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「助けに来た! 行くぞ!」

俺は彼女を担ぎ上げ再び地面を蹴ろうとした。だがそれは叶わなかった。

俺の腹部に凄まじい衝撃。

「ぐ……はっ……!?」

視界が明滅し呼吸が止まる。俺はライアを抱いたまま処刑台の床を転がっていた。

見上げるとそこにリリアが立っていた。その拳から白煙が上がっている。俺の土手っ腹にただの一撃を叩き込んだだけ。だがその威力は城壁を砕く槌の一撃にも匹敵した。

「油断したわねウオ」

リリアは冷たく言い放つ。そして彼女の視線は俺を通り越し俺の背後で呆然と立ち尽くすレシアを捉えた。

「チェックメイトよレシア。大魔王様にはお友達も恋人もいらないの」

リリアの姿が掻き消える。彼女はレシアを殺すために間合いを詰めていた。

「レシアァ!!!」

俺は叫んだ。動こうとするが腹の激痛で体が言うことを聞かない。距離が絶望的に離れすぎていた。

もう駄目だ。

レシアが殺される。

その絶望的な光景をただ見ていることしかできないのか。

しかし。

俺の腕の中でライアが身じろぎした。

彼女の虚ろだった赤い瞳に確かな意志の光が宿る。

彼女は俺の腕から抜け出すと震える足で立ち上がった。そしてリリアとレシアの間にその華奢な身を割り込ませるように立つ。

彼女の唇が動いた。それは詠唱。俺が知らない古代の魔術言語。彼女の体から放たれる魔力量が極限まで増大していく。それは嘆きの丘で見たものとは比較にならないほどの圧倒的な覚悟の奔流だった。

ライアは遠距離魔術も使えた。

そして今彼女が放とうとしているのは彼女の全てを懸けた究極魔法。

その魔法の名は。

「”レクイエム・バースト”」

ライアの静かな声と共に世界が光に包まれた。

凄まじい光と熱の奔流がリリアを直撃する。リリアは咄嗟に防御障壁を展開したがその障壁は紙のように容易く砕け散り彼女の体は遥か彼方へと吹き飛ばされていった。

光が収まった後。

処刑台の上にはライアが一人で立っていた。その背中には漆黒の翼が広げられている。

彼女は吹き飛ばされたリリアが消えた空を真っ直ぐに見据えそして叫んだ。

その声は決意に満ちていた。

「私の仲間を…!!! 傷つけるな!!! 創造主リリア!!!」

創造主。

その未知の言葉が俺の心に深く突き刺さった。

俺達の戦いはまだ始まったばかりなのだと。そしてその戦いが俺達の想像を絶するほど根深くそして残酷なものであることを。

ライアのその絶叫が物語っていた。


第三部 ライア編

第六章:反逆者の鎮魂歌レクイエム

光が弾けた。

世界から色が抜け落ちていく。鼓膜の奥で甲高い音が鳴り響き視界が真っ白に染まった。母リリアを飲み込んだ光の奔流は処刑台そのものを半壊させ俺達の足元を大きく揺るらす。俺は咄嗟にレシアの体を抱き寄せ衝撃に耐えた。

光が収まった時そこにリリアの姿はなかった。吹き飛ばされたのかそれとも塵と化したのか。残されたのは熱で融解しガラスのように変質した石畳と立ち上る白煙そしてその中心で静かに佇む一人の少女だけだった。

ライア。

彼女の背中から生えた漆黒の翼は力なく垂れ下がり銀色の髪が汗で頬に張り付いている。彼女は俺達の創造主リリアと対峙しその身を挺して俺達を守ってくれた。その事実は揺るがない。だが同時に俺の心は混乱の極致にあった。創造主。ライアは母をそう呼んだ。一体どういうことなんだ。

「ライア……!」

俺は腹部の激痛を堪えながら彼女の元へ駆け寄った。彼女の体は限界だった。究極魔法とでも言うべきあの一撃は彼女の生命力そのものを燃料にしたのだろう。その顔は死人のように青白く足元がおぼつかない。俺がその肩を支えようとした瞬間彼女は俺の手を弱々しく振り払った。

