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 第七部 キミシダイ決戦編

 第一章:英雄の亡骸と悪魔の招待状


 ウオの視点


 一


 光だった。

 全てを祝福するような温かい光が俺の体を包んでいた。

 ラザールの呪縛から解放された魂が現実へと帰還する。その浮遊感にも似た感覚の中で俺は微かに声を聞いた。

「……ただいま」

「……おかえりウオ」

 俺の言葉。そしてレシアの涙に濡れた声。

 そうだ俺は帰ってきたんだ。

 レシアが待つこの場所へ。仲間たちが戦うこの世界へ。

 ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 最初に映ったのは泣きながらも必死に微笑もうとしているレシアの顔だった。その大きな翠色の瞳から涙がぽろぽろと零れ落ち俺の頬を濡らす。俺はその涙を拭ってやりたかった。だが自爆のダメージと魂の消耗で指一本動かせない。

「茶番は終わりか」

 ラザールの冷たい声が響く。

 彼の杖に集束していく世界の終わりを告げる光。

 ロザールさんの守護結界が砕け散る寸前だった。

 もうダメだ。

 誰もがそう絶望したその刹那。

 天が裂け空が落ちてきた。

 世界の法則が悲鳴を上げる。

 俺達の前に一人の男が立っていた。

 忘れるはずのないその背中。

 日に焼けた肌。戦いの痕跡である左目の上の傷跡。そして俺達を見守るどこまでも優しい蒼い瞳。

「大きくなったなウオ! レシア!! 俺はすべての記憶を思い出したからな!! 安心してくれ!!」

 父さん。

 勇者エミール。

 二度死んだはずの彼がそこにいた。

 冥府の王との契約。魂だけの存在。桜吹雪のような無数の刃を纏う冠位装填「無限楼閣ジーク・アクス」。

 父さんは俺とレシアの心眼を通してラザールの完璧な狂気と渡り合った。

 空間を操り時間を歪め過去の魔物を召喚する狂神。

 その絶対的な力の前に父さんとレシアの絆が挑む。

 戦場は混沌を極めた。

 ロザールさんナターシャさんメアリーもまた召喚された魔物の軍勢と死闘を繰り広げていた。

 ジェイクさんの教え。この旅で培った絆。その全てが彼らを本当の戦士へと成長させていた。

 そしてラザールの最後の切り札。

 村人たちの生命力を集めた巨大な闇の球体。

 世界の全てを消し去るその一撃を阻止したのは俺だった。

 勇者の心と大魔王の力。

 その二つを調和させた俺の一撃が十字架の呪いを破壊し村人たちを解放した。

 計画が完全に破綻したラザール。

 その一瞬の隙を父さんとレシアは見逃さなかった。

 二心同体の一閃。

 光速を超えた聖剣が狂神の胸を貫きその首を刎ねた。

 ラザールの生首だけを残して胴体が消えるという不気味な余韻。

 そして残された首から溢れ出した終末の獣。

 理性を失いただ破壊の本能だけを宿した怪物が俺達に牙を剥いた。

 その絶望的な状況を覆したのはまたしてもレシアだった。

 彼女の魂の叫びがラザールの心の奥底に眠っていた父親としての記憶を呼び覚ました。

「安心して…!!! 私は上手くやれてるから!!!」

 その一言が百年の狂気を終わらせた。

 終末獣は娘を祝福する温かい光の粒子となって消えていった。

 全てが終わったのだ。

 長くて苦しい戦いがようやく。

 俺は仲間たちに囲まれながら安堵の息を漏らした。

 父さんが俺の隣に膝をつきその大きな手で俺の頭を撫でてくれる。

「よく頑張ったなウオ。お前は俺の誇りだ」

 その言葉が聞きたくて俺はずっと戦ってきたのかもしれない。

 涙が溢れて止まらなかった。


 二


 カリム村に平和が戻った。

 ラザールが遺した終末獣の骸は聖なる光となって消え去りその光は村全体を覆い尽くした。呪いで蝕まれていた大地は息を吹き返し枯れていた木々は芽吹き花々が咲き乱れる。まるで世界がもう一度生まれ変わったかのようだった。

