義務は果たしているだろう
広い心で読んでいただけると幸いです。
「バラバルのケーキがここでも食べられるとは思わなかった」
「バラバルはランディール公爵領の特産ですものね」
十六歳になりとりあえず婚姻の書類を提出し夫婦となったフローレンスとアラン。学園が夏季休暇に入り二人はアリスドール家に帰ってきていた。今は政務を習っている合間のティータイム。黒色のスポンジを灰色のクリームでコーティングし、その上には黒に近い緑色の実が、真っ赤なソースに絡まり鎮座している。色味だけならおどろしさすら感じるケーキを二人は美味しそうに食べている。
「何でも曾お祖父様がランディール公爵家で食べて感動し、当時のランディール公爵様がレシピと技術を授けて下さったそうですわ」
「へぇ、そうなのか。知らなかった、レシピと技術を交渉する程気に入ってらしたんだな」
「これほど美味しいのですもの、曾お祖父様のお気持ちはわかりますわ」
「フローレンスもこのケーキが好きなのか?」
「そうですわね。甘すぎるのは好みではありませんが、このケーキは甘味と酸味と苦味のバランスが絶妙で素晴らしいと思いますわ」
「そうなのか。その、俺が今まで渡してきた菓子は迷惑になっていなかっただろうか?」
「アラン様が選んで下さるお菓子も美味しいですわよ」
「そうかよかった。しかし、そうかこのケーキが…」
「そういえば明日から視察に向かうオードルという町は曾お祖父様の代で貰い受けた領地ですわ」
「オードルというと機織り物で有名な所だな。母上があそこのショールを気に入っていて幾つか持っていた筈だ」
「まあ!公爵夫人に気に入って頂けるなんて光栄ですわ。今年から新色を試しておりますので出来上がったらプレゼントしては如何でしょうか」
「いいのか?」
「公爵夫人が手にとって下さるだけで宣伝効果は計り知れません!何ならショールと一緒に権利ごとお渡し致しますわ!」
「……いや、うん。母上もお喜びになるだろうし一石二鳥だな。権利はたぶん、断ると思うけど」
そんな話をしつつ二人は仲良くティータイムを過ごした。
60年前
オードル侯爵領はそれはもう酷い有り様だった。土地は荒れ果て、領民は飢え、侯爵は私腹を肥やしていた。尚悪かったのは「君達は素晴らしく特別だ。なんと言っても名高い我がオードル侯爵領の民だからだ」、「今貧しいのは他領の領主が不正をしている所為」などと言う一部の胡散臭い宗教団体よりも中身のない言葉を領民が信じていた事だった。
その為にランディール公爵家がオードル侯爵家が留守の間に向かわせた文官が、
「困っている事はないか」
「無理な徴税を受けていないか」
と調査しても、
「領主様は俺達の誇りだ!」
「私達が貧しいのは他領の所為なのでしょう!?」
「他領に移民なんて冗談じゃない!」
と猛反発を受けた。領主は明らかに怪しいのにのらりくらりと躱して尻尾は掴ませず、領民も領主の事を庇うので国は納税額を減らして支援金を出すしかない。
オードル領は元々の土地柄として植物が育ちにくい荒れ地が多く、土魔法と肥料を使ってどうにか糸の元となる植物を育てている。その為、ちょっとした日照りや豪雨によって土地のバランスが崩れやすく作物とそれに伴う納税は毎年数字が大きく変動するなどよくある事で過去にも横領が疑われて無罪だったという事が何度もあった。ただし、その時は領主自身も節制に努めており侯爵家としては慎ましい生活をしていたので、今代の侯爵とは異なり良識的であった訳だが。
そうして小細工ばかりはうまかった侯爵は味を占め、最初は持っていた警戒心も徐々に薄れていった。年々調子に乗ってとうとう尻尾を出して今回没落した訳だが、残された領地の有り様はこの通り酷かった。
そしてその領地オードルを新たに管理する事となったのが当時のアリスドール子爵家当主のバランだった。
ある意味やる気と生気に満ち溢れていた元オードル侯爵に対して、爵位も低く、やる気もなければ愛想もないバランに領民達は不満と敵愾心を隠さなかった。が、そんな領民の態度すら気に止めず、広場に集まれるだけ集めたバランは話し始めた。
「急な領主変更に戸惑っているかもしれないが、とりあえず簡単に経緯を説明する」
バランは淡々と感情の籠らない口調で話し始めた。
