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 俺は、レシアに、情報屋から聞いた話を、全て、伝えた。

 彼女は黙って、俺の話を聞いていたが、その翠色の瞳には、恐怖よりも強い、決意の光が、宿っていた。

「わかった。行こう、ウオ」

 彼女は、迷いなく、頷いた。

 その時、俺は、地図の片隅に、走り書きのように、書かれた小さな注釈に、気づいた。

 フィボナッチ帝国の名前に、添えられたその一文。

 それは、旅の商人たちの間で、囁かれている、その国の、もう一つの呼び名らしかった。

 その不気味な、異名を、目にした瞬間。

 俺の背筋を、冷たい、悪寒が、走り抜けた。

『――通称、“キミシダイ帝国”』

 五

 キミシダイ帝国。

 その、言葉の、響きは、俺達の、心に、重い、影を、落とした。

 君次第。

 まるで、そこに、住む、人々の、運命が、誰か、一人の、気まぐれに、委ねられているとでも、言うかのような、傲慢で、不気味な、名前。

 それは、間違いなく、この国の、絶対君主、フィボナッチの、持つ、能力に、由来しているのだろう。

『独裁』のフィボナッチ。

 情報屋は、そう、言っていた。

 一体、どんな、能力なのだ。

 俺達は、ギルドを、後にした。

 外は、既に、夕暮れが、始まろうとしていた。

 街の喧騒が、嘘のように、遠くに、聞こえる。

 俺の頭の中は、これから、始まる、新しい、戦いのことで、いっぱいだった。

 フィボナッチは、間違いなく、『愛眼』の、執行者の一人だろう。

 嘆きの丘で、ライアが、言っていた。

 母リリアを、含めて、執行者を、全て、殺せ、と。

 つまり、俺達が、村を守るためには、このフィボナッチという男を、倒さなければならない。

 ライアは、敵ではなかった。

 だが、こいつは、違う。

 明確な、俺達の、敵だ。

 俺は、腰の、剣の柄を、強く、握りしめた。

 初めて、明確な、殺意を、持って、敵と、対峙する。

 その、覚悟が、俺の、心を、奮い立たせると同時に、未知の、恐怖が、腹の、底から、せり上がってくるのを、感じていた。

「……ウオ」

 隣を歩く、レシアが、俺の、名を、呼んだ。

 彼女は、俺の、硬い、表情を見て、何かを、察したのだろう。

 何も、言わずに、そっと、俺の、手を、握ってきた。

 その、小さな、手の、温もりが、俺の、心の、恐怖を、ゆっくりと、溶かしていく。

 そうだ。

 俺は、一人じゃない。

 隣には、レシアが、いる。

 俺達の、心の中には、ライアが、いる。

 そして、俺の背中には、父さんが、いる。

 守るべきものがある。

 共に、戦う仲間が、いる。

 それだけで、十分だった。

 俺は、レシアの手を、強く、握り返した。

 そして、彼女の、顔を見て、頷く。

「行こう」

「うん」

 俺達は、東の門へと、向かった。

 夕陽が、俺達の進むべき道を、赤く、染め上げている。

 その、道の先に、待つものが、どれほど、過酷な、ものであろうとも。

 俺達は、もう、立ち止まらない。

 ライアが、その、命を、懸けて、俺達に、託してくれた、鎮魂歌。

 その、本当の、意味を、見つけ出すために。

 そして、俺達が、愛した、少女の、魂を、本当の意味で、救い出すために。

 俺と、レシアの、新たな、旅が、今、始まろうとしていた。

 その先に、待つのが、希望か、それとも、さらなる、絶望か。

 それは、まだ、誰にも、わからない。

 ただ、一つ、確かなことは。

 俺達は、もう、決して、運命に、屈したりはしない、ということだけだった。


 第四部 キミシダイ帝国編

 第一章:新たな絶望の幕開け

 一

 光が死んだ世界を、俺達は歩いていた。

 ライアを失った王都の処刑台を後にしてから、もうどれくらいの時が過ぎたのか、俺には分からなかった。太陽は昇り、沈み、夜空には無感動な星々が瞬く。だが、俺の世界では、時間は凍り付いたままだ。空も、木々も、道端に咲く名もなき花でさえ、その本来の色を失い、まるで古い絵画のように色褪せて見えた。


