その8 初討伐の顛末
装備を購入した次の日。
「今日こそは、魔物退治に、行くぞ!」
ヨシケルはそう言いながら掲示板の依頼書を剥がす。
「ソレ、常設依頼だから剥がすと怒られるぞ」
「えぇ!? どうしよう、くっつかない!」
リューナのジト目に、
慌てて依頼書を貼り直すヨシケル。
大丈夫かなぁ、こんなんで。
「セラさん、下水道の魔物退治を受けます!」
「あの、解毒の水薬一つください」
受付カウンターで元気よく宣言した
ヨシケルの隣から顔を出す。
ちなみに『セラさん』っていうのは
いつもの受付嬢さんのお名前だ。
ヨシケルが聞いたら快く教えてくれた。
イケメンは得だな。
セラさんはいつもの営業スマイルで水薬を差し出す。
「はい、解毒の水薬ですね、
400ソルいただきます」
パーティの財布から400ソルを抜いてトレーに置く。
「セラさん、ありがとうございます。
必要になったらまた来ますね」
「はい、お待ちしております」
「おーい、キアン行くぞー」
いつの間にやら移動していたヨシケルが
入口の近くでそう叫ぶ。
「今行くって! ありがとうございました!」
「はい、行ってらっしゃーい!」
「水薬、ウォロの所で買わねーの?」
リューナがパンを齧りながら首をかしげる。
日用品を買うために何回か一緒に行ったからな。
「確かにウォロの所にも水薬は
置いてあるけど、ギルドの方が安いんだよ」
大体100ソルぐらい違う。
ウォロが言うには、ギルドの水薬や
冒険者セット等の物資は冒険者にのみ
限定販売しており、採算度外視のモノらしい。
「コレ、お前が持ってて」
「わかった」
さっき買ったポーションをリューナに渡す。
俺やヨシケルが持ってると戦闘の時に
瓶が割れちゃいそうだ。
「お〜い、ついたぞ〜」
道の先でヨシケルが手を振っている。
「ここか……」
街のはずれの川っぺり、教会がそこにあった。
汚水は下水道を通り、この教会で浄化されてから
川へと流される仕組みとなっているらしい。
表札には、『大地の恵み教会
下水道へ向かう方は裏手へどうぞ』と
キレイな字で書かれている。
逆らう意味もないため、素直に3人で
裏手へと歩いて向かう。
教会の裏側、川の直ぐ側で、
汚水がダムのようなモノにせき止められていた。
恐らくまとめて浄化してから川へと流すのだろう。
リューナは顔をしかめてパタパタと鼻の前を扇ぐ。
「うわぁ、くせー」
ヨシケルは眉をひそめた。
「ひどい臭いだな……」
そこまでか?
ドブさらいの時にも思ったが、
日本で下水関係の仕事をしてたから
正直ほとんど気にならない。
それより、俺はこの建材が気になる。
どう見てもコンクリートなんですけど。
材料としては砂と砂利とセメントだから
異世界にあってもおかしくはないんだが、
違和感がすごい。
「まぁ、取り敢えず入って見ようぜ」
仕事を始めないと飯が食えない。
ダムの隣、大口を開けた下水道の入口を指差す。
向こうから風が吹いてるから、
酸欠の心配は無いはずだ。
「えー……」
「わかった、頑張ろう!」
渋るリューナとは対照的にやる気を見せるヨシケル。
よしよし、良い傾向だ。
俺達は松明に火をつけ、暗い下水道に
勇んで足を踏み入れるのだった。
流れる汚水の隣を5分ほど進んでいく。
「下水道の魔物退治って話だけど、
ネズミとゴキブリのどっちを受けたんだっけ?」
俺の疑問にヨシケルがハキハキと答える。
「どっちもだよ。
合計で5匹倒せば依頼完了で、
報酬は5000ソルだ」
なるほど。
兎に角出会った魔物をしばけば良いワケだ。
「ん」
リューナが小さい声を上げる。
いきなりどうした。
「あっちの曲がり角の向こうに魔物がいる。
3匹……たぶん」
リューナは警戒をあらわにして角の先をにらむ。
うーむ、俺には全くわからん。
「もしかして索敵スキルってやつ?」
俺の言葉にリューナは警戒を解かずに答える。
「うん、そうだと思う……
うまく説明できないけど」
「理由なんかなんだって良いさ!
魔物がいるなら倒す、それだけだ!」
ヨシケルは片手剣を鞘から引き抜いて構えた。
「ふたりとも、行くぞ!
魔物め! 僕の剣のサビにしてやる!」
「ちょっ! おい、待てぇ!」
そして人の静止も聞かずにそのまま駆け出す。
「アイツ、本当にバカなんじゃないの!?」
「オッサン、言ってる場合じゃねーよ!
早くあのバカ追いかけよう!」
泡を食らう俺の手を引っ張るリューナ。
急いで曲がり角を進む。
「うおおおお!!!」
「あぁ! もうあんなに遠くに!」
大体20メートル先ぐらいだろうか、
ヨシケルはでかいネズミ相手に斬り掛かっていく。
「せいやぁ!」
1ミス。
「とりゃあ!」
2ミス。
「えぇい!」
3……あっ、ちょっと足にかすってる。
「お前、不意討ちなんだから当てろよぉお!?」
「やばい、あいつらこっち来てる!」
3匹のジャイアントラットは、
ブンブン丸のヨシケルを完全に無視して
こちらに襲いかかってきた。
「ひぃいい!」
ころされるー!