「君達が今まで信頼し尊敬していた元オードル侯爵は爵位返上し鉱山送りとなった。この結果に対して君達がいくら反発しようとも覆る事はないから無駄な労力を使うことはお勧めしない。で、なぜ彼は鉱山送りになったのか。君達が文字通り身を削って納めた税を、国に納めず、民に返さず、私腹を肥やす事に心血を注いだからだ。まるで元オードル侯爵がロクデナシだったと言っているように聞こえるかもしれないが、事実なのだから仕方があるまい」
バランの率直な言葉選びに領民達は憤った。今まで崇めていた人物を侮辱されたのだから当然の反応であった。洗脳って恐ろしい。
「納得できないならそれでも構わない。それだけの支持を集めていた事だけは元オードル侯爵は評価されるべきかもしれんな」
ざわめく領民をやはり気にせずバランは続ける。静粛にと諌めることもせず、声量を大きくする事もないから自分達の声で聞こえにくくなり領民は仕方なく耳を傾ける。
「だがロクデナシでないのなら、領民が飢えているのに何故奴はあれほど不健康なまでに肥えている?寒さを凌ぐのも難しい古布を纏う君達に対して奴はじゃじゃらと無駄に豪華でギラギラしい服を着ている?」
そう言われると領民達は戸惑った。今まで疑問にも思わないよう誘導され続けたのだ、無理もない。
「そ、それはだって…俺達は特別なオードル領の民で」
誰かがどうにか絞り出した言葉…そこに明確な意思はなかった。今まで刷り込まれてきたから自然と出てきただけで、どこかおかしいと領民達は気づきはじめていた。
「確かに特別だ。どこよりも高い税を徴収され、国内で類を見ない貧しい生活を強いられているのだからな。他領でも貧しい地域はもちろん存在する。しかしだ、現状君達ほど着るものや飢える程食うに困ることはない」
領民達は信じられない、そんなの嘘だと呟くが目の前の覇気のない男がわざわざ自分達を騙すための嘘を吐くようにも思えなかった。それでも、今までの生活が無意味だったと認めるのは恐ろしく、「機織りの技術は国内一だと、だからまだどうにか生きていけていると」言われたのだと訴えた。だから、他領より貧しい暮らしなんて嘘だと。縋る思いで。
事実として先代までは王家御用達としても扱われる程の高品質を維持していた。
「確かに国内随一だった。先代まではな。ここ数年は機織りの品質は下がり続け昨年は歴代最低。あの程度の品質なら他領でも再現は可能だろう。現状君達の機織りに価値はないに等しい」
バランの言葉に領民達は怒りとショックが隠せず、元領主がロクデナシと言われた時よりもはるかに大きなざわめきが上がった。中には気を失ってしまった者もいた。
「君たちが自分達の技術に誇りを持っているのは理解した。それは非常に尊い事だ。だが、誇りだけで生きていくのは困難だ。まずは生活の基盤を整えなければ実力を発揮する事は難しいだろう。その証拠に品質が下がった事に気づく余裕もない」
それでも『オードル』の機織り物としては歴代最低なだけであって下位貴族が使うなら充分とされる品質はあったのだが。元々の品質を考えると残念としか言いようがなかった。実際今の品質なら代用はいくらでもできる。オードルである必要がない。
「どこかでおかしいと思わなかったかね?何度か現状を確認する文官が来ていただろう」
「つ、つまり、あんたら貴族の所為なんだろう!?」
「そ、そうだ!」
「俺達は悪くない!」
「一言謝ったらどうなんだ!」
いい加減、元領主に搾取されていたと認めざるを得なくなった領民達はしかし自分達が間違った対応をしてきた事を受け入れられなくて怒りの矛先をバランに向けた。
領民達の怒声に補佐としてついてきた王宮付きの文官は今にも殴りかかってきそうな雰囲気に戦くが、バランはやはり気にしなかった。
「義務を果たさなかったのは元オードル侯爵であって私ではない。今こうして領の現状を見て今後の方針を考えている所だ。現在進行形で義務を果たしているだろう。前任者の怠慢を私が謝る義理はない」
なんて傲慢なんだ、と領民達は憤ったが、
「それで、どうする?」
問われて今度は戸惑った。
「私を領主として認め支援を受けるか、他の領主が宛がわれるのを待つか」
そんな事出来るわけがない、と、そうだそうだ、と口々に言う領民達にバランはそんな事はないと首を振る。
「君達がどうしても嫌なら署名を集めて私は領主として不適格だと訴える事もできる。それが通れば私は喜んで首を差し出し爵位も返上すると約束しよう!」
広場は静寂に包まれた。
「お、おじさん!」
声を上げたのは男の子だった。痩せていて今にも折れそうな手足だが、目には強い意思があった。
「勇気ある少年ー名前は?」
「あ、アルト」
