カイユ
カイユはフードを目深に被り、狭く緩やかな下り坂を淡々と下りていった。女の身で夜道を歩けば目立つが幸か不幸か人影はない。ただ、何が出てきても抗いはしないだろう、とカイユは自らについてそう理解していた。抗いたくないわけではなかった。ただ、酷く疲れていた。それだけだった。娼館の女たちはみなそのように疲れ果てているのだからきっと世の中の女という生き物はみんなそうなのだろう、とカイユはいつからかそう思っていた。
礼拝所というものの噂を聞いたのもそんな同僚たちからだった。口裏を合わせてやるから行ってみるといい、と言った女たちは同情的な様子を示しながらもどこか興奮を滲ませていた。カイユもそれを読み取れないではなかったが、黙って言われた通りに抜け出してきた。娼館に娯楽などない。きっと自分の折檻が明日の彼女たちの娯楽になるのだろうとは思ったが、最早それにさえ抗おうという気がしなかった、或いは追い出されるか、最悪は死ぬ可能性すらあるとしても、それならそれでいいと半ば自ら身を投げるような気持ちがカイユの胸のどこかにある。道中で何が起こったとしても、それはどこで起こるかの違いでしかなかった。だったら最後に星が見たいと思った。たとえ死ななかったにしても、星を見ようという人間的な心の動きが自分の中にあることを確かめたかった。
カイユはフードの端を握りしめた。重く暗鬱な雲が隅々まで覆い尽くしている今の空に見上げるものなどない。
程なくして坂道を下り終えたカイユはすり鉢状の町の中心地に辿りついた。白壁の建物は小さく飾り気がない、でも雰囲気が違う、と女たちは言っていたが、カイユはそれと気づくまでに二度もその前を通り過ぎてしまった。どうやらこれらしいとよくよく見上げてみれば、戸口の上に何か星らしき印が掲げられていた。なるほど、とカイユは思った。雰囲気の違いというのはどことなく察される。入ったら出られない建物だ、とカイユはぼんやり思った。壁の厚みと無表情さは日頃暮らしているあの建物に嫌というほど似ている。胸の内が急速に重くなっていくのを感じながら門扉を押し開けた。聞いていた通り錠はかかっていなかった。草刈りの行き届いた小路を裏へ回る。正面より随分とくたびれた見た目の裏口にもやはり錠はかかっていなかった。入ればそこは礼拝所の片隅だった。
音を立てぬよう慎重に扉を閉めて、カイユは暫くその場で立ち尽くした。目の前の空間について、どのように理解していいのか見当もつかなかったからだった。
お祈りはどう、と女たちは端的に言った。あんたいっつも塞ぎこんで見てるこっちが嫌になるんだもの。一度神様のところへ行ってお祈りでもして来たら? ああ昼間は入れないけどね、夜なら裏口から入れるの。あそこの司祭様は優しいよう? あんたみたいなのにもちゃあんと、神様の“愛”ってやつを教えてくれるだろうから。いっぺん行ってみなって。礼拝所だよ礼拝所。……はあ? 知らないの? あーあ、呆れた。あんたってほんとに男のことしか知らないんだね。
祈り、という行為があることはカイユも知っていた。とはいえ言葉として聞いたことがある程度で、実際に何をどうするのかは全く分からなかった。いくら室内を見回してもあるものひとつひとつの意味が分からないことを確かめるばかりで、すべきことが何であるか全く見えてこない。
左に並んでいるのはどうやら椅子らしい、と、それがカイユにはっきりしていることの全てだった。奥と手前の二列に並んだベンチは揃って右を向いている。右手にはそれと向き合うように蝋燭の群れが立ち、石の柱らしきものを囲んでいる。目が慣れてくるとようやくそれが石像の台座だと分かった。巨大な人物像がその上に立っている。
