その17 マッドウィザードエルフ
トレシアさんに魔法を教えてもらい、
リューナの頭にたんこぶを作った翌日。
「魔法を教えてくれそうな人、いません?」
冒険者ギルドのカウンターで
受付嬢のセラさん相手にそう聞く。
トレシアさんには
『もう私に教えられる事は無いですね』と
免許皆伝のようなセリフでさじを投げられた。
「魔法、ですか?」
「えぇ、神官ではなく魔術師系統の方で。
冒険者の中にいらっしゃいません?
もちろん報酬は相応に出すつもりです。
出せる範囲にはなりますけど……」
大体いくら出せば良いのかも知りたい。
「ええと……一応、心当たりはあるのですが」
セラさんは困り眉で頬を掻く。
「何かワケ有りなんですか?」
「何というか少し、変わっている方で……
気に入られれば良くしてくれるとは思います」
ふむ。
「まぁ、会うだけ会ってみます。
どこに住んでる方とか、わかります?」
「そんで、ココがその家らしい」
街の外れの一軒家。
俺達、一党は4人で玄関前に立っていた。
「なんというか……」
「ボロい家だなー」
苦笑いするトレシアさんの言葉をリューナが継ぐ。
掘っ立て小屋、とまでは行かないが、
なんというかゴミ屋敷……?
ヨシケルがドアノッカーを掴んだ。
「取り敢えず声をかけてみよう。
ごめんくださーい! 誰かいるかい?」
しーん……
少し待つが返事が戻って来る気配は無い。
「留守なのかな?」
「セラさんはこの時間なら
大体居るって言ってたぜ?」
もう一度ノックしてみる。
「すみませーん!?
どなたかいらっしゃいませんかー!?」
「……返事が無いですね」
「やっぱいねーんじゃね?
それか家間違えてるとか?」
そんなコトは無い、と思うの。
番地も合ってるし……
リューナが俺の横から割入ってドアノブを引っ張る。
「お? カギ開いてんじゃーん」
ガチャリ、と音を立ててドアが開いた。
「ちょっと、リューナさん……!
いけませんよ、勝手に……」
「ヘーキヘーキ」
一体何が平気なのか。
兎にも角にも、堅く閉ざされていたハズの扉は
いともあっさりと開かれていく。
「誰もいないのかー?」
リューナは奥へと声を投げる。
やはり返事は無い。
「駄目だこりゃ」
「ん? 何だアレ?」
肩をすくめるリューナの向こう、
廊下の奥に何か白い物が転がっている。
眼鏡の度が合っていないせいで良く見えねぇ。
「ヨシケル、見える?」
「どれだい?」
指を差しながらヨシケルに覗ける場所を譲ると、
みるみる内に彼の顔が青く染まっていく。
「なんだなんだ、どしたの?」
「……僕にはアレが
人の脚にしか見えないんだけど」
「あ、ホントだ」
ヨシケルの震える声とは対照的に
気の抜けた声をあげるリューナ。
「そんな呑気な反応している
場合ではありませんよ!?
助けないと……!」
トレシアさんが俺達を押しのける勢いで
ボロ家へ上がっていく。
完全に不法侵入だが緊急事態だし、
まぁ大丈夫だろ。たぶん。
ドタドタと皆で廊下の奥へ進んでいくと、
大量の本が乱雑に積まれている
書斎のような部屋にたどり着いた。
「……エルフ?」
黒い挿し色が一筋入った薄い緑の髪に、
長い耳と華奢な身体。
物語に描かれるようなエルフの女性が
部屋の中心でうつ伏せにぶっ倒れている。
街中ではちょくちょく見かけるけどこんなに近くで
しっかり見るのは初めてかもしれない。
「あの、大丈夫ですか……!?」
トレシアさんが軽く肩を叩く。
確かこういう倒れている人って
あんま揺すっちゃいけないんだよね。
まぁトレシアさんは回復職の神官だし、
ある意味では医療従事者だ。
任せておいても心配いらないだろう。
「ん……?」
どうやらエルフは死んでいたワケではないらしい。
ピクリ、と白衣に包まれたその身体が動く。
トレシアさんは安堵からホッとため息をついた。
「……意識はあるようですね。
ご自身のお名前はわかりますか?」
そのエルフは目をつむったまま呟く。
「キミ、悪いんだがね……そんなコトより
何か、食べる物は持っていないか……?」
ぐぅううう……と腹の音が書斎に響いた。
「いやぁ、すまない!
あんまりにも研究に夢中になっていたからねぇ」
うまいうまい、とパンに齧りつきながら
エルフはヘラヘラ笑う。
どうやらただただ腹が減っていただけらしい。
「あー、オレ達の昼飯ー……」
ガックシと肩を落とすリューナを
ヨシケルが慰める。
「後でまた買えば良いじゃないか。
今度はベーコンの挟まったヤツにしようよ」
そんな2人をヨソに、
トレシアさんは心配そうにエルフへ話す。
「もう少し自分を大切にしてください……
神から頂いた大事な命なんですよ?」
「いやぁシスタークン、ありがとう!
