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転セイ者たちのエキサイトライフ  作者: 数札霜月
第一章 転生勇者の修練ライフ
8/23

8:先人の影

 トーリヤ達が今いる場所、四方を海に囲まれたこの孤島は、南東側の遠浅になった砂浜に多数の船の残骸が漂着した船の墓場にもなっている島だ。


 おそらく漂着しているほとんどの船が、トーリヤ達の遭遇したあの海竜に襲われて破壊されたものの残骸なのだろう。

 逆に言えば、あの海竜に襲われ破壊されても、船の残骸それ自体は残ってこうして流れ着いているわけで、そしてそうであるならばそんな船の残骸と一緒に、海竜の襲撃を生き残った人間がこの島に流れ着いていたとしてもおかしくはない。


 そう考えて、明るくなって起床すると同時にトーリヤはそうした漂着者の痕跡を探していたのだが、思いのほか早く分身たちは目的のものを見つけ出していた。


「――これ、本当に人間が住んでたのかよ……。こんな場所に、俺たちにみたいに流れ着いて……?」


「――ああ。とはいえ、今も誰かが住んでいるってわけじゃなさそうだがな……。多分ここに人が住んでたのはかなり前のことなんだろう……。先にここについてた分身で一通り調べたが、どうもこの場所が使われなくなってから相当な年月が経ってるみたいだった」


 エルセ達がジャイアントシャモに襲われた場所、まだ残る巨鶏の死骸に解体のための分身を残してその場所を通り過ぎ、島の中央に向かって少し進んだ場所にそれはあった。


 森の奥の岸壁、一角にぽっかりとあいた洞窟と、その前に広がる奇妙な広場。


 恐らくは木を切り倒して椅子代わりしていたのだろう。すでに苔むした切り株の近くに火を焚いていたと思しき痕跡が残り、その場所には最初に発見した金属製と思しき鍋が転がっている。


 他にも周囲を見れば、恐らくは獣除けのものなのだろう木の柵が、破損して痕跡程度に残る形でちらほらと。

 どれも人間がいなくなってから朽ちるに任せる形となっていたようだが、それでも残っている痕跡だけを見てもここにかつて人間が住んでいたことはうかがえる。


「恐らく浜辺にある船の墓場、ああいう残骸と一緒に流れ着いた漂流者がここで暮らしてたんだりょうな……。

 何人が流れ着いて暮らしていたのかはわからないし……、ありゅいは同時期に何人かが暮らしてたんじゃなくて、先住者が死んだあと新しく別の誰かが流れ着いて、前の人間の暮らしてた痕跡を見つけてそれを引き継ぐ、みたいなサイクルを繰り返してたのかもしりぇないが……」


 ちなみにこの場所を発見した段階で分身を集結させて周囲を探索した結果、少し離れた場所に先住者が作ったと思しき、石を積み上げて作った墓らしきものも同じく発見されている。


 それがだれを葬ったものだったのか、ともに流れ着いた仲間だったのか、それともたどり着けなかった仲間なのか、あるいは自分より先にここに流れ着いていた相手を後から来たものが葬ったのか、そうした事情についてはわからなかったが。


(ここで暮らしていた最後の一人がどこに行ったのかもわからないが……、まあ、こんな島だったら家から離れたところで死亡したと考えるのが自然だろうな……)


 なにしろこの島は、昨日エルセを襲ったあのジャイアントシャモのような生き物が普通に生息しているような環境である。

 仮にここに住んでいた先住者が食料などの必要物資を調達しに外出し、そのままこの場所に帰らなかったのだとしても、すでに把握しているこの島の環境を考えればさほど不思議ということもない。


(まあ、分身を使っての捜索で、遺骨の一つも回収出来たら葬ってやれるのかな……)


 思えば昨日エルセが見つけたかなりさびたあのナイフも、そうした先住者の残した遺品の一つだったのだろう。

 というより、あのナイフの存在があったからこそトーリヤはこの島に人間がたどり着いている可能性を疑っていたのだが、ひとまずその予想は良くも悪くも予想通りの形で的中したようだった。


