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第五部 ジェイク編

第七章:嵐の前の、束の間の夜

ダインの砦を後にしてから季節は一度巡り、また夏が訪れようとしていた。

私達がジェイクさんの下で修行を始めてから、三ヶ月という月日が流れたのだ。

その時間は長いようで短かった。

私達はジェイクさんという伝説の道標を得て、ただひたすらに強さを求めた。ハーメルンには向かわずジェイクさんの指示で大陸各地を転々としながら、来るべき『愛眼』との決戦に備え人知れず牙を研ぎ続けた。

日々は過酷を極めた。

夜明けと共に起き出し日が暮れて意識が途切れるまで、剣を振り魔法を唱え戦術を学ぶ。食事は干し肉と固いパン。寝床は洞窟の冷たい岩肌か森の湿った土の上。お風呂になどもう何週間も入っていない。かつての村娘だった私が今や泥と汗、そして魔物の血の匂いを纏う一人の戦士へと変貌していた。

だが不思議とその日々が辛いとは思わなかった。

なぜなら私達は一人ではなかったから。

そして何より私達は日に日に自分達が強くなっていくのを、確かに実感できていたからだ。

特にロザールさんの成長は凄まじかった。

彼の剣はもはやドワーダルで出会った頃の、復讐心に任せた荒々しいものではなくなっていた。ジェイクさんの教えによって彼の怒りは静かで、そしてどこまでも鋭い鋼の意志へと昇華された。その剣筋は師であるラザールさん譲りの魔法剣と融合し炎を纏い氷を砕き雷を呼ぶ。その姿はまさしく戦場を支配する若き剣聖だった。

「まだだ。まだ足りん」

ロザールさんはどれだけ強くなっても決して満足しなかった。彼の心の中には今もなお、両親を無慈悲に奪った女の姿が焼き付いている。ウオのお母さんであるリリアさん。その女をこの手で討ち果たす。その揺るぎない復讐心こそが彼をさらなる高みへと押し上げる原動力となっていた。彼はこの三ヶ月で戦闘スキルをどんどん伸ばし、冠位装填こそ使えないものの最強の魔法使いに近づいていった。

ナターシャさんも見違えるように変わった。

かつての彼女は仲間を癒すことしかできなかった心優しき聖職者のようだった。だがジェイクさんは彼女に教えたのだ。『本当の優しさとは仲間を傷つけさせない力だ』と。

その日を境に彼女は涙をこらえながら、光魔法の攻撃的な側面を学んだ。彼女の慈愛に満ちた光は今や敵を浄化する聖なる槍となり、私達の道を切り拓く希望の輝きとなった。彼女は攻撃魔法と補助魔法の達人になったのだ。

そしてメアリー。

ダインの砦で私達が救い出した元『愛眼』の少女。

彼女もまた自分の罪を償うためにと必死に私達に食らいついてきた。彼女が元々持っていた闇魔法の素養は、ジェイクさんの指導によって開花した。闇は必ずしも悪ではない。使い方次第で仲間を守る盾にも敵の力を削ぐ刃にもなる。

メアリーは私達の後方から闇の魔法で敵の動きを阻害し、時にはその小さな体に鞭打って治癒魔法で仲間を癒した。彼女もサブアタッカーとしては申し分なくなり、私達のパーティーになくてはならない存在となっていた。

そして私。

私の心眼はあれ以降特に大きな進歩はなかった。キミシダイ帝国で偽物のエミールさんの正体を見破り、ダインの砦でメアリーの心を救ったあの時の感覚。それ以上の何かを掴むことはまだできずにいた。

