その9 様子のおかしなシスターさん
「げほごほ……仲間をもう1人増やそう……
できれば魔法を使える人……」
解毒の水薬をデカゴキブリに
噛まれた脚の傷口にかけて、
持ってきたボロ布で止血する。
「さんせー」
ゴキブリの体液を頭から浴びたリューナが
不機嫌さを隠そうともしないで答える。
「僕もだ」
ヨシケルは討伐証明部位の入ったズタ袋を
ちょっと泣きそうな顔で背負い直した。
下水道の入口がある教会、
その前の通り。
「キアン、大丈夫か?」
「本当にすまん」
帰ろうとしたら膝が笑って歩けなかったため、
俺はヨシケルに背負われていた。
「いいって! それより軽すぎじゃないか?
もう少し食べた方が良いぞ?」
やっぱそう思う?
冒険者やるようになってから、
多少は肉付いてきたんだけどね。
「相変わらず情けねーなー」
ボロ布で髪の毛を拭っていたリューナが
呆れた様子で言い放つ。
しょうがねぇだろ、
何故かやたら俺だけ狙われるんだもん。
「はぁぁ……」
揺れるヨシケルの背中でため息をつく。
明日には動けるようになっていると良いんだけど。
「あ、あの……」
「ん?」
3人でのんべんだらりと歩いていたら、
シスター服を着たお姉さんが声をかけてきた。
不思議な雰囲気の人だ。
間違いなく美人の部類だとは思うんだが、
不健康そうな青白い顔色に
もさついた金髪で片目が隠されている。
露出している方の眼は茶色で、
色濃い隈がクッキリと付いていた。
歳は25やそこらかな。
……胸部装甲はかなり分厚く、
推定E、と言った所だろうか。
金のペンダントを握る両手には
どうしてか手袋が嵌められていた。
「げほ……どうされました?」
ヨシケルの背中越しに要件を伺う。
「貴方、怪我されてますよね……?
もし良かったら治療魔法をかけさせてください……」
辻ヒーラーだ……!
異世界にも存在したのか、辻ヒーラー!
『辻ヒール』とは知らん人相手に手当たり次第
ヒールをかけてスキルの熟練度や経験値を
効率よく稼いでいく行為の事である。
ネットゲーム等ではメジャーな存在だ。
「いくら欲しいの?」
リューナがジト目で口を開く。
あ、なるほど。
後からカネを請求されるパターンもあるのか。
送り付け詐欺みたいな話だな。
シスターさんは慌てたように答える。
「そんな、お金なんて取りませんよ……!
良いですか? 地母神さまは、『貴方の隣人を助けなさい』と教えてらっしゃいます……!
傷付いている方を見過ごしてはシスターとは
言えないのです……!」
そう言い切るとシスターさんは
目をつむって祈りのポーズをとった。
なるほど。
なんか面倒くさそうな人だが、
ようはタダでヒールを
かけてもらえるんなら悪くない。
満足に動けるようになるんなら、
最悪の場合は走って逃げよう。
「お願いします」
背負われている状態なので、
首だけで会釈した。
道の端っこに座りこむ。
「では、かけますね……」
シスターさんがしゃがみこんで、
右手を俺の脚に当てた。
その左手は大事そうに金のペンダントを握っている。
……?
随分と冷たい手だな。
手袋越しなのにはっきり分かる程度だ。
「大地の母よ、聖なる母よ……
彼の者の痛みを癒やし給え……
『癒快』……!」
温かく柔らかな白い光が俺の脚を包んでいく。
「おぉ……」
じわじわと痛みが抜け、傷が癒えていく。
そういえば異世界に2週間近くいるっていうのに
魔法を見るのは初めてだ。
不思議現象を目の当たりにして、
心が躍るのを感じる。
魔法、スゲー!
「ぅぷ……」
突如鼓膜に届いた嗚咽に、
治っていく傷口をガン見していた視線を
前に持っていった。
「あの?……大丈夫スか?」
シスターさんの青白かった顔色は真っ青へと変わり、
脂汗をビタビタにかいている。
どう見ても尋常な状態ではなさそうだが。
「はい、うぐぅ……
問題……ありません……おえっ……!」
えづいてはりますが。
「次は……お腹ですね……!
