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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
一章 駄メイドと過ごす一週間

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犬のおしっこかかってるかもとか思ったら負けだぞ

 お金を使わない遊びということで、僕たちは財布を家に置いて外に出た。

 荷物は、鍵とスマホと、ちくわくらいだ。


「今なら金せびられても、「ちくわしか持ってねぇ」ができるなぁ」

 と、(さかき)さんは清らかな水のようにはにかんでいる。その台詞は、僕もちょっと言ってみたい。


 彼女は今、メイド服を着ている。これは、昨日から着続けているメイド服ではないらしい。職場から予備のメイド服を持ってきたようで、出かける前にメイド服からメイド服に着替えていたのだ。メイド服からメイド服に着替えるってなに?


「メイド服って、夏とか暑そうですよね」

 店内はともかく、メイド服で外にいるのは熱中症になってしまいそうだ。


「まー。薄い生地のとか、ショート丈とか色々あっから、それでなんとかな。ま、夏はさすがに外歩いてっと、汗だくんなるけど」

 榊さんの、メイド服への異常なまでのこだわりはなんなのだろうか。なにか、似合うから以上の理由がありそうだ。


「でも、どんなメイド服着ても夏は暑くて敵わんな。すぐ臭くなるしなぁ」

 四月上旬だが、今日は日差しが強くてかなり暑い。

 榊さんは匂いを気にしているのか、すんすんと自分のメイド服を()いでいる。


「ま、公太郎(こうたろう)はあんま匂いとか気にしなさそうだし、別にいっか」

「それはそうかもですが。どうしてそう思うんです?」

「汚部屋女が好きなら、臭い女も好きだろ」

 大真面目な顔でそんなことを言われてしまった。


 ノーコメントを貫く僕を、榊さんの嗜虐的に歪んだ瞳が襲う。

「沈黙は肯定と受け取るぜ。なら、あたしが風呂キャンしても許してくれよな~」

「それは入りましょうよ! 春と夏は特に!」


 榊さんは昨日、酔って僕のベッドに潜り込んだまま眠ったので、風呂に入っていなかった。

 僕が大学にいっている間も朝シャンをしたというわけではなかったらしく、散歩にいく前も、「どうせ汗かくしいいだろぉ」などとぬかしていたのだ。


 まあ、風呂に入る入らないは個人の自由だし、榊さんは今日オフだから、風呂に入ることを強要はしなかった。

 ……決して、臭い方がいいからとかそういう理由ではない。断じて僕にそんな嗜好はない。


 榊さんは、半眼を僕に送っている。

「うるせえなぁ。どうせお前、ムチムチでむわむわな絵とか漫画好きなんだろ? なら文句言うなよ」

「……」

 この人、急に僕の性癖当てにこようとすんの、なんなの?


 えっと……。恵体だったり湿度高めだったりの、性癖特化のイラストとか漫画とかのことを言ってるんだよな?


「いやまあ、細いよりかは健康的な女性の方がどちらかといえば好みではありますけれど」

「ほーん。あたしは別に太くはねぇからな。乳はでけぇけど。もっとむっちりした方がお前好みか?」

 なんで僕の好みに近づこうとしてるんだ? この人。


「別に、今のままでも榊さんは素敵ですよ。それに、僕は見た目だけで人を好きになったりはしないので」

「面食いなのに?」

「それはそれです!」


 最初こそ榊さんの美貌に惹かれたが、優しくて残念で面白い彼女の内面も好きなのだ。


「榊さんは、内面も素敵ですから!」

「お、おう」

「あ」

 くそっ。また恥ずかしいことを口走ってしまった。


 榊さんは前髪を指で触りながら横目でこちらを向いて。

「あんがとな」

 と、ほんのり頬に(しゅ)をさしながら(ささや)いたのだった。


   〇


 今回の目的は雑草とザリガニなため、僕らは人通りの多い道をはなれて歩いた。

 目的が雑草とザリガニってなに? 今時小学生でもそんな遊びしないだろ。

 まあ目的はともかく、榊さんとしょうもない話をしながら外を歩くのは楽しかった。


「ヨモギとか、つくしとかねぇかな~」

「ヨモギはともかく、つくしって食べられるんですか?」

「下処理がちょい面倒だけど、意外と食いでがあるんだよ。これが、酒のアテになるんだよな」

 榊さんはそういった節約術に詳しいようだ。


「あ。ホトケノザ」

 榊さんが、道端を指さしそちらに駆けていく。

 そこには、緑の葉の間から紫の花を幾つも生やした小さな雑草が群生(ぐんせい)していた。


 榊さんは、その花の一つを抜き取り、自分の口に運んだ。

「これ、うめぇんだよな」

 花を食べるのかと思ったがどうやら違うようだ。榊さんは、花に口を付けたあとにすぐその花を地面に捨てた。


「あの、なにしてるんです?」

「蜜吸ってんだよ、蜜」

 まさかの蜜?

 メイドさんが外で花の蜜を吸ってるだなんて、シュールどころの話ではない。


「煙草買う金ないとき、これで口寂しさ紛らわせてたなぁ」

 ひもじいにもほどがある。


「ちっちゃい頃、やらなかったか?」

「やらなかったですね」

「ん。吸ってみ?」


 榊さんが、摘み取った花を僕に向けてくる。

 これ、大丈夫だろうか。衛生面とか。


「おらっ」

「むもっ」

 躊躇していると、榊さんが僕の唇に花を押し付けてきた。

 渋々それを口で受け取り、ちゅっと蜜を吸うと。


「犬のおしっこかかってるかもとか思ったら負けだぞ」

「ぶほっ!?」

 思わず咳き込み、僕は花を吐き出してしまった。


「な、なんで吸ってからそんなこと言うんですか!?」

「いやー、わりぃわりぃ。言い忘れてたわ」

 榊さんの涙袋がどんどん上がって目が細められていく。くそ、楽しそうだなこの人。


「でも、美味かったろ?」

「それは、まあ」

 花の蜜を吸ったのなんて初めての経験だったから、新鮮ではあった。


「もっと吸おうぜ。蜜吸い放題だからな。あたしらは自由だ。蜂よりも、雲よりもな」

 榊さんは時折、よくわからないことを言う。


「ほどほどにしましょうね」

 そう言いつつも、僕は榊さんと一緒にホトケノザという花の蜜を吸ったのだった。


 蜜を楽しむコツは、犬のおしっかかってるとか思わないことだ。

 僕もだいぶ、榊さんに毒されてきた。


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