その21 ゴブリン退治と魔術の才
日が落ちてきた。
「ふむ、そろそろかな」
すくり、とエルフの先生が立ち上がる。
「ゴブリンは夜行性の生物だ。
夕方、見張りの気が緩み、
巣の群れは全員寝ぼけている。
冒険にはちょうど良いだろうねぇ」
なるほど。
「ようし、腕の見せ所だね、あいたぁ!」
立ち上がって剣を抜いたヨシケルの脛を
リューナが蹴る。
「おいバカ、見張りの前にのこのこ
飛び出てったら仲間を大勢呼ばれるだろーが」
指さした先には2匹のゴブリンが
洞窟の入口で見張りに立っている。
1匹はウトウト、もう1匹はあくび混じり。
だいぶお疲れのようだ。
「まずは、飛び道具だねぇ。
シスタークン、野伏クン、
お手並み拝見と行こうか」
先生がニヤリと笑った。
「大地の欠片よ……舞いあがれ……!
『小石礫』……!」
トレシアさんの詠唱に合わせて、
リューナが弓を引き絞る。
射出される矢と石に合わせて、
ヨシケルと俺は藪から飛び出した。
「ギャッ?」
ゴブリン達がこちらに気付き、口を開いた。
仲間を呼ぶために叫ぼうとしているのだろう。
「ギッ……!」
だが、その叫びは喉元に
突き刺さった飛び道具によってかき消される。
ひゅう、ど真ん中。
「せいやぁ!」
掛け声を上げるヨシケルと共に、
隙だらけなゴブリンに得物を叩きつけた。
グシャリ。
革手袋越しでも伝わる頭蓋を砕く感触。
めり込んだ棍棒の衝撃でゴブリンの眼球が飛び出る。
哀れな魔物は断末魔を上げる暇もなく絶命した。
現代日本人の感覚では吐き気を催しそうな
グロさのハズなのだが、不思議と平気だ。
ネズミで慣れたのか?
ゴブリンが本当に死んでいるコトを確かめてから、
俺は死体をボンヤリ眺める。
「キアン? どうしたの?」
ヨシケルが不思議そうに声をかけてきた。
その脇にはゴブリンの生首が落ちている。
どうやら向こうも問題なく仕留めたらしい。
「いや、なんでもない」
そう答えながら考える。
変な感覚だ。
現代日本で暮らしていて、
人型の生き物を自分の手で殺すコトなんて
全くもってありえない話だと言っていい。
それがこの世界では当たり前に行われる。
能天気な笑い声が俺の思考に割入った。
「そう? あ、この剣とっても切れ味良いよ!
やっぱりゴルドさんはすごい人だね!」
思わず聞いてしまう。
「なぁ、ヨシケル。
ゴブリンを殺すのってどう思う?」
不意の質問に、ヨシケルは真面目な顔で答える。
「え? どうって……魔物なんだし
殺さなきゃいけないんじゃないかな」
殺さなきゃ、いけない。
所変われば品変わる。
それは人の価値観にも言えるのかもなぁ。
一番怖いのが罪悪感が無いってコトだけど、
ある意味好都合かもしれない。
ま、何にせよ俺は俺に出来るコトをやるだけだ。
エルフ……先生の声が耳に飛び込む。
「ふむ、良い連携だねぇ!
ボクの出番がないのはちょっと残念だけど、
嬉しい誤算かな。
さて、洞窟に乗り込む前に一つやっておこうか」
「……何をするんですか?」
首を捻ったトレシアさんに先生は続ける。
「匂い消しだよ。この軟膏を塗りたまえ。
特に、金属と女性には念入りに。
ゴブリンは優れた嗅覚を持っていてね、
なにも対策しなければ
群れ全体に囲まれかねないんだよ」
瓶に入った軟膏を掲げて
面倒くさいでしょ? と、肩を竦める先生。
まぁ、俺は男で金属は持ってないから
大したコトはない。
鉄の剣を持っているヨシケルと
若い女性のトレシアさんは耳の裏まで
軟膏を塗り込まれる。
「野伏クン、
もっとシッカリ塗らなきゃダメだよ」
先生に咎められ、唇を尖らせるリューナ。
「えー……コレべたべたしてヤなんだけど」
トレシアさんが苦笑いしながら、
軟膏の瓶を手に取る。
「リューナさん、私が塗りますよ?」
あれ?
俺は疑問を口に出した。
「……? リューナってそんなに塗る必要あんの?
金属の武器も短刀1つじゃね?」
男、というかショタだし、
小さいナイフ一本にそこまで気をつけんの?