この人が神様かもしれない、とカイユは極めて自信なくではあるがそう思った。ひとまず像の前へ歩み出た。その表情は遥か頭上の闇に紛れて見えなかったが、そんなことより気になったのは足元の蝋燭だった。十を超える本数を一時に灯していることはカイユにとってひどく後ろめたさがある光景だった。少し減らしたほうがいいんじゃないか、とカイユは思い、あまり暗くなりすぎないようにと気を使いつつ三本ほど火を消してみた。それでもまだ明るすぎるように思われたが、意味のないものでもないだろうとそれ以上は触れずにおいた。
淡く揺れる炎を前に、カイユは改めて頭上の闇を見上げた。夜空より随分と低く果てもあるはずのその闇は何故か吸い込まれるように深く感じられた。
祈る、という行為についてカイユは考え、それが塞ぎがちな自分を変えるかもしれないという以外の情報を何一つ持っていないことにようやく気付いた。気分を明るくすること、とカイユは情報を反芻する。どうやら人の姿をしているらしい神様というものに対して、やったら気が晴れそうなこと。それをすることでこれ以上気が滅入らなくなる、と思われること。祈り。思考するカイユの目の前で炎が揺らぐ。
――燃やしてしまおうか。
と、ほんの一瞬考えかけて、カイユは咄嗟に顔を背けた。考えてはいけないことだ、と理性が訴える。が、それを真っ向から否定するように、轟々と炎を噴いて崩れていく娼館の光景がカイユの脳裏には浮かんでいた。何もかもが焼けていく。灰になって消えていく。遠くに絶叫が聞こえ、吹きすさぶ熱風が頬を焼くのさえ感じられる。濃紺の夜空を背景に煌めきながら舞う火の粉をカイユは見た。その景色に慄きながらも興奮し、それを望んでいる自分がいることを自覚した。
空想が去ってしまえば、そこには石造りの礼拝所があるだけだった。石は焼けない。目の前の神の像とて同じことだ。だが、カイユはフードを取り、揺れる炎の光にその顔を晒した。吸い込まれそうな闇の向こうに神様とやらの厳かな気配を感じ取ろうと努めた。
「……かみさま」
囁くようにカイユは語りかけた。躊躇い、飲み込みかけた言葉も喉元へ押し戻し、押し出す。
「――燃やしたいのです」
誰かに聞かれはしないかと周囲に神経の糸を張りめぐらせながら、カイユはただ胸の内に生じる思いを言葉に換えてゆく。
「部屋に、マッチはないですが。でも、きっとどこからか探してきます。少なくともかまどの側にはあるはずですから。それを……。……いえ、考えたらいけないのは、分かっています。罰は、受けます。慣れていますから……。ただ。……分かりません、けど。……でも、あの場所があるうちは、私は浮き上がれなくて……ええと、その」
爆炎と熱風。崩落と消滅。
「……燃えて、ほしい、です。あの建物にも……。巻き込まれてもいい、から……」
言葉の響きを確かめるように、カイユは何度もそれを口にした。それは繰り返す度に僅かながらまとまって、朧気ながら形を成してゆくような気がした。まだ霧のようなそれが目の前の石像のように確かなものとなった時、自分は何かに火をつけるだろう、とカイユはぼんやりと思った。自分の言葉に酔うような感覚が緩やかに回っていく。無意識に持ち上げた両の手を胸の上で重ねた。気が晴れるどころか、心臓は締めつけられるような痛みを伴って脈を打っている。これが祈りだとはカイユには思えなかった。
もう諦めて帰ろうか、と元来た扉を開けた途端、目の前に人影が現れてカイユは思わず悲鳴を上げそうになった。両手で口を押さえる。
「おっと」
燭台を手にしたシンプルな黒衣の男は、しかしカイユの予想に反して素早く唇の前で人差し指を立てた。
「――大丈夫、突き出したりはしません」
若い男の声、とカイユは聞き取った。穏やかで敵意のない声色だった。一旦中へ、という男の言葉に、カイユは逆らわずにそのまま後退った。男は少し距離を保ちながらついて来ると、後ろ手に扉を閉めがてら祭壇の方を見遣った。先ほどいくつか火を消したことをカイユは思い出した。
