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俺の言葉と同時だった。

十字架の周囲から禍々しい魔力が溢れ出し俺達を取り囲むように巨大な結界が出現した。

そして空からあの悪魔の声が降ってきた。

『――よく来たな若人たちよ。歓迎しよう。我が狂人の茶会へ』

見上げると空中にラザールが浮いていた。

その隣には大魔王と化したウオが何の感情もない真紅の瞳で俺達を見下ろしている。

「さて始めようか」

ラザールは楽しそうに言った。

「お前達の希望が絶望へと変わるその瞬間を。この儂が特等席で眺めさせてもらうとしようかのう」

俺達の最後の戦いが今幕を開けようとしていた。

最も愛する故郷を舞台とした最も残酷な形で。

「さて始めようか」

ラザールは楽しそうに言った。

「お前達の希望が絶望へと変わるその瞬間を。この儂が特等席で眺めさせてもらうとしようかのう」

俺達の最後の戦いが今幕を開けようとしていた。

最も愛する故郷を舞台とした最も残酷な形で。

「ラザール……!」

俺は歯ぎしりしながら空中の老人を睨みつけた。

その瞳はもはや俺が師と尊敬した面影などどこにもない。

ただ純粋な狂気と悪意だけが渦巻いていた。

「まずはその忌々しい結界を解いてもらおうか!」

俺は剣を構え結界へと斬りかかった。

レシアから授けられた聖なる光を纏った俺の剣。

その一撃は並の結界ならば紙のように切り裂くはずだった。

だが俺の剣は結界に触れた瞬間甲高い金属音と共に弾き返された。

「ぐっ……!?」

腕に痺れるような衝撃が走る。

なんだこの硬さは。

ただの魔力の壁ではない。

もっと根源的な何か。

「無駄だロザール君」

ラザールが嘲笑う。

「その結界はこの村に住む人間たちの生命力そのものから作られておる。お前が結界を攻撃すればするほど十字架に磔にされた者たちの命が削られていくという寸法よ」

そのあまりにも悪辣な仕掛けに俺は言葉を失った。

攻撃すれば村人たちが死ぬ。

だが何もしなければ俺達はこの結界の中で袋の鼠。

どちらを選んでも待っているのは絶望だけ。

「お父さん……! お母さん……!」

レシアが泣き崩れる。

彼女の両親の顔色が心なしかさらに青ざめていくのが分かった。

俺が結界を攻撃したせいだ。

俺の行動が彼女の家族を苦しめている。

その事実に俺の心は罪悪感で押し潰されそうになった。

「どうした? もう終わりかね?」

ラザールが挑発する。

俺は唇を噛み締めた。

落ち着け。

冷静になれ。

ジェイクさんならこんな時どうした。

師匠ならどう戦った。

そうだ。

ジェイクさんは言っていた。

『剣とはもっと静かで冷たいものじゃ。怒りではなくただ斬るという純粋な意志だけを乗せるのじゃ』

俺は目を閉じた。

周囲の音が遠のいていく。

ラザールの嘲笑もレシアの嗚咽も全てが消え去り俺の意識はただ一点に集中していく。

結界。

村人たちの生命力。

その二つを繋ぐ魔力の流れ。

見える。

いや感じる。

その流れの中心。

結び目。

そこさえ断ち切れば。

俺は目を開いた。

その瞳にもう迷いはなかった。

俺は剣を構え直す。

今度は力任せにではない。

ただ静かに一点を見据えて。

「ロザール……?」

ナターシャが俺の異変に気づいて声をかける。

俺は答えなかった。

ただ全ての精神を剣の切っ先へと集中させる。

そして放った。

俺の魂の全てを乗せたただ一閃を。

それは音もなく。

光もなく。

ただ空間を滑るように俺の剣は結界の一点へと吸い込まれていった。

そしてその一点を正確に貫いた瞬間。

パリンと。

ガラスが砕けるような軽い音が響き渡った。

俺達を閉じ込めていた禍々しい結界が蜘蛛の巣のようにひび割れそして霧散していく。

「……なっ!?」

空中のラザールの顔に初めて驚愕の色が浮かんだ。

俺が彼の完璧な術式を破ったことが信じられないといった表情。

俺は荒い息を繰り返しながら彼を睨みつけた。

「……言ったはずだ。俺はもうお前の弟子じゃないと」

