その18 エルフの使いやあらへんで
街の外れ、散らかったボロ家にて
エルフと対面する。
「ふむ、ではボクはキミに魔術を教えて、
その子に弓矢を買い与えれば良いんだね?
そうすれば彼女を思う存分調べ上げて
何をしたとしても構わないと」
トレシアさんを凝視するエルフ。
そこまでは言ってねぇよ。
俺は念押しで注意を口にする。
「本人の嫌がるコトはしないとだけ
約束してもらっても良いですか?」
「あぁ、わかっているとも!
このボクがそんなにロクでもない研究者のように
見えるのかい? キミには?」
見えます。
まだ会ってから30分ぐらいしか経ってないけど
そう見えちゃいます。
悪意無く人とか殺してそう。
研究の為には仕方ないよねとか言って。
「キアンさん、恨みますよ……」
涙目のトレシアさんがこちらを見上げてきた。
すまんて。
呪われそうな視線に耐えきれずに
言い訳を並び立てる。
「いや、俺も仲間を売るようなマネは
できるだけしたくないんです。
一応、この件はトレシアさんにも
メリットがありまして……
ほら、このヒトに調べてもらったら
その身体を元に戻す方法がわかるかも
しれないじゃないですか」
そこまで行かなくても、
糸口くらいは見つけられるかもしれない。
トレシアさんはため息をつく。
「……わかりました。
あの、痛いコトとか、危ないコトは
しないでくださいね……」
彼女はおずおずとエルフに伝える。
「あぁ、当然だよ。
ボクに身をまかせて、
キミは楽にしてくれてればそれで良い」
なんかエロい言葉回し。
クズみたいな思考回路が顔に出ていたらしい。
ヨシケルに咎められる。
「キアン、何かロクでもないコト考えているね?」
そんなコトは無いでゲスよ、へへへ……
「渡せるモノは先払いで渡しておこうか」
そう言って、一万ソル札を何枚か
リューナに手渡すエルフ。
「それなら弓矢には手が届くハズだ。
ついでに食料と飲み物……そうだな、
細かい日用品なんかも買ってきてくれたまえ。
余った分はお駄賃にしてもらって構わないよ」
「アンタ、ずいぶん気前が良いんだな」
大金を前にして喜びを隠しきれていないリューナ。
エルフはカラリと笑う。
「はは、執着が無いだけだよ。
ボクにとっては研究以外は二の次だからねぇ」
そして俺に目線が向く。
「キミ、申し訳ないんだが、
彼女を調べるのを先にさせてもらってもいいかい?
もうボクは興味を抑えきれなくてね。
2,3日程時間をもらえれば助かるよ。
なに、その分魔術に関しては
ミッチリ教えてあげようじゃないか」
まぁ別に順番が前後する分には構わない。
「わかりました。
じゃあ、買い物行こうぜ」
よっこいせ、と立ち上がる。
ココで待っててもしょうがないし。
「あ、僕も行くよ」
駆け寄ってくるヨシケル。
トレシアさんとエルフを二人きりにしても
大丈夫だろうか。
俺の心配を察したのか、
リューナが口を開く。
「シスターだってヤバければ
逃げるなりなんなりするだろーよ。
そんなに気にするモンじゃねーって」
ま、それもそうか。
そもそも魔法込みで考えたら
トレシアさんの方が俺より強いんだから
心配するのも筋違いな気もする。
玄関から3人で外に出る。
家の中から楽しそうなエルフの声が聞こえた。
「じゃあ耐性の実験から始めようか!
弱化魔法を片っ端からかけていくから、
できるだけ抵抗してくれたまえ!」
「もうこの時点で嫌なんですけど……!?」
……やっぱ皆で逃げた方が良いのかもしれない。
商店街の端っこの鍛冶屋にて、
ドワーフのゴルドさんが棚を漁る。
相変わらずぶっとい腕だ。
俺の脚より太いんじゃね?
「あまり弓は作らないんじゃがの」
どれどれ……と言いながら、
一本の弓が取りだされる。
硬そうな木材で作られた短弓だ。
「ほれ、握ってみろ」
「わかった」
うん、と頷くリューナ。
ぐにぐにと弦を引っ張る。
「コレ、どーやんの?」
ゴルドさんがずっこける。
「あー……初めてか、ワシも弓は専門じゃあないが
まぁ引き方ぐらいは教えてやろう。
ついてこい」
ゴルドさんについて行って裏庭に向かう。
前にヨシケルと素振りした所だ。
さてと、端っこで眺めていようかね。
その辺の石に座り込む。
「よっこいせ」
思わずそんな声が出てしまう。
ヨシケルが笑いながら隣に座った。
「おじさん臭いよ、キアン」
「うるせー、クセなんだよ」
あはは、と笑い飛ばされる。
「そうじゃ、その指に矢を置いて
跳ね返りで飛ばす感覚を覚えておけ」
「こうかー」
シュパッと音を立てて飛ぶ矢が的に突き刺さる。
「お前さん、筋が良いな!」
ゴルドさんは楽しそうにガハハと笑う。
うーん、流石ドワーフ。
笑っていても迫力満点だ。
「リューナのヤツ、やっぱり器用だよな」
「僕らはあんまり器用な方じゃないからね……」
苦笑いするヨシケル。
そういやコイツも器用の才能値が8とかだったな。
俺(5)ほどじゃないけど十分不器用な方だろう。
「そういや、お前、剣を外さなくなったな」
ここ最近の討伐を思い返す。
最初はネズミ相手にブンブン丸だったのに。
「あ、言ってなかったっけ? ほら」
