作戦失敗?
癖というのは、やっていないとどうも落ち着かない感じになることがある。
例えばよく足を組む人や貧乏ゆすりをする人が意識的にその癖をやめると、やりたくなる衝動に駆られてなんだかしっくりこない場合が多い。
そういう場合、大抵癖を意識したとしてもやめられない、やめたくない。いわゆる「癖になっている」状態だ。
一方で、ほとんど無意識的にやってしまう癖もある。
例えば、考える時に腕を組んだり、嘘をつく時に目線が泳いだりといったものだ。
こういうのは大抵心理的な部分が要因していることが多いため本人は自覚していないし、こうなってくると指摘されてもなかなか直せるもんでもない。自覚できる癖よりももっと深く心に根ざしているものだ。
——[◆無意識管理モードが追加されました]
先日私のスマホに現れたこの通知は、おそらくこの無意識的にやってしまう方のことを言っているのだろう。
そう思って早速親友の夕梨花に試してみたのだが……ちょっと困ったことになっている。
今は昼休み、実験だし適当にと思って「いただきますをする時はウィンクしながら手でハートを作る」とかいう”癖”を雑に追加してみたんだけど……
お弁当を前に見事に萌え萌えキュンをかまされてしまった。
あまりに綺麗にキメるもんだから私は面白いやらかわいいやら、とにかく彼女の想像以上の破壊力にやられて今机に突っ伏している。
「早紀ちゃん、何してるの……?様子がおかしいけど大丈夫……?」
「いや、なんでもない、大丈夫、うん……大丈夫……ふふっ……」
「その反応はなにかにやられてるときの反応な気がするけど……?」
さすがにニヤけ顔を隠してるとは言えないって!
でもやはり本人の反応を見るに、私が何に対して悶えているかはおそらく気付いていない。
おそらくこの無意識管理機能で設定した“癖”は、基本的には指摘されないと気づけないのだろう。
それにしても「ウィンクしながら手でハートを」なんて結構意図的な動作な気がするけど意外とイケるもんなんだな。
しかし、無意識な行動をいじれるって、この機能なかなかにアブナイのでは……?
いや、まぁこのアプリ自体がそもそもアブナイのだけど……。
「まぁいいや、とりあえず食べよ?」
「あ、うんそうだね、いただきます。」
そうしてお弁当をもぐもぐしていると、夕梨花の方から話題を振ってきた。
「そういえば早紀ちゃん、ちょっと相談があるんだけど……」
「ん?どしたの?」
「今、ピアノの発表会の練習中なんだけど、人前で聞かせる練習をしたくて……。今日暇あったら放課後、私の演奏聴いてもらえないかな?」
夕梨花は吹奏楽部もやってるのにピアノも習っている。
それだけでも大変そうだけど、そもそも緊張しいなのでもっと大変そうだ。
「放課後ね、大丈夫だよ!夕梨花ん家に行けばいい?」
「うん、だから今日は一緒に帰らない?」
「おっけー了解!」
「ありがと~!たすかるよ~。」
そんな約束をしてお昼を食べ終えた。
これはもしかして、アプリを使うチャンス?
私はアプリで何をするかを妄想……もとい想像し考えながら午後の授業を受けた。
**********
<放課後:夕梨花自宅>
「ただいま~♪」
「おじゃましまーす!」
夕梨花といっしょに靴を脱いで家へ上がる。
この家には度々遊びに来ているので、大体の部屋配置はわかっている。
ピアノがあるのは夕梨花の部屋なので、リビングを通ってそちらへ向かった。
まだ親が帰ってきている気配はないようだ。
夕梨花はキッチンに向かい、鼻歌を歌いながらぱたぱたと手際よくお茶を用意しているらしい。
さすが、気遣いのできるいい子だ!
