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04

 ドォォォォン!!!

 鼓膜が破れるかと思うほどの、凄まじい衝撃音。

 僕の目には、何が起きたのか全く捉えられなかった。ただ、二人が立っていた場所の中間点で、空間そのものが爆発したかのような衝撃波が発生し、部屋の壁や柱に亀裂が走った。火花ではない。それは、剣と剣が、人間の認識できる速度を超えて激突した際に発生する、純粋なエネルギーの衝突だった。


 気づけば、二人は部屋の両端に、再び対峙する形で立っていた。まるで、最初からそこにいたかのように。


「……ははっ、速いな、エミール! 全盛期のお前よりも、さらに磨きがかかっている!」

「お前こそ、いつの間にこれほどの剣技を身につけた、レイザー! 預言者の修行とやらは、剣の修行も兼ねていたのか!」


 二人は、互いに言葉を交わしながらも、その全身の神経を極限まで集中させているのがわかった。ほんの僅かな瞬きすら、命取りになる。そんな、張り詰めた空気が部屋を支配していた。

 再び、二人の姿が消える。


 今度は、一度ではない。キィン! ギャン! ドゴォ! と、断続的に部屋のあちこちで金属音と衝撃音が発生する。僕の目には、ただ銀色と黒色の閃光が、部屋中を無軌道に乱れ飛んでいるようにしか見えない。

 彼らは、戦っているのだ。僕の動体視力が全く追いつかない、異次元の速度で。

 柱が砕け、床がめくれ上がり、天井から瓦礫が降り注ぐ。その全てが、二人の剣が交差した余波によるものだ。僕は、降り注ぐ瓦礫から身を守るために、柱の影で身を丸くするしかなかった。

 恐ろしい。


 心の底から、そう思った。これが、この世界の頂点で戦う者たちの、本当の戦い。グローリーも、エランも、ロルフも、確かに強かった。だが、この二人の戦いは、次元が違う。彼らは、もはや人間という枠組みを超えた、神々の領域に足を踏み入れていた。

 父は、こんな化け物と、たった一人で戦っていたのか。



 僕は、自分の無力さを改めて痛感した。ここにいても、僕にできることなど何もない。下手に飛び出せば、二人の戦いの余波に巻き込まれて、一瞬でミンチにされてしまうだろう。

 それでも、僕はここから離れることができなかった。父の戦いを、その結末を、この目で見届けなければならない。

 僕は、必死に目を凝らした。

 最初は、ただの光の乱舞にしか見えなかった。しかし、その異常な光景に、僕の目が、僕の脳が、必死に適応しようとしているのを感じた。

 まず、光の軌跡が、残像として見えるようになった。銀色の聖剣の軌跡と、黒色の魔剣の軌跡。それらが、複雑な幾何学模様を描きながら、空間を切り裂いていく。

 次に、その軌跡の先に、二人の姿が一瞬だけ、コマ送りのように見えるようになった。剣を振り抜く父の姿。それを紙一重で受け流すレイザーの姿。蹴りを放つ父。バックステップで回避するレイザー。

 見えてきた。遅い。まだ、遅すぎる。でも、確かに、僕の目は彼らの動きを捉え始めている。



 なぜだろう。僕はずっと、父の背中を追いかけてきた。オークを斬る時も、四天王の三体の魔族を撃退する時も、僕はその一部始終を見てきた。僕の脳裏には、父の、勇者エミールの、ありとあらゆる戦闘データが、無意識のうちに蓄積されていたのかもしれない。



 そして今、その蓄積されたデータが、目の前の超高速の戦闘を理解するための、鍵となっている。

 僕の視界は、さらにクリアになっていく。

 二人の動きの『予備動作』が見え始めたのだ。

 父が剣を振るう、ほんのコンマ数秒前。その肩の筋肉が、微かに、しかし確かに隆起する。足を踏み込む、その瞬間。腰の捻りが、体重移動の方向を示唆する。呼吸。深く息を吸い込むのは、大技を放つ兆候。


 レイザーも同じだ。彼の剣は変幻自在だが、その動きの起点となるのは、常に手首の僅かな角度の変化だ。彼の視線が、父のどこを狙っているのか。重心が、どちらの足にかかっているのか。

 見える。

 見える。

 見える!



 僕の脳は、猛烈な勢いで回転し、二人の動きを分析し、次の展開を『予測』し始めていた。

 父の聖剣は、一撃一撃が必殺の威力を持つ『剛』の剣。その太刀筋は、まさに光の奔流。対するレイザーの魔剣は、相手の力を利用し、予測不能な軌道で急所を狙う『柔』の剣。その剣筋は、まるで闇に潜む毒蛇のようだ。

 剛と柔。光と闇。二つの対極にある剣が、互いの全てを懸けてぶつかり合っている。

 消耗が激しいのは、明らかに父の方だった。これまでの連戦による疲労。そして、自己治癒魔法による、膨大な魔力の消費。その動きには、徐々に、しかし確実に、陰りが見え始めていた。