差し出された冒険者カードには、
『剣のコツ』というスキルが追記されている。
「コレ覚えてから、思った通りに
剣を振れるようになったよ」
「いつ頃覚えたの、ソレ?」
俺の問いに「んー」と考えこむヨシケル。
「確か、ココでゴルドさんに剣を教えてもらった
翌日だった気がするね」
ふむ、スキルの覚えやすさは他人の指導も
関係しているのかもしれない。
俺が魔法を覚えた時もトレシアさんに
教えてもらったもんなぁ。
まぁ新しいコトを覚えるのに教師が必要なのは
割と当たり前な気はする。
だがしかし。
「……俺、まだ棍棒スキル覚えてないんだけど」
「あはは……」
もはや笑うしかないヨシケル。
「そう考えると、索敵スキルを
独学で覚えたリューナはすげぇ器用なんだな」
俺と器用の才能値が3倍近く違うから
当然の話っちゃ当然の話だ。
索敵スキルに関しては『野生の勘』って表現が近い気はするけども。
「たしかにね……あ、真ん中だ」
ヨシケルの声で目を前にやると、
的の中心に矢がしっかり突き刺さっていた。
「弓と矢と矢筒を全部引っくるめて、
そうじゃな、8000で良いぞ」
やっす。
「良いんですか? そんな値段で」
「ワシも楽しめたからのう。
カネの心配なんかせんでいい」
バシバシと背中を叩かれる。痛い痛い。
ただのスキンシップなんだろうが、
加減を考えてくれ。
「ん」
リューナがエルフから受け取った万札を
ゴルドさんに渡す。
「ほれ、釣り銭じゃ」
リューナはぶっきらぼうに返した。
「……ありがと」
「なぁに、半分趣味じゃからな!」
ゴルドさんは髭をモシャリと触ってから、
ヨシケルの方に向き直る。
「そうじゃ、ヨシ坊。
あれから剣の調子はどうだ?」
「最高さ! 切れ味も良いし、
前のと違ってちっとも折れない!
ちゃんと手入れもしてるよ!」
「そりゃあ重畳!」
「さ、あんまり居座っても迷惑だろうし、
そろそろお暇しようぜ」
よっこいせ、と立ち上がってヨシケルの肩を叩く。
「そうかな? ゴルドさん、じゃあまた来るね!」
「じゃーなー」
「お世話になりました」
「おーう、いつでも来い!」
心底楽しそうなゴルドさん。
今度は酒でも持ってこようかね。
吐くまで呑まされそうだけど……
パン屋の軒先にて少女が元気よく挨拶してくる。
「いらっしゃいませー!
あ、リューナじゃん。
1日に2回も来るなんて珍しいね?」
「あー、ちょっとなー」
リューナが後ろ頭をポリポリ掻く。
初めて来たのはこっちに転生して2日目だったか。
このパン屋もまんぷく亭みたいなカンジで
気が付けば常連になってたなぁ。
リューナと仲間になる切っ掛けも
ココのパンだったし、何かと縁のある店だ。
売り子の少女……名前はエマちゃんだったかな。
彼女はこちらにも気付いて口を開く。
「あ、お二人もお疲れ様です!
あれ、シスターさんは?」
「彼女は犠牲になったのだ……」
コラテラルコラテラル……
「勝手に殺しちゃダメだよ、キアン。
ちょっと事情があって、今日は一緒じゃないんだ」
やれやれと苦笑いするヨシケルが
話の後を継ぐ。
「そうなんですか?
なんだか複雑なんですね……」
不思議そうな顔をするエマちゃんに
リューナが本題を持ち出す。
「エマ、パンくれ、日持ちするやつ」
「日持ち? いっつもその日の内に
食べてるんじゃないの?
それなら、固焼きのじゃないとダメね。
コレとコレがそうかな」
仲よさげに話はじめるリューナとエマちゃん。
野郎2人で一歩引いて眺める。
「リューナ、楽しそうだね。
歳が近い友達だからかな?」
ニコニコと言うヨシケルに
ニチャニチャと返す。
「いや、それだけじゃないだろ。
『ホ』の字だと見たね」
「そういう勘繰り止めた方が良いよ、キアン。
自分が縁が無いからってさぁ……」
ぐさぁ。
胸に鋭い言葉のナイフが突き刺さる。
「そ、そんなコトねぇし……
故郷ではモテモテだったし……
一度に何人かの女の子から言い寄られてたし……」
無論、ギャルゲーの話である。
「……うん、そうだね……
ごめんね、僕が悪かったよ」
何かを察したヨシケルに背中を擦られる。
止めろよ、優しくすんなよ……
俺がすごい器が小さいみたいじゃん……
「今日は随分いっぱい買っていくんだね。
リューナ、持てる?」
「あー、1人じゃムリだなー。
おーい、バカとオッサン。
パン持つの手伝え」
無事買い物が終わったらしい。
エマちゃんから大量のパンを渡された
リューナが振り向いてこっちに手を振る。
「キアン、お呼びだってさ」
「あいよ……」
ため息を隠さずにリューナのもとへ向かう。
「どうぞ、コレで全部です!」
「エマちゃん、ありがとう!」
にこやかにパンを受け取るヨシケル。
ココでの用事は済んだな。
「おーし、次に行こうぜ」
リューナがエマちゃんに手を振る。
「じゃ、エマ、またなー」
「うん、リューナ、またね!
明日はシスターさんも一緒に来てくださいねー!」
ばいばーい、と手を振った後に、
ヨシケルに耳打ちする。
「多分トレシアさん2日3日解放されなくね?」
「それ、さっき言いなよ……」
なんかピンと来なくて……