07
「ウオ」
父は、僕の名前を呼んだ。その声には、もう迷いはなかった。
「お前の力は、よくわかった。お前は、強い。俺なんかよりも、ずっと、強く、なれるかもしれない」
父は、僕の強さを、真っ直ぐに認めてくれた。それは、僕が心のどこかで、ずっと求めていた言葉だったのかもしれない。
「だが、その力は、ただの暴力であってはならない。憎しみのために、振るうものであってはならない」
父は、僕の目を、じっと見つめて言った。
「お前が守ってくれた、この命。俺だけのものじゃない。お前や、母さんや、村のみんな。そして、この世界の人々のためのものだ。俺は、そのために戦うと誓った。勇者として」
父の言葉が、僕の胸に、じんわりと染み込んでいく。
「そして、その戦いは、まだ終わっていない。こいつら四天王を操り、世界を闇に陥れようとしている、本当の悪がいる」
父は、天を仰ぐように、この塔のさらに上――遥か彼方を見据えた。
「悪の権化、『魔王』だ」
その名を聞いた時、僕の背筋に、ぞくりとした悪寒が走った。おとぎ話の中でしか聞いたことのない、絶対的な悪の象徴。
父は、今から、その魔王と戦いに行くというのか。この、死にかけの体で?
「無理だよ、父さん! 今の父さんの体じゃ……!」
僕が叫ぶと、父は静かに首を振った。
「一人じゃない」
父は、そう言って、僕に手を差し伸べた。
「お前も、一緒に来てくれるか」
その言葉の意味を、僕は一瞬、理解できなかった。
「俺と、お前、二人で。王都に行こう。情報を集め、仲間を探し、体勢を立て直す。そして、今度こそ、魔王の息の根を止める」
それは、僕に対する、命令ではなかった。対等な、仲間としての、誘いの言葉だった。
獣のように暴走し、父に止められた、この僕を。
守られるべき子供ではなく、共に戦う戦士として、認めてくれた。
「行こう。王都に。俺とお前、2人で。悪の権-化”魔王”を殺す為に」
僕の目の前に差し出された、父の大きな手。
それは、僕にとって、どんな言葉よりも嬉しい、最高の信頼の証だった。
僕は、溢れそうになる涙を、今度は必死でこらえた。そして、力強く、頷いた。
「……うん!」
僕は、その手を、僕の小さな両手で、固く、固く握り返した。
絶望の頂点だと思っていた、このファイナルタワーの最上階。
そこで、僕と父さんは、初めて、本当の意味で『父と子』から、『戦友』になった。
僕たちの、本当の戦いは、ここから始まる。
僕と父さん、二人の、長くて、そして過酷な旅が。
第一部
第七章 狂った王都
ファイナルタワーの頂で、父と子が新たな約束を交わしてから、五日の月日が流れた。
僕と父、エミール。たった二人の、新しい「勇者パーティー」は、魔王の支配する王都を目指して、ひたすらに歩き続けていた。
あの塔での死闘は、僕たちの全てを変えた。父は心身ともに限界を超えた傷を負い、僕は僕の中に眠る、得体の知れない獣の存在を自覚した。僕たちは、ボロボロで、不完全で、そして途方もない絶望を背負っていた。
だが、不思議と心は折れていなかった。
隣に、父がいたからだ。僕の隣を、同じ歩幅で歩いてくれる父が。
最初の二日間は、過酷という言葉ですら生ぬるかった。父の体は、自己治癒魔法で致命傷こそ塞いだものの、失われた血液と魔力はすぐには戻らない。歩いているだけで眩暈を起こし、何度も膝をついた。そのたびに、僕は父の体を支え、なけなしの食料と水を分け与えた。
