08.踏み出せない距離
「会ってみたい」
そう口にしてしまった昨夜から、落ち着かない。
返事はもらえた。
「私も少しだけ思う」と。
けれど、それがどれほどの気持ちなのか、俺には計りきれなかった。
次の日、授業中もノートの文字が頭に入らない。
先生の声は遠く、ただ机の下に忍ばせたスマホを何度も確認する。
既読のまま、新しいメッセージは来ていなかった。
昨夜のやりとりの最後、レンはこう言った。
「まだ怖い。会ったら、がっかりさせるかも」
がっかりなんて、するはずがない。
それでも、俺が焦って求めすぎたら、彼女は逃げてしまうんじゃないか。
そんな恐れが脳裏をよぎった。
昼休み、廊下の窓から外を見下ろす。
グラウンドではクラスの連中がサッカーをしている。
その輪の中に、俺の居場所はない。
ポケットの中のスマホだけが、俺を繋がっている存在にしてくれる。
「なあレン、今日どうしてる?」
勇気を振り絞って送った。
しばらくして返ってきた文字。
「普通だよ。授業つまらないし、眠かった」
その普通の一言が、やけに重く感じる。
レンの普通を、俺はまだ何一つ知らない。
どんな顔で笑ってるのか。
どんな声で“眠かった”って言ってるのか。
全部、想像にすぎない。
だからこそ、知りたいと思ってしまう。
「今度の土日、もしよかったら……」
そこまで打って、手が止まった。
会おうと続ける勇気が出ない。
もしも断られたら。
もしも、レンの心が離れてしまったら。
削除して、言葉を変える。
「もし暇なら、たくさん話そう」
数分後、返事が届いた。
「うん。私も話したい」
まだ、ここまでが限界だ。
でも、確かに繋がっている。
夜、気づけばスマホを見つめてばかりいた。
「レンってさ、俺に隠してることある?」
思わず送ってしまった。
既読がつくが、返事は来なかった。
時計の針の音がやけに大きく響く。
やっと届いた文字は、たった一行。
「……ごめん、今は言えない」
その言葉を見た瞬間、チクリと痛んだ。
隠し事がある。
でも、俺を拒絶したわけじゃない。
彼女はまだ、俺に残してくれている。
“話す未来”を。
だから俺は待つしかない。
焦らず、逃げずに。
いつか、レンが自分から言葉にしてくれる日を信じて。
布団に潜り込みながら、最後に送ったメッセージを見返す。
「いつか、聞かせてくれたら嬉しい」
返事はなかった。
けれど、その沈黙すらも、今は大切に思えた。
俺たちの距離は、まだ埋まらない。
けれど確かに、少しずつ近づいている。
それだけを信じて、俺は目を閉じた。