 十字架から解放された村人たちは俺達の姿を見て最初は何が起きたのか分からずに呆然としていた。だがレシアの両親が涙ながらに娘を抱きしめたのをきっかけに広場は歓喜の渦に包まれた。

 村長も鍛冶屋の親方も食堂のおばさんも俺達の友達も。皆が泣きながら俺達の帰還を祝福してくれた。

「よくぞ…! よくぞ帰ってきた!」

「お前達は村の英雄だ!」

 その温かい言葉の一つ一つが俺達の傷ついた心を癒していく。

 ロザールさんナターシャさんメアリーも村人たちから英雄として迎えられた。三人は最初戸惑っていたが村人たちの純粋な感謝の気持ちに触れやがてはにかむように笑っていた。

 そして父さん。

 勇者エミールの帰還。

 そのニュースは瞬く間に世界中を駆け巡った。

 人々は歓喜しその名を讃えた。

 だが父さんは英雄としてではなくただの父親としてカリム村に戻ってきた。

 彼は村人たちにこれまでの経緯を静かに語った。

 ラザールの狂気もリリアの悲しみもそして俺が背負わされた宿命も。

 全てを聞き終えた村人たちは誰も俺を責めなかった。

「辛かったなウオ」

 村長が俺の手を握りしめてくれた。

「お前は何も悪くない。お前はずっと一人で戦ってきたんだ」

 その言葉に俺はまた泣いてしまった。

 宴が三日三晩続いた。

 村中が笑い声と歌声とそして希望に満ち溢れていた。

 俺は久しぶりに心から笑った。

 仲間たちと肩を組み酒を酌み交わし未来を語り合った。

 ロザールさんは復讐の連鎖を断ち切った今これからはこの村で鍛冶屋の親方に弟子入りして剣を作ることで人々を守りたいと言った。

 ナターシャさんは光魔法の力を医療の道に役立てたいと。

 メアリーは自分の犯した罪を償うために世界中の孤児院を巡り子供たちの心を救う旅に出たいと。

 それぞれが新しい道を見つけ始めていた。

 そして俺も。

 俺はレシアの隣で彼女の手を固く握りしめていた。

 もうこの手を離さないと。

 この穏やかな日常を二人で守り抜いていくのだと。

 父さんもそんな俺達を優しい目で見守ってくれていた。

 冥府の王との契約。

 彼に残された時間は少ないのかもしれない。

 だが彼は今確かにここにいる。

 家族として。

 これ以上ないほど幸せだった。

 この幸せが永遠に続けば良いと心の底から願った。

 嵐の前の静けさ。

 その言葉の意味を俺達はまだ知らなかった。


宴が終わって数日が過ぎた。

カリム村は少しずつ日常を取り戻しつつあった。

俺も仲間たちと共に村の復興を手伝っていた。

壊れた家を直し畑を耕し未来のための種を蒔く。

その一つ一つの労働が心地よかった。

父さんは村の子供たちに剣を教えていた。

その姿はかつて俺が憧れた勇者の姿そのものだった。

レシアは村の診療所でナターシャさんと共に傷ついた村人たちの手当てをしていた。彼女の心眼の力は人の心の痛みを癒すだけでなく体の傷の根本原因を見抜くことにも役立っているようだった。