 とはいえ、仮にそうだとしてもさすがに遺品を埋葬できるほど、今のトーリヤ達に物資や生活面で余裕があるわけではない。


 むしろ使えるものは何でも使って、今は何が何でもこの島での生活環境を整えねばならないのだ。


「ありがたい……。この鍋は汚れちゃいりゅが、穴とかは空いてないしとりあえず使えそうだ……。あと内部の方は――」


「なあ、おい……。えっと、トー、ちゃん? まあいいや、ちょっとこっち見てくれよ……!!」


 見かけは年少の幼女であるトーリヤに対して呼び方に迷うそぶりを見せながら、先に洞窟の中をのぞいていたレイフトが、多少なりとも興奮した様子でそう声をかけてくる。


 事前に分身で中を確認していたためその興奮の理由については理解できていたが、実際に本体の目でそれを確認して、改めてトーリヤもその光景に口元を緩めることとなった。


「――ああ、やっぱこれは助かるな……。食料はさすがに期待できないにしても……、ここで暮らしていた奴らの生活物資がそのまま残ってる」


 恐らくこの島に流れ着いた船の残骸や積み荷から使えそうなものをかき集めたのだろう。

 洞窟には表にあったのと同じような鍋や食器の他、衣類や寝具、机やいす、箪笥といった家具の類や、他にもここで暮らしていた人間が使っていただろう道具類が様々な形で残されていた。


 無論、人がいなくなって久しい現在、それらは最低でもほこりをかぶり、あるいは蜘蛛の巣が張っていたり一部が痛んでいたりと保存状態良好とは言えない状態だったが、それでも衣食住、あらゆるものが足りていない現在のトーリヤ達にとっては、この洞窟の住居やそこにしまわれていた物資は今後の命綱にもなりうる希少な物資である。


「すげぇ……剣まであるぞ……」


 そうして生活物資の状態を確認していたトーリヤに対して、一方のレイフトはといえば奥の方にしまわれていた物資の中から一本の西洋剣を引っ張り出してきてその状態を確かめる。


 保管されていた場所が場所だけに引き抜いてみたら朽ちてボロボロという可能性も考えていたトーリヤだったが、実際に引き抜かれたその剣は刀身の極端な痛みなども見られず、両手でそれを握るレイフトの態勢が危なっかしいこと以外は特に問題もなく使える、保存状態良好な品だった。


「元男の子としてそういうのにあこがれりゅ気持ちはわからんでもないが、扱う心得も使う必要もないのなら今はそういうのはしまっておけよ……。

 ふぅん……。よく見りゃ武器も――、鉈や斧みたいなのが何丁かあるようだしこっちのナイフも使えりゅな……。ああ、こっちには弓矢もあるのか……」


 消耗品になりやすい矢の方は結構な頻度で自作したと思しき品質のものが混じっていたが、恐らく船の乗組員が持っていたのだろう各種武器や、生活の中で使っていたと思しき斧やナイフなど、刃物の類もこの洞窟の中にはそれなりに充実したラインナップが残されていた。


 保存状態もよく、付近には手入れに使っていたと思しき道具類も散見されて、ここに暮らしていた人間たちがこれらの道具をどれだけ重要なものとして大事にしていたかがよくわかる。


 あるいは、人里から離れ、脱出もままならない無人島だからこそ、ここに暮らしていた者たちは人類文明の名残を感じさせる物品を心の支えにしていたのかもしれない。


「――おいおい、なんだこれ、金貨の類? ――ってこれ、もしかして本か……? ぉお……、こっちの世界に来てから始めて見た……。多分こっちじゃそれなりに高級品だろうに――、船に乗せてあった商品だったのかな……?」


 洞窟の奥、恐らく天然の洞窟を掘り広げていったのだろう住居を一通り探索して、一番奥の部屋に、ある種の財宝と共に置いてあったそれらを見て、トーリヤはこんな状況にもかかわらず宝探しで財宝を発見したような気分になる。


 恐らくこの島の中では使いようがないから奥底へとしまわれ、おかげで保存状態が良かったというのが実情なのだろう。

 あるいは何とかこの島から脱出できたとき、ここにある物を使えば人類社会に戻っても生活の再建ができると考えていたのかもしれない。


 実際のところ、それが実現する可能性をここに暮らしていた者たちがどの程度の高さに見積もっていたかはわからないし、恐らくこの場所の痕跡を見れば本当に実現はしなかったのだろうが。


