表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/22

その16 失敗は成功の母

ばっしゃあん。


冷たい水の感触が顔面を襲った。

轟沈していた意識がサルベージされる。


「おー、起きたかー」


桶を構えたリューナの姿が視界に飛び込んできた。

どうやら俺は頭から水を被せられたらしい。


「ほら、立てる?」


眉尻を下げるヨシケルの手を取る。


「あぁ、なんとかな……ありがとう」


徐々に記憶が戻って来た。

魔法の練習をしてた途中で気絶してしまったらしい。


「キアンさん、どうぞ……」


「あ、すみません」


トレシアさんから差し出されたタオルを受け取って

冷や水に濡れた顔を拭う。

いやぁ、死ぬかと思った。


「俺、どのぐらい気絶してました?」


「ほんの少しだけです……」


空を見上げても太陽は

昇ってきたばかりの位置にいる。


「今日も下水道の魔物退治を受けてきたけど、

いけそうかい?」


「んー、むしろ頭はスッキリしてるな。

多分行けるだろ」


めちゃくちゃ良く寝たぐらいの感覚だ。

ヨシケルに答えていると

トレシアさんが困惑気味に口を開く。


「普通魔力切れを起こしたら

半日は寝込むはずなんですが……」


そうなの?


「でも、本当に元気ですよ。

多分また魔法も使えると思います」


1回使ってみて完全に感覚を掴めた。

こう、自転車に乗れるようになった時に

感じるヤツ、アレに近いカンジだ。


また気絶したら困るからやらないけど。


「魔術の習得には早くても

大体2,3日はかかるのですけど……」


マジで?

でも実際に発動したし……

スキルを習得してるか確認してみるか。


懐から冒険者カードを取り出してみる。

そこには新たな文字が刻まれていた。


技能スキル


【初級属性魔術

ライト


初級魔力回復


忍耐

強メンタル

初級識字』


「ほ、本当に習得してますね……」


口に手を当てるトレシアさん。


「キアンさん……すごいです!

貴方は天才かもしれないですよ!」


「そ、そうですかね?」


トレシアさんがやんややんやと賞賛してくれる。


照れるからそんなに褒めないでくださいよ。

ウェヒヒ。


おー、と拍手するヨシケルの横で、

リューナがナイフを手入れしながら言った。


「でも一発で気絶するなら役に立たなくね?」


はい、その通りです。

浮かれていた気分とテンションは下げられ、

職場げすいどうへ向かうのだった。




「はいよ、日替わりまんぷく定食4人前!」


まんぷく亭にて、おかみのアリーさんが

プレートを運んできてくれた。


「きたきた! オレもうお腹ペコペコ!」


「僕もだ!」


「いただきまーす!」


がっつき始める俺達を見て、

アリーさんはガハハと笑う。


「ゆっくりしていきな!

