その15 まるで魔法だな
今朝もこの街は相変わらず鐘の音が鳴り響く。
ゆっくりと意識が覚醒していく。
「……夢、じゃないよな」
謎空間でした女神との会話は
シッカリと記憶に残っていた。
「魔力か……」
ボソリと呟いてみる。
この世界に来て気が付けば1月程経っている。
ようやく俺も魔法が使えるようになるらしい。
「ヨシケル、起きてくれ!」
隣に寝ているヨシケルの肩を揺する。
俺達4人で馬小屋の2部屋を借りている為、
俺とヨシケル、リューナとトレシアさんの
2ペアに分かれて就寝しているのだ。
ヨシケルは寝起きの声で喋る。
「ん……? ぁあ、キアン……おはよう……
珍しいね、君が先に起きるなんて……」
うるせぇ、ロングスリーパーなんだよ。
「そんなコトより、聞いてくれよ!」
「ふぁあ……何を?」
欠伸混じりのヨシケルに朗報を伝える。
「俺、魔法が使えるようになったぞ!」
「…………もしかしてキアン、寝ぼけてる?
それか僕の夢かな……おやすみ……」
再び目蓋を閉じようとするヨシケル。
「えぇい! 寝るな!」
失礼すぎるだろ!
「ほら、起きろシスター」
「うぅ……日光がつらい……」
隣の部屋から出てくる二人。
バカ(ヨシケル)と話しててもラチが明かないと
思った俺は聡明な二人へ声をかけた。
「おーい! 二人共、聞いてくれ!」
「なんだー?」
「あらキアンさん、おはようございます……
どうされました……?」
首を傾げる二人に答える。
「俺、魔法使えるようになったわ!」
「「……」」
二人は顔を見合わせる。
そしてリューナが、
ポンと俺の腹に軽く手のひらを当てた。
身長差の関係で肩には届かなかったらしい。
「オッサン、最近働き過ぎだったのかもな……
今日は1日休んでろよ」
トレシアさんは聖母のように微笑む。
「キアンさん、昼間は安静にして
夕方に調子が良くなったら
一緒にご飯を食べにいきましょうね……
お金のコトは気にしなくても大丈夫です……
一党資金はまだまだありますし、
キアンさんの為に使うのなら
ヨシケルくんもきっと納得してくれますよ……」
「気がおかしくなったワケじゃねぇよ!?」
その生暖かい目が逆に痛い。
「ホントに魔力が1になってる……」
俺の冒険者カードを見て驚くリューナ。
「僕にも見せてくれ。どこだい?」
「ほらココ、この数字がこの前は丸だったのに
棒になってるだろー?」
字の勉強を始めだす肉体労働コンビを横目に、
トレシアさんが口を開く。
「『昼寝女神の加護』……ですか……」
「どうしたんですか、そんな難しい顔して」
トレシアさんは首を傾げながら話を続ける。
「いえ……私は神に詳しい方だと
自負しているのですが……
『昼寝女神』という神は存じ上げません……」
まぁ奴の口ぶりだと
ほぼ信者とかいない感じだったしなぁ。
「逆にこの世界、ゲフンゲフン、
この地域の神話とかあまり詳しくないんですけど
どんな神様がいるんですが?」
俺の質問にトレシアさんは答える。
「様々な神々が伝承されていますね。
有名なのは地母神アーセリアや太陽神ソル、
戦神グロウデ、
知識神エリーティオなどですかね」
ふむふむ。
「その地母神アーセリアって
いうのがトレシアさんやヨシケルが
信仰している神様なんですね?」
「その通りです。
他には変わりドコロだと、東方の八獣神や
外道の邪神と呼ばれる神々もおられます……」
「邪神?」
「えぇ……人を愛する神々が善神と呼ばれ、
その逆、人を害する神々が邪神と呼ばれます。
暴虐の邪神ウォルバクや狂神ゲラウ、
悪夢の邪神クローディアなどが有名ですね」
待て、今聞き覚えのある名前があったぞ。
聞き間違えか?
「悪夢の邪神?」
「邪神クローディアですか……?
惰眠の邪神とも呼ばれる女神ですね。
絶世の美貌を持った女狐のような神だそうです。
数多くの人々を終わらない悪夢に
引きずり込んだと伝わっています。
ただ、闘いの果てに神としての力を失い、
封印されたと伝承に残されていますね……」
どうしよう、どんどん状況証拠が揃っていく。
だが、どうにもピンと来ない。
確かにあの女神は舌を巻く別嬪だし、
神としての力を失っているとも言っていた。
しかし『女狐』と称される神が
ちゃぶ台に座ってみかんを剥いているだろうか?
人々を悪夢に引きずり込むような狡猾な邪神が
テンションに任せて人をクソザコ才能値で
異世界へ転生させるだろうか?
そんな残酷な仕打ちをできる邪神が
人にプリンをプッチンまでして渡すだろうか?