「そうか、アルト、良い名だな。どうした?」
膝を付き視線を合わせて訊ねるとアルトは手を胸の前で組んでバランを真っ直ぐに見据えた。
「お、おじさんがりょうしゅさまになったら、ご、はんおなかいっぱいたべれますか?」
「おい、アルト!お前何を」
赤茶色の元はがたいがよかったと思われる男がアルトを下がらせようと近づくのをバランは制した。
「君の話は後で聞こう。今はアルトが話している」
「子どもが口を出すことじゃあ」
「聞こえなかったか?今は黙って聞きなさい。この町の民全てに訴える権利がある。子どもだって例外ではない。君に何の権限があって口を出すことではないなどと決めつけるのかね」
「……っ」
重い口調で告げられて男は黙って俯いた。
「さて、アルト。私に限った話ではないが…まあ、次の領主を待つよりは君の要望は早く叶うだろうな」
「え、えと」
「あぁ、すまない。分かりにくかったな。つまり、私が領主になればお腹いっぱい…かはわからないが一日三回パンを二つと野菜スープは確実に食べる事はできる」
「ほんと!?」
「本当だとも」
アルトは喜んだ後、あのね、と続けた。
「とおちゃんたちのはたおり、さいきんちょっとざらざらってしてて、でもね、はたおりしてるときのとうちゃんたちかっこいいんだよ!だから、あの、ざ、ざんねんじゃないんです!かちがないってダメってことでしょ?とうちゃんたちはダメじゃないんですっ」
「ふむ…アルトは勇気があるだけでなく思いやりもあるのだな。まあ、確かに彼らだけの責任ではない。配慮に欠ける発言だった。すまない」
アルトに謝ったバランに呆気に取られる大人達。
「あんた…さっきは謝る義理はないって」
「それは前任者の怠慢についてだろう。それについては謝罪する義理はない。先程の発言は配慮に欠けると思ったから謝罪した。それだけだ。で、どうする?」
「……ぼ、ぼく!かあちゃんとユズハにおなかいっぱいパンとスープたべてほしいっ」
アルトの訴えに周りの大人達は漸く本当の意味で目を覚ました。なぜ今まで飢えに苦しんでいる家族より領主に税を納める事に拘っていたのか。
赤茶髪の男と別の男が、
「あんたに従えば良くなるんだな?」
と鋭い視線で訊ねた。広場に緊張が走る。
「君達が思っている通りに事が運ぶとは約束できない。だが、要望があるならこれから派遣する人間に伝えれば検討し対応する。それで、私の対応に不満があるなら先程も伝えたように署名を集めて訴えればいい」
「そ、そんな事言って後悔するなよ!」
「後悔などするものか。何なら今すぐにでも署名を集めてくれてもいいくらいだ」
「……は?」
「いや、こちらの話だ。とりあえず、本日の昼過ぎにはパンと食料が届くだろう。スープはそれが届いてから作りはじめる。配給はこの広場だが全員に行き渡る数は充分にあり動けない者には届けさせる。足りないなら可能な限り追加を用意するから奪い合いなどという無駄に体力を削る行為をしないように。医師と薬師、回復魔法使いも派遣するが治療の優先度は医師達の判断に任せる。彼らはプロだ、自分の家族が心配であっても必ず診て貰えるから順番を守って欲しい。私からの話は以上だ。今の時点で何か質問は」
「あの…」
「おや、青年名前は?」
「トーリです、領主様」
「トーリか、良い名だな。何かね?」
「要望って何でも良いのですか?」
「そうだな…真っ当な理由があるのなら金でも日用品でも土地でも手段でも構わない」
「理由…」
「例えば機織り機が欲しいとトーリが思ったとしよう。『今使用している機織り機が古くいつ壊れてもおかしくない』や『最新の機織りの方が品質が早く且一度に多くの生地を作れるから買い替えたい』と言ったようになぜそれが必要かが分かればいい。きちんと精査する。だが、『今の機織り機と最新の機織りは見た目が違うだけで性能は同じだが、最新が良いから欲しい』では購入はできない。予算は限られるからな」
「なるほど…わかりました。ありがとうございます」
「礼には及ばない。他に質問は?…………ないようだな。君達はしばらく仕事は休み安静にするように。では、私は一度報告に戻らねばならないので失礼する」
オードルを出たバランはそのまま王宮にて陛下に謁見し状況を報告した。