 俺の左肩から右の脇腹にかけて走る傷は、いまだに鈍く熱を持ち、母リリアという絶対的な絶望の存在を、その痛みをもって俺に思い出させる。レシアの拙い治癒魔法と、俺自身の得体の知れない回復力が、かろうじて傷口を塞いではいたが、ふとした瞬間に、あの見えない衝撃が体を打ち据えた感覚が蘇り、呼吸が浅くなる。


 だが、そんな肉体の痛みなど、心の痛みに比べれば、些細なことだった。

 俺の心には、ぽっかりと、巨大な穴が空いていた。それは、父エミールを失った時の、罪悪感に押し潰されそうな虚無感とは、また違う種類の痛みだった。あの時は、どす黒く重い感情が俺を支配していた。しかし、今は違う。

 喪失感。

 ただ、純粋で、どうしようもないほどの、喪失感。仲間を、家族を、守りきれなかったという、絶対的な無力感。それが、冷たい風となって、心の風穴を吹き抜けていく。

 俺の数歩後ろを、レシアがとぼとぼと歩いている。彼女もまた、俺と同じように、魂の抜け殻のようだった。


 亜麻色の髪は街道の埃にまみれ、大きな翠色の瞳からは、かつての太陽のような輝きが失われている。時折、俺の背中に向けられるその視線には、心配の色と共に、彼女自身の深い悲しみが滲んでいた。


 俺が振り返ると、彼女は慌てて力なく微笑んでみせるが、その笑顔が、張り裂けそうな心を隠すための、痛々しい仮面であることは、火を見るよりも明らかだった。

 俺達は、仲間を失った。

 ライア。

 銀色の髪と、血のように赤い瞳を持つ、儚げで、そして誰よりも強い意志を持った少女。俺達がようやく手に入れた、三人目の仲間。嘘つきで、不器用で、そして、どうしようもなく優しい、俺達の、家族。

 彼女は、もういない。

 俺達の腕の中で、光の粒子となって、空へと消えていった。

『二人も……諦めないで……。どんなに……辛くても……。幸せになることを……』

 彼女の最後の言葉が、壊れたレコードのように、頭の中で何度も繰り返される。幸せになること。それを諦めるなと、彼女は言った。だが、ライア、お前がいない世界で、どうやって幸せになれというんだ。お前が命を懸けて繋いでくれたこの未来を、俺達は、どうやって生きていけばいい?

 

 その答えが見つからないまま、俺達は、ただ、当てもなく、東へと歩き続けていた。二百日という死刑宣告の砂時計は、俺達の都合などお構いなしに、その砂を落とし続けている。一日、また一日と、愛する村が、故郷が、母の狂気に蝕まれていく。その焦燥感が、鉛のように俺達の足に絡みついていた。

 旅は、困難を極めた。

 王都を脱出した俺達は、完全に無一文だった。装備も食料も、あの処刑台での戦いでほとんどを失い、残されたのは、身に付けているボロボロの衣服と、村の親方が打ってくれたこの剣、そしてレシアが肌身離さず持っていた護身用の短剣だけ。

 最初の数日は、森で木の実を拾い、川の水を啜って飢えを凌いだ。夜は、岩陰で身を寄せ合い、凍えるような寒さに耐えた。焚き火を熾すための火打石すら、俺達は持っていなかった。

「……ウオ、これ、食べて」

 ある夜、俺が寒さで震えていると、レシアが、自分の革袋から、けし粒のように小さな干し肉を取り出し、俺の口元へ差し出した。それは、彼女が最後の最後に残しておいた、なけなしの食料だった。

「いい、俺は大丈夫だ。レシアが食べろ」

「ううん。ウオは、戦わないといけないんだから。私より、ずっと力が必要だよ」

 彼女は、そう言って、無理やり俺の口に干し肉を押し込んだ。塩辛くて、硬い、ただの肉の塊。だが、その時の俺には、どんなご馳走よりも温かく、そして美味しく感じられた。彼女の優しさが、俺の凍てついた心を、少しだけ溶かしてくれた。