「あ、あの、すみません。もったいないと思ったので、つい……」
「……ああなるほど。そういうことでしたか」
男は頷いて少し笑みを浮かべた。
「清賃は重んずるべき美徳です。――ですが、この炎は神に捧げるものですから、あまり惜しまずともよいのですよ」
「……ごめんなさい、知らなくて」
「お気になさらないでください。初めて教会を訪れる方には少なくないことです。……それにきっと、何か意味のあることだと思って、こうして少し消しただけにしてくださったのでしょう?」
カイユははっと目を見開いた。
「なんで、知ってるんです」
「神は何事もお見通しです。貴女の気違いもきっとご存知ですよ」
「……あなたが。かみさま?」
カイユの問いに男は一瞬呆気にとられ、ついで肩を揺らして笑った。
「まさか、とんでもない。私は神様にお仕えしているだけの人間ですよ」
ベゼルといいます、と男は名乗り、静かに祭壇へ近付いていくと、燭台から消えた蝋燭に火を移していった。柔らかな髪が炎の光を反射して波打っている。節の目立つ大きな手を、カイユは怖れとともに一抹の頼もしさを感じながら注視していた。ゆったりとした動作で全てに火を灯し終えたベゼルは、その場で振り返ってカイユを見つめた。その物理的な距離感をカイユは戸惑いながら確かめた。自分の体に触れてこない男というのはカイユにとってかなり奇妙なものだった。
「神様のお姿はご覧になりましたか?」
カイユが頷くと、ベゼルは微笑みながら頷きを返した。
「お祈りは?」
「……すいません。どうしたらいいか分かんなくて」
「簡単ですよ。どうぞ、こちらに立って」
神像の正面を手で示されておずおずと歩み出る。ベゼルはカイユとの間を保つように少し退き、燭台を少し離れた床に置いた。
「こうして、親指と人差し指の間を喉に当てて……。そうです。右手も同じように。そのまま神像を見上げて、目を閉じて、お祈りをするのです」
そう言われても、とカイユは困惑を浮かべてベゼルを見た。
「……何を、お祈りすれば?」
「なんでもよいのですよ。ご加護をお願いする方もおられますし、犯した罪を許してくださるようにお願いする方もおられます。死後の安寧を祈られる方も多い。……日頃の気掛かりなことを、神様に託すのだと思ってください。毎日を生きていくのに重荷となることを、神様に預かっていただくのだと」
「預かっていただく……」
「そうです」
どうか軽いお気持ちで、とベゼルは言い、そのままふつりと口を噤んだ。カイユは改めて頭上の闇を見上げた。この像が神だという直感は正しかった。だが、冷たい石像が自分の何を預かってくれるのだろう、とも思われた。じっと見上げるうちに、日々刻まれる痛みと疲弊が身の内から滲み出てくる。それはカイユ自身の肉体の深くに根差していた。あるいは魂というものがあるならその芯の部分に。神なる存在がこの痛みを預かれるとはカイユには思えなかった。目が慣れてくると石像の顔にひげが生えているのが分かった。ならよけいに分からないだろう、とカイユは僅かばかりがっかりし、しかし傍らで成り行きを見守っているベゼルは自分の祈りを待っているに違いないと引っ込みもつかず、ゆっくりと下ろした視線を揺れる炎に向けた。見知らぬ巨大な男よりはまだ助けになる気がした。
己の首を絞めるようにカイユは掌を喉に押し当て、皮膚の下に触れる鼓動を感じた。そこには少なくとも自分がいた。自らの痛みとそれを知る者が存在しているのだと思った。
「……どうか」
言葉を選びながら、カイユは祈った。