「オードルの状況は最悪です。隣国に攻め込まれてもあそこまで荒れ果てるかどうか…本当にロクデナシ元侯爵は民を洗脳し支持を集め私腹を肥やす事にのみ特化していたようで……どうせなら本当に宗教を立ち上げれば司教くらいにはなれていたかもしれませんね。そうなれば他の者に領地が渡されていたかもしれないのに…。とにかくあの土地には今何もかも足りません。金もです。そういう訳ですので陛下、先に文にてお伝え頂いていた報酬は是非ともオードルの復興資金に追加で当てて頂きたく」
「あー…うん。わかった。アリスドール家に渡す予定だった報酬は領地の復興資金に当てるとしよう。だがなぁ…今回ばかりは何も褒美がないと言うわけにはいかぬ。侯爵に空きがでたからアリスドール子爵家を陞爵して侯爵にと考えておるのだがどうだろう」
「すでに領地を賜っておりますので十分に御座います。ロクデナシの前任者に間違った情報を植え付けられていた割には話が通じましたので、恐らく予想より早い復興が可能でしょう。機織りの技術には目を見張る物がありますから数年で黒字になるのではないかと。税が納められるようになれば我が領地は潤いますので十分に御座います」
「いや、だがなぁ、それは一般的に褒美ではなくお主の能力によって得るものだろう?それ、余と関係ないし」
「何を仰います。魑魅魍魎な王宮においても常に公明正大であらせられる国王陛下の治世であるからこそ領地回復に注力できるというもの。臣下としてこれ以上の褒美などある筈も御座いません」
「………そんなに陞爵が嫌か」
「陛下、誠に遺憾ながら侯爵位を賜るのにはそれに相応しい品格、貴族としての誇り、そして何より余り余って捨てたくなる程の権利を享受し義務を全うする高尚な精神が必要で御座います。品格は表向き取り繕う事も可能でしょうが、誇りと高尚な精神など私は持ち合わせておりませんし、今後も持つ予定は御座いません。このような人間に侯爵位など全く相応しくありませんので、非常に心苦しく何なら首を差し出し爵位返上致しますのでどうかこのお話はなかった事に」
「……はぁ。あいわかった。首と爵位返上は必要ない。オードル領の国への納税は向こう十年は不要とし、十年間の収益全てはアリスドール子爵家の財産とする事を約束しよう」
「…陛下に心より感謝申し上げます」
粛々と頭を下げるバランは残念そうな声音で答えた。
「…何故褒美を授けようとして首を差し出されなければならないんだ?毎度の事ではあるが」
「仕方があるまい。あの家は代々そうだ」
疲れた声で訊ねる陛下に何の感情も宿らない声で答えるランディール公爵。実はオードル元侯爵がやらかした証拠を掴み摘発したのはランディール公爵で、荒れまくった領地を復興するためにアリスドール家に白羽の矢を立てたのも彼だった。…が、当のバランは最初は懇切丁寧に、次第に慇懃無礼に、最後はただただ無礼に断りまくった。不敬だと言った所で喜んで首を差し出すだけなのを知っている公爵はどうしたものかと頭を抱えた。ならば他の人にと思っても、復興までは通常の政務に加えてかなり仕事量が増える。それを問題なくこなせる領主がオードル領近辺ではバランだけだった。ランディール公爵でも可能だが摘発した者がそのまま領地を管理するのは少々外聞が悪い。わざわざ野心のある貴族達を刺激する事はしたくなかった。
「しかし、よく引き受けたな。税についてももう少しごねるかと思ったがあっさり引き下がりおった。領地を授けた事にももっと何か言ってくるものだと」
正直そんなにいらないと十年を復興までに下げるよう言われるかと思っていた陛下である。何なら黒字になったら国に返すくらいは予想していた。
「………バラバルケーキ」
「ん?」
「うちの領地の特産の一つにバラバルがあるだろう」
春先に収穫を迎える木の実で、熟すと黒みを帯びた緑色になる。主な加工としては果実酒なのだが、料理長が味を気に入りデザートの試作をしていた時期があった。見た目は少々フォークを入れるのに勇気がいる色合いだが、味は確かだと料理長が保証したバラバルのケーキ。
「二年前に事業についてバランに聞きたい事があってな、屋敷に招いた事があった。ちょうど話題に上がったから茶請けとして出したのだが、バランの奴がいたく気に入って追加のケーキを食べて帰ったのを思い出してな」
「おい、まさか」
「私も無理だろうなと思いつつ、オードル領を引き受けてくれるならバラバルケーキのレシピと指導に料理長を付けると言ったら…即座に了承した」
「………ケーキ…」
陛下はそれ以上考えるのを止めた。
「…ケーキと引き換えにお引き受けなさったのですか?」