 街道沿いの小さな村で日雇いの仕事を見つけ、わずかばかりの銅貨を手に入れたこともあった。農具の修理、薪割り、荷物運び。泥と汗にまみれて、日が暮れるまで働いた。その夜、稼いだ銅貨で買った、一本の黒パンを、俺とレシアは二人で分け合って食べた。

「……美味しいね」

 レシアが、そう言って、笑った。それは、王都を後にしてから、彼女が初めて見せた、心からの笑顔だったかもしれない。その笑顔を見て、俺は、何としてもこの子を守り抜かなければならないと、改めて心に誓った。

 だが、平穏は長くは続かない。俺達の旅路には、人間の悪意もまた、牙を剥いた。

 寂れた街道で、山賊に襲われたこともあった。三人組の、見るからに質の悪い連中だった。

「へへへ、金目のものは全部置いていきな。そこの姉ちゃんも、だ」

 下卑た笑みを浮かべる男たち。俺は、咄嗟にレシアを背中にかばい、剣を抜いた。

「失せろ。でなければ、斬る」

 俺の、殺気を含んだ声に、男たちは一瞬怯んだ。だが、俺達がまだ年若い子供であること、そして疲弊しきっていることを見抜くと、再びその顔に獰猛な笑みを浮かべた。

「生意気なガキだ!」

 一人が、錆びた斧を振りかざして、襲いかかってくる。

 俺は、それを冷静に見極めた。父さんとの訓練を思い出す。相手の動き、重心、呼吸。その全てを読み切り、最小限の動きで、その一撃をかわす。そして、がら空きになった胴体に、剣の柄を叩き込んだ。

 致命傷は、与えない。

 父さんが、最後まで守ろうとした、ただの人間を、俺が殺すわけにはいかない。

 だが、その手加減が、仇となった。残りの二人が、左右から同時に襲いかかってきたのだ。一人を相手にするので、精一杯だった。

 まずい。

 そう思った瞬間、俺の視界の端で、レシアが動いた。彼女は、懐から小さな石を取り出すと、それを力一杯、右側の男の顔面に投げつけたのだ。

「ぐっ!?」

 不意の一撃に、男が顔を覆ってひるむ。その一瞬の隙。それだけで、俺には十分だった。俺は、左側の男の足を払い、体勢を崩したところを、峰打ちで気絶させる。そして、最後の、石を食らった男にも、同じように、意識を奪った。

 荒い息を繰り返す俺の元へ、レシアが駆け寄ってくる。

「大丈夫だった、ウオ!?」

「……ああ。助かった、レシア。お前のおかげだ」

「ううん、私なんて……」

 彼女は、俯いて、自分の非力さを悔やむように、唇を噛んだ。彼女が、自分にできる精一杯で、俺を助けてくれたことは、痛いほど分かっていた。だが、その行動が、彼女自身を危険に晒したこともまた、事実だった。俺は、彼女に、何も言えなかった。ただ、彼女の頭を、一度だけ、力なく撫でることしか。

 そんな、綱渡りのような日々を、俺達は、いくつも、いくつも、乗り越えてきた。

 肉体的な疲労よりも、精神的な消耗が、俺達を、じわじわと、蝕んでいく。

 夜、眠りにつくと、決まって、悪夢を見た。

 ライアの、光になって消えていく、最後の姿。

 母リリアの、氷のように冷たい、瞳。

 そして、父エミールの、血に濡れた、穏やかな、笑顔。

「うわあああああああああっ!!!!」

 悲鳴を上げて飛び起きる。全身は、汗でぐっしょりと濡れていた。心臓は、早鐘のように鳴り響き、呼吸がうまくできない。闇が、怖い。眠るのが、怖い。一人になるのが、怖い。



 そんな俺を、レシアは、いつも、黙って、隣で見守ってくれた。彼女は、何も言わなかった。ただ、俺の呼吸が、落ち着くまで、その小さな手で、俺の背中を、優しく、さすってくれるだけだった。