おかわりの時は声かけとくれ!」


「はーい!」


「地母神さま、恵みに感謝します……」


トレシアさんも一拍遅れて料理を口に運んだ。


本日の日替わりは洋風な魚の煮付けだ。

素朴なコンソメ風味が非常にパンと合う。


んー、うまい。


「はぐ、むしゃ、もぐ……!」


「もう、リューナさん……

口の周りが汚れちゃってますよ」


「ん」


リューナの口周りを優しく拭くトレシアさんを

眺めながら、野菜のすまし汁を啜る。


「ズズ……あー……」


落ち着くわぁ。


「コレ、上手く食べるの難しいね?」


フィッシュナイフを握ったヨシケルは眉尻を下げて

魚の煮付けを指差した。


「フォークの裏で頭を抑えんだよ。

そんで、ナイフで背骨の辺りをスッと……

やってみ?」


ジャスチャーでやり方を示すと、ヨシケルは頷く。


「こうかい?」


「ナイフの持ち方が違ぇな。怪我すんぞ」


「あぁ、リューナさん、

手で食べてはいけませんよ……」


「うるせー、オレは食いたいように食う!」


しびれを切らして素手で行くリューナ。

ま、気持ちはわかる。


各々のやり方で食は進み、腹は満たされていく。

ふと、呟いてしまった。


「やっぱり魔法、使いてぇなぁ……」


「魔法?」


隣のヨシケルにそう聞き返される。

どうやら声に出してしまっていたらしい。


「いやさ、朝イチぶっ倒れてただろ?」


「あぁ、アレ? 魔物の前じゃなくて良かったよ」


ヨシケルはカラリと笑う。

皿に残った魚の煮汁をパンで拭いながら

俺は話を続ける。


「問題はソコなんだよな。

折角の魔法も使う度にいちいち気絶してたら

クソの役にも立たねぇ」


トレシアさんがナイフフォークの動きを止めて、

思考を巡らせるように中空を見つめた。


「んー……魔法が使えるように、ですか……

明らかにキアンさんのネックになっているのは、

他人より大幅に少ない魔力量です」


まぁ、そこまでは俺でもわかる。


「何か解決策とか、あります?」


俺の質問にトレシアさんは指を2本立てた。


「根本的な魔力量を増やすか、

魔術の出力を無理矢理絞るかの2択ですかね……」


「しぼる?」


リューナが雑巾を捻じる

ジェスチャーで聞き返した。

そういうコトじゃないと思うの。


「どうにかひねり出すってコトかい?」


ヨシケルまで続けてエア雑巾を捻じる。

いくら頑張っても無い袖は振れんぞ。


「アレだろ? 

魔術に必要な魔力を減らすってコトだろ?


要するに、デカい炎なら薪がたくさんいるけど、

ちっこい火なら木の枝一本で十分ってこった」


俺の言葉になるほどと頷く2人。


「えぇ、ただ……」


言い淀んだトレシアさんの言葉をリューナが

フォークを手でぷらぷらさせながら引き継いだ。


「そんなちっこい火で魔物に効くのかー?」


ヨシケルが頷く。


「確かに……ホンマツテントウ、だっけ?

ソレになりかねないんじゃないかな?」


「そこは頭を使うしかねぇだろうな。

この前のギガゴキだって、

一番効いたのはリューナの松明だったろ?

アレだって普通に考えたら大した手じゃない。

要は使いドコロだと思うよ、俺は」


例え使えなくても覚えてて損は無いワケだし。


「で、実際にその対処法を実践するには

どうすりゃ良いんスかね?」


俺の問いかけに、

トレシアさんは苦笑いした。


「訓練……ですかね……?」


「練習あるのみ、か……」


ま、わかってたけどさ。

初めは何でも上手く行かないモンだよな。


「ま、やるだけやってみろよ、オッサン」


「倒れた時のために見守っててあげるからさ!」


そりゃあありがたいこって。

皮肉げに笑うリューナと爽やかに微笑むヨシケル。

俺は片頬を釣り上げて、すまし汁を飲み干した。




「星屑の輝きよ、『ライト』!」


ポワ……と小さな光が灯った。

身体の中から魔力がゴッソリ持っていかれる。


その光はトレシアさんのモノと比べて、

弱々しくサイズも小さい。

具体的には百均のLEDとホタルぐらい違う。

雲泥の差ってヤツだ。


だが、俺は二本足で地面に立っていた。


「おー、ちゃんと立ってるじゃないか!

すごいよ、キアン!」


周りで見守っててくれていたヨシケルが

感心したように声をあげる。


なんか幼児になった気分。


「す、すごい……」


トレシアさんは褒めを超えてドン引きしている。


「魔力の制御は相当難しい技術のはずなのですが……」


取り敢えずコレで『ライト』は覚えたはずだ。


「トレシアさんが覚えてた魔法って

後は何がありましたっけ?

小石礫フライングストーン』はわかるんですけど」


「あとは、『アース』ですかね……?

ちょっと確認してみます……」


トレシアさんは冒険者カードを取り出した。

スキル欄にはこう書いてある。



技能スキル


【地母神の奇跡

癒快ヒール 解毒アンチドーテ

聖撃ホーリースマイト 浄化ピュリファイ

解呪ディスペル 結界プロテクション


【初級属性魔術

アース 小石礫フライングストーン

ライト


基礎魔術 医療の知識 上級識字

初級魔力増強 初級魔力操作


地母神の加護 不死王の呪怨』



ふと目が留まった箇所があった。


「基礎魔術?」


「あっ、いけない!

ソレを最初に教えるべきでした……」


慌てたように声をあげるトレシアさん。


「どんなモノなんですか?」


「基礎魔術というのは、

一番難易度が低いと言われている魔術です。

……やって見せた方が早いですね」


トレシアさんが落ちていた木の棒に手をかざす。

するとソレは動き出し、地面に丸を描いていく。


おお、すげぇ。


「コレが魔力を込めた物体を

動かす魔術、『ムーブ』です」


ヨシケルが懐かしそうに言う。


「わりと皆使えるヤツだよね?

