表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/60

54


第七部 キミシダイ決戦編

第七章:君が為の鎮魂歌

ウオの視点

夢を見ている。

そう、自覚があった。

目の前には、あの港町の夜が広がっている。俺の灰色の世界に、レシアが色をくれた、あの始まりの夜。

ヒュルルルルル……という、魂を震わせるような音。

ドン!!!!

という、腹の底に響く轟音と共に、闇が、色とりどりの光で塗りつぶされていく。

赤、青、緑、金。

巨大な光の花が、咲いては消え、咲いては消え、俺とレシア、二人だけの世界を、幻想的に照らし出していた。

綺麗だ。

心の底から、そう思う。

この光景を、もう一度、君と見たかった。

「ようやく会えたな!! レシア!!」

俺は、隣にいるはずの彼女に向かって、そう叫んでいた。

だが、そこに彼女の姿はなかった。

俺は、一人だった。

この、美しくも、どこまでも空虚な、夢の世界で。

思えば俺は、この時から、ずっと夢を見ていたのかもしれない。

いや、俺の存在そのものが、一つの長くて、悲しい、夢だったのだ。

全ての記憶が、流れ込んでくる。

それは、走馬灯のように断片的で、それでいて、魂に刻み込まれた絶対的な真実の奔流だった。

俺は、本当は、ここにいない。

この世界に、生まれてすらいなかった。

思えば俺は、当時の魔王だったダイマ・オウに生後三ヶ月の時に殺されていた。

まだ、父さんの顔も、母さんの顔も、おぼろげにしか認識できない、ただ温かい腕に抱かれていただけの、無力な赤ん坊だった俺。ダイマ・オウの気まぐれな一撃が、俺の小さな命を、いとも容易く摘み取った。

その時の、母さんの絶叫が、今も耳の奥で木霊している。

その時から、リリア母さんは壊れていったっけか。

俺の小さな亡骸を抱きしめ、光の消えた瞳で、ただ虚空を見つめていた、あの悲しい姿。

そして、ダイマ・オウから聞いた話によると、全ての歯車はそこから狂い始めた。

母さんは、俺の死を受け入れられなかった。

彼女は、自らの死を偽装したうえで、愛したはずの仲間、ジェイクさんからも離れ、どこかの森の奥深くで、死んだかつての父さんと、そして生後三ヶ月で死んだ俺の、小さな、小さな墓を作ったそうだ。

