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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
一章 駄メイドと過ごす一週間

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ザリガニとダブルピースだぜ

 食べられる雑草の知識を(さかき)さんに教わりながら、僕たちは大横川親水公園を目指した。その公園の池や川で、ザリガニが釣れるらしいのだ。


 榊さんは道中で、見かけた食べられる雑草を摘み取っていた。彼女はそれをもさもさと食べながら小腹を満たしていた。もう、虫だろ。ちなみに、食べない分はメイド服のポケットにぶち込んでいた。ワイルドすぎる。


 しばらく歩くと目的の公園に着いた。

 そこは、中央を川が横断している公園で、人工物と自然が調和した居心地の良い空間であった。せせらぎの音が、心を癒してくれる。


 榊さんは川のすぐ近くまで近寄ってしゃがみこみ、じっと水面を見つめている。

「きったねぇなぁ。こりゃ絶対ザリガニいるだろ」


 僕も彼女の隣に座って川を眺める。緩やかな流れに藻が揺蕩(たゆた)っており、その下になにか生き物がいるのかは見て取れない。


「で、どうやってザリガニを釣るんです?」

「ザリガニはなぁ、ちくわがあれば釣れるんだよ」


 榊さんは、メイド服のポケットからちくわとソーイングセットを取り出した。

 ソーイングセットだけなら凄くメイドさんっぽいのに、ちくわのせいでメイドさんではなく、凄く榊夜白(さかきやしろ)という感じだ。


 榊さんは、袋から出したちくわを小さくちぎる。そして、慣れた手つきでちくわに糸を巻き始める。いや、なんで慣れた手つきでちくわに糸を巻けるんだ。

 榊さんは、ちくわに糸を巻いただけの簡易的な釣り竿を二セット用意した。


「ほい。公太郎の分」

「あ、どうも」

「んじゃー。釣るか」

 呑気な声を出しながら、榊さんは糸を手に絡め、ちくわを川に垂らした。


「こんなんで釣れるんですか?」

「これが釣れるんだな」


 落ち着いた榊さんを見ていると、なんだか職人のように見えてくるから不思議だ。


 見よう見まねで、僕もちくわを川に垂らす。


 僕と榊さんのちくわが生み出した波紋が、水面の形を変えた。

 榊さんは、糸を動かすことなくじっと川を見つめている。その目はとても怜悧(れいり)に見える。


 しばらくすると榊さんの糸が少しだけ動き、川に波紋が生まれた。彼女は落ち着いて、ゆっくりと糸を持ち上げる。


 水面を割って、小さなザリガニが現れた。


「ん。一丁上がり」

 釣り上げたザリガニを僕に見せびらかす榊さん。ザリガニはちくわとともに回転しながら、小さな足を(こま)かに動かしている。


「凄っ! 本当に釣れるんだ」

 メイドがザリガニを釣るシーンはかなりシュールであったが、その妙なアンバランスさは微かな文学性を秘めているようにも思えた。


 榊さんは、ザリガニを自分の顔の横まで近づけ、真顔でピースをしていた。

「いえぁ。ザリガニとダブルピースだぜ」

 気の抜けた声でそう溢す榊さん。

 は? かわいい。


「かわいい」

 あ、やばい。榊さんがかわいすぎて口が勝手に脳の言葉を出力してしまった。


「お前、ザリガニ見てかわいいとか思うタイプなんだな」

 榊さんは目と口を緩ませるが。


「あ、いえ。ザリガニじゃなくて榊さんが」

「……。あー。そっち、か」


 僕の言葉で、榊さんのピースがしなしなと折れると同時、彼女の顔がザリガニ以上に赤くなっていった。

 そんな彼女を見ていると、僕もゆで上がってしまいそうになる。


 途端、ザリガニがびちびちと跳ねて地面に落ちる。その瞬間、ザリガニは物凄いバックステップで川に帰っていった。


「逃げられちゃいましたね」

「ん? お、おう」


 榊さんはしゃがんだまま膝に顔を埋めている。彼女の耳は、まだ赤い。


 しばらくして、榊さんが顔を上げながら小声で言った。

「……綺麗は言われ慣れてるけど、かわいいなんて言われないから食らっちまったじゃねぇかよ……」

 

 手で顔を隠しているが、指の間から見える榊さんの頬はわかりやすいほどに熱を含んでいる。

 なんていじらしいんだ。榊さん、かわいすぎるだろ。


「もっと言いましょうか?」

「いらん」

「かわいいですよ」

「いらんって!」


 榊さんは両手で自分の髪をわしゃわしゃと掻きむしる。

 普段は榊さんに弄られてばかりだから、新鮮だ。


「ザリガニって、釣ったあとどうするんですか?」

 訊ねると、わさわさになった髪のままの榊さんが開口した。


「食う」

「……え」

「いや、さすがに冗談だ」

「榊さんが言うと冗談に聞こえないです」

「それも冗談だと信じたいぜ」

 と、冗談めかして言う榊さん。


「ま、寄生虫とかに気を付ければ普通に食えるらしいけどなー」

「へぇ。なら、試しに食べてみます?」

「お前、結構チャレンジャーだよな」

 言下、榊さんは再びちくわを川に垂らす。


「いや、やめとこう。あたしは、ザリガニはリリースするって決めてんだ。なんでか教えてやろうか」

「はい」


「小さい頃な、家ん近くの汚ねぇどぶ川で、今みたいにちくわでザリガニ釣ってたんだ。んで、ニ、三匹をバケツの中で飼ってたんだけどよ。ある日、二匹と()だけになってたんだわ」

「み?」


「ああ。身。一匹共食いされて、ぶりゅんぶりゅんの白身がむき出しになってた」

「……」

 想像もしたくない光景が、問答無用で僕の頭の中に現れる。


「そいつ、あとの二匹に食われてたんだよな。その光景がなんかキモくて、そっから海老が苦手になっちまった」

「今ので、僕も当分海老が食べられそうになくなったのですが」

「すまんすまん」

 悪気なさそうに、榊さんは平謝りしていた。


「だからあたし、ザリガニってそこまで得意じゃねぇんだ。そういうわけで、全リリースだ」


 そういえば以前、榊さんは海老(えび)が苦手って言っていたような。


 待ってくれ。僕、ザリガニが苦手な人にザリガニを食おう! とか提案してたの? サイコすぎるだろ。


「それなのに、どうしてザリガニ釣りに僕を誘ってくれたんです?」

「んや、お前に楽しいこと教えてやりたかっただけ。あと、食うのじゃなくて釣ったり見たりするだけなら平気だから」


 彼女の優しい気持ちに、陽だまりに手を置いたときのような温かさが僕の胸に広がっていく。


「おい。かかってんぞ、公太郎」

 言われ、自分の糸に集中すると、微かに引っ張られるような感覚が手にあった。

 恐る恐る糸を持ち上げる。ザリガニが逃げないように、慎重に。


 やがて、水面を割ってちくわとともに現れたのは、立派なハサミを持ったアメリカザリガニであった。

 その命の躍動に、僕は感動してしまった。


「僕も、ピースです」

 榊さんがやったみたいに、顔の横にザリガニを近づけ、空いた手でピースを作る。


「ふは。かわいいじゃん」


 屈託なく笑う榊さんの顔は、川面で(はじ)光彩(こうさい)よりも眩しくて。

 思わず、目を瞑ってしまいそうになった。


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