頑張れぇ、わたし……!」
あなたの方が回復要りそうですけど。
シスターさんはギリギリと歯を食いしばりながら
俺の腹に右手を当てる。
「大地の母よ、聖なる母よ……
彼の者の痛みを癒やし給え……
『癒快』……!」
再びまばゆい光に照らされて、
じくじくと痛んでいた腹がスッと良くなる。
「ぎゃあ〜!」
そして悪くなってる人が目の前に。
『ぎゃあ』って。
シスターさんは若いお姉さんがとても出しては
いけない声で叫びながら、両手で頭を抱える。
「あの、本当に大丈夫ですか!?
なんか煙吹いてますけど!?」
プスプスと音を立てて、
シスターさんの頭と右手から白煙が昇る。
「なんか身体が透けてないか?」
ヨシケルが不思議そうに首をかしげる。
その言葉を認識した瞬間、
リューナが風のように動いた。
「あんた、不死者だろ」
リューナは一瞬のうちに抜いたナイフを
シスターさんの首元に当てる。
「お、おい! いきなり何するんだ!」
慌てるヨシケルを手のひらで押し止めて口を開く。
「不死者ってあれか?
ゾンビとかスケルトンみたいなやつ」
リューナはピリついた雰囲気のまま答えた。
「そーだ。貧民街のニンゲンはまともに
葬儀なんてされないから、
よく不死者が湧いてくる。
オレの知り合いも何人かなってた。
どんなヤツでも見境なく暴れる怪物になるんだ」
こっわ。
ヨシケルがおろおろと言う。
「でもこの人はそんな風には見えないけど……
何か事情があるんじゃないかな?」
確かに。
自我もなく暴れるだけのモンスターなら
わざわざ治療魔法をかけてくれない気がする。
しかし、リューナは冷たく言い放つ。
「いや、間違いなく不死者だ。
意識した途端、索敵スキル……?とかいうやつが
ものすごーく反応してる」
俯いたままのシスターが口を動かした。
「ます……」
「なんて?」
声が小さくて一部しか聞き取れなかった。
シスターは声を大きくして続ける。
「違います……!
私は不死者なんかじゃありません……!
人間です……! 私は人間なんですぅ!
うぅ……! ぐす……! びぇえええ!」
まるでちっちゃい子みたいに泣き出すシスター。
片方隠れた瞳から、真珠のように大粒の涙が
ぽろぽろと止めどなくこぼれる。
「あ〜あ、泣いちゃったじゃん」
ちょっと男子〜!?
ジト目でリューナを眺めると、
キレ気味に返される。
「はぁ!? オ、オレは悪くねーし!」
そんなリューナに、
ヨシケルが苦笑いしながら言った。
「取り敢えずギルドで報酬をもらって、
夕飯でも食べながら話を聞いてみないか?
僕には彼女が怪物とは思えないよ」
リューナは、ばつが悪そうに短刀を鞘に納めた。
「日替わりまんぷく定食4人前でーす!」
まんぷく亭にて、俺達が座っているテーブルに
おかみアリーさんの娘さんがプレートを運んでくる。
ヨシケルは爽やかな笑顔でお礼をいう。
「カノン、ありがとう!」
待て、娘さん、カノンさんとかいう名前なのか。
俺、知らねぇぞ。 いつの間に聞き出したんだよ。
「い、いえ……♡」
カノンさんは嬉しそうに答える。
けっ、コレだからイケメンは……!