毎日、その墓の前で泣き続けた彼女は、やがて、一つの狂気に取り憑かれた。

息子を、もう一度、この世に。

その歪んだ願いを叶えるため、彼女はラザールさんに接触した。

そして、悪魔との契約を結んだ。

ラザールさんに魔族の適合手術を受け、人間としての過去と感情、その全てを捨て去り、記憶を消去する代わりに、たった一つだけ、願った。

死んだ俺を媒介に、ラザールが夢にまで見た反転魔法の概念そのものを錬成してほしい、と。

ウオという、一人の少年を、この世界に『物語』として、存在させてほしい、と。

最初は、俺もなんでリリア母さんがそんなことするか、理解できなかったよ。

俺を大魔王にするための道具として、蘇らせたのだと、そう思っていた。

憎んだ。

心の底から、あんたを憎んだ。

……でも。今なら理解できる。

例え俺が夢や概念になって、そこにいるけど本当はいない、そんな不確かな存在だとしても。

リリア母さんは、そんな状況でも、俺にいろんな景色を見てほしかったんだと思う。

父さんと剣の稽古をする、森の木漏れ日を。

友達と駆け回る、村の草原を。

そして、レシアと見上げた、この、満天の花火を。

色んな経験をして欲しかったんだと思う。

普通の男の子が経験する、当たり前の幸せを、偽物だとしても、俺に与えたかったんだ。

だから、ありがとうって何度でも言いたいよ。

いや、言うんだ。言わなくてはならない。

だって、俺はもうじき消える。

この夢が、終わるように。

俺という物語が、完結するように。

俺の存在は、この世界から、完全に消え失せる。

レシアにも、エミール父さんにも、ライアにも、みんなにも、言わないといけないことがある。

ありがとう、と。

ごめん、と。

そして、さよなら、と。

だから、俺は、その中でも、一番大切なレシアに言う。

この夢の世界で、俺の隣に現れてくれた、愛する君に。

「俺、全て思い出したんだ。レシア」

俺の目の前で、レシアが泣いていた。

花火の光が、彼女の涙を、キラキラと輝かせている。

その美しい光景が、俺の胸を締め付けた。

そう言うと、レシアは泣きじゃくりながら、言う。

「私も…!! 私も、全部思い出した! ラザールお父さんのことも、アシレのことも! でも!! ……行かないで」

彼女もまた、この夢の中で、真実に辿り着いたのだろう。

俺が、何者であるのかを。

「レシア……ごめん」

俺には、そう言うことしかできなかった。

「行かないで!!!! 私には君しかいないの!!!!」

レシアは、俺を抱きしめて離さなかった。

その小さな体は、小刻みに震えていた。

彼女の温もりが、俺の、概念だけの、この体に、確かに伝わってくる。

ああ、俺は、生きているんだ。

今、この瞬間だけは。

でも、俺はこう言うしかなかった。

「ごめん。俺……夢とか概念とか、そんな曖昧な存在なんだ。だから、もうじき消えるよ」

「信じない!!! 信じないから!!!」

レシアは、泣き叫ぶ。

子供のように、声を上げて。

もう俺の服は、レシアの涙でグチャグチャだ。

俺も、泣いていた。

堪えきれずに、涙が溢れてくる。

レシアの美しい亜麻色の髪に、俺の涙がポロポロと流れていく。

ごめんな。レシア。

君を、一人にしてしまう。

君との約束を、守れなかった。

いや、ありがとう……かな。

君に言うべき言葉は。

君と出会えて、俺は、本当に、幸せだった。

君が、俺に、生きる意味をくれた。

君が、俺を、ただの概念から、一人の人間にしてくれたんだ。

俺は、君にただ幸せになってほしい。それだけだ。

……でも。

その、綺麗事だけでは、収まらない。

俺の、心の奥底から、どうしようもない、本音が、溢れ出してくる。

俺は、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、本心を吐露する。

「レシア!! やっぱ…!! 死ぬのって!! 消えるのって…!!! 辛いな!!!」


嗚咽が、止まらない。

格好悪い。

情けない。

英雄でも、大魔王でもない。

ただ、一人の、死にたくない、と泣き叫ぶ、弱い男が、そこにいた。

「……ウオ」

レシアが、俺の名を呼ぶ。

その声は、震えていた。

「俺…!!! 一緒にレシアと生きるって言ったのに!!! ごめん!! そして!! これまでありがとう!!! 本当に!! 本当…………に」

言葉が、続かなかった。

……ずるいよ。

レシア。

そんな、優しい顔で、俺を見ないでくれ。

君の、その、慈愛に満ちた、聖母のような微笑み。

君は、俺の、最後の我儘を、受け止めてくれるように、そっと、背伸びをした。

そして、俺の唇に、君の唇が、優しく、重ねられた。

俺のファーストキスは。

やっぱり君か。

柔らかくて、温かくて、そして、ひどく、しょっぱい味がした。

二人の唇と頬に、涙が伝う。

その瞬間、俺達の背後で、ひときわ大きな、特大の花火が打ち上がった。

夜空一面を、白銀の光で、埋め尽くす、壮大な、光のシャワー。

俺達は、その光の中で、強く、強く、抱きしめ合う。

「ウオ!!! 私こそ…!!! ありがとうね!!! 愛してるよ!!!! ウオォ!!!!」

レシアはそう言うと、俺が消えてしまわないように、俺の存在を、この世界に繋ぎとめるように、さらに強く抱きしめる。

あまりにも強く抱きしめすぎて、俺達はバランスを崩し、二人して、柔らかな草地の上に倒れてしまう。

「ウオ…!! ごめん!! ごめんね!!」

俺の上で、涙ながらに、必死で謝るレシア。

その涙と、笑顔と、愛しさが、ぐちゃぐちゃになった、世界で一番、美しい顔。

俺は、そんな愛おしい君の姿を見て、最後の力を振り絞り、こう呟く。

もう思い残すことはないと、全てを託すように。

何気ない一言を。

「レシア。幸せになれよ」


第七部 キミシダイ決戦編

第八章:君が為の鎮魂歌

夢から覚めた世界は、ひどく静かだった。

俺という名の長い夢。その終わりに見たのは、愛するレシアの涙と、彼女と交わした、果たされることのない約束。

だが、不思議と、心は穏やかだった。

全てを思い出したからだ。

全てを、受け入れたからだ。

この俺マイダ・ウオと、俺の中にいたもう一人の俺であるダイマ・オウが、二人で一つ、『反転魔法』という概念の器として、この世界に生み出された存在だったこと。

邪神アシレと、その駒であるフィボナッチ、そして彼らに利用されていることすら知らない哀れな狂神ラザールに、俺達の存在そのものが、ただ都合良く使われてきたという事実。