俺の答えは『否』だ。
直接会って喋った感想では、
あのポンコツ女神には人を騙すとかいう
発想がそもそもできない。
彼女がそんな出来の良い頭を持っているなら
俺がこんなに苦労してドブさらいとか
してるワケがないはずである。
だって、もっと力のありそうな転生者を選ぶとか
俺に魔力をあらかじめ与えるとかやりようは
いくらでもあるのだから。
「キアンさん?」
不思議そうなトレシアさんの声で
意識が現実に引き戻される。
いかんいかん。
「あぁ、すみません、
ちょっと考えこんじゃって……」
まぁ誤解なのかどうなのかは
また今度、彼女に呼び出された時に聞けば良い。
俺は思考を打ち切る。
「しかし+1、ですか……」
ようやくリューナから返ってきた冒険者カードを
トレシアさんが見つめる。
『才能値
生命 7
筋力 7
頑強 8
器用 5
魔力 0+1
知能 17
信仰 12
精神 19
敏捷 8
魅力 8
運 −18
技能
忍耐
強メンタル
初級識字
昼寝女神の加護』
これが俺の新しいステータスだ。
『+1』の文字だけ金色に輝いている。
加護によって才能値が追加された場合の
表記ってコトなんだろう。
「これで魔法、覚えられますかね?」
「この知能と精神なら
覚えられる、とは思いますが……」
が?
トレシアさんは言い淀みながらも言葉を紡ぐ。
「使えるかどうかまでは……」
『しかしMPが足りない!』に成りかねないと。
……まぁ、だとしても覚えておいて損は無いだろう。
また何かの拍子に魔力が上がるかもわからないし。
「それでも良いです、トレシアさん。
魔法を教えて頂けませんか?」
「星屑の輝きよ……! 『光』……!」
トレシアさんの手元がピカッと光る。
100均のLEDぐらいの明るさだ。
先程の会話から10分後、俺は馬小屋の裏で
トレシアさんから魔法の指導を受けていた。
彼女が使ったのは【初級属性魔術】の『光』だ。
魔法には魔術と奇跡の2種類があるのだが、
【地母神の奇跡】は地母神からの加護を
もらっていないと使えないらしいので
取り敢えず魔術だけを教えてもらっている。
ふよふよと浮かぶ光の玉を指差す。
「これどのくらいの間、光ってるんですか?」
「込める魔力の量で変わりますね……
コレなら四半刻ぐらいでしょうか?
後から魔力を込めて時間を延ばしたり、
逆に魔力を絶って解除するコトもできますよ」
一刻が大体1時間だから、15分程か。
ふむふむと頷く俺にトレシアさんは指導を始める。
「まずは魔力の流れを自覚する所ですね。
私の『光』と頭を
同時に触ってみましょう」
トレシアさんが俺の右手を取って、
彼女のこめかみ辺りに当てる。
触れた肌の柔らかさに先日寝ぼけて揉んでしまった
おっぱいの感触を思い出すが、
わざわざ教えて貰ってる立場でそんなコト考えてる
バヤイではないと下心を追い払った。
空いている左手を光の玉へかざす。
「わかりますか……?
魔力の波と温かさを
ゆっくりと感じ取ってください……」
俺は目をつぶって感触に集中する。
波動、というのだろうか……
低温の熱の波がトレシアさんから光の玉へ
流れていっている。
「感じました」
「は、はやいですね……えぇと、
次はキアンさんに流れる魔力を感じてみましょう。
心臓とこめかみに手を当てて見てください……」
言われた通りに手をやって、
ゆっくりと呼吸する。
トレシアさんの物とは違い、
微かで弱々しいが、確かにエネルギーの波が
全身を循環している。
全身から心臓へ、心臓から全身へ……
魔力というのは血液に乗っているのだろうか……
俺の瞑想を邪魔しないぐらいの声量で
トレシアさんが呼びかけてくる。
「ご自分の魔力がわかりますか……?」
「はい、緩やかですが感じます」
俺の答えにトレシアさんは頷いた。
「かなり筋が良いみたいです。
では実際に詠唱してみましょう……
身体の魔力を光に変換するようなイメージです。
星屑の輝きよ、光、と唱えてみましょう。
魔術というのは完全に感覚の世界です。
一回では成功しないかもしれませんが、
気にせずに繰り返すコトが大事ですからね……」
なるほど。
まぁ、習うより慣れろだ。
彼女に倣って呪文を唱えてみる。
「星屑の輝きよ、『光』!」
心臓から発射されたエネルギーの波が血中を通って
脳髄へと辿り着く。
そして、ずるりと音を立てるように身体から
形を変えて抜け出た。
おぉ、まさかの1発成功だ。
ポワリと光る3センチ程の玉が
眼前に浮かんでいる。
「やった! 光っ……たァふ、ェフ、おふゥん……」
バッタリ。
次の瞬間には地面と熱烈なディープキスを
交わしていた。
どうやら俺はぶっ倒れたらしい。
トレシアさんの悲鳴が遠く感じる。
「キアンさぁん!? 魔力切れ……!?」
もはや指一本すら動かせない。
頭がかち割れるような頭痛、
胃を直接シェイクされるような吐き気、
極彩色に染まっていく視界。
まるで白物家電のプラグを抜いたみたいに
俺の意識はプッツリと途切れた。