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 彼女は絶叫した。その声はもはや人間の女性のものではなく、心の奥底から迸る怨念そのものだった。

「母さんは私達魔族の尊厳を踏みにじった!!! 私の父は魔王だった!!! この意味が分かるか!!!? 勇者ジェイク!!!」

魔王。

その言葉に、今度こそ私達は完全に思考を停止させた。

ジェイクさんが六十年前に倒したはずの大魔王ダイマ・オウ。

その娘が、リリアさん?

そしてジェイクさんが愛した聖女リリが、その魔王と……?

頭が混乱する。情報が多すぎて処理が追いつかない。

ジェイクさんは頭を抱えながら呻いた。

「なるほど……あいつ……魔族との友好とか甘っちょろいこと言って何か隠してると思ってたら、そういうことだったのか。だが…!! 魔王ともあればそれだけの人をたくさん殺したはず…!! リリがそんな非道な男と結ばれるはずがない!」

ジェイクさんの反論。それは彼自身に言い聞かせているようでもあった。信じたくないという魂の叫び。

その叫びをリリアさんはせせら笑った。

そして彼女は叫ぶ。

その声は世界の真実を告発する断罪者のそれだった。

「父は誰も殺していない!!!」

「なに……?」

「父は歴代魔王の中で最も温厚で…!! 偉大な王だった!!! それを何も調べもしなかった人間共が突如侵攻してきた!!! だから父も和平を求めながらも…!! 兵を送った!!! この戦争を止めるために!!! 自ら戦地に向かった!!! しかし!! ジェイク!!! お前とリリに私の父親が殺されたのだ!!!!」

リリアさんの絶叫が秋の空に木霊する。

ジェイクは一瞬、思考停止する。

それはレシアの目から見ても明らかであった。

目の前の情報の齟齬を飲み込めていなかった。

彼の脳裏に焼き付いているであろう六十年前の戦争の記憶と、今目の前の女が語る物語。その二つがあまりにもかけ離れすぎていて、彼の精神が現実の認識を拒絶している。

私の心眼が捉えるジェイクさんの心の波紋は、経験したことのないほど激しく乱れていた。驚愕、混乱、不信、そして僅かながらも『もしや』という恐ろしい可能性の芽生え。

私やロザールさん達はまだリリアさんが嘘をついていると思っていた。私達を混乱させるための悪質な策略なのだと。

だがその叫びを演技とは思えていなかった。

私の心眼が告げている。彼女の言葉は嘘ではない。少なくとも彼女自身はそれを絶対的な真実だと信じきっている。その憎悪も悲しみも、全てが本物だった。

歴史が、反転する。

私達が信じてきた勇者の英雄譚が、今、根底から覆されようとしていた。

一体何が真実で何が嘘なのか。

私達は底なしの疑念の渦の中へと、引きずり込まれていくのだった。



 私やロザールさん達はまだリリアさんが嘘をついていると思っていた。私達を混乱させるための悪質な策略なのだと。

 だがその叫びを演技とは思えていなかった。

 私の心眼が告げている。彼女の言葉は嘘ではない。少なくとも彼女自身はそれを絶対的な真実だと信じきっている。その憎悪も悲しみも全てが本物だった。

 歴史が反転する。

 私達が信じてきた勇者の英雄譚が今根底から覆されようとしていた。

 一体何が真実で何が嘘なのか。

 私達は底なしの疑念の渦の中へと引きずり込まれていく。

 その張り詰めた空気を切り裂くように、リリアさんが動いた。

「問答は終わりよ。貴方達にはここで死んでもらう」

 彼女は冠位装填を発動した。漆黒のオーラがその身を鎧のように覆い、手には闇そのものを凝縮して作り出したかのような禍々しい剣が握られる。

 対するジェイクさんもまた、心の動揺を無理やり抑え込み、冠位装填を発動した。

「冠位装填―――“Re:0”」

 伝説の勇者は、再び全盛期の若々しい姿を取り戻す。

 二つの伝説が今、激突する。

 私達は、その神々の闘争とも言うべき戦いを、ただ息を呑んで見守ることしかできなかった。




ジェイクさんとリリアの冠位装填のぶつかり合い。それはもはや戦いという言葉では表現できない、天変地異そのものだった。

若き日のジェイクさんが振るう剣は、見えざる刃となって空間を切り裂く。それは六十年前に大魔王を討ち取ったという伝説の一閃。だがリリアさんはそれを闇の剣で的確に弾き返す。彼女の動きには一切の無駄がない。ジェイクさんの全ての攻撃を予測し、そのさらに先を行くカウンターを放ってくる。

ズドォォン!