(――他人事じゃない、わけだよな……)


 自分たちのいる現状、その危機がまだ去っていないことをいやというほどに自覚して、トーリヤは即座に、まず今やるべきことにその意識を切り替える。


「とりあえず、まずは掃除かな」






 先住者の洞窟付近を分身たちを使って捜索したところ、案の定というべきか付近には都合よく使える水場が存在していた。


 島の中央から水が流れ落ちて海へと続く、本当に小さな滝とそこから続く小川。


 人間が一人浸かるような大きさもない、本当に生活のために作った水路のようなそれが、今のトーリヤ達が利用できる貴重な水場だった。


 一応、魔法による水の生成も可能ではあったが、あちらはあちらで手間がかかるため使える水場があるならそれに越したことはない。

 そう考え、ひとまず人間型の前世分身を駆使して使えそうな物品の洗浄と洞窟内の掃除、その他残っていた住環境のもろもろの改善などを始めたわけだが、そうした分身たちの作業に思わぬところから待ったがかかった。


「いや、やるなら俺も手伝うよ。待っててもやることがあるわけじゃないしさ」


「……シ、シルファ、も――、おてつだい、します」


 当然とばかりに申し出たレイフトと、相変わらずおびえた様子を見せながらもそう言ってきたシルファについては、まあ、まだいい。


「私も、やる……」


 昨晩の免疫補助によって多少熱も下がったとはいえ、まだ右腕の怪我とそれに伴う不調を抱えたエルセまでもがそう言いだした時、さすがにトーリヤもその申し出には激しい抵抗を覚えた。


 なにしろ、今のエルセは多少熱は下がったとはいえ、それでも今の体調では起きて立っているのもつらいはずなのだ。

 正直に言って、【生体走査】によって彼女の体調を把握しているトーリヤとしては一も二もなく却下したい申し出だったのだが――。


「――これ以上、余計な手間はかけない」


 そう言って、洗い場へと持っていこうとしていた食器類を左手で抱えて歩き出したエルセの様子に、止めることはできないと判断して方針を切り替えた。


 ひとまずこの場に残っていた犬分身のうち、用心のためにそばに残していた一頭を歩くエルセに追従させて、最悪の場合にいつでも対応できるようサポートに着けておく。


「――あいつ……、あんなふらふらで動き回るのはいくら何でも無茶だろう……」


 とはいえ、同じことはレイフトも感じていたらしい。

 奥から衣類を運び出してきたレイフトが眉を顰めて足早に歩き出し、止めようと追いかけるのをとっさにトーリヤが引き留める。


「……おい、止めないのかよ……。このままじゃあいつ――」


「――わかってる。けどたぶん言っても聞かない。説得するなら、アプローチの方法をある程度考えないと……」


 ――と、本体でそう思考しながら、一方でトーリヤが他の分身たちを使って各種作業と周囲の探索を並行作業で行っていると、そうしてばらまいていた分身の一体、その視覚情報から気になる光景が飛び込んできて――。


「これは――、また……」


「あん? どうしたんだよ」


「いや――、前途多難……、ってのとも違うが、どうしたもんかと思ってな」







 ささやかな水流に近づき、シルファは運んできた食器、長い年月の中でほこりをかぶっていたそれらの中から一つを手に取り、水に浸して汚れを落とす。


 難しいことなど何もない、村にいたころも、孤児院での仕事として定期的にやっていたことだ。

 すぐ近くには、護衛の代わりということでついてきた大きな犬が周りを見回しながら警戒をしていて、自分以外の三人が出会ったという大きな鶏の接近にもいち早く気づけるようになっている。


(この犬も、あのトーちゃんって子のぶんしん? なんだよね……?)