情けない悲鳴を上げながら松明を手放して
腰に挿していたこん棒を両手で構える。
さっきヨシケルに足を斬られた1匹だけ少し遅れて
無傷の2匹が俺とリューナに
それぞれ飛びかかってきた。
「うぉわぁ!」
顔めがけて襲ってくるデカネズミを反射的に避けた。
ドッジボールの球みたいなカンジだ。
「よっと」
慌てて避けた俺とは対照的にリューナは
軽々とネズミをかわす。
着地したネズミは二撃目を与えようと
こちらへと振り向く。
「このっ!」
その鼻先へこん棒を叩き込む。
外すかと思ったが、タイミングが良かったらしく
キレイに一撃が決まった。
「グギュッ!」
ネズミは潰れたように悲鳴をあげ、
ぐちゃりとした感触が手に伝わってくる。
よし、しばらくは動けまい。
だがあんまり気分の良いモンじゃねぇな。
俺は眉根を寄せる。
「あ」
どごぉ。
「ぎゃああっ!」
リューナの気が抜けた様な声と共に、
横っ腹に凄まじい衝撃と痛みが走る。
間抜けな悲鳴が喉から飛び出た。
あかん、死ぬぅ。
軽く吹っ飛ばされながら確認すると、
ネズミが脇腹にめり込んでいる。
視界の端でリューナがネズミを躱した格好のまま、
目を見開いていた。
どうやらリューナが回避した
ネズミの射線に偶然入っていたらしい。
どんだけ運が悪いんだ俺は。
才能値−18は伊達じゃなかったみたいだ。
「がふっ」
まともに受け身も取れずに、
硬いコンクリートの地面へ叩きつけられた。
肺の空気が外部へとはじき出される。
「ヂヂュッ!」
しかし、デカネズミはこちらの事情なんて
お構いなしだ。
発達した前歯をガチガチと噛み合わせながら
俺の首元に噛みつこうと四つ脚を動かす。
動け! 腕ェ!
でなきゃ死ぬぞ!
闘志なのか執念なのかはわからんが、
吹っ飛ばされながらも手放さなかったこん棒を
強く握り締める。
だが、振り上げるには体制が悪い。
ええい、南無三!
「ギヂュ!? ググ……!」
今にも鋭い前歯を突き立てようと開けられた
ネズミの大口にこん棒を横向きで突っ込んだ。
こん棒はガジガジとかじられて削られるが、
首までその歯は届かない。
「オッサン動くなよ! えーいっ!」
「ヂギャッ! ギヂュゥ!」
顔面の真ん前で刃がきらめく。
リューナは両手でしっかりとナイフを握って、
ネズミの目玉から脳味噌をかき回した。
うっわ、グロ。
ネズミは痛みに暴れるが、俺は逃さないように
必死に左腕でネズミの首を締める。
「グ、ギヂュ……!!」
30秒後ぐらいだろうか、
胸当てを引っ掻いていたネズミの前脚が止まった。
リューナはナイフを引っこ抜く。
「……死んだみてーだな」
「おい、キアン! 大丈夫か!?」
手負いの一匹を仕留めたのだろう。
血で汚れた剣を握ったまま駆け寄ってくる
ヨシケルを視界の端におさめて、
俺は咳混じりのため息を吐く。
「がふっ、ごほっ! ……ふー……どうにかな」
「オッサン、血吐いてるぞ」
リューナの言葉に内臓破裂!?と一瞬焦ったけど、
ネズミともみ合った時に口の中を切ったらしい。
舌に広がる鉄の味を飲み下してから口を開く。
「なぁ二人共、引き返さない?」
「うん、僕もちょっと軽率だったよ……
ごめん、1人で突っ走っちゃって……」
落ち込んだように答えるヨシケルへ
リューナが吐き捨てる。
「本当だぞバカ。
マジで死ぬかと思ったんだからなー」
まぁまぁ。
ネズミの死体をどかしながら
リューナをたしなめる。
「いや、ヨシケルだけのせいじゃない。
少しだけでも訓練するべきだった。
ちょっと考えが甘かったな……」
リューナが腕を組む。
「引き返すのは良いけど、
今日の晩飯どうすんだー?
このままじゃ報酬もらえないぞ」
「大丈夫、ココに虎の子の1000ソルがある」
俺は懐から小銭の詰まった財布を取り出す。
パーティの共同資金とは別に貯めといたカネだ。
日に500ソルの生活資金からコツコツと貯めた
血と涙の結晶である。
「今日は一旦俺が立て替えて
後でパーティ資金から抜いとくよ」
俺の言葉にしゃがんでいたヨシケルは立ち上がった。
「よし、今日は引き返して明日また来よう!
ほら、キアン!」
「あぁ、もうちょっと戦い方の練習してからな」
俺はにやりと笑って
ヨシケルが差し出した手を取った。
「ねぇ……」
立ち上がりかけた俺の袖を
青い顔をしたリューナが引っ張る。
「引き返すのはムリかも……」
指差した先にはさっき倒したネズミより
一回り大きいゴキブリが2匹、
凄まじい勢いでこちらにガサガサ走ってきていた。
もう日本に帰りたい。