「お前はあのケーキの素晴らしさを知らんからな…たかだかケーキと思うのも無理ない。だが、あの見た目のおどろおどろしさからは想像もできない、甘味、酸味、僅な苦味…そのバランスの絶妙さ。スポンジの柔らかさとクリームの滑らかさどれをとっても至宝と言うに相応しい品なのだ!公爵家からわざわざ料理長が指導に来てくれると言うし、出来上がったらお前も食べてみるといい。本当に美味いのだ!」
謁見を終え速やかに領地に戻ったバランは執事のアスラーにオードル領を引き受けた事をさらりと告げてから、ケーキの素晴らしさを力説していた。
「それは楽しみで御座います。では、ケーキを何の憂いもなく楽しむためにも早々に仕事を片付ける必要が御座いますね」
「うむ…そうだな。まずはオードルに土魔法使いを派遣しなければ。あそこは元々土地が痩せているのを微弱な土魔法と肥料で少しずつ育てていた土地をここ五年過剰なまでに土魔法を掛けた所為で瀕死の状態だ。一年半掛けて元の痩せた土地に状態回復させる。その間の食料は引き続き備蓄庫から分配して、間違っても作物を育てるような真似はさせるな。死んだ土地は魔法でも甦らない。故郷を一生涯失う事になるとよくよく言い聞かせるように」
「派遣する魔法使いはドーベルでよろしいですか?」
「ああ、適任だろう。だが、一人では負担が大きいだろう。補佐を二人付けよう。人選はドーベルに任せる」
「承知致しました。オードルの領民達には私が説明致します」
「頼んだぞ。問題が起こった場合はすぐに報告するように。一時的なら私の名を使って拘束しても構わん。ただし過剰な暴力はなしだ。後が面倒臭い」
「承知致しました」
「あと、あの町の教育レベルを上げなければ…素直と言えば聞こえは良いが考える力が無さすぎては簡単に騙される。トーリという青年は見込みがあるから彼を巻き込むか。後は子ども達への教育もだな。それから、他の領民にも伝達を。新たな領地の復興の為納品数を二年間一割増しにすると。復興後は元に戻す事とささやかだが礼をするとも」
その後のアスラーの報告によるとオードルの領民達は大きく反発する事はなく指示に従ったそうだ。何故なら、バランの視察の後、質素ではあるが毎食全員に食事が行き渡り、清潔な衣類に身を包み、古い道具は必要に応じて新しい物に変わった。今まで飢えていたのが嘘のような変わりように皆素直に従う事を選んだ。
アリスドール家が管轄するオードル以外の領民達からも特に反発はなかった。普段から不満や困り事を言えば、必要なら対応を不要ならその理由を正しく述べる領主が言うのだ。必要な事なのだろうと理解していた。領地で暮らす年配達が「領主様は覇気はないけれど、私たちの話に耳を傾け、必要な事には答えてくれる。これはね、当たり前ではなくてとても凄い事なのよ」と自分の子ども達に言って聞かせているのも大きい。アリスドール家の領地では識字率を上げるために六歳~十二歳の間に最低二年、最高四年で手習い所に通う事を義務付けているため考え理解する力が付いていた。
「ドーベルの様子はどうだ?」
「土地が合うのか生き生きと働いているようです。報告書に不備もありません」
「そうか、ドーベルは王都の学園を卒業していたな。そのままオードルの代官に任命するか」
「よろしいかと存じます。作物が育つようになっても土地の状態を管理する者は必要ですからね」
「アスラー政務関係についての指導を任せる。その間のお前の仕事はビリーに任せよう。そろそろ一人立ちしても良い頃合いだろう」
「期間は如何様に」
「二年だな。それで難しいなら陛下に頼んで適切な人材を派遣した方が良いだろう」
「承知致しました」
そうして、オードル侯爵領改めアリスドール子爵領オードル町は二年で瀕死から脱してさらに二年半後には機織りに必要な作物が育つようになり、さらに一年後には税が納められるまでに回復した。珍しい布を求めて商人が立ち寄るようになり、町には活気が戻った。
「はあ…なんと素晴らしい!何年食べても飽きが来ない!むしろ毎日でも食べたいくらい美味さだ。料理長は天才だ」
「本当に美味しゅう御座いますね」
バランは週に一回のバラバルのケーキをそれはそれは楽しみにしていたと言う。
ケーキ、ケーキ(o^-^o)
ちなみに、バラバルケーキは最初は収穫時期にバラバルの実を仕入れてその時だけの楽しみでしたが、のちに保存魔法(鮮度を保つ魔法:バランの兄が発明。当時はバラバルの実に特化していた)によって一年中食べられるようになりました。よかったね。
最後まで読んで下さりありがとうございます!