「祈り、というものが、できるようになるといいな、って……思って、います。……私は、その。悪いことは、してないつもり……だし。生きても、いけますから。……嫌なことは、きっと私の間違いが原因なのだし、罰は、受けるべきだし……だから……」
だから、とカイユは呟くように繰り返した。
「……お金が、あったら、いいな……」
記憶がよみがえる。一度、客の男に青が似合うと言われたことがあった。青を着れば美しさが際立つだろう、私の店なら青の布がいくらでもあるから見に来るといいと。それを伝えて金が欲しいと言ったら間髪を容れずに殴られた。儲けが欲しいだけの分かりやすい口車に乗せられて何を言ってるんだ馬鹿馬鹿しい反省しろと食事を抜かれ、服は他の女たちが見向きもしない擦り切れそうな一着を着続けるしかなかった。
その男は以降も何度か見かけたが、その後一度としてカイユを求めることはなかった。ただ服を買わせたかっただけだという指摘が正しかったことを知った。
お金があれば、とカイユは思った。別に全てを燃やすことはない。青い服を買うこともできるし、それが似合わなくたって構わない。食事を抜かれることもなくなる。男に体を開く必要もない。あの館を離れてどこへでも好きなところへ行って、そこで生きることができる。苦しむことなく。気が滅入ることもなく。それを誰かに疎まれることもなく
「誰にも、会わなくていい……。ひとりで、静かに暮らせるような、ところへ……行けるような、お金が……欲しい。です」
言葉が途切れる。そういえば終わりはどうするのだろう、と気付いて、カイユは縋るようにベゼルを見た。ベゼルは微笑んで頷いた。
「そのまま両手を胸の上に重ねて、深く頭を下げてください。……そう。それでお祈りはおしまいです。あとはもう楽にしてよいですよ」
「……ありがとう、ございます」
消え入りそうな声でカイユは応えた。ベゼルは労わるように微笑んだ。
「神様もお喜びですよ、貴女は祝福への一歩を踏み出されたのですから。……ああでも、次からは、お祈りの内容は心に浮かベるだけで大丈夫です。声に出さなくても、神様はお見通しですからね」
柔らかな笑みを浮かべたまま言い添えられて顔に熱が昇る。ごめんなさい、と俯いたカイユに、ベゼルは僅かに目を見開いて驚きを見せた。
「謝る必要はありません、むしろ私が悪かったのですよ。初めての方だと知りながら伝えそこねてしまったんですから――」
「あっ、いえ……違うんです。私が悪いんです。……お祈りなんて、普通はみんな知ってるものだって、聞きました。知らないのが悪いんです」
私が、とカイユは言いかけて僅かばかり躊躇い、それから何かを諦めたように改めて口を開いた。
「……私が、穢れた仕事をする女として生まれたのが、悪いんです。本当は、ここだって入っちゃいけないのに――」
「いいえ」
予想と異なる断定的な応答に、カイユは思わず身を疎ませた。ベゼルはその場を動かずに、暗がりの中からじっとカイユを見つめていた。そのまなざしは憐れみを帯びて細められている、と闇に目の慣れたカイユには見て取れた。
「貴女が悪いはずがない。神のお定めになった人生を日々懸命に生きておられる貴女に、落ち度などあるはずがないでしょう。……礼拝所は誰にでも等しく開かれています。ひとはみな、神の愛し子なのです」
諭すようにベゼルは言い、徐に神像を見上げて遠い目をした。
「神は全てをご存知です。親に捨てられ、あとは死ぬのを待つばかりだったひとりきりの私をも、神は救い給うた。……運命は、正しく生きる者すべてに等しく愛を注がれます。それは貴女に対しても同じことなのですよ。――カイユ」
カイユは目を見開いた。
「……私を知ってるのですか」
「いいえ。でも神はご存知です。今宵貴女がここに来ることを知り、愛の力で貴女を救うようにと私を遣わされました」
少し遅れてしまいましたが、とベゼルは俄かにいたずらっぽさを滲ませて笑いかけた。
