第3話:救護の夜
庭の薬草整理と基礎調合を終え、夕暮れが屋敷を染める頃、織音は書斎に座って薬効のノートをまとめていた。
しかし、その静けさは長くは続かなかった。
「お嬢様! 急にご近所の子供たちが倒れた、と町の使用人が!」
声に振り向くと、屋敷の忠実な使用人・エリスが息を切らして立っていた。
どうやら近隣で小規模な食中毒のような症状が出ており、すでに数名が体調を崩しているらしい。
「食中毒……ですか。わかりました。すぐに薬草を持って駆けつけます。」
織音は躊躇せず、調合道具と乾燥した薬草の小袋を抱え、屋敷を飛び出した。
前世で培った救急処置の知識が、自然と体を動かす。
町に着くと、蒼白な顔で倒れている子供たちが数人、簡易ベッドに寝かされていた。
母親たちの不安げな視線が織音に向けられる。
「大丈夫、まずは水分補給と胃腸を整える薬草を煎じます。」
薬草を煮出す香りが漂うと、子供たちの表情が少しずつ落ち着いていく。
織音は手順を一つずつ確認しながら、煎じる、冷ます、服用させる――まるで前世の実験室で操作するかのように淡々と処置を行った。
夜が深まる頃には、最初に倒れた子供たちは安らかに眠り、吐き気も和らいでいた。
母親たちは感謝の涙を流す。「お嬢様、本当に助かりました……」
織音は微笑みながら、心の中で小さくつぶやいた。
「こうして、知識は力になる……」
その夜、屋敷に戻ると、ミラが小さな包みを差し出した。
「お嬢様……子供たちの母親たちからです。感謝の気持ちです。」
中には町で採れた野菜や小麦、手作りの布が入っていた。
小さな贈り物ではあるが、これも信頼の証。織音は目を細める。
「ふふ、こうして少しずつ関係を築いていくのね。知識と実務で、人の心を動かす……」
その時、蔵書の一冊が視界に入った。夜のランプの光に照らされ、背表紙の文字がほのかに光って見える。
「この本も、役に立つかもしれない……いや、役立てるべきだわ。」
静かな夜に、織音は蔵書を見つめながら考えた。
薬草と知識、そして信頼。この三つがあれば、次の一歩も踏み出せる――宮廷や町での影響力を少しずつ広げるための土台になる。
夜空には星が瞬き、街には微かな灯がともる。
織音の胸には、確かな自信が芽生えていた。
小さな庭の薬草も、夜の救護活動も、すべてが未来の図書館の礎になる――そんな予感を胸に、少女は明日へと備えた。