ダイマ・オウから精神の隠れ家でその全てを聞かされた時は、正直ショックだった。

俺が、ウオという人格を持つ大魔王の反転者であることを知った時以上に、俺の人生、俺の感情、俺の愛した時間そのものが、壮大な物語を回すためだけに用意された、ちっぽけな舞台装置に過ぎないという事実が、俺の心を深く抉った。

だけど、それでも。

目の前に広がる光景が、その絶望を塗り替えていく。

瓦礫の山と化したキミシダイ帝国の中心。

だが、そこはもう死の世界ではなかった。

不気味な紫色の月は消え、空には柔らかな夜明けの光が差し始めている。

父さんがいる。俺の帰りを信じ、冥府の底からさえ舞い戻ってきてくれた、俺の唯一無二の英雄。

ロザールさんがいる。ナターシャさんがいる。メアリーがいる。ライアも、ジェイクさんも、その魂はきっと、俺達のそばに。

そして、何よりも。

俺の隣で、涙を拭い、それでも毅然と前を見据える、レシアがいる。

みんながいる。みんなは、俺と違って、これからを生きてくれる。

そうだ。

レシアとこの世界の反転は、俺達二人の愛で止まった。

邪神アシレが支配するはずだった未来は、俺とレシアの、たった一つの、不確定で、非合理な感情によって、打ち砕かれたのだ。

だから、きっとレシアは……みんなは、大丈夫。

きっと俺がいなくても、うまくやっていける。

まあ、だから、これから始まるこの最後の戦いは、俺の物語じゃない。

これからの為の物語ってことだよ。

みんなが、未来へと歩き出すための。

なあ? フィボナッチ。

お前も、そう思うだろ。

やはり、お前が俺にとっての最後の敵というわけか。

俺達の前方、崩れ落ちた玉座の残骸の上に、奴はいた。

黒い霧が晴れ、その本性を現したレイザーの姿をした男。

神兵や天使は、主であるアシレが完全に消滅したことで、塵となって消え失せた。世界の理を歪めていた彼の権能もまた、その輝きを失い、キミシダイ帝国はただの廃墟へと還ろうとしている。

その中心で、フィボナッチは、ただ一人、震えていた。

それは恐怖からではなかった。

純粋な、そして底なしの、怒りからだった。

「貴様…!!! マイダ・ウオ!!! 舞台装置に過ぎない貴様に計画を無茶苦茶にされたこの痛みが分かるか!!!?」

彼の絶叫が、静まり返った廃墟に木霊する。

百年の、いや、それ以上の永きにわたる彼の悲願。その全てが、俺という名の、たった一つの『概念』によって、水泡に帰したのだ。その怒りと屈辱は、察するに余りある。

しかし、俺には効かない。

その憎悪も、その呪詛も、もう、俺の心には届かなかった。

俺にはレシアがいる。エミール父さんがいる。ライアがいる。リリア母さんがいる。みんながいる。

俺の心は、みんなの愛で満たされている。

お前の入り込む隙間なんて、もうどこにもない。

だから。

俺は負けない。

俺は静かに、自らの魂から生み出した魔剣を構えた。

そして、彼に告げる。

最後の、そして唯一の、真実を。

「そんなもの、俺には分からない。分かりたくもない。……だけど、ただ一つだけ、お前に言えることがある」

フィボナッチの赤い瞳が、憎悪に燃えながら俺を睨みつける。

「なんだ…? 言ってみろ」

「お前は、みんなの未来のために、俺が殺さないといけない。それだけだ」

それは、憎しみからくる言葉ではなかった。

ただ、静かな、事実の宣告。

俺という物語の、最後の役目。

俺のその揺るぎない覚悟を前に、フィボナッチは一瞬だけ怯んだようだった。だが、彼はすぐに、その顔に狂気の笑みを浮かべた。

彼は、もう、後戻りできないのだ。

「ならば、こちらはアシレ様の悲願のためだ。アシレ様の意思を引き継ぎ、今度は俺がこの世界の神となる」

彼は両腕を広げた。

その体から、残された最後の魔力が、黒い稲妻となって迸る。

アシレの意思を継ぐ、だと?

違う。

お前はただ、自分の敗北を認められないだけだ。

全てを失った今、神になるという妄想にすがることでしか、その精神を保てない、哀れな道化に過ぎない。

だが、その道化が、この世界の最後の脅威であることに、変わりはなかった。

俺は、剣を構え直す。

仲間たちが、俺の背後で、それぞれの武器を構える気配がした。

父さんが、聖剣を。

ロザールさんが、炎の剣を。

ナターシャさんが、光の杖を。

メアリーが、影の短剣を。

そしてレシアが、その心眼で、俺達の未来を、見据えている。

そして、これから行われる俺達の最終決戦は、もうじき消える俺から送る……みんなへの鎮魂歌だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