俺の疑問に先生が答える。
「いや、ゴブリンは見境ないからねぇ。
例え成熟してなくても女性なら塗っておいて
損は無いさ」
??? 女性……?
少し悩んでから思い当たった結論を
俺は思わず口に出してしまう。
「リューナって……女のコなの?」
時が、止まった。
「はー?」
「え、今更!?」
「キ、キアンさん……?」
「あっははは、ふむ、そう来たか!
なるほど、ならばキミの言ってるコトは
間違いじゃあないねぇ、面白いじゃないか」
呆れる仲間達に対して、大ウケする先生。
「おー? オッサン、バカじゃねーの?
今日からバカオッサンって呼ぶからな?」
リューナは額に青筋を立てる。
そ、そこまで怒らんでも……
「キアン、流石にさぁ、普通は気づくよ?
なんていうか、もうちょっとこう……」
苦虫を噛み潰したような顔のヨシケルに
苦言を呈される。
「……あのですね、シスターというより
1人の女性として言いますが、
もう少しよく考えて喋ってください」
トレシアさん、ガチ説教じゃないスか。
針の筵に耐えられず、リューナに向き合って
地面に膝をつく。
「……ごめんなさい」
日本式、最大謝罪。
DOGEZAである。
結局、今日の晩飯をリューナに奢る約束で
どうにか俺は許されたのだった。
「じゃあ、乗り込もうか。
ここからは大きい声でのお喋りは厳禁だよ。
準備はいいかな?」
「明かりはどうします?」
「ふむ、シスタークンの『光』に、
松明を2本持っていこうか。
前衛と後衛に1本ずつだね」
「はい……星屑の輝きよ、『光』」
魔術を詠唱するトレシアさんの隣で
リューナが火打ち石を使って松明に火を灯す。
ヨシケルは剣と盾で両手が埋まってるため、
松明を持つのは俺の役だ。
そんなやり取りをしていて、ふと思い出す。
某ゴブリン駆除アニメの第1話だ。
「なぁヨシケル」
「なんだい?」
俺は乗り込もうとしている洞窟を眺めながら、
ヨシケルに話す。
「あの洞窟の天井だけどさ、低くないか?」
目算だが、2mちょいぐらいしかない。
「確かに……それがどうしたの?」
「思いっきり剣振り回したら引っかかるよな、
こう……天井にガツンと」
ヨシケルは剣を掲げて洞窟と見比べる。
「本当だ……」
「俺の棍棒も同じ話だ、お互い気を付けようぜ」
「いつまで喋ってんだー? さっさと行くぞー」
リューナに軽くケツを蹴られる。
「はいはい……」
実にアッサリと冒険は始まった。
岩壁を注意深く照らしながら進む。
俺達の一党には索敵スキルを
覚えているリューナがいるが、
世の中には索敵に感知されない
潜伏スキルなんてモノも存在している。
警戒するに越したコトは無いだろう。
「1、2……5匹いる」
リューナがボソリと喋った。
通路の先にある小部屋を覗くと、
少数のゴブリンがいびきを掻きながら寝ている。
「じゃ、黙らせてから殺そうか」
先生は何処からか猿ぐつわを取り出した。
……用意周到っスね。
1匹ずつ猿ぐつわを取り付け、
俺とヨシケルが交互に撲殺していく。
「楽でいいな」
50匹程の群れ、というコトは
コレで戦力の10%を削ったハズだ。
いっぺんに戦うより、10回コレを繰り返す方が
遥かに簡単なのは言うまでもない。
「でも、コレけっこうクるね……」
ため息をつくヨシケルに苦笑を返す。
「ま、しゃーねぇ。
死ぬより殺す方がマシだ」
「ふふ、違いないね」
笑いながら手渡された棍棒を
ゴブリンに振り落とした。
同じようなやり方で
30匹近くのゴブリンを殺していく。
段々と巣の中が騒がしくなってきた。
「ま、これだけ暴れりゃ流石にバレるわな」
大量の足音がこちらへ近づいてくる。
暗闇の中で、ゴブリンの瞳だけが
いくつもギラギラと光って見えた。
「来るぞ! えっと……いっぱいだ!」
叫びながら弓を取るリューナ。
とっさに数えるのはまだ難しかったらしい。
俺とヨシケルは武器を構えて前に出た。
「ねぇ、キアン、すごい強そうなのが
めちゃくちゃいない?」
青い顔のヨシケルに返す。
「おう、俺にも見えてるぞ。
もう帰りたくてしょうがないな!」
身体のデカい奴やら、弓を構えた奴やら、
杖を構えた奴までいる始末だ。
バラバラといる大物に加え、
小さい普通のゴブリンがざっと数えて
50匹は居るように見える。
かなり減らしたハズなんですけど
どれだけいるんだコイツら、害虫かよ。
勝てる気が全くしねぇ。
棍棒を握る手に汗が滲む。
カラリとした声が後ろから響いた。
「残ったゴブリンが一斉に来たみたいだねぇ。
ボクの出番かな?」
ニヤリと笑った先生は、歌うように詠唱をはじめる。
「炎のため息よ、大いなる熱よ。
全てを灰塵に帰す物よ。
燃やせ、ただ燃やせ!