だがその代わりに私はラザールさんから授かった世界樹の杖と共に、魔法の腕を磨いた。私の攻撃魔法や補助魔法にどんどん磨きがかかっていったのだ。

風の刃で敵を切り裂き大地の壁で仲間を守る。そして仲間たちの力を最大限に引き出すための祝福の魔法。

こうして私達のパーティーの基本戦術は自然と固まっていった。

ロザールさんをメインアタッカーとして、私とナターシャさんをサブアタッカー兼バッファー、メアリーをサブアタッカー兼ヒーラーにしたロザールさん中心の戦術である。

そして私達四人に何か危ないことがありそうだったらジェイクさんが助ける。

これの繰り返しであった。

私達はいくつもの死線を乗り越えてきた。

『愛眼』の下級兵士たちの襲撃。

彼らに操られた強力な魔物の群れ。

その全てを私達は仲間と力を合わせ打ち破ってきた。

傷つき倒れそうになるたびに互いを支え合い励まし合った。

私達は本当の家族になっていた。

そうして旅を始めてはや三ヶ月。

季節は夏から秋へと移り変わろうとしていた。

私達はついに目的の地である王都の目前まで迫っていた。

ウオが囚われているあの絶望の城塞都市。

私にとっての全ての始まりでありそして終わりの場所。

「よし、今夜はここまでじゃ」

王都まであと三日という距離にある小さな宿場町。

その入り口でジェイクさんが足を止めた。

「今夜は久しぶりに屋根のある場所で休むとしよう。決戦の前じゃ。少しでも体を休めておかんとな」

その言葉に私達は歓声を上げた。

特にロザールさんとナターシャさんメアリーは心の底から喜んでいるようだった。

三ヶ月ぶりのベッド。

温かい食事。

そしてお風呂。

その響きは疲労困憊の私達にとって何よりも魅力的に聞こえた。


その宿は古びてはいたが清潔で、温かい暖炉の火が私達を迎えてくれた。

宿の主人は人の良さそうな太ったおばさんで、私達の泥だらけの姿を見ても嫌な顔一つせず一番大きな部屋を用意してくれた。

部屋に入るなりロザールさんとナターシャさんメアリーは子供のようにはしゃぎ始めた。

「うおおお! ベッドだ! ふかふかのベッドだぞ!」

ロザールさんが一番大きなベッドに大の字で飛び込む。ギシリと古いベッドが悲鳴を上げた。

「こらロザール! 壊れたらどうするのよ!」

ナターシャさんが呆れたように笑いながら彼の隣に腰を下ろす。

「でも本当に気持ちいいね……。もう石の上で眠らなくていいんだ……」

彼女はうっとりとシーツの感触を確かめている。

メアリーも恐る恐る小さなベッドに腰掛けると、そのふかふかとした感触に驚いたように目を見開いた。

そして次の瞬間。

彼女は顔を枕にうずめると、きゃっきゃと楽しそうな声を上げた。

その姿はダインの砦で出会ったあの心を閉ざした少女とは、まるで別人だった。

彼女も完全にこのパーティーに溶け込めたようだ。

……良かった。本当に良かった。

私はそんな三人の姿を部屋の隅から微笑ましく眺めていた。

この光景を守るためなら私はどんなことだってできる。

心の底からそう思った。

だけど私はみんなみたいにはしゃげない。

心のどこかで冷静なもう一人の私が囁いている。

これは嵐の前の静けさに過ぎないのだと。

三日後私達は王都に着く。

そこにはウオがいる。

そしてウオのお母さんであるリリアさんがいる。

私達の本当の戦いはそこから始まるのだ。

このささやかな幸せがいつまでも続くわけではないことを私は知っていた。

その夜。

私達は宿の食堂で三ヶ月ぶりとなる温かい食事をとった。

焼きたてのパン、具沢山のシチュー、そして新鮮な野菜のサラダ。

その一つ一つが涙が出るほど美味しかった。

私達は夢中で食事を胃袋にかきこんだ。

ロザールさんはお代わりを三回もしていた。

その食べっぷりを見て宿のおばさんは嬉しそうに笑っていた。

食事の後私達は交代でお風呂にも入った。

湯船に体を沈めた時私は思わず安堵のため息を漏らした。

体の芯まで温まるこの感覚。

忘れていた当たり前の幸せが私の心をじんわりと解きほぐしていく。

部屋に戻るともうみんなそれぞれのベッドで眠る準備をしていた。

一日中歩き続けそして久しぶりの満腹感と温かさに満たされて、皆すぐに眠りに落ちていくだろう。

「おやすみレシアちゃん」

「おやすみナターシャさん。メアリーもロザールさんも」

私達は互いにそう言い合うとそれぞれのベッドに潜り込んだ。

ふかふかのベッド。

清潔なシーツの匂い。

旅に出てからこんなに贅沢な環境で眠るのは初めてだった。

すぐに隣のベッドからロザールさんの豪快ないびきが聞こえ始めた。

ナターシャさんとメアリーの穏やかな寝息もそれに続く。

私もすぐに眠れるはずだった。

だがなぜか私の意識は冴え渡っていた。

目を閉じるとウオの顔が浮かんでくる。

最後に見た彼の涙に濡れた笑顔。

そして私と交わした約束。

『――ああ……必ず……っ! レシア……っ!!』