 昨日この島についてすぐ、トーリヤの分身を名乗る男に言われた言葉を思い出し、シルファは首をひねりながらもどうにか伝えられた言葉を思い出して考える。


 あのトーリヤという、自分たちの中で一番年下の子供であるはずの彼女が抱える事情について、シルファ達三人はその分身を名乗る男から一通りの説明を受けていた。


 説明を受けて、けれどその話の内容を三人は半分も理解できていなかった。


 これは話したトーリヤ自身ある程度気づいていたことではあるが、前世の記憶を持つトーリヤと、この世界に生まれてまだ十年もたっていない年少の三人とではまず前提となる知識量が違う。


 そもそもこの世界のこの地方において、たとえ空想や仮定の話であっても『転生』や『分身』という概念自体がまず一般的ではないし、実際にその目で見たことでトーリヤが様々な生き物を生み出せる事実はわかっても、それが『トーリヤの分身』であると言われてその実情まで理解することは不可能だ。


 かろうじて理解できたのはトーリヤが自分に味方する多くの生き物、それも見たことのないものばかりを次々と生み出せるその事実と、あとは最年少に見えるこの相手が自分達よりよっぽど大人であるという、実際に目で見て、肌で感じ取った事実だけだ。


 そのほかの物事に関しては、話として当人が打ち明けていたとしてもまだ理解が追い付いていない。

 少なくともレイフトやエルセにとってはそれが実情で、けれどシルファについていうなら少しだけ事情が違っていた。


(一回死んで、きおくを引きつぐって言ってたけど……。それってママみたいなことなのかな?)


 見つめる水面、そこに映る自身の顔が、いつしか見覚えのある別の相手のものに切り替わる。


 それはひどく懐かしい、他ならぬシルファとよく似た顔立ちをした、しかし明らかに倍以上年齢の高い一人の女性。


 そんな女性が水面の向こうで、あるいはここではないどこかでシルファに向かって何かを語りかけていて、けれどその声はどれだけ耳を澄ませてもシルファの耳には届かない。


 まるでひどく遠くで話しているかのように、あるいは何か分厚い壁にでも阻まれているかのように。


「聞こえないよ――」


 思わずそう呟いて、何かを伝えようと声を上げる水面の母のその声に、必死に耳を傾け、それを聞き取ろうとして――。


「――起きて」


 不意に誰かに肩を叩かれ、いつの間にか間近にまで近づいていた水面から引っ張り上げられたことで、シルファはようやく我に返っていた。


「――え、ぁ――」


 いつの間にか手を離れて水底に沈んでいた食器、途切れていた記憶、それらをわずかに遅れて、しかし一瞬のうちに自覚して、シルファは全身の血の気が引くのを感じながら反射的に後ろを振り返る。


 そこにいた相手、運んできた食器をそばにおいて、左手をシルファの肩へと置いていた目つきの鋭い少女の姿を瞳に移して、とっさに口をつくのはこの二年ほどで意識の根底に染みついた謝罪の言葉。


「――ご、ごめんなさい……!!」


 またやってしまったという感覚に頭が真っ白になる。

 しかもそれを見られたという事実に、否応なくシルファの脳内が激しい恐怖で埋め尽くされる。


「ち、ちゃんと、やります――、お仕事、します――。ハッ――、ァ――、ごめんッ、なさ――」


 またサボりやがって、という大人の怒鳴り声が。

 怠け者となじる同年代の子供の視線が。

 罰だという言葉と共に背中を襲う痛みが、目が覚めるだろうと言われながらものをぶつけられる感覚が、次々と甦って、それから逃れるための言葉が内臓を絞るような感覚と共にシルファの口から吐き出されて――。


 ――と、不意に。

 背中を柔らかい感覚に受け止められて、シルファはようやくそこで我に返った。


「――え?」


 見れば、いつの間にか背後にひっくり返りそうになっていた自分を、先ほどまで周囲の警戒に当たっていた大型(おおきな)犬の、その体がしっかりと受け止めている。


 息苦しさを思い出して何度か呼吸を繰り返して、同時に目の前でこちらを驚いた様子で見ていたエルセが戸惑ったようにしながら身を引いて――。


「――別に、水に落ちなければそれでいいわよ」


 そう言うと、エルセは水底に沈んだ食器を拾ってそばに置いてから、自身の護衛として付き添う犬と共に元来た道を去っていく。


 その様子を見守る犬たちの視線、その先にいるトーリヤの存在を、特に意識もせぬままに。

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