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その4 ドブさらいの日々

ゴーン……ゴーン……と遠くで鐘が鳴っている。


「うーん……」


意識がゆっくりと持ち上がっていく。

目蓋をどうにかこじ開けた。


「……知らない天井だ」


どこだココ。


一瞬パニックになるが、

昨日の記憶を手繰り寄せる。


「異世界転生、したんだっけ……」


ふわぁあ……と欠伸を一発キメる。


昨日は日が落ちてすぐに寝ちまったから、

身体の調子はかなり良い。


起き上がって身体を伸ばし、

ずり落ちた上着を羽織った。


「朝飯……どうすっかな……」


取り敢えず顔でも洗うか……

あー、メガネメガネ……

あったあった。


枕代わりのタオルを拾い上げて、

井戸の手押しポンプまで向かった。




馬小屋に住ませてもらう条件は馬の世話だ。


といってもやるコトは、水桶に水を入れてやる、

飼い草の補充、馬糞の処理ぐらいのモノだけど。


それらの用を済ませ、冒険者ギルドへ向かう。


「うぉお、混んでんなぁ……」


依頼掲示板の前には人だかりが出来ていた。

昨日が昼間だから空いてただけで、

普段からこのぐらい混み合っているのだろう。


ちなみにドブさらいは常設依頼というモノらしく、

わざわざ紙を剥がして持って行く必要は無い。

むしろ貼り直す手間がかかるから

剥がすと怒られるそうな。


無論、今日もドブさらいしかしないので、

受付カウンターに直行だ。


3人ぐらいで受付をやってるみたいだけど、

どこも同じぐらいの行列なので

昨日の受付嬢さんのトコに並んでおく。


行列と言っても10人いかないくらいだし、

1人当たりのかかる時間も短い。


ま、すぐ順番が来るだろ。


手持ち無沙汰のまま待っていると

ぐるぐると考えが巡ってくる。


その内、ドブさらいから卒業出来るんだろうか。

まぁ現時点では難しいだろうなぁ。


他の初心者向け依頼を思い返す。



まずは地下下水道のジャイアントラット退治。

たかがネズミ駆除といえど、

小学生くらいのサイズだと話は変わってくる。


弾丸のような突撃と不潔なするどい前歯で

襲い掛かってくるらしい。


「うんムリムリ、却下」


そして同じく下水道のジャイアントローチ退治。

要はクソデカゴキブリ駆除である。

ラットと詳細は変わらないためこれも却下。



お次にご定番の薬草採取。

これは悪くはないが、俺は方向音痴である。

土地勘の無い森で迷子とかシャレになんない。

せめて地図か同行者が居ないと話にならん。


そして、森には魔物が蔓延っているらしい。

運良くエンカウントしなければ問題ないが、

肝心の運は−18。もう未来が見える見える。

というワケでこれも却下。



最後にゴブリン退治。

しかし、これは考えるまでもなく却下。


昨日受付嬢さんに聞いてみたら

この世界のゴブリンは腕っぷし自体は弱いけど

かなりずる賢いそうで、

毒とか罠とか普通に使ってくるらしい。

巣穴に掘った横穴に隠れ、新米冒険者を待ち伏せて

はさみ撃ち、とか珍しくないのだとか。

うーん、賢い。


おまけに婦女子を拐って無理矢理犯し、

ゴブリンの苗床にしてしまう。


対処が面倒でリスクが高いクセに報酬は安く、

ぶっちゃけ割に合わない仕事だそうな。

かといって放置すると村が潰されたりするので

ギルドの悩みのタネになっている。


どっかで聞いたコトある設定。

某『変なの』さんは居ないのかこの世界には。



まぁ、1人でやるんなら下水道の魔物退治ぐらいが

結構頑張って関の山だろうなぁ。


徒党パーティを組むことも考えたが、

『職無し』でまともに戦えないし、

筋力も器用も低いから荷物持ちと雑用もムリです!

みたいなヤツを誰も入れたく無いと思う。

というか俺だって入れたくない。


あっという間にクビになり、

俺が役立たずだと周りに言いふらされるだけだろう。

まぁ事実だし、ドブさらいしかしてない時点で

今更なんだけどさ。


下手に話が広まって絡まれたり、

トラブルに巻き込まれるのが一番面倒。


言っとくが俺はソロだ。


なんてダサい使い方だろう。


そんなくだらないコトを考えている内に

順番が来たらしい。

受付嬢さんに声をかけられる。


「次の方、どうぞ」


俺は冒険者カードを差し出す。

昨日才能値を調べたアレだ。

身分証明書も兼ねてるらしい。


「お疲れ様です。

常設依頼のドブさらいをお願いします」


「はい、かしこまりました」


受付嬢さんは、カウンターの引き出しを開けて

受注書を取り出した。


魔道具に俺のカードを挿し込んでから、

受注書にポンとハンコを押す。


「これで受注完了です。お返ししますね」


読み取りが終わったカードを差し出されたので、

受け取って懐にしまう。


「ありがとうございます、行ってきます!」


ペコリと会釈すると、受付嬢さんは

明るく送り出してくれた。


「はい、行ってらっしゃいませ!