「……逃げて」

掠れた声。それは懇願であり命令だった。

「二人で早くこの街から……ううんこの国から遠くへ逃げて」

「何を言ってるんだ! お前も一緒に行くだろ!」

「無理だよ」彼女は力なく首を振った。「私の一撃はあの方を殺せていない。すぐに戻ってくる。私は時間を稼ぐことしかできない」

その言葉は絶望的な真実として俺の胸に突き刺さった。そうだ。あの女がこの程度で死ぬはずがない。あれは魔王すら指先一つで葬る化け物なのだ。

ライアは俺達に背を向けた。その小さな背中がこれから起ころうとしている全ての絶望を一人で背負おうとしている。

「私のことは諦めて。早く行って」

「ふざけるな!」

俺は叫んだ。諦める。その言葉が俺の心の最も深い場所にある逆鱗に触れた。

父さんを諦めた結果俺は何を得た。何も無い。残されたのは後悔と罪悪感だけだ。あの時もっと別の選択肢があったのではないかと今も自問自答を繰り返す夜。もう二度とあんな思いはしたくない。

「絶対に諦めない」

俺の声は自分でも驚くほど静かでそして揺るぎなかった。

「俺はもう誰も見捨てないって決めたからだ」

俺は一歩前に出てライアの震える肩を掴んだ。そして彼女を無理やり自分の方へと向かせる。その赤い瞳は驚きに見開かれていた。

「俺は欲張りなんだよライア」

俺は言った。レシアとライア二人分の視線が俺に突き刺さる。

「レシアもライアもどっちも助ける。どっちも見捨てない。一人でも欠けたら意味がないんだ。俺が守りたいのは俺達三人が笑って過ごせる未来なんだからな!」

それは理屈じゃなかった。ただの我儘だ。子供じみた理想論かもしれない。だがそれが今の俺の偽らざる本心だった。俺はもう選択をしない。運命に抗い全てを手に入れる。そうでなければ父さんが命を懸けて繋いでくれたこの未来に顔向けできない。

俺の言葉は呪いのように二人の少女を縛り付けていた何かを打ち砕いたのかもしれない。ライアの赤い瞳から大粒の涙が溢れ出した。レシアもまた「ウオ……」と呟きながらその翠色の瞳を潤ませていた。

だが俺達の決意を嘲笑うかのようにそれはあまりにも唐突に俺達の頭上から降ってきた。

「感傷に浸っているところ悪いけれど」

氷のように冷たい声。

見上げると空中に母リリアが浮いていた。その身に纏う豪奢なドレスには僅かな焦げ跡一つない。彼女は俺の腹を殴った時の無表情のまま俺達を見下ろしていた。

「私の可愛い子供達。おままごとは終わりよ」

絶望的なまでの戦力差。だが俺の心はもう折れていなかった。隣にはレシアがいる。目の前には守るべき仲間がいる。

「ライア立てるか」

「……うん」

ライアは涙を拭い俺の隣に並び立った。その手には再び漆黒の剣が握られている。彼女の覚悟は極限まで高まっていた。俺達の言葉が彼女の生命力を再び燃え上がらせたのだ。

レシアは俺達の後方に下がりスカートのポケットから回復薬や様々な効果を持つ小瓶を取り出しいつでも投げられるように準備している。

俺とライアが前衛。レシアが後衛。

これが俺達の全力。俺達の答えだ。

「行くぞ!」

俺とライアは同時に地面を蹴った。リリアは空中で微動だにせずただ面白そうに俺達を見ている。

戦いの火蓋が切って落とされた。

俺は下からリリアの懐を狙いライアは翼を広げ上空から奇襲をかける。二方向からの同時攻撃。だがリリアは扇子で欠伸でもするように俺の剣をいなしライアの斬撃を指先で弾いた。

「遅い」

その一言と共に彼女の姿がぶれる。次の瞬間俺とライアは同時に吹き飛ばされていた。何が起きたのか分からない。ただ見えない衝撃が俺達を襲ったのだ。

受け身を取り体勢を立て直す。だがリリアは追撃してこない。彼女はただ俺達の戦いを品定めするかのように観察していた。

「ウオ右翼から回り込んで! 私が正面の注意を引く!」

「ああ!」

ライアの指示に従い俺は地面を滑るようにリリアの死角へと駆け込む。同時にライアが正面から無数の魔力弾を放った。牽制だ。リリアがそれを鬱陶しげに払い除けるその一瞬の隙。