 一方のレイザーは、万全の状態だ。彼の剣は、少しも衰えを見せない。むしろ、父の剣に適応し、さらにその精度を増しているようにすら見えた。

「はぁ……はぁ……っ!」

 父の呼吸が、荒くなっていくのが聞こえる。聖剣を握る腕が、僅かに震えている。

「どうした、エミール! もう終わりか! 勇者の力も、その程度か!」

 レイザーが、畳み掛けるように連撃を繰り出す。黒い斬撃の嵐が、父を襲う。

 父は、それを必死に防ぐ。だが、全ての攻撃を捌ききれず、鎧のあちこちが切り裂かれ、浅い傷から血が滲み始める。自己治癒魔法を使うほどの深手ではないが、確実に父の体力と集中力を奪っていく。

 まずい。このままでは、ジリ貧だ。

 僕がそう思った、その時だった。

 父は、レイザーの猛攻を受け止めながら、あえて一歩、大きく前に踏み込んだ。

「なっ!?」



 それは、レイザーにとっても予想外の動きだったのだろう。彼の顔に、一瞬の驚きが浮かんだ。

 父は、防御を捨てたのだ。自らの体に、レイザーの剣が数本、突き刺さるのを覚悟の上で、懐に潜り込んだ。

 相打ち覚悟の、捨て身の攻撃!

「もらったァ!!」

 父の咆哮と共に、聖剣アスカロンが、下から上へと、天を衝くように振り上げられた。

「聖剣技――『天衝』!」

 それは、父の持つ技の中でも、最大級の威力を誇る一撃。僕の予測でも、このタイミングで、この距離で放たれれば、レイザーは回避できない。

 しかし、レイザーの顔には、焦りの色と同時に、不敵な笑みが浮かんでいた。

「待っていたぞ、エミール! その一撃を!」



 レイザーは、父の渾身の一撃を、避けようとしなかった。それどころか、自らの魔剣を、まるで盾のように、その斬撃の軌道上に差し込んだ。

 そんなことをすれば、剣ごと両断されてしまう。一体何を考えて……?

 次の瞬間、僕は信じられないものを見た。

 父の『天衝』が、レイザーの魔剣に触れた瞬間、その凄まじいエネルギーが、まるで渦に巻き込まれるように、魔剣の中へと『吸収』されていったのだ。

「馬鹿な……!?」

 父の驚愕の声が響く。

「俺の魔剣『ネメシス』は、あらゆるエネルギーを喰らう。お前が力を込めれば込めるほど、俺の力となるのだ!」

 レイザーが哄笑する。彼の持つ魔剣が、父の聖なる力を吸い尽くし、禍々しい紫色の光を放ち始めた。

「喰らった力は、倍にして返してやろう! 魔剣技――『反転虚無リバース・ゼロ』!」

 レイザーが、父の聖剣技を吸収した魔剣を、そのまま父へと叩きつけた。

 父の『天衝』が、闇の力として、父自身に襲いかかる。

 絶体絶命。

 誰もがそう思っただろう。

 だが、勇者エミールは、まだ終わっていなかった。

「……それも、読んでいたさ」



 父の口元に、血に濡れた笑みが浮かんだ。

 彼は、レイザーが魔剣を振り下ろす、その刹那。自らの体を、僅かに、本当に僅かに、横にずらしていたのだ。

 レイザーの『反転虚無』は、父の左肩を抉り、鎧と肉を派手に吹き飛ばしたが、心臓を貫くには至らなかった。

 そして、父の右手は、空いていなかった。

 聖剣を振り抜いた反動を利用し、体を回転させ、その遠心力を全て乗せた、第二撃を準備していたのだ。

 それは、剣技ではない。ただ、純粋な、極限まで鍛え上げられた、勇者の拳。

 籠手が砕け散るほどの威力で、父の右ストレートが、無防備になったレイザーの胸に、深々と突き刺さっていた。

「ご……ふっ!?」

 レイザーの顔から、笑みが消えた。信じられないといった表情で、自らの胸に突き刺さる父の拳を見下ろしている。彼の胸骨が砕け、内臓が破裂する、鈍い音が僕の耳にまで届いた。

 勝負は、まだ終わらない。

 父は、拳を引き抜くと同時に、がら空きになったレイザーの体に、今度こそ、聖剣アスカロンを突き立てた。

 今度こそ、回避も、吸収もできない。

 銀色の刃が、レイザーの胸の中心を、背中まで貫いた。

「……が……はっ……」

 レイザーの口から、大量の血が溢れ出す。彼の瞳から、力が失われていくのがわかった。

 長い、長い激闘だった。しかし、その決着は、あまりにも静かに、そして唐突に訪れた。

 父は、聖剣を引き抜くと、レイザーの体は糸の切れた人形のように、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。

「はぁ……はぁ……っ……」

 父もまた、立っているのがやっとの状態だった。左肩からは、おびただしい量の血が流れ、右の拳は骨が砕けているだろう。全身に負った無数の傷、そして、渾身の一撃を放ったことによる極度の消耗。その顔は、死人のように青ざめていた。

 それでも、父はよろめきながら、倒れたレイザーに歩み寄った。

 そして、最後の問いを投げかけた。その声は、怒りではなく、深い、深い悲しみに満ちていた。




「どうして……!! こんなことを……!!!」

 レイザーは、血の泡を吹きながら、それでも笑おうとしているかのように、口の端を歪めた。

「……言ったろ? ……お前に言えることは、何もない……。それに……」

 レイザーは、途切れ途切れの声で、続けた。

「……戦いは、まだ終わってない……」


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