スコップとバケツは裏手から借りてくださいね!」




冒険者ギルドの裏手、馬小屋の管理人さんから

借りたスコップとバケツをかついで往来を歩く。

ギルドから現場までは徒歩で15分くらい。


「しかし、ハイテクだよなぁ。冒険者カードって」


懐から冒険者カードを取り出して眺める。

身分証明書、キャッシュカード、才能値測定器。

パッと思い浮かぶだけで3つの機能が

この薄い金属板に詰め込まれているワケだ。


ギルド登録料に取られる1000ソルの内、

ほとんどが冒険者カード代だろう。


さらに才能値の表示をオンオフできる機能まで

標準搭載されている。

もちろん俺は常に才能値を隠している。

万が一にでもこのクソステータスが

バレたらイジメられそうだし。


「いらっしゃいませー!

美味しいパンはいかがですか〜!」


ボンヤリと歩いていると、そんな客引きと

焼き立てパンの香ばしい香りがこちらに届いた。

思わず足を止めてそちらを見据えると、

小学校高学年ぐらいの女のコが

軒先で売り子をやっている。


思い出したように腹の虫が騒ぎ出した。

ここいらでメシ買っとくか。

俺は進行方向を90度曲げて、

パン屋へと向かう。


「あっ! いらっしゃいませ!

美味しい美味しいパンです!」


朝飯と昼飯、両方買っとくか。


「2コ欲しいんだけど……」


お嬢ちゃんにそう言いながら、

軒先に並べられたパンの値札を確認する。


具がたっぷり入ったサンドイッチが100ソルで、

ちょっと大きめなロールパンが50ソル。


他にもデカ目のフランスパンや、

ピザ風の具沢山なパンなどが並んでいたけど

特に俺の目を引いたのがその2つだ。


何度確認してもポケットの中の100ソルは1枚だけ。


昨日報酬で500ソル貰って、

まず、まんぷく亭で300ソル。

そんでウォロのトコで100ソルだから、

計算は間違っていない。


うーむ、と腕を組んで悩む。


「はーい! 何を2つですかー?」


無邪気な笑顔を見せるお嬢ちゃん相手に、

今更やっぱり1つで良いや、とは

何だか言うのがはばかられる。


「このロールパンを2コで……」


お嬢ちゃんは木製のトングでパンを掴み、

荒目の麻布で包む。

トングって異世界にも有るんだ。


「はい! えっと……100ソルです!」


「はい、ありがと」


硬貨を渡してパンを受け取る。


「ありがとうございました!」




「コレ結構腹に溜まるなぁ」


ペロリと食っちゃうかと思ったが、

思いの外見た目よりずっしりしたパンだ。


昼飯の分はポケットに大事にしまっておく。

気がつけばドブまで到着していた。


「さぁ働きますか……あぁ、帰りてぇ……」


俺は上着を木に結んで、スコップを構えた。




「おっ、昼休みか」


遠くで4の鐘が響いている。

ドブからスコップを引き抜いた。


確か、近くの広場に

手押しポンプが付いていたはず。

そこで手を洗って昼飯にしよう。


盗まれると面倒なのでスコップも担いでいく。


徒歩2分程度で広場に到着。

手押しポンプをガチャガチャ動かすと、

水が割と良い勢いで出てきた。

手を突っ込んで擦るとドブの汚れが流れていく。


どうせ汚れるのでそこまで本格的には洗わない。

せいぜい手と顔だけだ。

頭に巻いていたタオルを解いて水を拭く。


「おーし、オッケー」


上着を結んでいた木に戻ると、

ガキがぴょんこぴょんこ跳んでいた。


どうやらポケットに入れておいた

パンを狙っているらしい。

よーく見てみるとそのガキは

非常にみすぼらしい格好をしている。


孤児か何かだろうか。


「ねぇ、キミ」


「!」


腹減ってんの?と聞こうとしたが、

脱兎の如く逃げ出すガキ。


「足、はっや……」


駄目だこりゃ、とてもじゃないが追いつかねぇ。


俺はパンを手でちぎり半分だけ食べた。

少食で良かった、コレでもギリ足りる。


そして、もう半分を丁寧に包み直して

あのガキの手が届きそうな木の洞に置いておく。


戻ってこなそうだなぁ。

まぁ、そんときゃ明日の朝飯にすりゃ良いだろ。


そんなコトをしている内にまた鐘が鳴った。

……もう休み時間終了かよ。




「あー、疲れた……」


綺麗に洗ったスコップを担いで、

俺は帰路に着いていた。


置いておいたパンに関しては、

水飲み休憩から戻ってきた時に

抱えて走るガキを目撃している。


まぁ、このぐらいしか出来んけど頑張れ。


ちなみに今日はドブの中からスプーンが出てきた。

どうして食器ばっかりなのか。




馬小屋で身体を清潔にしてからギルドへ戻る。

今日はタオルがあるから身体を拭けるぞ!


