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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
一章 駄メイドと過ごす一週間

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スロットで買った金で飲むビールは世界一美味ぇなぁ

 二千円程度では、食べられるものは限られる。


 (さかき)さんと相談した結果、ラーメンを食べにいくことになった。以前、彼女は濃いラーメンが好きだと言っていたので、家系のラーメンに決定した。


 この辺りのラーメン家については榊さんが詳しいらしく、現在地から一番近い場所に連れていってもらった。


「なんつーか」

 歩きながら、榊さんは一人ごちる。


「あたし、驕られてばっかだな。しかも年下に。情けねー」

「その代わり、榊さんはたくさん楽しいことを教えてくれるじゃないですか」

 お金がかからない遊びも、お金がかかる遊びも。

「ま、あたしの方がちっとばかし大人だかんな」


 僕を目の端で捉えた榊さんは、ほんの少しばかり自慢げに口を緩めて。

「もう少ししたら、もっと大人の遊びも教えてやんよ」

 夕風が僕らの横を通り過ぎる。

 その凪の時間。僕と榊さんの瞳はお互いだけを捉えていた。


「大人の遊び……」

 それって?


「あ、別にエロいことじゃねぇぞ?」

「……」

 いやまあ、それもちょっとはよぎったけどさ。


公太郎(こうたろう)は今モラトリアム期間だけどさ、大人になりたくないとかは思うか?」

 急に真面目な話に舵を切られ、僕の頭は混乱する。

 榊さんは毎回、選ぶ話題のテンションの落差が激しい。


「今は思わないですね。むしろ、大人になりたいです」

 僕は心情を素直に吐露することにした。

「あなたみたいな、自由な大人に」


 僕の声に、榊さんは呆れたように口を開けている。アホみたいな顔をしていても、彼女は美しい。


「お前さ」

 榊さんは腰に手を当て息を吐いた。


「憧れる人間、絶対間違えてんぞ?」

「それは……」

 そうかもしれない。


「むしろ、あたしみたいな人間は反面教師として見ろよ。誰がこんな人間になりたいと思うんだよ」

「だから、ここにいるじゃないですか」

「お前、やっぱ変だな」


 真正面から言われてしまった。

 あなたには言われたくないです。


   〇


 もうしばらく歩くと、目的の店に着いた。

 家系のラーメン家でよく見かける、赤を基調とした看板が目立っている。

 夕方だからか、店内も比較的空いていそうだ。


 榊さんを先駆けとし、僕らは入店した。


 メイド姿の榊さんは、意外と目立っていなかった。よくくるから、店員さんにもお客さんにも覚えられているのかもしれない。まあ、こんな人一度見たら絶対覚えられるもんな。


 入ってすぐ、左方の券売機(けんばいき)が目に入った。


「榊さんはいつもなに頼むんです?」

 言いながら、僕はスロットで勝った分の二千円を機械に入れる。

「普通のラーメン。たまに味玉付ける」


 メニューを見ると、普通のラーメンが八百円。味玉付きが九百円。

 そして、下段の方にはアルコールメニューが。えっと、ビールが四百円か。

 ラーメン二杯とビール一杯で、ちょうど二千円だな。


「榊さん、ビール飲みます?」

「んお? おう。ビールだけでも自腹で払おうかと思ってた」

 そんなに飲みたかったんだ。


「ビールも奢りますよ。トッピングなしのラーメン二つとビールで、ちょうど二千円ですし。味玉はなしになりますけど」

「は? お前、神かよ」

 榊さんは、急に僕を拝み始めた。


「やめてください。僕にとってはあなたが神なんだから」

「目ぇ、黒っ。本気か冗談かわかんなくて怖いんだが」

 そんな会話を交わしながら、僕は食券を購入した。


 ほどなくして、店員さんがテーブル席へと案内してくれた。


 食券を渡す際、店員さんに味の好みを訊ねられる。

 家系のラーメン店では、麺の堅さ、脂の量、味の濃さを選べるところが多い。

 僕は全て普通にし、榊さんは硬め、多め、濃い目を頼んでいた。榊さんらしい注文だ。


 しばらく待つと、冷えたジョッキに注がれた生ビールが運ばれてきた。

 テーブルに置かれた黄金の海を見て、榊さんはごくりと生唾を飲み込んでいる。

 そんなに楽しみにしていたのだろうか。


「こ、これが俗に言う人から奢られる酒か……。輝きが違ぇ!」

 なんかこれ、驕られることへの感動の方が強そうだ。


「僕のことは気にせず、先に飲んでくださっていいですからね」

「マジ? じゃあ、お言葉に甘えて」

 大仰(おおぎょう)に僕に頭を下げてから、榊さんはぐいっと一気にビールを煽った。

 榊さんが喉を鳴らす音がここまで聞こえてくる。いい飲みっぷりだ。


「っぷは」

 テーブルに置かれたグラスの中のビールは、もう半分ほどが無くなっていた。


「うんめぇ~! スロットで買った金で飲むビールは世界一美味ぇなぁ」

「榊さんは負けてましたけどね」

「人がスロットで買った金で飲むビールは世界一美味ぇなぁ」

「言い直してより酷い台詞になった」


 ごくごくとビールで喉を潤していく榊さん。このペースだと、ラーメンが到着する前にビールがなくなってしまわないか?


