スロットで買った金で飲むビールは世界一美味ぇなぁ
二千円程度では、食べられるものは限られる。
榊さんと相談した結果、ラーメンを食べにいくことになった。以前、彼女は濃いラーメンが好きだと言っていたので、家系のラーメンに決定した。
この辺りのラーメン家については榊さんが詳しいらしく、現在地から一番近い場所に連れていってもらった。
「なんつーか」
歩きながら、榊さんは一人ごちる。
「あたし、驕られてばっかだな。しかも年下に。情けねー」
「その代わり、榊さんはたくさん楽しいことを教えてくれるじゃないですか」
お金がかからない遊びも、お金がかかる遊びも。
「ま、あたしの方がちっとばかし大人だかんな」
僕を目の端で捉えた榊さんは、ほんの少しばかり自慢げに口を緩めて。
「もう少ししたら、もっと大人の遊びも教えてやんよ」
夕風が僕らの横を通り過ぎる。
その凪の時間。僕と榊さんの瞳はお互いだけを捉えていた。
「大人の遊び……」
それって?
「あ、別にエロいことじゃねぇぞ?」
「……」
いやまあ、それもちょっとはよぎったけどさ。
「公太郎は今モラトリアム期間だけどさ、大人になりたくないとかは思うか?」
急に真面目な話に舵を切られ、僕の頭は混乱する。
榊さんは毎回、選ぶ話題のテンションの落差が激しい。
「今は思わないですね。むしろ、大人になりたいです」
僕は心情を素直に吐露することにした。
「あなたみたいな、自由な大人に」
僕の声に、榊さんは呆れたように口を開けている。アホみたいな顔をしていても、彼女は美しい。
「お前さ」
榊さんは腰に手を当て息を吐いた。
「憧れる人間、絶対間違えてんぞ?」
「それは……」
そうかもしれない。
「むしろ、あたしみたいな人間は反面教師として見ろよ。誰がこんな人間になりたいと思うんだよ」
「だから、ここにいるじゃないですか」
「お前、やっぱ変だな」
真正面から言われてしまった。
あなたには言われたくないです。
〇
もうしばらく歩くと、目的の店に着いた。
家系のラーメン家でよく見かける、赤を基調とした看板が目立っている。
夕方だからか、店内も比較的空いていそうだ。
榊さんを先駆けとし、僕らは入店した。
メイド姿の榊さんは、意外と目立っていなかった。よくくるから、店員さんにもお客さんにも覚えられているのかもしれない。まあ、こんな人一度見たら絶対覚えられるもんな。
入ってすぐ、左方の券売機が目に入った。
「榊さんはいつもなに頼むんです?」
言いながら、僕はスロットで勝った分の二千円を機械に入れる。
「普通のラーメン。たまに味玉付ける」
メニューを見ると、普通のラーメンが八百円。味玉付きが九百円。
そして、下段の方にはアルコールメニューが。えっと、ビールが四百円か。
ラーメン二杯とビール一杯で、ちょうど二千円だな。
「榊さん、ビール飲みます?」
「んお? おう。ビールだけでも自腹で払おうかと思ってた」
そんなに飲みたかったんだ。
「ビールも奢りますよ。トッピングなしのラーメン二つとビールで、ちょうど二千円ですし。味玉はなしになりますけど」
「は? お前、神かよ」
榊さんは、急に僕を拝み始めた。
「やめてください。僕にとってはあなたが神なんだから」
「目ぇ、黒っ。本気か冗談かわかんなくて怖いんだが」
そんな会話を交わしながら、僕は食券を購入した。
ほどなくして、店員さんがテーブル席へと案内してくれた。
食券を渡す際、店員さんに味の好みを訊ねられる。
家系のラーメン店では、麺の堅さ、脂の量、味の濃さを選べるところが多い。
僕は全て普通にし、榊さんは硬め、多め、濃い目を頼んでいた。榊さんらしい注文だ。
しばらく待つと、冷えたジョッキに注がれた生ビールが運ばれてきた。
テーブルに置かれた黄金の海を見て、榊さんはごくりと生唾を飲み込んでいる。
そんなに楽しみにしていたのだろうか。
「こ、これが俗に言う人から奢られる酒か……。輝きが違ぇ!」
なんかこれ、驕られることへの感動の方が強そうだ。
「僕のことは気にせず、先に飲んでくださっていいですからね」
「マジ? じゃあ、お言葉に甘えて」
大仰に僕に頭を下げてから、榊さんはぐいっと一気にビールを煽った。
榊さんが喉を鳴らす音がここまで聞こえてくる。いい飲みっぷりだ。
「っぷは」
テーブルに置かれたグラスの中のビールは、もう半分ほどが無くなっていた。
「うんめぇ~! スロットで買った金で飲むビールは世界一美味ぇなぁ」
「榊さんは負けてましたけどね」
「人がスロットで買った金で飲むビールは世界一美味ぇなぁ」
「言い直してより酷い台詞になった」
ごくごくとビールで喉を潤していく榊さん。このペースだと、ラーメンが到着する前にビールがなくなってしまわないか?