夜は、岩陰や廃墟で火を熾し、身を寄せ合って眠った。父は、眠っている間も、悪夢にうなされているのか、苦しそうな呻き声を上げた。レイザーとの戦い、そして裏切りが、彼の心にも深い傷を残しているのは明らかだった。僕は、そんな父の額の汗を拭い、ただそばにいることしかできなかった。
僕は、旅の道中で、父から多くのことを学んだ。
魔物に遭遇すれば、まず僕が先行して奇襲をかけ、動きを止める。そして、父が最小限の動きで、的確にとどめを刺す。僕の野性的な勘と、父の老練な経験が組み合わさることで、僕たちは驚くほど効率的に、そして安全に敵を排除することができた。
「ウオ、今の踏み込みは良かった。だが、殺意が昂ぶりすぎだ。相手の動きを見切る冷静さを失うな」
「父さんこそ、今の斬撃は浅い。もっと深く踏み込まないと、硬い鱗を持つ相手には通用しないよ」
「……むぅ。手厳しいな、相棒」
そんな会話を交わしながら、僕たちは互いの戦い方を補い合い、磨き上げていった。僕は、僕の中にいる獣を、ただ暴走させるのではなく、制御する方法を学び始めた。父もまた、満身創痍の体で戦うための、新たな戦闘スタイルを模索しているようだった。
食料が尽きれば、父が教えてくれた薬草や食べられる木の実を探し、僕が罠を仕掛けて小動物を捕らえた。最初はぎこちなかった僕のナイフ捌きも、五日目にもなると、皮を剥ぎ、肉を切り分けるくらいは、手際よくこなせるようになっていた。
夜、揺らめく焚き火を囲みながら、僕たちはたくさんの話をした。
それは、これまで僕が全く知らなかった、父の物語だった。
「俺が、なぜ勇者になったか、話したことがあったか?」
ある夜、父は静かに切り出した。
「村では、ただの強い剣士ってことになってるけど……本当は、違うんだ」
父の話は、僕の生まれるずっと前、彼がまだ僕と同じくらいの年の頃に遡った。当時、先代の魔王が世界を恐怖に陥れており、それを討伐するために、一人の勇者が立ち上がった。父は、その勇者に憧れ、故郷を飛び出し、弟子入りを志願したのだという。
「まあ、結果から言えば、弟子にはなれなかったんだがな。その方には、もう立派な仲間たちがいた。俺なんかが入る隙はなかったよ」
父は、少し寂しそうに笑った。
「だが、その旅に、俺はこっそりついて行ったんだ。ちょうど、今のお前みたいにな」
その言葉に、僕は少し驚いて、そしてなんだか嬉しくなった。
「その勇者様は、魔王を倒した。世界に平和が戻った。俺は、その方のようになりたいと、ただひたすらに剣を振るった。そんな時だ、聖剣アスカロンが、俺を選んでくれたのは」
父は、傍らに置いた聖剣を、愛おしそうに撫でた。
「この剣は、ただの武器じゃない。歴代の勇者の魂が宿っている。そして、次の勇者を選ぶ、意思のようなものがあるんだ。俺は、この剣に認められた時、心に誓った。この力は、人々を守るために使おう、と」
父の瞳は、焚き火の炎を映して、静かに、そして強く輝いていた。
僕は、母さんのことも尋ねた。不器用で、朴訥な父が、どうやって母さんと結婚したのか、ずっと不思議だったからだ。
「はは……それは、まあ、なんだ。母さんの方から、声をかけてくれたんだよ」
父は、照れくさそうに頭を掻いた。
「俺が、魔物退治で大怪我をして、村で寝込んでいた時だ。母さんが、毎日看病に来てくれてな。その……シチューが、あまりにも美味しくて……。気づいたら、俺の方から、『毎日、君のシチューが食べたい』なんて、プロポーズみたいなことを言っていた」
その時の光景が目に浮かぶようで、僕は思わず笑ってしまった。父も、つられて笑った。
そんな穏やかな時間の中で、僕は、ずっと胸につかえていたことを、勇気を出して打ち明けた。