割札をいつもの受付嬢さんに渡す。


「はい、依頼完了ですね。

報酬は1000ソルになります。

手渡しと預金とどちらになさいますか?」


「手渡しでお願いします」


「はい、コインでよろしいですよね?」


「あっ、はい」


女神に渡された時にも思ったけど、

お札が存在するのか。

こういう異世界だと

銅貨、銀貨、金貨のイメージだけど。


ウォロの店でも思ったけど、

想像していたより紙や布が安い。

もちろん日本よりは割高なんだけど、

俺でも十分に手が届く価格帯だ。


まだ工業的な大量生産はしている様子が

なさそうだけれど、何が原因なんだろう。

うーん、と考えたが、

俺の脳みそじゃ答えが出ない。


「ま、いっか」


安い分には困りゃしねぇな。

メシでも食おう。




まんぷく亭で今日もたらふく食ってから

ウォロの雑貨店に向かう。


「昨日の石鹸をください」

「はいはい、200ソルね」


コインを2枚渡す。

ウォロがにやりと笑って

カウンターの上に小さい巾着を置いた。

なんだ?


「財布、サービスして50ソルにしとくよ?」

「はぁ……わかったよ、俺の負けだ」


俺は苦笑いしながらポケットに手を突っ込んだ。

100ソル硬貨を1枚渡して財布に手を伸ばす。


「ん? お釣りは?」

「もう入れてあるよ〜」


どうせ買うだろってか、やかましい。

巾着袋を持ち上げるとチャリンと音が鳴った。




まんぷく亭の前を通り過ぎて、3軒目。


『古着売ります買い取ります』


そう書かれた看板を見つけたのでドアを開ける。

まんぷく亭のおかみさんから教えて貰った店だ。

店主さんの名前は何だっけ、

サ、サ、サシュリー……? なんか違った気がする。

ま、いっか。


「ごめんください」


「はぁい、いらっしゃい。

何をお探しかしら?」


女の人の声が耳に届く。

お姉さんかおばさんで言ったら

ギリおばさんだけど、不思議な色気があるカンジ。

大人の魅力ってヤツかな?


俺は年上好きなので普通に守備範囲内だ。


「えっと、安くて丈夫なシャツとかあります?」


「お安いのだと、この辺ね。

気になるのがあれば試着してね」


色々な服が雑多に

積み重なったカゴの前に連れて行かれる。


「お値段はどこで見れば良いですか?」


「私に見せてくれれば教えるわ」


言い値かよ、こえぇなオイ。


えっと、今財布に入ってるのが450ソル。

明日は50ソルのパンを3つ買う予定だから、

使えるのは300ソルか。


「持ち合わせが300ソルしか無いので、

それ以上のは抜いて貰えませんか?」


「大丈夫よ、そこのカゴなら一番高いので

丁度300ソルだから」


ふむ、『そこのカゴ』ってコトは別のヤツは

手が届かないくらい高いのか。


ま、ドブさらいするための着替えだから

安っちいので十分だな。




空きカゴをもう一つ出して貰って、

見た端からそちらに服を移していく。


女物や、サイズの合わないシャツがかなり多い。

身長は高い割に痩せぎすのヒョロガリだから

しょうがない部分はある。


一応着れそうなモノはあるけど、

いまいちピンと来ない。


最後の一枚を手に取る。


コレだ。


苔むしたような色味のその服は

ツギハギだらけのまだら模様。

見た目にはとてもじゃないけど良い服に見えない。

けど、内側にもう一枚薄布が縫い付けてあって、

肌触りが悪くならないように工夫されてる。


あとコレ、わざとまだら模様に

されてるんじゃないか?

色味と良い、柄の具合と良い、

迷彩服にそっくりだ。


ツギハギも二重三重に縫ってあり、

雑に洗っても解けそうにない。


試しに着てみるとサイズまでピッタリ。


惜しむらくは俺に迷彩柄は

異常に似合わないコトぐらいだろう。


幸いファッションに気は使わないタイプだ。


「コレ下さい」


「はぁい、300ソルよ」


このシャツと一緒に使われてたズボンも

売られてたりしないだろうか。


「あのぉ、取り置きってやってます……?」


「やってるわ、あんまり取り置いてて

売れないと困るから1日だけね」


どうせ明日には買いに来るな。

探して行こう。




馬小屋に帰ってきた俺は

早速石鹸を使って身体を綺麗に洗う。


おぉ、清潔だ。

久々に身も心もサッパリした気がする。


「よし、コレで明日に古着屋さんに行けば

最低限欲しいものは揃うな」


目星をつけた通り、シャツとセットのズボンも

隣の300ソルまでのカゴで売られていた。


ズボンはアレを買うとして、後は下着だろうか。


流石に人の履いたパンツはヤダなぁ……

古着屋さんに聞いたところ、

下着は新品のモノを取り扱っているそうで

安くて200ソル。


丁度ズボンと合わせてギリ手が届く価格だ。


身体を拭いたタオルを乾かして、寝藁に転がる。

枕の代わりは買ってきたシャツだ。


寝っ転がっていると眠気が襲ってくる。

俺は意識を手放した。


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