それにしても彼女、美味しそうにお酒を飲むよなぁ。見ているこっちが楽しくなってしまう。
彼女の幸せそうな顔を見ていると、もっと貢いであげたくなってしまう。
……って! まずいまずい! 僕の駄目女好きとヒモ適正が、榊さんと過ごすことで確実にレベルアップしていってるぞ!?
「ふぅ。美味かった!」
小気味いい音とともにテーブルに置かれたジョッキの中は、既に空になっていた。
速っ!?
「なあ、公太郎」
ジョッキを掴んだまま、榊さんはわざとらしい上目遣いを僕に送る。
「もう一杯だけ、飲んでいいか?」
「はい!」
「いや、断れよ」
真顔で言われてしまった。
「冗談だよ。お前、その貢ぎ癖危ないぞ?」
「榊さんが魅力的なので、仕方ないですよ」
「うわ、出たよ」
言葉としては冷たかったが、内心は照れているようで、徐々に榊さんの顔に熱が昇り始める。彼女はザルだから、酒が回ったからという言い訳は通じないだろう。
「さすがに二杯目は自分で払うよ」
榊さんは、近くにいる店員さんに声をかけ、ビールのおかわりが注文可能か訊ねていた。どうやら、普通に券売機で買えば頼めるらしい。榊さんはそのまま券売機でビールを購入し、店員さんに食券を渡していた。
もうしばらく待つと、おかわりのビールとともにラーメンが運ばれてきた。
卵色の麺、鮮やかなほうれん草、深緑の海苔の色のコントラストが美しい。
そして、どこまでも漂うかのような濃い醤油豚骨の匂いが食欲を刺激する。
「いただきます」
「いただきます」
箸を手に取り、僕らはほぼ同時にラーメンに手を付ける。
スープから一口。野生味のある豚骨が口腔を満たし、鶏油の香りが鼻を抜けていく。
すかさず、ほうれん草とともに麺を口に運ぶ。短めのちぢれ麺がスープとよく絡む。
「美味しいですね」
顔を上げて榊さんを見ると。
「しょっぺぇ~~」
美味さよりも、しょっぱさに感動していた。
そういえば、榊さんは濃い目の味付けにしていた。普通でも、結構濃く感じるけどな。
「公太郎の方のスープもちょっとくれよ」
「いいですよ。榊さんの方もください」
「ん」
器を交換し、僕は榊さんの頼んだラーメンのスープを口に運ぶ。
「うわ。結構濃いですね」
脳を直接殴るような強烈な味だ。
確かに美味いのだが、これを一杯は僕にはきついかもしれない。
「公太郎の方も美味いな。塩分控えめで、健康によさそうだ」
別によくはないだろ。
榊さんは器をこちらに返してくれた。僕も入れ替わりで榊さんにラーメンを返す。
「ほんじゃ、そろそろドーピングするか」
なんて危ないことを口走りながら、榊さんは卓上に置かれたおろしにんにくが入った器に手を伸ばす。
「公太郎は、にんにくは平気か?」
「はい。好きですよ」
「あたしがにんにく食っても平気?」
「大丈夫です」
「ああ、そっか。そういえばお前、臭い女好きだったもんな」
「……」
なんか、勝手に「好きそう」から「好き」にグレードアップしてるんだけど。
そんな性癖、一度も公言してないんだけどな?
困惑する僕を尻目に、榊さんはラーメンにドバドバとにんにくを入れていく。
うわ……。チャーシューの上に、にんにくの山ができている。
「そんなに入れて、明日大丈夫ですか? 明日は休みですか?」
「んや、普通に仕事。まあ、ちっとくらいは大丈夫だろ」
見るからに、ちっとくらいの量ではないのだが。
「公太郎も入れるか?」
「じゃあ、せっかくだし少しだけ」
少量のおろしにんにくをスープに溶かす。そうして改めて口に含んだスープは、パンチが効いていてとても美味しい。
「あぁ~~。にんにく入れるとステージが一つあがるよなぁ」
「ですね」
内心、なんのステージ? とは思いつつも、美味しかったので頷いておいた。
僕たちは、どうでもいい話をしながらラーメンを満喫したのであった。




