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 四


 戦いは地獄だった。

 ジェイクさんは強かった。

 あまりにも。

 その木刀から繰り出される見えざる刃は父さんの無限楼閣ジーク・アクスと互角に渡り合う。

 魂を抜かれてもなおその体に染み付いた技と力は一切衰えていなかった。

 いやむしろ感情という枷が外れたことでその動きはさらに洗練され機械のように完璧なものとなっていた。

 俺と父さん二人がかりでようやくその猛攻を防ぐのが精一杯だった。

「くそっ…! やはり儂の木刀は切れが悪い!!」

 ジェイクさんの口癖を父さんが叫ぶ。その顔には焦りとそしてかつての仲間と刃を交えることへの深い悲しみが滲んでいた。

 一方ロザールさん達もダインを相手に苦戦を強いられていた。

 ダインは不死身だった。

 ロザールさんの魔法剣がその体を切り裂いてもナターシャさんの光の槍がその心臓を貫いてもメアリーの闇がその動きを封じても。

 ダインは何度でもその体を再生させその度にさらに強くなっていく。

「無駄だ!」ダインが嘲笑う。「ラザール様から授かったこの力の前ではお前達など赤子も同然よ!」

 戦況は絶望的だった。

 俺達は少しずつ追い詰められていく。

 このままでは全滅する。

 そう誰もが思い始めたその時だった。

「ウオ! 父さん!」

 レシアの声が響いた。

 彼女は戦いの輪から外れ村の広場の中央で何かに集中していた。

 その瞳は固く閉じられ全身から翠色の穏やかな光が溢れ出している。

 心眼。

 彼女はその力を最大限に解放し何かを探っていたのだ。

「ジェイクさんの心を探している!」

 俺は彼女が何をしようとしているのかを悟った。

 そうだ。

 ジェイクさんの体は操られているだけ。

 その魂はまだこの世のどこかに囚われているはずだ。

 その魂を解放することさえできれば。

 だがジェイクさんの魂はラザールの強力な呪いによって固く閉ざされていた。

 レシアの心眼だけではその扉をこじ開けることはできない。

「俺が道を作る!」

 俺は叫んだ。

 そして父さんを見た。

 父さんも俺の意図を理解してくれたのだろう。

 彼は力強く頷いた。

 俺と父さんはアイコンタクトだけで完璧な連携を組んだ。

 父さんがジェイクさんの正面に立ちその全ての攻撃を受け止める。

 その隙に俺はジェイクさんの背後へと回り込んだ。

 そして俺は勇者と大魔王の力を一つにした。

 金色の光と黒いオーラが俺の右腕に収束していく。

 これは賭けだった。

 俺のこの力がジェイクさんの魂を破壊してしまうかもしれない。

 だがもうこれしか方法はない。

 俺はジェイクさんの背中にその手を当てた。

 そして叫んだ。

「起きろジェイクさん! 俺達の声を聞いてくれ!」

 俺の魂の全てを乗せた力がジェイクさんの体の中へと流れ込んでいく。

 ジェイクさんの体が大きく痙攣した。

 その空っぽだった瞳の奥でほんの僅かに。

 俺達が知るあの優しい光が灯った気がした。

 だがそれも一瞬だった。

 俺の力がラザールの呪いに弾き返される。

「ぐっ……!」

 俺は吹き飛ばされ地面に倒れた。

 ダメだったか。

 そう絶望した俺の耳にダインの冷たい声が届いた。

「遊びは終わりだ」

 彼はロザールさん達を退けると一直線にレシアへと向かっていった。

 彼女はジェイクさんの魂を探すのに集中していて完全に無防備だった。

「レシア!」

 俺は叫んだ。

 だが俺の体はもう動かない。

 父さんもジェイクさんを抑えるので手一杯だ。

 ダインの鋭い爪がレシアの背中を捉える。

 その寸前だった。

 俺とレシアの間にジェイクさんが立ちはだかっていた。

 彼がダインの一撃をその身をもって受け止めたのだ。

 ダインの爪がジェイクさんの胸を深々と貫いていた。

「……ジェイク……さん……?」

 レシアがか細い声で呟く。

 ジェイクさんはゆっくりと振り返った。

 その瞳には確かに光が戻っていた。

 俺の魂の叫びが彼の心を呼び覚ましたのだ。

 彼は俺達を見て満足げにそして少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「……悪いな。俺は魔族相手には手加減できねェんだ」