 言葉よりも、雄弁な、その優しさ。

 その温もりだけが、俺を、狂気の淵から、引き戻してくれる、唯一の、錨だった。

 旅を始めてから、二週間が過ぎた頃。俺達は、国境の山脈を越え、フィボナッチ帝国の領土へと、足を踏み入れていた。


フィボナッチ帝国。

その国は、俺が想像していた以上に、異様だった。

豊かな平野が広がり、街道も整備されている。だが、道行く人々の顔には、生気がなかった。誰もが、俯き、虚ろな目をしている。すれ違う時も、決して、目を合わせようとはしない。まるで、見えない、何かに、怯えているかのようだった。

街道沿いの、小さな村に立ち寄った時のことだ。俺達は、なけなしの銅貨で、一杯のスープを注文した。食堂の主人は、痩せこけ、その目には、深い、絶望の色が浮かんでいた。

「旅の方かい。悪いことは言わねえ。早く、この国から、立ち去った方がいい」

主人は、声を潜めて、そう、忠告してきた。

「この国は、呪われてる。フィボナッチ様は、悪魔に、魂を売っちまったんだ」

彼の話によれば、数ヶ月前、フィボナッチ王は、突如として、圧政を始めたのだという。重税を課し、民から食料を奪い、逆らう者は、女子供であろうと、容赦なく、処刑する。

「だが、一番、恐ろしいのは、そこじゃねえ」

主人は、震える声で、続けた。

「フィボナッチ様は、気まぐれに、人を、試すんだ。『お前の、大事なものを、差し出せ』と。もし、差し出せなければ、その場で、殺される。もし、差し出せば、褒美が、与えられる。だが、その褒美は、他の誰かの、大事なものだったりする。隣人の、家だったり、畑だったり、時には、家族だったりもする……」

俺は、息を飲んだ。

キミシダイ帝国。

君次第。

その、異名の意味が、今、分かった。この国では、全てが、王の、気まぐれ一つで、決まるのだ。隣人が、いつ、自分の全てを奪う、敵になるか、分からない。誰もが、互いを、疑い、監視し合っている。だから、この国の人間は、皆、心を失ってしまったのだ。

「そんな、馬鹿なことが……」

「馬鹿なことじゃねえ。現実だ」主人は、力なく、首を振った。「ここは、もう、人の住む場所じゃねえ。地獄だよ」

俺達は、その村を、早々に、後にした。

レシアは、青ざめた顔で、黙り込んでいた。俺の心にも、重い、怒りと、そして、得体の知れない、恐怖が、渦巻いていた。

『独裁』のフィボナッチ。




そいつはただの暴君ではない。人の心を弄び絶望させることを楽しんでいる悪魔だ。間違いなく『愛眼』の執行者。母リリアと同じ歪んだ思想を持つ化け物だ。

俺達は帝国の首都を目指して歩き続けた。

首都に近づくにつれてその異様な光景はさらに色濃くなっていく。

街の入り口には巨大な城壁がそびえ立っていた。だがそこに立つ衛兵たちの出で立ちは奇妙だった。ある者は豪奢な貴族の鎧を身に纏い、ある者は農民の着るようなボロ布をまとっている。その装備はバラバラで統一感というものが全くない。

「あれは……」レシアが息を呑んだ。「昨日フィボナッチ様が行った『運試し』の結果だよ」

街の住民がそう教えてくれた。

王は毎日気まぐれに衛兵たちの装備を入れ替えさせるのだという。サイコロを振り出た目によってある者は将軍の地位と装備を与えられ、ある者は一兵卒へと格下げされる。全ては王の気まぐれ次第。

だからこの国の軍隊には忠誠心も士気も存在しない。ただ王のご機嫌を損ねないように怯えているだけだ。

「……行こう」

俺はレシアの手を強く握った。

もう迷っている時間はない。

俺達は首都の門をくぐった。

街の中は外から見た以上に混沌としていた。豪華な装飾が施された建物と崩れかけた貧民の家が隣り合って立ち並んでいる。道端には飢えて倒れている人々がいるかと思えばその横を着飾った貴族が鼻で笑いながら通り過ぎていく。