部屋でしばらく待っていると夕梨花がお茶を持って部屋に入ってきた。
「早紀ちゃんおまたせ~」
「ありがと!相変わらず部屋きれいだねぇ」
「そんな見ないでよ、恥ずかしい……」
そんな会話を交わしてお茶菓子をつまみながら、二人でしばらくお茶をした。
**********
ティータイムも一段落した頃、夕梨花はピアノの椅子に座った。
「それじゃあそろそろピアノやるね。」
「お、神演奏の時間だね!」
「そ、そんな期待しないでよ~!」
不安そうに笑いながらピアノに向きあった夕梨花は、浅めの深呼吸をしてすぐに演奏を始めた。
♪~♪~♪~
ポロンポロンと音を紡いでゆく。
音楽の詳しいことはわからないけど、音の一つ一つをしっかり弾いていて、夕梨花らしい丁寧さだ。でも――
(手、震えてる……)
でも、やっぱり緊張しているみたいだ、体がこわばっている。
上手なんだけど、なんだかもったいない。
やがて演奏が終わると、ピアノ椅子に横向きに座り直しこっちを振り向いた。
「お粗末様でした~……うぅ~やっぱり人前だと緊張しちゃうよ~。」
「十分上手だと思うけどなぁ。」
やはり本人的には納得いっていないらしい。
「どうしたら緊張しないで弾けるのかなぁ……」
よし、ここはアプリを試してみよう。
「そういえば、最近ショート動画で緊張しないおまじないっていうの見たんだけど試してみる?」
「え、本当!?やってみたい!」
おまじないなんて言っているが、もちろん嘘で例の癖管理アプリで準備しておいただけだ。
この前はいたずらをしてしまったが、今回はちゃんと夕梨花のために使うことにしたのだ。
「ちょっと後ろから失礼。」
「えっ?なに早紀ちゃ……」
驚く夕梨花の後ろに回り、前に手を回して苦しくない程度にぎゅっと肩を抱いた。
するとたちまちふにゃっとした表情に変化し、腕がだらんと落ちた。
仕込んだ癖はこうだ。
・後ろから抱きつかれたら体の力が抜ける(無意識)
普通に前から抱きつけばいいんだけど、後ろからにしたのは、まぁ単にちょっぴり恥ずかしいからだ。
でもどうやらちゃんと力を抜くことができたみたいでよかった。
しばらく抱きついたまま、夕梨花の体温を感じていた。さくらの花のような、シャンプーの淡い香りがする。
「…………。」
完全にリラックスしきったようで、ぼーっとした虚ろな目のまま、夕梨花は一瞬ぶるっと震えた。
……ん?なんでぶるっと?
そう思い、夕梨花を見ると、
「——ちょ、ちょっと、夕梨花!?」
「ふぁ~~~……☼」
恍惚とした顔で天を仰いでいる夕梨花の座っている椅子の座面から液体が漏れ出ている。
ま、まさか……リラックスさせすぎたっ!?
「体の力が抜ける」って指示がざっくりだったせいでもしかして、膀胱までゆるんで……?
そんなつもりじゃなかったんだけどぉ!?
しかも、アプリのせいで無意識だから本人は気づいてないし!?
「ゆ、夕梨花ー!!しっかりしてー!!」
「はっ——!?えっ!?なに、何が起こって……」
肩を揺すられて目を覚ます夕梨花。ぼんやりした思考の中、違和感を覚えて目を下へ見やると…
「〜〜〜っ!?」
状況を理解したようで、顔を一気に赤くし声にならない叫びをあげる夕梨花。
しかし気づいたところで下半身の洪水をすぐに止められるはずもなく、その液体は容赦なくニーソまで濡らしていく。
「と、とにかく、拭かなきゃ……!ごめんよ夕梨花~!」
「あうぅ……はずかしい……!」
**********
「じゃあ、今日は帰るよ。えっと……ごめんね。」
「謝らないでよ。よく覚えてないけど、私がその、粗相しちゃっただけだから……」
夕梨花視点だとそうなんだけど、そうじゃないんだよ……
うぅ、流石に罪悪感……。
「それになんだかすごくリラックスできた気がするし、今日は来てくれてありがとうね。」
「そっか……その、もちろん発表会は聞きに行くからね!」
「うん、ありがとう!それじゃあ、また明日ね~」
「またね!」
今度からアプリを使うときはちゃんと具体的な内容にしよ、うん……。
そう思いながら自分の家へ帰った。
~つづく?~