「でも、世界はそのように作られているのです。苦しみ祈る者のもとへは、必ず愛の手が差し延べられるようにと」
慈愛、というものを真っすぐに向けられたのは。カイユにとってこれが初めてだった。それをどう受け取ってよいかも分からなかった。ただ、燭台を手にしたベゼルが己に向かって差し延べた節の目立つ大きな左手は、決して嫌な感じのするものではなかった。
「我々の話を聞いてくださいませんか。カイユ」
応じて触れこそしなかったものの、カイユはまなざしをもってそれに応えた。問うようにベゼルを見上げ、どこか祈りに似たものを込めて己を委ねた。そしてそれは伝わった。
ベゼルは心の底から嬉しそうに笑み、裏口の向かいにある扉を掌で示した。
「こちらへ。……もしよろしければ、夕食の残りもあります。ちょっと少ないですが、貴女ひとり分なら足りるはずです」
「いいん、ですか」
「もちろん」
施しもまた愛なのです。
そう言いながら、ベゼルはさりげなくカイユを先に行かせ、その背後に寄り添った。右手に持った燭台をカイユの前へ掲げてやりながら、空いている左手をカイユの肩へ伸ばす。その掌は関節の丸みを確かめるようにぬるりと体の上を這ってから、ぴたりと張り付くような重さをもってそこに置かれた。瞬間、カイユの全身は悍ましさに粟立った。服ごしにさえじっとりとした温度を感じるようなその感触は、寒気のするほどに生々しい欲情を帯びた男の手だった。
「行きましょう」
礼拝堂からふたつ扉をくぐると地下へ続く階段だった。陰鬱な生臭さが空気の澱みに犇めくようだった。怯んだカイユの耳元にベゼルが唇を寄せる。ぬるい吐息が頬を撫ぜた。
「ご心配なく。決して悪いようにはしませんし、帰って叱られることもない。我々はただ、貴女と共に神の愛を確かめあいたいだけなのです。……そのために、ひとは男と女とを分けて作られているのですから」
囁くように言われながら、カイユは一切の抵抗を試みなかった。肉体の重さに引かれるように、一段、一段、確実に深みへと降りていく。分かっていた、とカイユは思った。絶望の中でも理性は確かだった。女たちが自分への慈悲だけでここへ来ることを勧めるわけがない。帰って折檻されるのを楽しみにしているのかと思ったが違った。きっとこれだ。女たちは分かっていたのだ。自分ひとりがそれを知らないままここへ来てしまった。愛。施し。すべてが最悪の形で結びついて像を結ぶ。
ベゼルは「我々」と言った。それだけで今から起こることの想像がつく。
「中へどうぞ」
地下室の扉は開いていた。壁の燭台に淡く照らされた室内は神に仕える男たちで埋め尽くされていた。彼らはみな一様に沈黙し、自分たちの愛のはけ口となる女が来るのを待っていた。カイユを見ると彼らは頭を垂れた。祈りのようでさえあった。
「さあ、カイユ」
厳かな儀式のように背後のベゼルが言った。先ほどと寸分違わない優しい声音だった。
「どうか、神の愛にその身を委ねてください。……我らに、愛の施しを」
ああ、とカイユは声にならない溜め息を内心漏らし、骨まで染みついた疲労を引きずるようにゆっくりと衣服に手をかけた。憂いのある手つきでそれが落とされ、揺れる炎に照らされた裸身に闇がざわめく。神よ、と呟きながら近付いてきた一人がささくれだった手を伸ばしてカイユの胸に指を食いこませ、その唇にぬるついた舌を這わせてからはまるで荒れ狂う波濤のようだった。四方から押し寄せる肉欲に絶え間なく揺さぶられながら、カイユは可能な限り思考を放り出そうと努めた。燭台の火があちこちで揺れている。あらゆる体液が肌の上で干からびて身を汚していく。星などどこにも見えなかった。ここがどこでも同じことだった。
燃えろ、と。
カイユはただそれだけを思って男の肉体にうずもれていった。
fin.