次から気を付けるコトにするよ。
……さて、ココにいると言うコトは
このボクに何か用かな?」
俺達の昼飯を食い尽くした彼女は
こちらへ向き直った。
あぁ、いけねぇ。
今の所、俺達はタダの不法侵入者である。
俺は用件を伝えようと口を開いた。
「ギルドのセラさんから紹介されたんですが、
貴女に魔術を教えて頂きたくて……」
「このボクに、魔術を……?」
ジロリ、と視線を俺に向けるエルフ。
なんか不味いコトでも言ったか?
冷や汗をゆっくり滲ませていると、
エルフがすっくと立ち上がって
まな板のような胸を張った。
「いやぁ、キミはどうやら幸運みたいだねぇ!生物学の専門家にして、モンスターの研究家!そして魔術のスペシャリストでもあるこの、ボ、ク、から魔術を教われば、どんな凡才のバカでも1日で一端の魔術師になるコト間違いナシだよ!そもそも魔術理論っていうのは、ごくごく単純な基礎から成り立っていてね……」
エルフは目をギラギラとさせながらネジを巻ききったゼンマイ人形のように言葉を発し続ける。
あ、このヒト、とっても面倒臭そう。
もしラノベだったら遠慮なく読み飛ばすような
情報密度で長い話が続いていく。
あの、やっば止めます、と言おうとするが
口を挟む隙間が全く無い。
「つまりボクから言わせれば今の魔術学会は腐りきっていてタダのおままごとだよ!魔術ってのは実用性に溢れているから結果的に美しくなるモノだし家柄なんてモノは魔術の才能にはなんの関係もない。まず魔術の才能っていうのは想像力なんだ、妄想力と言い換えても構わないね。魔術師っていうのは常に脳内でどうでもいいコトを考えられ続けられる奇特で素晴らしい人間じゃないとつとまらないものなんだよ」
おまけにドンドン話の本筋がブレていく。
うーん、帰りたい。なんなら日本に。
セラさんの言っていた
『ちょっと変わっている』って
こういう意味だったんだなぁ。
「しかし、すごい量の本だね」
「コレとコレなんて書いてあんのー?」
「えーと、『美味しい野草、見つけ出そう』
植物学の本、みたいです……
こちらは……恐らく古代語ですね。
私もコレは読めません」
「トレシアさん! こっちはどうかな?」
「ちなみに奇跡というのは、自分の魔力を神に捧げて代わりに魔術を起こしてもらうといういわば丸投げの術であって、魔術師の頂点であるボクからすると邪道、とまではいわないけど、本人の技術ではなく信仰心というあやふやなモノで術の可否が決まってしまうというのはどうにも苦言を呈さざるを得ないんだよね。ただ、奇跡というのも面白い側面があるのは否定できなくて」
途切れる気配のないエルフの話の裏で
仲間達が和気あいあいと
本を見て盛り上がっている。
俺もそっちがいいんですけどと思っていると、
マシンガントークが急にピタッと止まった。
「ん? ……悪いね、ちょっと待ってくれ」
妖しい光を放つエルフの瞳の先には
トレシアさんが捉えられている。
「シスタークン、
キミの魔力何かおかしくないかな?
失礼、ちょっと触るよ」
「……へ?」
蚊帳の外とばかりに油断していた
トレシアさんの両手はエルフにシッカリと
捕まえられている。
「この魔力の流れ、もしかして不死者……?」
「ち、違います……! 色々事情はあるんですが、
私は不死者になったつもりはありません!」
青い顔を赤くするトレシアさんに対して
エルフは平気な顔で続ける。
「しかし、魔力的な肉体反応は完全に不死者のモノだね。
一体どうしてキミはまともな
自我を保っていられるんだ?
興味深い、面白いねぇ……!?
いいね、いいね、キミ、サイコーじゃあないか!」
口の端から少し唾液をつたわせながら、
エルフはニギニギとトレシアさんの手を揉み込む。
「ヒェ……!?」
哀れトレシアさんはまな板に乗せられた
ウサギのようにか細い悲鳴を上げた。
「おぉ、この本、面白そうじゃん。
『斥候の極意』だって」
「いーじゃん、オッサン。読んで聞かせろよ」
「『剣士の極意』は無いのかい?」
気の抜けた会話を繰り広げる俺達へ
涙目のトレシアさんが縋り付いてくる。
「あの、助けてください……!」
「あぁ、待ちたまえシスタークン!
貴重な実験材料が!」
「もう人間扱いしてないじゃないですか……!?」
ぶっちゃけこのままトレシアさんを生贄に捧げて
帰りたい所だが、そうもいかないだろう。
俺が深いため息をついていると、
エルフがこちらに首だけを向けてくる。
「あー、キミ! 魔法の指導だけども、
このシスタークンを調べさせてくれたら
いくらでも教えてあげるよ!
なんなら他に希望があれば
叶えてあげようじゃないか!」
歌うように言うエルフにリューナがケロリと返す。
「じゃ、オレ、弓矢が欲しい」
「リューナさぁん!?」
思わぬ裏切りに叫ぶトレシアさん。
「アイツ、アッサリ仲間を売ったぞ」
俺ですら躊躇してるのに。
「あはは……」
隣のヨシケルが苦笑いしながら頬を掻いた。