待っていてねウオ。

もうすぐ行くから。

必ず君を助け出すから。

私は心の中で彼に語りかけた。

そしていつしか深い深い眠りの底へと落ちていった。

その夜私を待ち受けている悪夢の存在にも気づかずに。

それは一本の映画のように唐突に始まった。

私の意識は客観的な視点からその光景をただ眺めているだけだった。

――場面は王都の玉座の間。

巨大なステンドグラスから月明かりが差し込み、玉座に座る一人の男の姿を照らし出している。

その男はウオだった。

いやウオの姿をした大魔王ダイマ・オウ。

その真紅の瞳は何の感情も映さずただ虚空を見つめている。

その玉座の前にひざまずいているのはウオのお母さん、リリアさんだった。

『――計画は順調ですわ我が君』

彼女はうっとりとした表情で大魔王に報告している。

『世界各地に散らばる我が『愛眼』の執行者たちが、着実に世界を混沌へと導いております。二年後世界が完全に反転するその日に向けて』

『……そうか』

大魔王が初めて口を開いた。

その声はウオの声でありながらどこまでも冷たく響き渡る。

『レシアはどうしている』

その問いに私の心臓が大きく跳ねた。

なぜ私の名前を。

リリアさんは楽しそうにその唇を歪めた。

『ご心配なく。あの小娘も順調に育っておりますわ。伝説の勇者ジェイク・ローデルベルクと接触し、今この王都へと向かっている最中。全ては私の筋書き通り』

筋書き通り?

私達の旅が全て彼女に仕組まれていたというのか。

『あの娘が貴方様を救い出そうとすればするほど、その想いが強ければ強いほど、貴方様の中の矮小な人格……『ウオ』の魂は輝きを増す。そしてその光が最大限に輝いた瞬間こそ、貴方様が完全に覚醒なされる時』

何を言っているの?

私の想いがウオを苦しめるというの?

『ウオは今どこにいる』

大魔王が再び問うた。

『彼の魂はどうなっている』

『ご安心を。貴方様の魂の最も深い牢獄に閉じ込めております。ですが面白いことにあの小娘の想いを力にしてか、時折その檻を中から叩いておるようですが』

その言葉に私の胸が締め付けられた。

ウオはまだ戦っているんだ。

あの中でたった一人で。

その時場面が切り替わった。

今度は真っ暗な闇の中だった。

そこには少年が一人うずくまっていた。

ウオだった。

私の知っている優しいウオ。

彼は鎖に繋がれその瞳からは光が消えていた。

『……レシア……』

彼がか細い声で私の名を呼ぶ。

『助けて……。俺はもう……。俺でいられなくなりそうだ……』

その悲痛な叫び。

助けたい。

助けに行かなければ。

そう思った瞬間私の目の前の光景が再び変わる。

今度は燃え盛る炎の中だった。

見覚えのある景色。

カリム村。私の故郷が燃えている。

村人たちの悲鳴が聞こえる。

そしてその地獄の中心に立っているのは大魔王と化したウオだった。

彼は何の感情もない瞳で自らの故郷を焼き尽くしていく。

やめて。

やめてウオ。

そう叫ぼうとした私の目の前に一人の少女が現れた。

私だった。

夢の中の私は泣きながらウオの前に立ちはだかっていた。

『やめてウオ! 目を覚まして!』

だが大魔王は私を一瞥するとその手に黒い剣を出現させた。

そして何の躊躇いもなくその剣を私に向かって振り下ろした。

夢の中の私が死ぬ。

ウオの手によって。

そしてまた場面が変わる。

今度は私がウオを殺す夢。

世界を救うためには彼を殺すしかないのだと誰かが囁く。

私は泣きながらその手に剣を握り、愛する人の心臓を貫いていた。

ウオが死ぬ夢。

私がウオを殺す夢。

ウオが世界を滅ぼす夢。

ウオが。

ウオが…!!

助けを求める夢!!

「いやあああああああああああああああああっ!!!!!」

私は夢の中で絶叫した。

そして、飛び起きた。

全身は汗でぐっしょりと濡れていた。

心臓は早鐘のように鳴り響き呼吸がうまくできない。

「はあっ……はあっ……はあっ……!」

夢。

そうだ。

これはただの夢だ。

だがあまりにも鮮明でリアルな悪夢。

ウオが今この瞬間も苦しんでいる。

そして私の行動が彼をさらに追い詰めているのかもしれない。

その可能性が私の心を絶望の淵へと突き落とした。

部屋は真っ暗だった。

隣からは仲間たちの穏やかな寝息が聞こえる。

その平穏さが逆に私の孤独を際立たせた。

怖い。

怖い。

怖い。

ウオを失うのが怖い。

そして彼を救えない自分の無力さが何よりも怖い。

涙が溢れてきた。

私は声を殺し、ただ毛布の中で震えることしかできなかった。

その時だった。

「レシア嬢ちゃん。大丈夫か?」

その聞き慣れた優しい声で私はハッとして顔を上げた。

暗闇の中に一つの人影が立っていた。

いつの間にそこに。

気づけばそこにはジェイクさんがいた。


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