「あむ、んぐ、もぐもぐ!」
リューナはいただきますも
言わずに料理にがっつく。
いつも思うが、あの小さい身体の
どこに入っていってるんだろうか。
ヨシケルは軽く手を合わせてから、
シチューにスプーンを突っ込む。
「いただきます」
俺はいつも通りの日本式の挨拶だ。
今日のメニューはパンにサラダとシチュー、
メインは鳥の手羽先のローストだ。
うーん、美味そう。
サラダから食べますか。
「地母神さま、恵みに感謝します……」
ようやく落ち着いたシスターさんは、
ペンダントを明かりへかざして神に祈ってから
料理に口をつける。
「美味しい……!」
そりゃあ良かった。
「それで、どういうワケなんです?」
俺はレタスを飲み下してから
疑問をシスターさんに向けた。
「はい、お話、します……」
シスターさんは長いまつげを伏せる。
「私の名前は『トレシア』です……
地母神さまを信仰する、
『大地の恵み教会』のシスターを努めています……」
ヨシケルが、うーん?と首をひねる。
「なんかどっかで聞いたことあった気がする……」
「んく、……ごくん。
下水道の入口に建ってた教会がそんな名前だった」
リューナがパンを嚥下してから答える。
そういやあったね、教会。
シスター改め、トレシアさんは続けた。
「コトのはじまりは一週間程前でした……
私はシスターの中でもそれなりの位につかせて
いただいているのですが、教会のお役目の中に
不死者の浄化というモノがあるのです……」
「トレシアさんはそれに向かったと?」
俺がそう言うとトレシアさんは頷く。
「はい……地母神さまは
私に強力な加護を与えてくださっています……
シスターとして、不死者の浄化は義務と言っても差し支えありません……
加護があるなら尚更です……
私と後輩のシスター達は不死者が発生しているという墓地に向かいました……」
そこで何かがあった、と。
「いつも通りのお仕事だと、
油断があったのは否めません……
大体は腐人や骨人などの
低級の不死者を浄化して終了ですから……
ですが、その日は違いました……
墓地には大量の不死者がひしめき合い……
その中心には最上位の不死者、不死王がこちらを見据えて嗤っていました……」
大人しく話に耳を傾けていたヨシケルが目を見開く。
「不死王だって?」
知っているのか、ヨシケル。
「なんだそれ?」
リューナが聞き返したので便乗しておく。
「俺も知りたい」
「君たち嘘だろ? 小さい頃に悪いコトすると
母親から言われなかったかい?
そんなに悪い子だと不死王が来るぞ、
って具合にさ」
呆れるヨシケルにリューナは
あっけらかんと言い返す。
「かーちゃんはオレが5つの時に死んだ」
俺も続ける。
「異郷の出身なモノで……」
いや、ゲームとかで名前だけは知ってるけどさ。
トレシアさんは話を続ける。
「不死王は不死者の中でも最上位とされているモンスターです……
多種多様な呪文魔法や、
邪神の奇跡を使いこなします……
周りの死体を無理矢理に不死者に変えて、
自分の支配下に置くなど狡猾で非常に強力です」
周りの死体をアンデッドに変える……
「まさか……」
俺の呟きにトレシアさんはため息をついた。
「そのまさか、なのです……
取り巻きの低級の不死者を全て浄化した後、
私は消耗していた後輩のシスター達を避難させて
頭目の不死王と一対一で戦いました……
長く苦しい戦いを制し、
何とか奴を浄化した最後の一瞬。
忌々しきあの不死者は私に呪いをかけたのです……」
トレシアさんがこちらに差し出した冒険者カード。
そのスキル欄には血で書いたような禍々しい文字で
『不死王の呪怨』というスキルが刻まれていた。
呪いってスキル扱いなんだ、知らんかった。
リューナがパンをシチューに浸しながら言う。
「でもアンタは偉い神官なんだろ?
自分で解呪すれば良かったんじゃねーの?」
トレシアさんは眉毛を八の字にした。
「それはそうなのですが……
良いですか? 呪いをかけられてから出来るだけ
早く奇跡をかけるのが解呪の基本です……
ただ、その時の私は奴との戦いで殆ど魔力を
使いきってしまっていて……」
解呪するだけの力が残っていなかった……と。
「応急処置に低級の解呪を自分にかけて、
完全に魔力を使い果たし
失神してしまったんです……
次に目が覚めた時にはこの身体でした……」
ヨシケルがサラダをつつく。
「不死王が不死者にするのは『死体』なんだろう?
トレシアさんは生きているじゃないか」
当然の疑問だ。
まぁなんとなく見当はつくけど。
「それは私も疑問に思っています……」
「自分の魂を代償にした強力な呪いとかじゃない?
