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第六部 ファイナルタワー編

第五章:守護者の慟哭、狂神の演武

ロザール視点

偽りの英雄譚はここで終わりだ。

俺がこの手で終わらせる。

俺の本当の戦いが今始まろうとしていた。

その言葉は誰に向けたものでもなかった。ラザールにかあるいは大魔王と化したウオにか。いや違う。それは俺自身の魂に刻み込む揺るぎない誓いそのものだった。

全身から黄金色のオーラが炎のように噴き上がる。

これが俺の冠位装填。

『守護結界』。

それはただの防御魔法などという矮小な概念ではなかった。俺の魂そのものが形を成したのだ。『大切な人を守りたい』というただその一つの純粋でそしてどうしようもなく切実な願いが世界の理に認められ奇跡として顕現した力。

「なるほど!! そう来たか!!! 我が出来損ないの弟子ロザールよ!!!」

空中のラザールの顔に初めて純粋な驚愕とそして子供がおもちゃを見つけた時のような無邪気で残酷な歓喜の色が浮かんだ。彼の完璧な幾何学模様の心にほんの僅かなしかし確かな乱れが生じたのを俺の魂が感じ取っていた。

俺はゆっくりと立ち上がった。ファイナルタワーの崩壊で負った傷もウオとの死闘で受けたダメージも全てがこの黄金のオーラの中で癒え力が体の芯から無限に湧き上がってくるのを感じる。

俺はまず自らの権能を行使した。

守るべき仲間たちのために。

俺の意志に応え黄金のオーラが形を成す。それは十字架に磔にされたままの村人たちとそして傷つき倒れていたナターシャとメアリーを優しくそして絶対的な光のドームで包み込んだ。

これでいい。

これで、もう誰も傷つけさせない。

この結界は俺の魂そのものだ。俺が倒れぬ限りこの光が消えることはない。

そして感じる。

俺の全細胞がこいつを倒せと叫んでいるのを。

俺はラザールを睨みつけた。

その瞳にもうかつての師への尊敬の念は一欠片もなかった。あるのはただ仲間たちの想いを踏みにじり世界の全てを弄ぶ絶対的な悪意に対する静かでそして燃えるような怒りだけだった。

「ラザール。俺はお前をもはや師匠とは思わない。戦おう。そして俺が勝つ」

俺の声は静かだったがその奥には決して揺らぐことのない鋼の意志が宿っていた。

ラザールは俺のその姿を心底楽しそうに見つめていた。

「良い。良いぞロザール。それこそが英雄の輝きよ。ジェイクもエミールもそしてかつての儂の仲間たちも皆そうだった。絶望の淵でこそ人は最も美しく輝く」

彼の狂気はもはや俺の理解の範疇を超えていた。

だがもう理解する必要もない。

俺がやるべきことはただ一つ。

この狂った神を俺達の世界から排除する。

それだけだ。

俺は剣を構えた。

黄金のオーラが剣身に集束しまるで太陽の欠片を握りしめているかのように眩い光を放つ。

対するラザールは杖を構えることすらしなかった。

ただ腕を組み面白そうに俺を見ているだけ。

その絶対的な余裕が俺の怒りの炎にさらに油を注いだ。

「行くぞ!」

俺は地面を蹴った。

冠位装填によって強化された俺の脚力はもはや音速を超えていた。

一瞬でラザールとの距離をゼロにする。

そして放った。

ジェイクさんから託された意志の力。

レシアたちを守るという誓いの光。

その全てを乗せた渾身の一閃を。

「魔法剣――『聖光烈破』!」

黄金の斬撃が空間を切り裂きラザールへと襲いかかる。

それは闇を祓い悪を断つ希望の光そのものだった。

だがラザールは動かない。

その斬撃が彼の喉元を捉える寸前。

彼の完璧な幾何学模様の心が僅かに揺らめいた。

『空間転移』

俺の斬撃は空を切った。

ラザールの姿は俺の背後に移動していた。

気配すらなかった。

まるで最初からそこにいたかのように。

「甘いなロザール君」

彼の声が背後から聞こえる。

「お前の力は確かに強くなった。だがそれはあくまで直線的な力よ。儂のように世界の理そのものに干渉する力の前では赤子も同然じゃ」

彼の杖の先端が俺の背中に軽く触れた。

ただ触れただけ。

だがその瞬間俺の全身を数万ボルトの雷が貫いたかのような凄まじい衝撃が襲った。

「ぐっ……あああああああっ!」

黄金のオーラが激しく明滅する。

俺は吹き飛ばされ地面を転がった。

だがすぐに立ち上がる。

冠位装念の自己治癒能力がダメージを瞬時に回復させていた。

「ほう。耐えるか」

ラザールが感心したように言った。

「その守護の力なかなかに厄介じゃのう」

俺は再び彼へと斬りかかった。

今度は直線的な攻撃ではない。

ジェイクさんとの修行を思い出す。

敵の意表を突け。

流れを読め。

そしてその理を断ち切れ。

俺は右に踏み込むと見せかけ左へ。

上段から斬りかかると見せかけ足元を薙ぐ。

変幻自在の剣技。

その全てに黄金の破壊力を乗せて。

だがラザールの防御は完璧だった。

彼は俺の全ての動きを読んでいた。

いや違う。

読んでいるのではない。

まるで未来を知っているかのように俺の攻撃が届くその場所にあらかじめ空間の盾を張っているのだ。

キィン! ガキン!