俺は渾身の力を込めて剣を振るった。父に教わった聖剣技『天衝』。今の俺では到底父の域には及ばない。だがそれでもこの一撃は山をも砕く威力を持っているはずだった。

しかし俺の剣はリリアに届く寸前で見えない壁に阻まれた。防御障壁だ。びくともしない。

「無駄よ」

リリアは俺を一瞥もせずライアの方を向いたままだ。そしてその指先から放たれた闇の鞭がライアの翼を打ち据えた。

「きゃあ!」

悲鳴を上げてライアが墜落する。俺は咄嗟に駆け寄り彼女を受け止めた。

「大丈夫かライア!」

「ごめんウオ……!」

悔しそうに唇を噛む彼女。その翼からは黒い血が流れていた。

「レシア!」

「はい!」

後方からレシアが回復薬の小瓶を投げる。見事なコントロールでそれは俺の手の中に収まった。俺はすぐにライアの傷口にそれを振りかける。傷がみるみるうちに塞がっていった。

だが状況は最悪だった。俺達の攻撃は一切通じない。リリアはただ遊んでいるだけだ。俺達がどれだけ必死に喰らいついても彼女の掌の上で踊らされているに過ぎない。

それでも俺は諦めなかった。諦めるわけにはいかなかった。俺は再び立ち上がりリリアを睨みつける。そしてずっと心の奥で渦巻いていた疑問を叩きつけた。

「愛眼! お前達は何故世界を反転させようとするんだ!」

俺の問いにリリアは初めてその表情を僅かに変えた。面白そうにその唇の端を吊り上げる。

「やっとそこに辿り着いたのねウオ」

彼女はゆっくりと地上に降り立った。そしてまるで世界の真理でも語るかのように静かにしかしはっきりと告げたのだ。

「全ては魔族の未来のためよ」


「魔族の……未来……?」

俺はリリアの言葉を鸚鵡返しに繰り返した。その言葉の意味を俺の脳が完全に理解するまでには数秒の時間を要した。

リリアは続ける。その声には何の感情も籠っていない。ただ事実だけを淡々と述べているかのように。

「そうよ。この世界で長きにわたり人間に虐げられ蔑ろにされてきた我々魔族の未来のため。そのために私はこの世界を一度更地に戻し魔族が支配する新しい秩序を創造する」

その言葉は俺が王都で聞いたあの魔王の思想と酷似していた。だがリリアのそれはもっと歪でそして遥かに冷酷だった。彼女は革命を謳っているのではない。ただ純粋な憎悪と復讐心に突き動かされ破壊を望んでいるだけだ。

「そのために貴方達人間は一度滅びなければならない。特に貴方達のような『勇者』という偽りの希望を振りかざす存在はね」

「ふざけるな!」俺は叫んだ。「そんな身勝手な理由のために何の罪もない人々を巻き込むのか! お前がやっていることはただの虐殺だ!」

「あら心外ね」リリアは肩をすくめた。「これは聖戦よ。虐げられた民が圧政者に反旗を翻す崇高な戦い。多少の犠牲はつきものだわ。そうでしょう?」

彼女はそう言うと俺の隣で息を呑んでいるライアへとその冷たい視線を向けた。

「そのためにライア。君の家族も犠牲になったけどね」

その一言は静寂の中に投じられた爆弾だった。

ライアの体がびくりと跳ねる。彼女の赤い瞳が信じられないといった色で見開かれた。

「……え……?」

「ああ言ってなかったかしら」リリアは楽しそうに続けた。「貴女の家族を殺したのは私とその部下よ。貴女を『愛眼』に迎え入れるための最終試験としてね。貴女の覚悟の強さを試させてもらったの。大切なものを全て失った時貴女がどれほどの力を発揮するのかを」

ライアの呼吸が止まった。彼女の顔から急速に血の気が引いていく。

「どう思い出したかしら? 雪の中に倒れていた父親の冷たい体。燃え盛る家の中で助けを求めていた母親の最後の叫び。貴女の目の前で首を刎ねられた親友の顔。そして貴女を守るために盾となって死んだ恋人の最期を」

