1:魔物という非生物
タイトルを「転セイ者たちのエキサイトライフ」から「テンセイ者たちのエキサイトライフ」に変更いたしました。
その日、バルトルドは予想していた遥か上の窮地に陥っていた。
バルトルドという男はこの国において、危険な生物を相手に狩りや討伐を行う【猟兵】だ。
巨大で獲物として狙う危険も大きい分、仕留めた時に得られる肉や毛皮などの量が多い巨獣を相手に狩りをしたり、人里に現れた猛獣の退治を請け負ったりといった危険仕事を生業とする狩人たち。
人間を相手に戦働きをするわけではないため傭兵とは区別されているが、それでも人里を守る一種の『戦士』としての自覚を持ったバルトルド達は、その日その自覚と覚悟を試されるかのように非常に危険な標的を相手に呼び集められていた。
無論、大きな後ろ盾の元装備に恵まれ、訓練を積んでいる貴族や国の兵士たちに比べればその強さや質にバラつきはあるが、それでもそうした猟兵たちがいくつもの村や町から集まっているとなればそれなりの戦力だ。
その獲物の噂を聞きつけて集まった猟兵が自分たちだけではないと知ったとき、バルトルドは分け前が少なくなることや名を上げる機会にならないことは心配したものの、少なくともこの人数で問題の相手を討ち損じることはないだろうと内心でタカをくくっていた。
その獲物が、魔物と呼ばれる怪物であると聞かされてなお。
今になってみれば愚かしいことに。
バルトルド達が普段相手をしている猛獣・巨獣と似通った存在でありながら、しかし根本的に違うと言われている、ごくたまに噂に上るただ危険とだけ言われる珍妙な生物。
そんな生き物の危険性を、そして何よりもその異質さを、バルトルド達が嫌というほどに思い知ったのは、実際にその生き物に戦いを挑んで、手遅れになった後のことだった。
「――なん、だよぉ……、こいつぅ……、なんッ、なんだよぉ……!!」
ガチガチと歯を鳴らし、かろうじて漏れ出す声でそんな言葉をつぶやきながら、バルトルドは目のまえのその生き物から目をそらすこともできずに尻餅をつく。
体の表面から突き出した角の先、まるで樹木の枝のように分かれたそれで突き殺した仲間の一人を、異様に曲がる首を伸ばしてもしゃもしゃと表面を削るようにむさぼるその姿から、直視に堪えぬと思いつつ、それでも視線を逸らせぬままに。
最初遠目に見た時、バルトルドはその生き物が四足歩行で体高が人間の倍程度という、普段相手にしている獣の中ではそれなりに大きい、けれど言ってしまえばよくいるサイズの獣に見えていた。
身体構造も、頭に角を備え、四つ足で歩くその姿はどこかシカのそれに近い。
ゆえにそれが魔物の一種であると聞かされながら、バルトルド達は常識的な生き物を相手取るように遠くから弓を射かけ、あるいはそれが利かないとなったら槍や斧、剣などで斬りかかることでその討伐を試みた。
だがそれらの攻撃は、近づいて初めて分かったこの異質な生き物の前に無残な結果へとつながることになる。
「――じゃない……、こんな、の――、獣じゃ、生き物じゃ、ない……!!」
なにも攻撃が利かなかったわけではない。
むしろ近づいて初めて分かった、青白くヌメヌメとしたその体はひどく柔らかいもので、射かけた矢も斬りつけた刃物も、それはもうあっさりとその体を傷つけることができた、あるいは、できてしまった。
傷つけて、直後にその傷口から噴き出した体液が一瞬のうちに、それこそ噴き出した直後に固まって、それこそ返り血を浴びる位置にいた仲間の一人を枝分かれする角と化したそれが次々と串刺しにする形で殺し返す。
射かけた矢もその生き物に突き刺さった瞬間あっさりと抜け落ちて代わり噴き出した体液が固まりトゲトゲしい鎧を形成し、近くにいた別の仲間へと即座に体当たりして、その相手は生まれた角で突き刺さされて、その命を奪われていく。
なにも攻撃が利かないわけではない。
ただ攻撃によって傷を負わせたはずが結果として相手の攻撃手段を増やすこととなり、それでいて身を斬られたはずの当の魔物は、さしてその動きに支障をきたした様子も見られなかった、という理不尽な話。
一度は仲間の一人が離れた位置から槍を投げつけ、それが胴体の腹部を串刺しにして貫通する事態にまでなっているというのに。
次の瞬間には刺さった槍がその胴体部分から抜け落ちて、代わりに体の両側から枝分かれした角が生え出し、そうして無数の攻撃を受けた魔物の体は、一時は無数の角が生え出した針山の様相を呈していた。
そう、一時は、だ。