僕の母さんもコレで服を編んでたよ」


単純動作を繰り返す魔法か。

考えれば使い道は沢山出てくるだろうけど、

取り敢えず今は置いておこう。


「もう1つがこの魔術です……」


トレシアさんの手の上に

半透明の塊が滲み出てくる。

プラスチックみたいな物体だ。


「触っても?」


「えぇ、大丈夫ですよ」


板ガムサイズの謎物体を手にとってみる。

感触もプラスチックそっくりだ。

固くもなく柔らかくもないぐらいで

曲げると結構しなる。


あ、溶けちゃった。

そんなに長持ちはしないらしい。


「『セット』、魔力を形にする魔術ですね。

ムーブ』と『セット』この2つを

まとめて基礎魔術、と呼びます……

難易度が比較的低く詠唱も必要ありません」


無詠唱ってヤツか。

見様見真似でやってみよう。


「う〜ん? ……あぁ、こうか。えいや」


身体の裏側を力ませるようなイメージ。

ポコ、と魔力の塊が手から飛び出る。

グリーンピースぐらいの大きさだ。


「こんなちょっとでも割と魔力使うんだな」


持っていかれる、という表現が適切だろうか。

血液を抜かれる感覚が一番近い。


「……本当に無詠唱ですか。

大体の初心者は魔術名の

発音ぐらいはするんですが……」


トレシアさん、それ先言ってよ。

今度は発音してみる。


「『ムーブ』」


木の枝がむくりと起き上がる。

あ、もう魔力が切れそう。


パタン、と音を立てて倒れる木の枝。

なんだかなぁ。


「この魔力量だと何しても役に立たない気がする」


「うーん……」


頭を抱えるトレシアさん。

困らしてサーセン。


魔力を回復させるため、10分程度の休憩を挟む。

総量が少ない為か、回復は早い。


「……取り敢えず、私が教えられる魔術は

全部覚えてみましょうか……

後はゆっくりと訓練という形で……」


ま、しゃーない。


「では次は『アース』です。

手順としては『セット』の後に

魔力を変換するイメージですね。

では行きます……


大地の欠片よ……『アース』……!」


一握の良質な土がトレシアさんの掌から

湧き出てくる。

特に飛んでいったりとか、

刃物の形になるとかは無い。


「これは、どんな魔法なんすか……?」


俺の問いにトレシアさんは朗らかに答える。


「ただ単に土を出すだけですね……

そもそも戦闘用の魔法じゃありませんから」


「でもこの土、すっごく良い肥料になるんだよ!

僕の村にも何人かこの魔法を使える人がいて、

毎日畑に撒いておくと麦が良く育つんだ!」


ヨシケルが農民視点のフォローを入れてくれる。

なるほど。

普通に考えて農村で攻撃魔法とか覚えてても

完全に宝の持ち腐れだろうし、

そういう魔法もそりゃああるはずだよなぁ。


案ずるより産むが易し、だ。

取り敢えずやってみよう。


「大地の欠片よ、『アース』!」


身体の外に出ていく魔力が土に変わっていく。


「少なっ」


一握っていうか、一つまみの土が出てくる。

ソレも親指と人差指でつまめるぐらいだ。


「コレじゃ目潰しにもならねぇな」


そう言いながら手を振って土を捨てる。

目潰しに使うつもりなら

ライト』の方がまだマシだろう。


トレシアさんが呆れながら、

次の魔法を唱えはじめる。


「そんな使い方しないでください……

それでは次に行きますよ?


大地の欠片よ……舞いあがれ……!

小石礫フライングストーン』……!」


3センチ大の小石が木の幹にクリーンヒットする。


下水道の中で何度も目にした魔法だ。

今の所、ウチのパーティ唯一の遠距離攻撃である。


コレを俺が覚えられればかなりデカい。


「『アース』で作り出した土塊を固めて

軌道に乗せるようなイメージです……

ちゃんとドコに当てるか考えないと

暴発しますから気をつけて」


さらりと言い放つトレシアさん。

こっわ。


「大地の欠片よ! 舞いあがれ!

小石礫フライングストーン』!」


吸い込まれていくように、魔力が掌へ集中する。


あっ、やばい。制御できない。

体内の魔力の9割を一気に持っていかれる。


このままじゃまたぶっ倒れるぞ。

まともに狙いをつける余裕もなく、

小石を人のいない方に吹っ飛ばした。


膝がガクンと落っこちる。

ガシリ、とヨシケルに肩を掴まれた。


「おっと、大丈夫かい?」


「わ、ワリぃ……それより魔術が……」


「……井戸の方に飛んでいきましたね……

この時間なら誰も使ってないハズですが……」


トレシアさんが小走りで様子を見に行く。


「ほら、座りなよ」


「あぁ、さんきゅー」


ヨシケルが芝の上へと俺を連れる。


よっこいせ、と座って

トレシアさんが向かった方を眺めた。


「誰だ! オレに石投げたヤツはー!?」


さっきから居ねぇなとは思っていたが、

どうやら井戸の前で短刀ナイフを研いでいたらしい。

頭にたんこぶを作ったリューナが

マジギレしながら出てきた。


……ゴメン。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