リリアは悪魔だった。彼女はライアの心の最も柔らかな部分を抉るようにその記憶を一つ一つ丁寧に描写していく。それはライ”アが俺達に語ってくれた思い出。彼女が顔を思い出せないと嘆いていた大切な人々の最期の姿。

「ああそうそう」リリアは思い出したように付け加えた。「貴女が顔を思い出せないのは私がかけた呪いのせいよ。大切な人の顔さえ思い出せないまま永遠にその喪失感だけを抱えて生きる。それが貴女に与えられた罰。私達の計画の駒となるためのね」

「あ……」

ライアの唇から声にならない呻きが漏れた。彼女の膝ががくりと折れその場にへたり込む。その瞳はもう何も映していなかった。ただ虚ろに宙を見つめているだけ。彼女の心が今この瞬間に壊れていく音が聞こえた気がした。

「全く空虚な人生ねライア」

リリアは吐き捨てるように言った。その言葉がライアの心を完全に砕く最後の一撃だった。

許さない。

絶対に許さない。

俺の腹の底で何かが燃え上がった。それは俺自身の中に眠る『大魔王』の力などではない。ただ一人の人間としての純粋な怒りだった。仲間を友を家族をここまで愚弄されて黙っていられるほど俺は大人じゃなかった。

俺はへたり込むライアの前に立ちはだかった。彼女を守るように。そしてリリアを真っ直ぐに睨みつける。

「リリア」

俺の声は自分でも驚くほど低くそして静かだった。

「これ以上……!! ライアの人生を愚弄するな!!!」

俺の絶叫と共に俺の体から金色の闘気が炎のように噴き上がった。それは父エミールから受け継いだ勇者の力。ライアを守りたいという一心不乱の想いが俺の潜在能力を極限まで引き出していた。

俺のその姿を見てリリアは初めてその表情を崩した。驚きではない。歓喜だ。彼女は恍惚とした表情で俺を見つめその唇をなめずりした。

「いいわね。その魔力……!! 燃えてくるわ!! それこそが私が求めていた力! 大魔王ダイマ・オウの片鱗!」

彼女は両手を広げ天を仰いだ。

「それじゃあ私も第2ラウンドに行こうかしら!!」

リリアはそう叫ぶと詠唱を始めた。それは俺が今まで聞いたこともない禍々しくそして荘厳な響きを持つ言葉だった。この世界の強者だけが使えるという魔法の極致。

「我が身体に呪いを宿せ」

彼女の体が漆黒の闇に包まれていく。

「“冠位装填”」

闇が晴れた時そこに立っていたのはもう俺の知るリリアの姿ではなかった。

全身を漆黒のオーラが鎧のように覆いその手には闇そのものを凝縮して作り出したかのような禍々しい剣が握られていた。その瞳はもはや人間のそれではない。全てを無に帰す破壊の化身。真の絶望がそこに具現化していた。

ここからが本当の地獄だ。

俺の魂がそう告げていた。

俺は砕け散ったライアの心を守るためにそしてレシアとの未来を掴むためにこの絶対的な悪意に立ち向かう覚悟を決めた。たとえこの身が砕け散ろうとも。


第三部 ライア編

第七章:君が為の鎮魂歌レクイエム

絶望に形があるのならきっと今俺の目の前に立つ母リリアのような姿をしているのだろう。

漆黒のオーラは陽炎のように揺らめき空間そのものを歪ませている。彼女がそこにいるだけで空気が鉛のように重くなり呼吸すらままならない。あれが冠位装填。世界の理に選ばれた強者のみが許されるという魔法の極致。父さんが生きていた頃に一度だけ書物で読んだことがある。それはもはや魔法というより奇跡の顕現であり神の領域に踏み込むための鍵だと記されていた。

俺の知る優しい母の面影はどこにもない。そこにいるのは全てを無に帰すという絶対的な意志そのものだった。彼女が握る闇の剣から放たれる冷気は俺の肌を突き刺し魂の芯まで凍てつかせる。

勝てない。

本能が警鐘を乱れ打っていた。今すぐ踵を返して逃げろと魂が絶叫している。だが俺の足は地面に縫い付けられたように動かなかった。恐怖ではない。俺の背後にはレシアがいる。そして目の前には心を踏み躙られ壊されかけたライアがいる。ここで俺が引くわけにはいかなかった。