一時は体から生えた無数の角で武装していたこの魔物も、今ではその体にほとんどの角を残してはいない。
周囲から猟兵たちによる攻撃を受け、その過程で何人もの仲間をその角で突き殺し、あるいは重傷を負わせた鹿の魔物は、体から生えた角が一定数にいたると突然身を震わせ、体中の角を周囲へと飛ばして自身を取り囲む猟兵たちをまとめて射抜いて見せたのだ。
結果、哀れにもその身を貫かれた男たちが、あるものは運よく手足を貫かれただけでうめき声をあげ、あるものは運悪くその胴体を刺し貫かれて物言わぬ死体となっている。
それこそが、運よく他の男たちに遅れて挑みかかったために迂闊に攻め入らずに難を逃れ、今また四方八方に放たれる角の攻撃すらも、たまたま足を負傷するだけで難を逃れたバルトルドが目の当たりにしたた惨憺たる光景だった。
(――ハッ、ハァッ――。ちくしょう……。こんなことなら、来るんじゃなかった……)
周りに転がる仲間の死体、負傷で動けぬままきっちりと殺されていく仲間たちの様子を見ながら、かろうじて無事にすんでいたバルトルドはやたらと苦しい息を殺して少しでも距離をとるべく遠ざかる。
仲間とは言っても、周囲にいる男たちは基本的に同じように猛獣・巨獣を狩る同業者程度の相手だ。
必要に迫られて仕事を共にすることもあるが、同じくらい獲物を奪い合うことも多い間柄で、特に今回の場合比較的珍しい魔物の出現を聞きつけて、近隣の村々から首を突っ込んできたような奴も多くいる。
なにしろ魔物というやつは、存在自体はそれなりに知られるほど有名だが、出現数はたまに噂になる程度、それでいて討ち取れば報酬も高いうえに一気に名を上げられるというめったにない獲物だ。
だからバルトルド達も、近隣で魔物が発見されて、しかもこの近くの町に向かっていると聞いたその時は、めったにないおいしい仕事の出現であり、英雄として名を上げ、身を立てるまたとない機会だと考えていた。
ゆえに、これだけの人数が近隣の村から押し寄せ、我先にとこの不気味な生き物に挑みかかったわけだが、結果はすでに半数が死傷し、運よく無傷で済んだ者たちも軒並み逃げ出しているか、そうでなくても隠れて様子見に徹しているような有様である。
こんなことなら、お貴族様の抱える騎士団が出張ってくるのを待ってそれに便乗する形で挑めばよかったと、バルトルドが後悔していた、まさにその時。
(――あ?)
自分たちの後方、魔物が向かおうとしていた人里、近隣の町の方角からなにやら二頭の馬にまたがった一団がこちらへと向かって駆けてくる。
(――あ? なんだ、ありゃ――、ガキ……?)
その背にいるのは遠目に見てもやけに小さい、馬を乗り回すには明らかに不釣り合いな年齢の、影から見て恐らくは二頭の馬に二人ずつ分かれて騎乗した四人の子供の集団。
あらゆる意味で、こんな怪物のいる場に向かってくるにはそぐわない。
逃げるにしたって方向が違う、普通に考えればむざむざ死にに来るだけにしか見えない、そんな四人の子供の姿を目の当たりにして――。
(――いや、待て。ガキの四人組……? まさか、あいつらが最近噂になってる――)
「【斬来光】――!!」
間合いに踏み入ると同時に、レイフトが馬上から木剣を振るって、伸ばした光の刃でシカのような魔物の首を跳ね飛ばす。
ここに来るまでの間に、レイフト達はトーリヤが生み出した鳥分身の先行偵察によって、この魔物に戦いを挑んでいた猟兵たちの状況をある程度把握していた。
話によれば、この魔物は弓や刃物でいくら斬りつけても意に介した様子がなく、それどころか傷口から噴き出した体液が一瞬で固まり角となって、それを突き立てることで猟兵たちを次々に殺傷しているという話だった。
それゆえに、レイフトが選んだ初手は反撃にあうような間合いに入らず、間合いの外から伸ばした刃で急所を狙う一撃必殺。
手にした木剣、そこから伸ばしたあらゆるものを問答無用で切り裂く光の刀身が一撃でシカに似た魔物の首を斬り落とし、けれど直後にレイフト達はある意味では予想通りに敵からの攻撃を受けることとなった。
「――っと」
切り落とされた首の断面、首のない魔物のそれが勢いよくレイフト達の方へと向けられて、直後に噴出した体液が離れた位置にいるレイフト達に勢いよく浴びせ掛けられる。
離れた距離を飛ぶ間に噴出した体液が一瞬のうちに固まって鋭い刃へと変わり、自身の首を跳ねたその相手を逆に殺し返すべく鋭利な雨が降り注ぐ。
「――ホントに死なないのね。さすがに首を切っても死なない生き物に、現実でお目にかかるとは思わなかった」