俺の剣は見えない壁に阻まれその度に甲高い音を立てる。

俺は焦っていた。

このままではジリ貧だ。

冠位装填は強力だがその分魔力の消費も激しい。

長期戦は不利だ。

「どうした? もう終わりかね?」

ラザールが挑発する。

その余裕の表情が俺の理性を焼き切った。

「うるさい!」

俺は叫んだ。

そして一つの賭けに出た。

俺は剣を捨てた。

そして無防備な両腕を広げラザールへと突進していく。

「……ほう?」

ラザールが面白そうに目を細める。

自殺行為。

誰もがそう思うだろう。

だが俺には狙いがあった。

俺は彼の懐に飛び込むとその体に しがみついた。

そしてありったけの魔力を解放する。

「守護結界――最大展開!! 『黄金の抱擁ゴールデン・エンブレイス』!!」

俺の体から黄金の光が爆発した。

それは仲間たちを守っていた光のドームとは違う。

内側へ内側へと収縮していく破壊の光。

ラザールを俺ごと巻き込んで自爆するための捨て身の技だった。

「ロザール!」

「やめて!」

結界の中からナターシャとメアリーの悲鳴が聞こえる。

ごめん。

俺にはもうこれしか方法が思いつかなかった。

だがこれでこいつもただでは済まないはずだ。

光が全てを飲み込んでいく。

俺の意識が焼けるような熱の中で遠のいていく。

最後に俺の耳に聞こえたのはラザールの心底つまらなそうな声だった。

「……やれやれ。ジェイクと同じことをするとはな。芸のない弟子よ」



意識が浮上する。

全身を包むのは温かい光。

痛みはない。

ただ穏やかな浮遊感だけがそこにあった。

俺は死んだのか。

そう思った。

目を開けるとそこは真っ白な空間だった。

どこまでも続く白。

天も地もない。

「……ここは……」

俺の呟きに答える声があった。

「儂の心の中じゃよロザール君」

ハッとして振り返るとそこにラザールが立っていた。

傷一つないその姿で。

俺の捨て身の自爆は全く効いていなかったのだ。

「馬鹿な……」

「言ったはずじゃ。お前の力は直線的すぎると。儂には届かん」

俺は愕然とした。

これが絶対的な力の差。

俺はこの男に勝つことなどできないのか。

「さて」ラザールが言った。「茶番は終わりじゃ。お主には見込みがあると思うたが……やはりジェイクの弟子はジェイクの域を超えられんようじゃな。感傷的で自己犠牲的。実に つまらん」

彼の瞳から光が消えた。

その幾何学模様の心が冷たく俺を見据える。

「お主もあの小娘たちもそしてそこにいる大魔王も。全てここで消えてもらうとしよう」

彼は杖を掲げた。

その先端に世界の全てを飲み込むかのような闇の球体が生成されていく。

もうダメだ。

今度こそ終わりだ。

俺はなすすべもなくその絶対的な破壊を見つめることしかできなかった。

その時だった。

「――させるかァァァッ!!!!」

聞こえてきたのはウオの声だった。

俺の心の中の白い空間に金茶色の光が迸る。

そしてその光の中から一人の少年が姿を現した。

ウオ。

俺達が知っている優しいウオだった。

「ウオ!?」

「ロザールさん!」

彼は俺の前に立ちはだかった。

その小さな背中がラザールの絶対的な闇と対峙する。

「おのれ……! この俺の中でまだ抵抗を……!」

ウオの背後から大魔王の苦悶の声が聞こえる。

彼の体の中で二つの人格が最後の戦いを繰り広げているのだ。

「ロザールさん聞いてくれ!」

ウオが叫ぶ。

「俺はもう長くはもたない! だが最後の力を振り絞って奴の動きを一瞬だけ止める! その隙にレシアの心眼の力を俺の心に直接流し込んでくれ!」

「なんだと!?」

「レシアの心眼はただ心を読むだけの力じゃない! 人の心に干渉しその魂の在り方すら変える可能性を秘めている! それだけが俺を大魔王の呪縛から解放する唯一の方法なんだ!」