 それにしても彼女、美味しそうにお酒を飲むよなぁ。見ているこっちが楽しくなってしまう。

 彼女の幸せそうな顔を見ていると、もっと貢いであげたくなってしまう。

 ……って! まずいまずい! 僕の駄目女好きとヒモ適正が、榊さんと過ごすことで確実にレベルアップしていってるぞ!?


「ふぅ。美味かった!」

 小気味いい音とともにテーブルに置かれたジョッキの中は、既に空になっていた。

 速っ!?


「なあ、公太郎」

 ジョッキを掴んだまま、榊さんはわざとらしい上目遣いを僕に送る。


「もう一杯だけ、飲んでいいか?」

「はい!」

「いや、断れよ」

 真顔で言われてしまった。


「冗談だよ。お前、その貢ぎ癖危ないぞ?」

「榊さんが魅力的なので、仕方ないですよ」

「うわ、出たよ」

 言葉としては冷たかったが、内心は照れているようで、徐々に榊さんの顔に熱が昇り始める。彼女はザルだから、酒が回ったからという言い訳は通じないだろう。


「さすがに二杯目は自分で払うよ」

 榊さんは、近くにいる店員さんに声をかけ、ビールのおかわりが注文可能か訊ねていた。どうやら、普通に券売機で買えば頼めるらしい。榊さんはそのまま券売機でビールを購入し、店員さんに食券を渡していた。


 もうしばらく待つと、おかわりのビールとともにラーメンが運ばれてきた。

 卵色の麺、鮮やかなほうれん草、深緑の海苔の色のコントラストが美しい。

 そして、どこまでも漂うかのような濃い醤油豚骨の匂いが食欲を刺激する。


「いただきます」

「いただきます」


 箸を手に取り、僕らはほぼ同時にラーメンに手を付ける。


 スープから一口。野生味のある豚骨が口腔を満たし、鶏油(チーユ)の香りが鼻を抜けていく。

 すかさず、ほうれん草とともに麺を口に運ぶ。短めのちぢれ麺がスープとよく絡む。


「美味しいですね」

 顔を上げて榊さんを見ると。


「しょっぺぇ~~」

 美味さよりも、しょっぱさに感動していた。


 そういえば、榊さんは濃い目の味付けにしていた。普通でも、結構濃く感じるけどな。


「公太郎の方のスープもちょっとくれよ」

「いいですよ。榊さんの方もください」

「ん」

 器を交換し、僕は榊さんの頼んだラーメンのスープを口に運ぶ。


「うわ。結構濃いですね」

 脳を直接殴るような強烈な味だ。

 確かに美味いのだが、これを一杯は僕にはきついかもしれない。


「公太郎の方も美味いな。塩分控えめで、健康によさそうだ」

 別によくはないだろ。


 榊さんは器をこちらに返してくれた。僕も入れ替わりで榊さんにラーメンを返す。


「ほんじゃ、そろそろドーピングするか」

 なんて危ないことを口走りながら、榊さんは卓上に置かれたおろしにんにくが入った器に手を伸ばす。


「公太郎は、にんにくは平気か?」

「はい。好きですよ」

「あたしがにんにく食っても平気?」

「大丈夫です」

「ああ、そっか。そういえばお前、臭い女好きだったもんな」

「……」

 なんか、勝手に「好きそう」から「好き」にグレードアップしてるんだけど。

 そんな性癖、一度も公言してないんだけどな?


 困惑する僕を尻目に、榊さんはラーメンにドバドバとにんにくを入れていく。

 うわ……。チャーシューの上に、にんにくの山ができている。


「そんなに入れて、明日大丈夫ですか? 明日は休みですか?」

「んや、普通に仕事。まあ、ちっとくらいは大丈夫だろ」

 見るからに、ちっとくらいの量ではないのだが。


「公太郎も入れるか?」

「じゃあ、せっかくだし少しだけ」

 少量のおろしにんにくをスープに溶かす。そうして改めて口に含んだスープは、パンチが効いていてとても美味しい。


「あぁ~~。にんにく入れるとステージが一つあがるよなぁ」

「ですね」

 内心、なんのステージ? とは思いつつも、美味しかったので頷いておいた。


 僕たちは、どうでもいい話をしながらラーメンを満喫したのであった。


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