榊さんがいたらどんなことを言うだろう、とか。どんなことをするだろう、とか。そういったことを考え始めてしまう。


 榊さんなら、ヨモギをその場で口に入れるだろうか? そして、それが素なのかボケなのかわからず、僕は困惑してしまうのだ。

 袋の中からヨモギの葉を少し取り出し、眺めてみる。


「……」

 ちょっと試してみようかな、なんて思っている自分がいる。


 僕は榊さんが好きだ。

 そしてたぶん、面白い榊さんに憧れている。榊さんに近づきたいとさえも思っている。

 これを食べれば榊さんに近づけるというわけではないが、人造の狂人くらいにはなれるだろうか。


 ……いや、そもそも榊さんがヨモギを生で食べる想定で考えているけれど、全然そんなことはないかもしれない。「生で食うわけないだろ、んなもん」と真顔で言われる可能性すらある。

「……」


 変な人に引かれるのは、それはそれで嬉しいから、いっか。


 覚悟を決めて、僕はヨモギを口に近づける。いや、なんの覚悟なんだよこれ。


 脳裏に、以前榊さんが言っていた言葉がリフレインされた。

 ──犬のおしっこかかってるかもとか思ったら負けだぞ?

 改めて、メイドの口からひり出された台詞とは到底思えなくて笑ってしまう。

 しかし僕はその言葉の通り、犬のおしっこなんて気にせずにヨモギを食らったのだった。


「……うん」

 当たり前だが、普通に草だ。食えたものじゃない。虫にでもなった気分である。

 無理やりにヨモギを飲み込んだが、しばらくは嫌な苦みが口の中に残り続けて最悪だった。

 でも、我慢できないほどの苦さではない。


 今度、榊さんの前で急にヨモギを食べ始めて彼女の反応を見てみようか。

 いつも僕は彼女に弄ばれてるし、たまには僕から榊さんにいたずらをしてみてもいいだろう。

 そんなことを思いながら、僕は文字通り道草を食ったのであった。


 どこを見ても、なにをしても。

 僕の脳裏には榊さんの陰がちらついて、はなれない。


   〇


 いつの間にか僕は、以前榊さんと一緒に訪れた大横川親水公園にいた。


 そして僕の手には、百均で買ったちくわとソーイングセットが握られていた。

 なにをするって、ザリガニを釣るに決まっている。


 ちくわを一口大に切り、糸で結ぶ。ちくわがぶにぶにして、これが意外と難しかった。榊さんはパパっとやっていたな。慣れているんだろう。なんでこんな作業慣れてるんだよ。


 なんとかちくわを糸で結び終えた。それを、水底が見えない川に落とす。


 しばらく待つが、糸はなんの反応も示さない。


 暇になって、空を見上げる。

 ちびっ子たちの声を聞きながら、どこかへと飛んでいく流れ雲をなんとなく眺めていた。


 優雅な時間だ。

 しかし、なんだろう。この、心の満たされない奇妙な感じは。


 ……わかっている。隣に榊さんがいないからだ。


 榊さんとしたザリガニ釣りは、とても楽しかった。

 いや、ザリガニ釣りじゃなくても、榊さんとならなにをしていても僕は楽しい。


 そう、彼女が隣にいてくれるだけで、僕はそれで──。


 センチメンタルに浸っていると、両脇から声をかけられた。

「おにーさんなにしてんの?」

「なにしてんのー!? つり!?」

 左右を見ると、小学生の低学年と(おぼ)しき少年たちが僕を囲んでいた。

 川に向かって一人でなにかを垂らしている僕のことが気になったのだろう。


「ザリガニ釣り。やってみる?」

「はー? ホントにつれんの?」

「やるー!」

「え、じゃあおれもー!」

 元気の良さに、思わず笑みが零れてしまう。


 僕は、二人の分のザリガニ釣りセットを作って手渡した。

 すると、少年たちは目を輝かせてそれを受け取ったのだった。


「ありがと!」

「あんがと!」

 僕は、そんな二人に爽やかな笑顔を返す。

 僕が爆イケのメイドお姉さんじゃなくてよかったな、少年たち。それだと、きみたちの性癖をぶち壊してしまうからな。


 しばらく三人で糸を垂らしていると、僕の左右にいる二人がほぼ同時にザリガニを釣り上げた。

「ホントにつれた!」

「すっげ! すっげ!」

 大はしゃぎしながら、少年たちはお互いに釣ったザリガニの大きさを比べ合いしている。


「んで、これつったらどうすんの?」

「えっとね。飼ったり、逃がしたりかな?」

「えー。いらね。にがそ」

「おれも」

「……」

 二人は、急に冷めてザリガニを川に逃がしたのであった。


「ありがとー! にいちゃん! つりがんばって!」

「じゃなー!」

 そうして、二人は嵐のように去っていってしまう。


 一人取り残された僕は、そのまましばらく釣りを続けた。しかし、僕のちくわには全くザリガニが食いつかないのであった。

 なんだか、急にむなしくなってきた。

「……帰るか」


 なんで僕だけボウズなんだよ。


   〇


『わりぃ。今日も帰り遅くなるかも』

 家に帰ると、榊さんからそのようなLINEが届いていた。


『わかりました。夕飯作っておきましょうか?』

『いや、今日も帰れるかわからんから大丈夫。ありがとう。すまんな』


「……」

 榊さんのメッセージを見て、僕の胸がじわじわと痛み出す。

 これは……。


「僕、避けられてる?」


 僕の思い過ごしならいいのだが。でも、帰りが遅くなる理由を隠しているのが気にかかる。


 ひとまず、自分の分の夕飯をさっと作り、食べてしまった。


 寝る支度を済ませて榊さんを待っていたが、一向に彼女は帰ってこない。それどころか、僕の『何時頃に帰れそうですか?』のメッセージにも返答がない。

 どこかで一人、飲んだくれているのであろうか? 十分にその可能性はある。


 一抹の寂しさを胸に抱きながら、僕は寝ずにベッドで横になり榊さんを待っていた。


 その日も、榊さんは帰ってこなかった。


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