「父さん……僕、怖いんだ」
「何がだ?」
「僕の中の……僕じゃないみたいな、何か。レイザーと戦った時、僕は、ただあいつを殺すことしか考えられなかった。楽しくて、気持ちよくて……まるで、獣になったみたいだった。あのまま父さんが止めてくれなかったら、僕は、きっと……」
僕の告白を、父は黙って聞いていた。そして、僕の言葉が途切れると、大きな手で、僕の頭をわしわしと撫でた。
「力そのものに、善悪はないんだ、ウオ」
父は、諭すように言った。
「火が、人の体を温め、料理を作ることもできれば、家や森を焼き尽くすこともできるのと同じだ。お前のその力も、使い方次第で、人を救う盾にもなれば、傷つける剣にもなる。それを決めるのは、お前自身の心だ」
「僕の……心……」
「そうだ。お前は、俺を助けるために、その力を使った。人を殺す寸前で、俺の言葉に、踏みとどまってくれた。お前の心は、獣じゃない。ちゃんと、人の心だ。俺は、それを信じている」
父の言葉は、僕の中に巣食っていた不安を、温かく溶かしてくれた。そうだ。僕は、自分で選べるんだ。この力を、何のために使うのか。
僕と父の関係は、この五日間で、確かに変わった。
以前は、ただ大きくて、遠い存在だった父。今は、隣に立ち、背中を預けられる、最高の『相棒』だった。
魔王領の荒涼とした大地を抜け、徐々に緑豊かな人間の生活圏へと入っていく。道中、魔王軍から逃げてきたのであろう、疲れ果てた避難民の一団とすれ違うこともあった。彼らは、僕たちの姿を見ると、怯えたように道を譲り、決して目を合わせようとはしなかった。世界が、深く傷ついていることを、肌で感じた。
そして旅の五日目の夕暮れ。僕たちの目の前に、ついに巨大な城壁が見えてきた。
王都。この国の中心にして、今や魔王が支配する、最後の決戦の地。
「今日は、あの麓の町で宿を取ろう。決戦の前だ。少しでも体を休めておきたい」
父の提案に、僕は頷いた。久しぶりの、屋根のある場所での休息。温かい食事と、柔らかいベッド。その響きは、疲労困憊の僕たちにとって、何よりも魅力的に聞こえた。
最後の夜、不吉な忠告
王都の城壁の麓にある宿場町は、僕が想像していたよりも、活気があった。いや、活気があるというよりは、どこか病的な熱気に包まれている、と言った方が正しいかもしれない。道行く人々の顔は、誰もが強張り、その目には不安と、そして奇妙な高揚の色が浮かんでいた。
僕と父は、なるべく目立たないように、フードを深く被り、一軒の宿屋の扉を叩いた。
「へい、いらっしゃい!」
恰幅のいい女将さんが、愛想の良い笑顔で僕たちを迎えてくれた。久しぶりに触れる、人の温かさに、僕の心は少しだけ和んだ。
通された部屋は、簡素だったが、清潔で、窓からは王都の城壁が見えた。僕たちは、何日かぶりに、熱い湯を浴びて体の汚れを落とし、階下の食堂で、温かいシチューとパンを食べた。
母さんのシチューには敵わないけど、それでも、五日ぶりのまともな食事は、涙が出るほど美味しかった。
「美味いか、ウオ?」
「うん。すごく」
僕たちは、ほとんど会話もせず、夢中で食事を胃袋にかきこんだ。周囲の席からも、様々な声が聞こえてくる。
「王都は、今や魔王様のおかげで、楽園になったらしいぞ」
「ああ。
税金は安くなり、食い詰めた者には仕事と食事が与えられるそうだ」
「勇者なんて、もう必要ないんじゃないか?」
そんな、信じられないような会話が、あちこちから聞こえてくる。
僕は、耳を疑った。
楽園? 魔王が作った? みんな、何を言っているんだ?