 その言葉と同時に彼の体から凄まじい光が放たれた。

 それは彼の魂そのものを燃やし尽くす最後の輝き。

 自爆。

 彼はダインを道連れにするつもりなのだ。

「ジェイクさん! やめてください!」

 ロザールさんの絶叫。

 だがもう遅かった。

 光が全てを飲み込んでいく。

 その最後にジェイクさんは俺達にだけ聞こえる声で言った。

「……後のことは頼んだぜ。才能の卵達よ」

 閃光。

 轟音。

 カリム村の広場に巨大なクレーターが穿たれた。

 後に残されたのは静寂とそして俺達の心に刻まれた英雄のあまりにも偉大な自己犠牲の記憶だけだった。

 ダインの気配もジェイクさんの気配ももうどこにもなかった。

 俺達は勝った。

 だがその代償はあまりにも大きすぎた。

 俺達はまた仲間を失ってしまったのだ。

 俺達は崩れ落ちた広場の中央でただ立ち尽くすことしかできなかった。

 涙はもう出なかった。

 ただどうしようもない虚無感だけが俺達の心を支配していた。

 戦いはまだ終わっていない。

 ラザールはまだ生きている。

 そして俺達はジェイクさんという最大の支柱を失ってしまった。

 これからどうすればいいのか。

 誰もその答えを見つけられずにいた。

 その時だった。

 俺達の背後から静かな声がした。

「――見事な戦いだった」

 振り返るとそこに一人の男が立っていた。

 いや立ってはいなかった。

 黒い霧のような不定形の存在。

 その霧の中心で二つの赤い目が不気味に輝いている。

「貴様は……!」

 父さんが聖剣を構える。

 その存在から放たれる魔力はダインとは比較にならないほど強大でそして邪悪だった。

 霧が人の形を成していく。

 そこに現れたのは俺が決して忘れることのできない顔だった。

 漆黒の片翼。

 そしてその手に握られた魔剣ネメシス。

「レイザー……!」

 ファイナルタワーで父さんを裏切り、俺に倒されたはずの預言者。

 彼がなぜここに。

「おっと人違いだ」

 レイザーの姿をした男は楽しそうに言った。

「俺はレイザーではない。俺こそが『愛眼』の真の支配者。そしてお前達が戦ってきた全ての悲劇の脚本家よ」

 その言葉の意味を俺達は理解できなかった。

 だが次の彼の言葉に俺達は戦慄した。

「俺の名はフィボナッチ。『独裁』のフィボナッチだ」

 フィボナッチ。

 キミシダイ帝国の王。

 死んだはずの魔王や父さんの偽物を作り出した張本人。

 アシレではなく、彼こそがラザールをも操っていた全ての元凶だというのか…?

「さて始めようか」

 フィボナッチは両手を広げた。

「世界の終焉を告げる最後の演目を。そしてその主役はもちろん――」

 彼の赤い目がレシアを捉えた。

「――君だ。古の邪神アシレの器よ」

 彼の指が鳴らされる。

 レシアの体が悲鳴を上げた。

 彼女の体から禍々しいオーラが噴き出しその意識が闇に飲まれていくのが分かった。

「レシア!」

 俺は彼女に駆け寄ろうとした。

 だが俺の体は動かなかった。

 金縛りにあったように。

 フィボナッチの力が俺達の動きを完全に封じていたのだ。

 彼は闇に染まっていくレシアをその腕に抱きかかえると俺達に向かって言った。

「娘を返してほしくばキミシダイ帝国へ来い。そこで貴様らの英雄譚の本当の結末を見せてやろう」

 その言葉を残しフィボナッチはレシアと共に闇の中へと姿を消した。

 後に残されたのは静寂とそして愛する者を再び奪われた俺達の絶望だけだった。

 俺の本当の戦いはまだ終わっていない。

 いや本当の地獄は今この瞬間から始まろうとしていた。

 俺は自分の無力さを呪いながらただ絶叫することしかできなかった。

「レシアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」



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