黒炎を持って、この世を染め上げろ!」
しなやかな手の平の上に、
熱の塊が生み出されていく。
なんだあの魔力は。
凄まじいエネルギーの奔流を感じる。
赤く、蒼く、暗く、輝く炎が圧縮されていく。
「『獄炎』!」」
射出された黒炎は、着弾と同時に
勢い良く燃え広がった。
「おー、すげー……」
思わず弓を下ろすリューナ。
焦げていくゴブリンの悲鳴が耳に届く。
「こんな魔法、初めて見たよ!」
「……私達、要ります?」
興奮するヨシケルに対して、呆れるトレシアさん。
この火力があるんなら、わざわざ回り道しないでも
一網打尽に出来たのでは……
見れば、大物っぽい奴までアッサリと
真っ黒焦げに変わっていた。
「やっぱり思い切り魔術を使うのは
気分がいいねぇ」
そんな惨状を作り出した超本人は飄々と笑う。
そんな声を聞きながら揺れる炎を眺めていると、
何かが型にハマったような感覚があった。
できる、気がする。
最悪ぶっ倒れても、先生がいればどうにかなるか。
俺は思いのままに魔力を練る。
「炎のため息よ……」
絞り出した魔力のガスに
火打ち石で着火させるようなイメージ。
「えっと……」
そこで俺は詰まった。
詠唱を知らねぇ。
流石にさっきの魔術を再現するほどの魔力は
持っちゃあいない。
どう見ても上級の凄まじい魔術だった。
まさに、『魔法』ってぐらいの。
『光』ぐらいの初級の魔術が
炎属性にもあると思うんだけど。
そう考えながら先生の方をチラリと見ると、
少し驚いたような顔をして口を開いた。
「……『火』だよ」
ありがとうございます。
ペコリと頭を下げて、その言葉を口に出す。
「『火』」
シュボ、と音を立てて
お線香の先ぐらいの火が付く。
ちっさ。
しかし、俺の魔力は折り紙付きに少ない。
そんな火でもMP的なサムシングが
ゴリゴリに削られていく。
ぶっ倒れる前に魔術を解いた。
「キミ、炎の魔術を見るのは初めてだよね?」
ふぅ、とため息をつく俺に
先生が質問を投げかける。
「え? あぁ、そうっスね」
あまり深く考えずにそう答えた。
ガシり、と肩を先生に引っ掴まれる。
ものすごい剣幕だ。
美人の女性がやると余計に怖い。
「な、なんすか?」
「なんで、なんでその魔術を
使えると思ったのかな?」
なんで、と言われましても……
「なんかできそうだなって……
『小石礫』も『土』を固めて、『動』で飛ばしてるだけでしたし……」
上級の魔術も初級のソレを組み合わせたモノだと
俺は理解していたのだが、
もしかして間違いだったのだろうか。
「つまりキミは、一目見ただけで
魔術の要素が理解できたと言うのか?
ありえない、と切って捨てるのは簡単だが、
実際にキミはボクの目の前で
ソレをやってのけたワケだ」
ほぼゼロ距離のまま
俯いてブツブツと喋り続ける先生。
近い。そして怖い。
「いいね、いいねぇ!
キミ、素晴らしい! 素晴らしいよ!
キミぐらいの天才なら大天才のボクの弟子も
つとまるだろう! 天才は大好きだよ!」
いきなり顔を上げた彼女の目は、
まるでサーチライトのように輝いて見える。
「惜しむらくは魔力が少ない所だが、
キミにはソレすら問題にさせないほどの
魔術的なセンスがある!」
「は、はぁ」
良くわからんが、取り敢えず頷いておく。
基礎魔術すらまともに使えないのに、
そんなに持てはやされても……
当たり前の話だけど日本には魔法なんぞ
無かったため、『普通』がどの辺りなのか
サッパリわからん。
「そうと決まれば、キミに魔術の真髄というモノをみっちりと仕込んであげようじゃあないか!」
ゴブリンはびこる洞窟の中、
正式におかしなエルフの弟子となるコトが
決定したのだった。
書き溜めが底をついたので、
これからは牛歩の投稿になります。
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