父は、そんな周囲の声には耳を貸さず、ただ黙々とシチューを口に運んでいた。
だが、その眉間には、深い皺が刻まれていた。
部屋に戻ると、父はすぐに地図を広げた。
それは、王都の古い地図で、父が勇者として活動していた頃に使っていたものらしかった。
「魔王がいるのは、おそらく、王城の玉座の間だろう。
問題は、そこまでどうやってたどり着くかだ」
父は、僕にも意見を求めてくれた。
「王城の警備は、以前とは比べ物にならないほど厳重になっているはずだ。
正面から突入するのは、自殺行為に近い」
「それなら、夜に紛れて、城壁を登るのはどうかな? 僕なら、身軽だから、父さんを先導できると思う」
僕は、ファイナルタワーでの経験を元に、意見を言った。
あの時、僕が塔に潜入できたように、王城にも、きっと死角があるはずだ。
「なるほど……。
それも一つの手だな。
あるいは、この古い地下水道を使うか……」
父は、僕の意見を真剣に聞き、地図に記されたいくつかの経路を指でなぞった。
僕たちは、まるで秘密基地で作戦会議をする子供のように、頭を突き合わせて、ああでもない、こうでもないと議論を重ねた。
議論の中心は、常に「王都の生存者をどう救うか」という点にあった。
「俺たちが派手に動けば、魔王は、市民を人質にする可能性がある。
できるだけ、戦闘は避け、市民を巻き込まないように、魔王の元へたどり着くのが最優先だ」
父の考えは、一貫していた。
あくまで、人々を救うこと。
それが、彼の勇者としての根幹だった。
僕は、その考えに、少しだけ疑問を感じていた。
レイザーの一件以来、僕の中には、人間そのものに対する、漠然とした不信感が芽生えていたからだ。
「でも、父さん。
もし、王都の人たちが、自分から魔王に協力していたとしたら? さっき、食堂で話してた人たちみたいに……」
僕の問いに、父は少しだけ黙り込んだ。
そして、僕の目を真っ直ぐに見て、言った。
「それでも、だ。
彼らは、騙されているだけかもしれない。
あるいは、魔王の力で、無理やり従わされているのかもしれない。
どんな理由があれ、俺たちは、彼らを守るために戦うんだ。
そうでなければ、勇者じゃない」
父の瞳には、一切の迷いがなかった。
その、あまりにも真っ直ぐな正義感に、僕は何も言い返せなくなってしまった。
僕たちは、いくつかの潜入プランを立て、明日、王都の様子を実際に見てから、最終的な作戦を決めることにした。
久しぶりの、柔らかいベッド。
隣からは、父の穏やかな寝息が聞こえる。
僕も、すぐに深い眠りに落ちていった。
この夜が、僕たちが享受できる、最後の平穏な夜になることなど、まだ知らずに。
翌朝。
僕たちは、決戦に向けて、心身ともに、最高の状態にあった。
宿の料金を払うために、帳場へ向かうと、昨日の女将さんが、にこやかに僕たちを迎えてくれた。
「おはよう、坊やたち。
よく眠れたかい?」
「はい、おかげさまで」
僕が答えると、女将さんは、僕と父の顔を、じっと見比べた。
そして、声を潜めて、尋ねてきた。
「あんた達……もしかして、勇者パーティーかい?」
その言葉に、僕はドキリとした。
僕たちの正体が、なぜわかったのだろう。
父は、無言で僕の肩を抱いた。
肯定も、否定もしない。
僕は、少しだけ誇らしいような、照れくさいような気持ちになって、正直に答えた。
「ああ、まあ……一応、そうですけど」
その答えを聞いた瞬間、女将さんの顔から、笑顔が消えた。
そして、その目に、深い、深い憂いの色が浮かんだ。
「……そうかい。
やっぱり、そうかい」
女将さんは、周囲を気にするように、さらに声を潜めると、僕たちに、懇願するように言った。
「王都に行くのは、辞めときな」
その言葉は、僕たちの心に、冷たい楔を打ち込んだ。
「あそこは……あそこは、もう、昔の王都じゃないんだよ。
今は、『異常者』の集まりになってる」
「異常者……?」
父が、訝しげに聞き返す。
「ああ……。