二つの力が衝突するたびに大地が揺れ、空が裂ける。衝撃波が嵐となって私達の体を打ち据え、立っていることすらままならない。私達は必死に地面に伏せ、その神々の戯れが通り過ぎるのを待つことしかできなかった。

だが、戦況は徐々に、しかし確実に、一方へと傾き始めていた。

ジェイクさんの劣勢が続く。

「どうしたの勇者ジェイク? その程度の実力で、よくも私の父を殺せたものね」

リリアさんの声はどこまでも冷たい。彼女の攻撃は一撃一撃がジェイクさんを殺すという明確な意志に満ちている。

対してジェイクさんの剣には、迷いがあった。

私の心眼が、それをはっきりと捉えていた。

彼の心の波紋が乱れている。憎むべき敵であるリリア。その顔の奥に、彼が愛した女性リリの面影を見てしまっているのだ。斬りかかろうとする、その一瞬。彼の剣は僅かに、ほんの僅かに、その軌道を鈍らせる。

その、コンマ数秒にも満たない躊躇い。

それが、このレベルの戦いにおいては、致命的な隙となる。

「甘いわ」

リリアさんの闇の剣が、ジェイクさんの防御をこじ開け、その肩を深く切り裂いた。

鮮血が、舞う。

若き勇者の姿に戻っていたジェイクさんの体から、初めて、はっきりとしたダメージが見て取れた。

「ジェイクさん!」

ナターシャさんが悲鳴を上げる。

まずい。このままではジェイクさんが殺される。

私達は、加勢しようと立ち上がった。だが、ジェイクさんは、それを手で制した。

「来るな!」

彼の絶叫。それは、私達を気遣う、悲痛な叫びだった。

「こいつの狙いは儂じゃない! お主らじゃ! 儂が死ねば、次はお主らの番じゃぞ!」

そうだ。リリアさんの目的は、私達を絶望させ、ウオを完全に覚醒させること。ジェイクさんは、その身を盾にして、私達を守ってくれているのだ。

だが、その盾も、もう限界だった。

リリアさんの猛攻は、休むことなく、ジェイクさんを追い詰めていく。

肩に、足に、胴に。

次々と、深い傷が刻まれていく。

金色のオーラが、徐々に、その輝きを失っていくのが、分かった。

このままだと、全員死ぬ。

全てを悟ったジェイクは、リリアさんの一撃を、大きく後方へ飛んでかわすと、私達に向き直り、告げた。

その顔は、血に濡れていたが、不思議なほど、穏やかだった。

「四人とも。俺の修行は今日で終わりだ。今までよく頑張ったな」

それは、あまりにも、静かな、宣告だった。

「ジェイクさん……何を……」

「ここは俺を置いていけ。お前達には未来がある」

彼のその言葉が何を意味するのか。

私達は痛いほど理解してしまった。

彼は自らの命をここで燃やし尽くすつもりなのだ。

私達を逃がすために。

「嫌です!」

ロザールさんが叫んだ。

「俺も戦います! 死ぬなら一緒だ!」

そうだ。私もナターシャさんもメアリーも同じ気持ちだった。

この人を見捨てて自分達だけ生き延びることなどできるはずがない。

だがその覚悟を悟った私とメアリーとナターシャは、ロザールさんを必死に説得した。

「ダメだよロザールさん!」私が彼の腕を掴む。

「ジェイクさんの覚悟を無駄にしちゃいけない!」ナターシャさんも涙ながらに訴える。

「私達が生き延びること。それがジェイクさんの最後の願いなんだよ……!」メアリーも震える声で続けた。

ロザールさんは唇を噛み締め、その瞳から大粒の涙をこぼした。

悔しかった。

自分の無力さが何よりも憎かった。

それは私達全員が同じだった。

「……行くぞ……!」

ロザールさんは最後にそう絞り出すと、私達に背を向け走り出した。

私達もそれに続く。

最後に一度だけ振り返った。

そこには私達に背を向け、たった一人で絶対的な悪意に立ち向かう伝説の勇者の背中があった。

その大きくそしてどこまでも偉大な背中を、私達は決して忘れない。

さようならジェイクさん。

私達の本当の英雄。

あなたの意志は私達が必ず未来へと繋いでみせるから。

私達は涙をこらえ、ただひたすらに走り続けた。

背後で天と地がひっくり返るかのような轟音が響き渡っていた。

リリアさんとジェイクの戦いの決着は私達にはもう分からない。

ただ私達は生きなければならない。

託された未来のために。

それが私達に課せられた新しい誓いだった。


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