全てが順調だった。

あまりにも順調すぎた。

その違和感に最初に気づいたのは父さんだったのかもしれない。

ある日の夕暮れ。

俺と父さんは二人であの丘の上に立っていた。

かつて父さんと二人で星を眺めた思い出の場所。

「ウオ」

父さんが静かに口を開いた。

「ラザールは本当に死んだと思うか?」

その問いに俺は答えられなかった。

確かに俺達はラザールの首を刎ねた。

終末獣と化した彼をレシアの愛が浄化した。

だが俺の心のどこかで何かが引っかかっていた。

あの完璧な狂神がこんなにあっさりと終わるものだろうか。

「奴の胴体は消えたままだ」父さんは続けた。「それにリリアも。彼女の亡骸もファイナルタワーの瓦礫の中から見つかってはいない。そして何より……」

彼は空を見上げた。

「冥府の王が何も言ってこない。俺の魂の期限についてな。まるでこの世界の時間が止まってしまったかのようだ」

その言葉に俺の背筋を冷たい悪寒が走り抜けた。

まさか。

俺達はまだラザールの術中にいるというのか。

この平和な日常そのものが彼が作り出した幻覚だというのか。

その時だった。

空が赤く染まった。

夕焼けではない。

血のような不吉な赤色。

そして村の入り口の方から一つの巨大な気配が近づいてくるのが分かった。

俺と父さんは顔を見合わせると同時に丘を駆け下りた。

広場には既に仲間たちが集まっていた。

皆一様に空を見上げその顔に緊張の色を浮かべている。

村人たちも何事かと家々から出てきて不安そうに空を見上げていた。

やがてその気配の主が姿を現した。

それは人狼の化け物だった。

二メートルを遥かに超える巨躯。銀色の体毛。そして黄金色の瞳。

『沈黙』のダイン。

ジェイクさんとの死闘の末砦から逃げ出したはずの彼がなぜここに。

彼の体には傷一つなかった。

まるでジェイクさんとの戦いなどなかったかのように。

そして彼の隣にもう一人。

俺の心臓が凍り付いた。

そこに立っていたのはジェイクさんだった。

死んだはずの俺達の師匠。

その手には古びた木刀が握られている。

だがその姿は俺達が知るジェイクさんではなかった。

彼の瞳には何の光も宿っていなかった。

ただどこまでも深い闇。

まるで魂を抜かれた操り人形のようだった。

「ジェイクさん……?」

ロザールさんの声が震えていた。

ダインはそんな俺達を見て楽しそうにその唇を歪めた。

「久しぶりだな勇者の息子とその仲間たちよ」

彼の声には絶対的な自信とそして俺達を見下す嘲笑の色が浮かんでいた。

「まさかラザール様を倒すとはな。大した余興だった」

「ダイン! なぜお前がここに! ジェイクさんはどうしたんだ!」

俺は叫んだ。

「ジェイクだと?」ダインは肩をすくめた。「ああこの亡霊のことか。こいつはラザール様が残してくれた置き土産よ。あの方の最後の力で魂だけをこの世に縛り付け俺の忠実な駒として作り変えてくださったのだ」

駒。

その言葉に俺の中で何かが切れた。

ジェイクさんを。

あの偉大な英雄を。

死してなお愚弄するというのか。

「さて」ダインは言った。「ラザール様亡き今『愛眼』の指揮は俺が引き継いだ。そしてその最初の仕事としてお前達に選択肢をやろう」

彼の黄金色の瞳がレシアを捉えた。

「その娘をこちらへ渡せ。さすればこの村の人間たちの命だけは助けてやってもいい」

「ふざけるな!」

俺は剣を抜き放った。

「レシアは渡さない! お前達の好きにはさせない!」

「そうか」

ダインは心底残念そうにため息をついた。

「ならば仕方ない。力ずくで奪うまでだ。――やれジェイク」

その命令と同時だった。

ジェイクさんの姿が掻き消えた。

速い。

俺の動体視力ですら捉えきれない。

ジェイクさんが冠位装填を発動した時と同じ神速。

だがその動きにはかつての英雄の気高さも覚悟もなかった。

ただ純粋な殺意だけを乗せた機械的な動き。

狙いはレシアだ。

「レシア!」

俺は彼女の前に立ちはだかろうとした。

だが間に合わない。

その絶望的な状況を覆したのは父さんだった。

父さんもまた冠位装填を発動させていた。

桜吹雪の刃がジェイクさんの木刀と激突する。

凄まじい衝撃音。

二人の伝説の英雄が今刃を交える。

かつての仲間としてではなく敵として。

そのあまりにも悲しい光景に俺は言葉を失った。

「ロザール! ナターシャ! メアリー!」

俺は叫んだ。

「親父と俺でジェイクさんを止める! お前達はダインを!」

「応!」

仲間たちの声が俺の背中を押す。

俺もまた父さんの隣に並び立った。

勇者と大魔王の力を宿した俺と。

冥府の王と契約した父さんと。

親子二人の力が操られた伝説の英雄へと挑む。

俺達の最後の戦いが始まった。

最も尊敬する師をこの手で討つという最も残酷な形で。



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