魔王が来てから、何もかもがおかしくなっちまった。
最初は、魔王を倒そうと立ち上がった騎士団も、貴族も、みんな殺されたり、どこかへ連れて行かれたり……。
なのに、今じゃ、残った市民が、こぞって魔王様、魔王様って、崇め奉ってるんだ」
女将さんの声は、恐怖に震えていた。
「まるで、集団で狂っちまったみたいに……。
魔王に逆らう者は、魔族じゃなくて、周りの人間たちが、寄ってたかって吊し上げる。
そんな場所になっちまったんだ。
だから、お願いだよ。
あんた達みたいな、まともな人間が行く場所じゃない。
命が、いくつあっても足りやしないよ……」
女将さんの言葉は、あまりにも具体的で、切実に響いた。
僕と父は、顔を見合わせた。
異常者。
その正体は、魔族が市民に化けているのか、あるいは、魔族の魔法で、人々が洗脳されているのか。
どちらにせよ、王都が、僕たちの想像以上に、危険な場所になっていることだけは、間違いなかった。
僕たちは、女将さんに礼を言うと、黙って宿を出た。
女将さんの警告は、僕たちの心に、重い影を落としていた。
しかし、僕たちの決意を揺るがすには至らなかった。
むしろ、その逆だった。
王都の人々が、本当にそんな状況に陥っているのなら、一刻も早く、助け出さなければならない。
魔王を倒し、彼らを呪縛から解放する。
僕たちの使命は、より明確になった。
僕たちは、朝日を浴びて輝く王都の城壁を見据え、最後の決戦の地へと、足を速めた。
裏切りの都
王都の巨大な城門の前に立った時、僕は、思わず息を飲んだ。
近くで見上げる城壁は、圧倒的な威圧感があった。
しかし、僕を驚かせたのは、その大きさではなかった。
城門は固く閉ざされているわけではなく、開け放たれ、人々が自由に行き来している。
城壁の上には、槍を持った衛兵が立っているが、その動きには緊張感がなく、どこか気だるげですらあった。
一見すると、それは、信じられないほど平和な光景だった。
「……おかしいな」
父が、低い声で呟いた。
「魔王が支配している都市ならば、もっと厳重な警戒態勢が敷かれているはずだ。
まるで、誰でも歓迎しているかのようだ」
宿の女将の言葉が、僕の脳裏をよぎる。
異常者の集まり。
この平和に見える光景そのものが、異常だというのか。
「着いたな。
ここが、王都か」
僕は、目の前の光景を、まだどこか信じられない気持ちで見つめていた。
すると、父が、僕の肩に、ぽん、と手を置いた。
「感心してる場合じゃないぞ。
行くぞ、俺のたった一人の息子……ウオ」
その言葉に、僕は少しだけむっとして、言い返した。
「そこは、『相棒』だろ? 父さん」
僕の言葉に、父は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに、その口元に、優しい笑みを浮かべた。
「……そうだったな。
すまん、相棒」
「……まあ、いいけど。
行こう!! 突入だ!!!」
僕たちは、互いの顔を見て、頷き合った。
そして、覚悟を決め、開かれた城門の中へと、足を踏み入れた。
王都の内部は、外から見た印象と同じく、活気に満ち溢れていた。
大通りには露店が並び、子供たちの笑い声が響き、行き交う人々の顔には、笑顔があった。
しかし、その笑顔は、どこか貼り付けたような、不自然なものに見えた。
目の奥が、笑っていない。
誰もが、同じような、空っぽの笑顔を浮かべている。
そして、僕たちが足を踏み入れた瞬間、その場の空気が、ぴたり、と凍りついた。
全ての視線が、僕と父に、一斉に突き刺さる。
露店の店主も、井戸端会議をしていた主婦たちも、追いかけっこをしていた子供たちでさえも。
全ての動きを止め、その虚ろな目で、僕たちを、じっと見つめていた。
空っぽだった彼らの目に、徐々に、ある感情の色が宿り始めた。
それは、敵意だった。
純粋で、何の混じり気もない、剥き出しの敵意。
「……見ろよ」
「あの格好……まさか……」
「勇者……気取りの、偽物だ」