俺のその言葉にラザールは一瞬呆気に取られていたがすぐにその顔に狂気の笑みを浮かべた。

「なるほど!!! そう来たか!!! 我が出来損ないの弟子ロザールよ!!! ジェイクの教えをそこまで自分のものにしていたとはな! 面白い! 実に面白いぞ!」

彼は心底楽しそうだった。

自分の計画が狂わされたことすら彼にとっては最高のエンターテイメントなのだ。

だが俺にはもう彼の狂気に付き合っている暇はなかった。

「レシア ナターシャ メアリー! 村の人達を!」

俺の叫びに三人はハッと我に返った。

彼女たちは十字架へと駆け寄り村人たちを解放しようと鎖に手をかける。

だがその鎖は強力な呪いで守られておりびくともしない。

「無駄だ」

ラザールの声が響く。

「その鎖はこの男を倒さぬ限り解けはせぬ」

彼が指差した先。

そこには大魔王と化したウオが静かに浮いていた。

つまり俺達が村人たちを救うためには。

ウオを倒すしかない。

レシアに彼女の愛する人を殺させる。

それこそがラザールの描いた最も残酷な筋書き。

「……っ」

レシアが絶望に顔を歪ませる。

俺は彼女の前に立ちはだかった。

「レシアお前は手を出すな。こいつは俺がやる」

「でも……!」

「いいから行け!」

俺は彼女の背中を強く押した。

そして一人大魔王と対峙する。

「……ウオ」

俺は呼びかけた。

「聞こえるか。俺だ。ロザールだ。お前がまだお前であるのなら俺の声に応えろ」

だが彼の真紅の瞳は何の感情も映さない。

ただ俺を排除すべき障害として認識しているだけ。

彼はゆっくりと黒い魔剣を構えた。

「……そうか。ならば仕方ない」

俺も剣を構える。

「……お前を一度殺してでもその呪いから解放してやる」

俺は地面を蹴った。

ウオもまた音もなく空中から急降下してくる。

二つの剣が激突する。

凄まじい衝撃音。

俺とウオ。

かつて同じ絶望を共有したはずの二人が今刃を交える。

そのあまりにも悲しい戦いをラザールは玉座に座る王のようにただ静かに見下ろしていた。

俺とウオの戦いは熾烈を極めた。

彼の剣は重く速くそしてどこまでも冷たい。

一切の感情がない。

ただ俺を殺すという目的のためだけに最適化された完璧な剣技。

俺はその嵐のような連撃を必死に捌くので精一杯だった。

キィン! ギャン! ドゴォ!

金属音と衝撃音が村中に響き渡る。

俺の剣が彼の鎧を掠め火花を散らす。

彼の魔剣が俺の頬を切り裂き血が流れる。

互角。

いや僅かに俺が押されている。

純粋な身体能力では大魔王として覚醒した彼の方が上だ。

だが俺には仲間がいる。

「ロザール! 右から来る!」

レシアの声が飛ぶ。

彼女の心眼がウオの次の動きを予測する。

俺はその声に従い半身になってその一撃をかわす。

そしてがら空きになった胴体にカウンターの一撃を叩き込む。

「ぐっ……!」

初めてウオの口から苦悶の声が漏れた。

俺の剣は彼の黒い鎧を浅く切り裂いていた。

だがその傷はすぐに黒いオーラに包まれ塞がっていく。

自己治癒能力。

厄介すぎる。

「ロザールさん! 今です!」

ナターシャの声。

彼女の手から放たれた聖なる光の鎖がウオの両足を縛り付ける。

「闇よ! 彼の動きを封じよ!」

メアリーの闇魔法がウオの両腕に影の枷となって絡みつく。

三人の連携。

俺達の絆の力。

「今だロザール!」

レシアが叫ぶ。

俺は頷き最後の力を振り絞った。

俺の剣が黄金色のオーラに包まれる。

それはジェイクさんから託された勇者の力。

そして俺がこの旅で見つけ出した俺自身の答え。

復讐の炎ではない。

仲間を守るための聖なる光。

「喰らえウオ!」

俺は叫んだ。

「目を覚ませ!!!!」

俺の渾身の一撃が動きを封じられたウオの胸の中心へと突き刺さっていく。

黒い鎧が砕け散る。

そして俺の剣は確かに彼の心臓へと達した。

「……っ」

ウオの体が大きく跳ねた。

その真紅の瞳が大きく見開かれる。

そしてその瞳の奥で。

ほんの僅かに。

俺が知っている金茶色の光が灯った気がした。

やったのか……?