「ウオ……」

ライアが俺の名を呼んだ。その声は震えか細く今にも消えてしまいそうだ。彼女の心はまだ砕け散ったままだ。俺が支えなければ。俺が盾にならなければ。

俺はライアとレシアの前に立ち塞がるように一歩踏み出した。村の親方が打ってくれた剣を握る手に力を込める。金色の闘気が俺の体から迸りリリアが放つ漆黒のオーラと拮抗しようと激しく火花を散らした。

「素晴らしい闘気ねウオ」

リリアが初めて俺達以外のものに目を向けたかのように楽しげに言った。

「恐怖と絶望に屈せず仲間を守ろうとするその愚かなまでの正義感。それこそが大魔王ダイマ・オウを人間ウオとして繋ぎ止めている楔。そしてその輝きが強ければ強いほど反転した時の闇もまた深くなる」

彼女は俺を殺したいのではない。俺の心を折り俺を絶望の底に叩き落とすことで俺の中に眠る『何か』を呼び覚まそうとしているのだ。その歪んだ愛情が俺には何よりもおぞましく感じられた。

「さあ見せてあげるわ。絶対的な力の前に希望がいかに無力であるかを」

リリアは闇の剣をゆっくりと持ち上げた。特別な構えはない。ただ自然にそこに剣があるだけ。だがその切っ先が俺に向けられた瞬間俺の世界から全ての音が消えた。

「この一撃を避けてみなさい。大魔王様の反転者ウオ」

声が聞こえたのと彼女が動いたのはどちらが先だったか。俺の認識は現実についていくことを拒絶した。彼女の姿が消えたと思った次の瞬間には俺の目の前に闇の斬撃が迫っていた。

速いとかそういう次元ではない。

それはもはや斬撃という物理現象ですらなかった。空間が裂け因果が捻じ曲がり『俺が斬られる』という結果だけが確定事項として俺に突きつけられる。避けられない。これはそういう理不尽な一撃だ。

だが俺は動いた。思考ではない。体に染み付いた父との訓練の記憶が獣のような生存本能が俺の四肢を無理やり動かしていた。極限まで腰を落とし体を捻る。コンマ一秒でも遅れていれば俺の体は胴体から真っ二つになっていただろう。

それでも避けきれなかった。

闇の剣は俺の左肩から右の脇腹にかけて深々と突き刺さり肉を骨をそして俺の存在そのものを引き裂いていく。

「ぐ……あ……あああああああああああああああ!!!!!」

絶叫。

熱いという感覚すらなかった。ただ俺の体が俺のものではなくなっていくという絶対的な喪失感。視界が赤と黒のノイズで明滅し平衡感覚が失われる。俺は吹き飛ばされ地面を無様に転がった。

傷口から夥しい量の血が流れ出し石畳に黒い染みを作っていく。痛い。痛い痛い痛い。だがそれ以上に恐ろしいのは力が抜けていく感覚だった。指先が冷たくなり呼吸が浅くなる。意識が遠のいていく。

これが死か。

俺は薄れゆく意識の中でそう思った。

「ウオ!!!!!」

レシアの悲鳴が聞こえる。彼女が俺の元に駆け寄ってくる気配がした。その手から温かい光が溢れ出す。治癒魔法だ。村の薬師から教わったという拙い魔法。だが今の俺にとっては唯一の希望の光だった。

しかしその光が俺に届くことはなかった。

リリアの次の攻撃は既に始まっていたのだ。彼女は俺に追撃を加えるためその闇の剣を再び振りかぶっていた。レシアの治癒魔法など彼女の一撃の前ではあまりにも無力だ。

「まずは大魔王様の余計な人格である貴方を殺すとしましょう。ウオ」

リリアの冷たい宣告が響く。闇の剣が振り下ろされる。

ああ終わるのか。

俺の人生もここまでか。レシアごめんな。ライア守ってやれなくてごめんな。父さん俺は結局何も成し遂げられなかったよ。

絶望が俺の心を完全に塗りつ潰した。

その時だった。

俺とリリアの間に銀色の閃光が割り込んだ。


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