とはいえ、そんな凶悪な反撃も、目の前で馬にまたがる二人、正確にはレイフトの後ろにまたがるエルセに対しては通じない。
馬とその上の人間二人、それらを包む球体状の念動力場が襲い掛かる鋭利な雨を受け止めて、その全てをそらし、あるいは弾き飛ばして二人と一頭の身を守る。
「――攻撃の威力自体はたいしたことない。単純な圧力だけじゃなくて、念動か何かで勢いを増してるみたいだけど、これくらいなら問題なく防げそう」
自身の固有魔法たる【隔意聖域】、その念動力場によって攻撃を受け止め、同時に攻撃の威力をその手ごたえから読み取りながら、続けてエルセは体液の噴出が止まって新たな頭部が生え出した魔物の方へと視線を移す。
「もう新しい頭が生えてきてる……。失った体の部位が即座に再生する不死身の体、か……」
「――おいそこのおっさん。怪我してるんならとりあえずこの場は俺たちに任せてとっとと逃げろ」
そうして前に出たレイフトとエルセのその背後で、同じく分身の馬に乗ってやってきたトーリヤが逃げ遅れていた猟兵の一人にそう声をかける。
「――いや、逃げろって――、さすがに俺もお前らみたいなガキを置いては――」
「変なところで大人の良識を……」
「――んん、いい、トーさん」
この期に及んで外見が明らかな子供である四人に凶悪な魔物を押し付けることに抵抗を覚えたのだろう。
彼我の戦力分析より先に、良識からくる抵抗感を露わにするその男に、しかしその言葉を遮ったのはトーリヤ同じ馬に、彼女を背後から抱えるようにして乗っていたシルファだった。
「――どのみち、ここより向こうのがいい。あっちに移動してもらう」
「――はぁ?」
間抜けな声を漏らした男に対して、示される答えは何よりも明瞭な魔法の行使。
「――【嵐気龍】」
「ぅおおおッ!?」
ここに来るまでの途中からすでに掌握していた空気を自分たちと乗る馬を中心に渦巻かせ、そんなシルファの魔法行使にそばにいた男が思わず悲鳴を上げる。
島を出て、大陸を旅するようになってわかったことだが、やはりというべきかこの世界においてシルファほどの規模で魔法を行使できる人間というのは珍しい。
先ほどからの男たちの戦いも、トーリヤは先行させていた鳥型の分身を通してみていたが、彼らにしてみても【身体強化】に近い魔法を用いて接近戦を試みる者が大多数で、あとは石や武器を念動系で飛ばしたりといった、ごく小規模な魔法を使うものがわずかにいる程度だった。
そんな男たちの常識を覆す、もはやその存在だけで近づく敵や襲い来る矢くらいなら吹き散らせるそんな気流が、徐々に一筋に収束して空中をのたくり、泳ぎ出す。
「【嵐龍空路】……!!」
シルファが用いる【水龍】の空気版。渦巻き立ち上る竜巻がその矛先を鹿の魔物へとむけて襲い掛かり、その決して軽くないはずの体を力づくで地面から引きはがす。
「シルファ。二時方向、三十メートル」
「――ん」
鳥の視点をもとに場所を指定したトーリヤの言葉に従い、シルファが自身の操る気龍でシカに似た魔物を持ち上げ、空中で弧を描きながら付近の樹木を飛び越える形でその向こう側の地面へと叩きつける。
その落下の衝撃だけでたいていの生物なら殺せるだろう、空気圧に重力を加えての力技。
だがそんな魔物の行方を分身越しに観察していたトーリヤは、予想通りと言わんばかりにその首を横に振った。
「――やっぱり死んでないな。すでに再生が始まってる」
「なら俺らで追撃に行くよ。トーちゃんは――」
「――ああ、こっちの怪我人の方にも対応しないとな」
言葉少なにレイフトとそんな会話を交わし、トーリヤはシルファと共に乗っていた馬から躊躇なく地面へと飛び降り、まずは付近でしりもちをついていた、ひげ面の怪我人のもとへと歩み寄る。
魔物の相手にレイフト達三人を向かわせ、自分だけこの場に残る形になるのは若干不本意ではあるが、まだ息のある者を早めに治療しなければいけないことを考えればそうもいってはいられない。
それに、そもそも本体はこの場に残るにしても、レイフト達が乗る二頭の馬から空で様子をうかがう鳥、さらには来る途中で生成して森に潜ませた人型分身まで、トーリヤ自身ともいえる分身はすでに用意してあるのだ。
あまりにも特殊すぎる手札の関係上この場にいる負傷者たちの前で大っぴらに分身を使うつもりはなかったが、それでも魔物を目の届かない場所に引きはがした今なら十分に分身を用いた支援が行える。
(――さて、今回の魔物はどんな能力の持ち主なのか……。できればこれ以上、厄介な能力を発揮したりしないでくれよ)