富める者と貧しい者、幸運な者と不運な者。その格差があまりにも極端に可視化された狂気の街。

そしてその街の中心に天を突き刺すかのようにそびえ立つ漆黒の城。

あれがフィボナッチの居城。

俺達の目的地だ。

「どうするのウオ。正面から行くの?」

レシアが不安そうに俺の顔を見上げた。

「……ああ。そのつもりだ」

俺は答えた。

王都での経験が教えてくれた。小細工は通用しない。俺達に残された道はただ正面からその絶望を打ち破ることだけだ。

俺は剣の柄に手をかけた。

そして城へと続く大通りを駆け抜けようとしたその時だった。

行く手を阻むように一隊の衛兵が現れた。その数二十人ほど。

「止まれ! 何者だ!」

隊長らしき男が怒鳴る。その鎧はひときわ豪華だった。おそらく昨日の「運試し」で幸運を掴んだ男なのだろう。

問答無用。

俺は地面を蹴った。

もう躊躇いはない。

父の教えを守る。だがそれは無辜の民に対してだけだ。この圧政に加担し民を苦しめているこいつらは違う。

俺は衛兵の群れに突っ込んだ。

一体、二体と剣を振るう。

だが俺の刃は肉を斬らない。

鎧を砕き兜を弾き飛ばし、峰打ちで意識だけを刈り取っていく。

俺の中に眠る黒い力が迸る。

それは大魔王の力。だが俺はその力を制御していた。破壊のためではなく守るために。

俺の動きは人間業ではなかった。

衛兵たちは何が起きたのかも理解できないまま次々と地面に崩れ落ちていく。

悲鳴を上げる暇さえ与えない。

圧倒的な力の奔流。

「……すごい……」

俺の背後でレシアが息を呑むのが分かった。

俺は振り返らなかった。

彼女に今の俺の顔を見せたくなかったからだ。

この力を使っている時の俺がどんな顔をしているのか。

自分でも分からなかったからだ。

レシアの罪悪感。

俺はその気配を肌で感じていた。

またウオの力に頼ってしまっている。

私だけが何もできずに守られている。

彼女がそう感じていることが痛いほど伝わってきた。

ごめんなレシア。

俺は心の中で謝った。

だが今はこうするしかないんだ。

俺は感情を殺し、ただ機械のように剣を振り続けた。

城へと続く道は倒れた衛兵たちで埋め尽くされていく。

警鐘がけたたましく鳴り響き、街中から次々と兵士が駆けつけてくる。

だがその全てが俺の前では無力だった。

俺は一人で軍隊を蹂躙していた。

レシアを守るというただその一心で。

やがて俺達の目の前に漆黒の城門がその巨大な姿を現した。

最後の衛兵を気絶させあたりに静寂が戻る。

俺は荒い息を繰り返しながら剣を鞘に収めた。

全身が鉛のように重い。

力を使った代償だ。

「……行こう、レシア」

俺は振り返り彼女に声をかけた。

彼女は青ざめた顔でただ黙って頷いた。その瞳に浮かんでいたのは安堵と恐怖そしてどうしようもない無力感だった。

俺達は城の入り口へと向かった。

巨大な黒鉄の扉が固く閉ざされている。

だがその扉の前に一人の男が立っていた。

玉座に腰掛けるように瓦礫の上にゆったりと座り、まるで俺達が来るのを待ちわびていたかのようにその顔に笑みを浮かべて。

その顔を俺は知っていた。

浅黒い肌。鋭く尖った耳。そして額から生えた二本のねじれた角。

王都の処刑台で俺達の目の前でリリアによって焼き尽くされたはずの男。

「……魔王!?」

俺の喉から信じられないといった声が漏れた。

男は楽しそうにその唇を歪めた。

そしてかつて俺達が聞いたことのある穏やかで知的な響きとは全く違う。

純粋な悪意と嘲笑に満ちた声で言ったのだ。

「久しぶりだな。勇者エミールの息子ウオよ」


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