俺はそう思った。

だがその希望は次の瞬間絶望へと変わった。

ウオの口元が歪みそれは笑みの形を作った。

初めて見せた感情。

それは嘲笑だった。

「……甘い」


彼の口から漏れたその一言。

次の瞬間俺の全身を凄まじい衝撃が襲った。

俺の剣を突き立てたままウオの体から黒い衝撃波が放たれたのだ。

「ぐはっ……!?」

俺の体は吹き飛ばされ村の広場の壁に叩きつけられた。

ナターシャとメアリーの拘束も同時に砕け散る。

俺は口から血を吐き出しその場に崩れ落ちた。

意識が遠のいていく。

「ロザール!」

レシアの悲鳴が聞こえる。

ああダメだ。

俺はまた……。

何も守れなかった……。

薄れゆく意識の中で俺は見た。

胸に剣を突き立てられたまま平然とこちらへ歩いてくるウオの姿を。

そしてその背後で満足げに微笑むラザールの顔を。

全ては終わったのだと。

そう思ったその時だった。

「……やめろおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

それはレシアの絶叫だった。

彼女は泣きじゃくりながらウオの前に立ちはだかっていた。

丸腰で。

無防備なまま。

「お願いウオ! 目を覚まして! 私だよ! レシアだよ!」

彼女の魂からの叫び。

だが大魔王の心には届かない。

ウオは無慈悲にその黒い魔剣を振り上げた。

「やめろ……レシア……逃げ……」

俺は声を振り絞った。

だがもう遅かった。

魔剣が振り下ろされる。

その絶望的な光景を俺はただ見ていることしかできなかった。

しかし。

奇跡は起きた。

振り下ろされた魔剣がレシアの喉元寸前でぴたりと止まったのだ。

ウオの腕が小刻みに震えている。

その真紅の瞳の中で金茶色の光が激しく明滅していた。

ウオが最後の力を振り絞り大魔王に抵抗しているのだ。

「……レ……シ……ア……」

彼の唇から漏れたか細い声。

それは紛れもなく俺達が知っているウオの声だった。

「……逃げ……て……。俺が……俺でいられるうちに……!」

その言葉を聞いた瞬間。

レシアの瞳に強い光が宿った。

彼女はもう泣いてはいなかった。

彼女は震えるウオの腕をその小さな両手で優しく包み込んだ。

そして微笑んだ。

聖母のように慈愛に満ちた笑顔で。

「……ううん。もう逃げないよ」

彼女は言った。

「だって私、君を助けに来たんだから」

彼女はそっと背伸びをするとウオの唇に自分の唇を重ねた。

それはキミシダイ帝国で交わしたあの血の味のするキスとは違う。

どこまでも優しくて温かい愛の口づけだった。

その口づけが引き金だった。

ウオの体から金色の光と黒いオーラが同時に噴き出した。

二つの相反する力が彼の体の中で激しくせめぎ合う。

「ぐ……あああああああああああああっ!!!!」

ウオの絶叫が響き渡る。

彼の体はもう限界だった。

そして。

気づけば俺は冠位装填に目覚めていた。

レシアのあの無償の愛。

ウオの魂の叫び。

そして俺の仲間を守りたいという揺るぎない想い。

その全てが一つになった時俺の中に眠っていた何かが覚醒したのだ。

「なるほど!! そう来たか!!! 我が出来損ないの弟子ロザールよ!!!」

空中のラザールの驚愕の声が聞こえる。

俺はゆっくりと立ち上がった。

全身から黄金色のオーラが溢れ出している。

傷は完全に癒え力がみなぎっていた。

俺の冠位装填の能力は守護結界。

大切な人達を巨大なバリアで守ることができる。

俺はその力でまず十字架に磔にされた村人たちとそしてナターシャとメアリーを黄金色の光のドームで包み込んだ。

これで、もう誰も傷つけさせない。

そして感じる。

俺の全細胞がこいつを倒せと言っているのを。

俺はラザールを睨みつけた。

その瞳にもうかつての尊敬の念は一欠片もなかった。

「ラザール。俺はお前をもはや師匠とは思わない。戦おう。そして俺が勝つ」

俺の声は静かだったがその奥には決して揺らぐことのない鋼の意志が宿っていた。

偽りの英雄譚はここで終わりだ。

俺がこの手で終わらせる。

俺の本当の戦いが今始まろうとしていた。



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