イタチの最後っ屁じゃないけど、
置き土産ってのは大体強いイメージがある」
某少年漫画の『死後強まる念』ってヤツだ。
最後の力を振り絞ってやる事が人を呪うってのは
なんか器がちっちゃい気はするが。
「おそらく地母神さまの加護によって
私の魂は守られたのでしょう……
しかし、不死王の呪いは強く、
身体は不死者のモノへと
なってしまいました……」
本人の解呪魔法……『ディスペル』だっけ?
それも効いているんだろうけども。
「それでそんな中途半端なコトに
なっちゃったワケかー」
リューナはそう言ってミルクをぐびぐび飲む。
あ、美味そう、俺も頼もうっと。
「今からでも解呪するワケにはいかないのかい?」
ヨシケルの質問にトレシアさんは目を伏せた。
「それが……地母神さまの奇跡には
浄化の作用がありまして……」
さっき癒快をかけてもらった時のコトを思い返す。
あの白い光が当たる度にトレシアさんは
相当苦しんでいた。
「強い解呪をかけると、
肉体の方が御陀仏しちまうワケか……
おっ、アリーさん! ミルクくださーい!」
ちょうど通りかかった
おかみのアリーさんを呼び止める。
「はいよ! 皆、お代わりは?」
「おばちゃん、パンもう1個!」
「僕はシチューが欲しいな」
「あ、私は大丈夫です……」
上からリューナ、ヨシケル、トレシアさん。
俺はもう結構腹一杯なので遠慮しておいた。
「あら、お姉さん初めて見る顔だね。
お腹いっぱい食べてってちょうだい!
……? 随分顔色が悪いけど、大丈夫かい?」
心配するアリーさんへ
トレシアさんは誤魔化すように笑った。
「あ、あはは……」
「あんまり無理すると倒れちまうよ?」
カノンさんの声が店内に響く。
「お母さーん!
あっちのお客さん対応してあげて!」
「はいよ! それじゃ、ごゆっくり!」
厨房へ戻っていくアリーさんを横目に話を戻す。
「しかし、そうなると
本当に手立てが無いのでは……」
トレシアさんは自嘲するように力なく笑った。
「はい……教会にも
足を踏み入れられませんでした……
奇跡もあの有り様ですし……
まさか聖なる証すら触れないとは……」
手袋の嵌まった右手でつまみ上げたペンダントは
5円玉の穴を端っこのほうに寄せたみたいな
無地の丸い板だった。
聖なる証ねぇ……
まぁ、キリスト教の十字みたいなもんだろう。
「不死者になってから地母神さまの
偉大さを改めて知るというのも皮肉な話です……」
苦笑するトレシアさんは続けた。
「しかし、教会に入れないのは
ほとほと困りました……
もうそろそろ手持ちのお金も
尽きてしまいそうですし……」
あんた、一文無しで人助けとか
言ってる場合じゃないだろ。
鳥の手羽先の骨を抜きながら口を開く。
「シスターさんって普通は教会で
寝泊まりしてるんでしたっけ?
今はどこで?」
「最初は宿をとっていたんですが……
この身体になってから
まともに眠れないので……」
精神的なモノだろうか。
それを聞いてヨシケルは眉尻を下げる。
「それは……辛いな……」
うーん、と唸る男二人を置いてきぼりにして
リューナが言った。
「行く宛ないんなら、オレたちと一緒に、
冒険者やればいーんじゃねーの」
意外な人物からの言葉だったのだろう、
トレシアさんはパチクリとまばたきする。
「い、いいんですか……?」
男二人で背中を押す。
「僕たちは構わないよ!」
「むしろありがたいぐらいです」
頬を赤くして、唇を尖らせるリューナ。
「えっと、さっきはごめんな……」
短刀を突きつけて泣かせたコトに
突いての謝罪だろう。
トレシアさんは聖母のように微笑む。
「いえ、そんな……!
地母神さまの教えでは『怒ったり憎んだりしてはいけない』と言われています……
人々は皆、穏やかであるべきです。
いいですか? 地母神さまは他にも……」
くどくど長い話が続いていく。
リューナはジト目で言った。
「……オレ、やっぱアンタ嫌い」
「な、なんでですか……!?」
「あっはは!」
「草」
ヨシケルの快活な笑い声を聞きながら
ミルクの入ったジョッキを傾けた。