ウオのその言葉に俺は全てを悟った。

レシア。

彼女こそがこの戦いの本当の鍵だったのだ。

俺は現実世界へと意識を戻した。

白い空間が消え再びカリム村の広場へと戻ってくる。

俺の自爆攻撃は失敗に終わっていた。

俺もラザールも無傷。

ただ周囲の地面が大きく抉れているだけだった。

俺は結界の中にいるレシアに向かって叫んだ。

「レシア! ウオが呼んでる! お前の力が必要だ!」

俺の言葉にレシアはハッとしたように顔を上げた。

彼女は一瞬戸惑ったがすぐにその瞳に強い決意の光を宿した。

彼女は頷くと結界の中から一歩踏み出した。

「良いのかね?」

ラザールが面白そうに言った。

「その小娘が一歩でも外へ出れば儂の攻撃の的となるのじゃぞ?」

「俺が守る!」

俺は叫んだ。

そして再び冠位装念を発動させる。

黄金のオーラが俺とレシアそして苦しみもがくウオの三人だけを包み込んだ。

「ロザール……」

レシアが俺の名を呼んだ。

「信じてる」

俺は短く答えた。

彼女は頷くとウオの前へと進み出た。

「ウオ!」

彼女の声が響く。

ウオの体の中で金色の光と黒いオーラが激しくせめぎ合っている。

「私が必ず助け出すから!」

彼女はその小さな両手をウオの額に当てた。

そしてその翠色の瞳を閉じる。

心眼最大解放。

彼女の魂がウオの魂へとダイブしていく。

その無防備な二人を守るために。

俺はラザールの前に立ちはだかった。

俺の最後の戦いが始まる。

「愚かな」

ラザールは心底つまらなそうにそう吐き捨てた。

「愛だの絆だの友情だの。そんな不確定な感情にすがり奇跡が起きるとでも思うておるのか。実に滑稽じゃ」

彼の杖の先端に再び闇の力が集束していく。

今度こそ本気だ。

俺の守護結界ごと俺達をこの世界から消し去るつもりなのだろう。

だが俺はもう怯まない。

俺の役目はただ一つ。

レシアがウオを救い出すまでの時間を稼ぐこと。

たとえこの身が砕け散ろうとも。

「来いよラザール」

俺は剣を構えた。

「お前のその歪んだ正義とやらを俺がここで断ち切ってやる」

「ほざけ小僧が」

二つの力が激突する。

俺の黄金の守護結界と。

ラザールの全てを無に帰す混沌の闇。

凄まじい轟音と衝撃波。

俺の結界が軋む。

ひび割れていく。

だが俺は耐えた。

歯を食いしばり膝が砕けそうになっても決して退かなかった。

俺の背後ではレシアが必死にウオの心に呼びかけている。

「ウオ! 聞こえる!? 私だよ!」

彼女の魂がウオの精神世界へと入っていく。

そこは鎖に繋がれたウオが一人うずくまる闇の牢獄。

その牢獄を作り出しているのは大魔王の呪縛。

「負けないでウオ! 君は一人じゃない!」

レシアの光がその闇を照らし出す。

ウオの魂に直接語りかける。

思い出してと。

私達が共に過ごした日々を。

笑い合ったことも泣いたことも全て。

その光にウオの魂が反応する。

彼の心に力が戻っていく。

鎖が軋みひび割れていく。

「おのれ小娘が……!」

大魔王の声が響く。

だがその声には焦りの色が浮かんでいた。

その全ての光景を俺は感じていた。

レシアの心が俺に伝えてくれるからだ。

頑張れレシア。

頑張れウオ。

俺はそれだけを心に念じラザールの猛攻に耐え続けた。

そして。

ついにその時は来た。

ウオの精神世界で光が爆発した。

大魔王の呪縛を打ち破りウオの魂が完全に解放されたのだ。

現実世界でウオの体を覆っていた黒いオーラが霧散していく。

その真紅の瞳が元の優しい金茶色へと戻っていく。

「……レシア……」

彼は目の前の少女の名を呼んだ。

そしてその体を優しく抱きしめた。

「……ただいま」

「……おかえりウオ」

涙の再会。

その光景を見て俺の心にも温かい光が灯った。

やった。

俺達はやったんだ。

だが戦いはまだ終わっていない。

「……茶番は終わりか」

ラザールの冷たい声が響く。

彼は一時はラザールを圧倒したように見えた俺に少し不満そうに下をうつむき舌打ちをしながら決意を述べた。

「ロザールよ。確かにお前は強くなった。だからこそ私は計画の第1幕を多少早めることにした」

彼は杖を掲げた。

その魔力は先ほどとは比較にならないほど増大していた。

彼は本気でこの星ごと俺達を消し去るつもりなのだ。

「"ラスボス反転・第一演武"。神よ見たまえ…! 私こそが正義だ!!」

ラザールがこう唱えた時世界は暗転した。

天が裂け空が落ちてくる。

世界の終わりを告げる光が俺達に降り注ぐ。

もうダメだ。

俺の守護結界ももう限界だ。

そう誰もが絶望したその刹那。

気づかぬ間にレシア達は身体中からたくさんの血を流しながら倒れていた。

そしてそれを見たラザールはやはり不機嫌そうに言った。

「はい終わり」


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