その13 祈りましょう
「いらっしゃいませー!」
店内から看板娘、
カノンさんの出迎えの挨拶が聞こえる。
「やぁ、リューナ達はいるかい?」
「あ、ヨシケルさん♡ こちらへどうぞ!」
ワントーン高い声で対応するカノンさん。
もはや何も言うまい。
「おーい、こっちだこっち!」
リューナが奥の方のテーブルから
ぴょこぴょこと手を振る。
「おーう、お疲れ」
よっこいせ、と空いてる席へ座る。
「おせーよ、オッサン達!
オレ、1人でコイツの面倒見てたんだぞ」
ブーたれるリューナの隣から
トレシアさんが顔を出した。
「コイツってなぁんですかぁ〜!?
私だって、私だってぇえ……!
あ、キアンさん、ヨシケルさん!
ほらほら、呑みましょ〜!」
敬虔なシスターは、ベロベロに酔っ払っていた。
「なんでこの人こんなに出来上がってんの?」
神官って酒とか呑んじゃ駄目なのでは。
「間違えて来ちゃった酒を
一気に飲んじゃったみてーでさ……」
呆れるリューナをヨソに
トレシアさんはケラケラ笑う。
「もうね、一杯呑んじゃったら
いくら呑んでも一緒ですから!
地母神さまも赦してくださいますよぉ!
アリーさぁん、もう一杯!」
厨房に向かって手を振るシスター。
完全にクズの思考回路じゃねぇか。
「あ、俺にもエールを1杯!
あとまんぷく定食!」
そして、何を隠そうこの俺も同類である。
「だからですね!
地母神さまは、別にお酒を禁止してなんか
いないんですってば!」
トレシアさんが酒を飲み下しながら熱弁する。
楽しい気分になった俺は勢いよく相槌をうつ。
「うん! それで!?」
久々にアルコールを摂取して
すっごい楽しい気分になってきた。
「教会のクソジジイどもが
勝手にお酒が悪い物だと言ってるんです!
だって私ぃ、地母神さまに聞きましたもん!」
「寝台のお告げで『たまになら良いよ』
って言ってたんでしょ!?」
トレシアさんはこちらへ指を差す。
「そう、そうなんです!」
「でもソレただの夢じゃね!?
ただの願望じゃね!?」
「違いますーぅ! 神託ですーぅ!」
ギャハハハと笑い合う。
「あの2人また同じ話してるよ……」
「も、置いて帰ろーぜ」
未成年組がやれやれと言う。
立ち上がったヨシケルが俺の肩を叩いた。
「じゃ、僕らもう帰ってるからね?
コレ以上呑まない方が良いよ」
「おーぅ、また明日〜!」
「おやすみなさぁい!」
手を振ってから正面に向き直す。
「良いですか、トレシアさん!
そもそも酒なんて紀元前から
ヒトがカビに作らせて呑んできたモノなんで
神が禁止するのもおかしな話なんですよ!
カビがボイコットするならわかりますけど!」
「地母神さまは私達を許してくださりまーす!
あはははは!」
肩を組んで酒を汲み合う。
結局、閉店まで宴は続いたのだった。
ゴーン、ゴーンと鐘の音が響く。
朝日が板の隙間から入り込んできた。
「あ、朝か……あったま痛ぇ……」
なんか身体も重いし……
完全に二日酔いだな……メガネメガネ……
むにゅり。
手が柔らかくて丸いモノにあたる。
ハンドボールくらいの大きさだ。
何だコレ?
酒が残っているせいで全く頭が回らない。
スクイーズみたいで揉み心地が良い。
謎のソレを左手で揉みこみながら、
ようやく取り出せたメガネをかける。
ソコはいつもの馬小屋だった。
「……ちゃんと帰ってきたのか」
トレシアさんと店を出たトコまでは
覚えてるんだけど……
ダメだ、その後が全く思い出せない。
俺は心を落ち着かせるために
両手でスクイーズを揉む。
しかし、コイツのさわり心地がとても良い。
肌触りはさらさらで、もちもちと柔らかく、
ちょっとだけひんやりしてるのが
二日酔いで熱を持った身体にピッタリだ。
というか、何だコレ?
先程も抱いた疑問を消化するために、
視線をそちらに向ける。
「すやぁ……」
金髪の別嬪さんが隣に寝ていた。
「…………???」
時が止まる。
いや、落ち着け、餅つけ。
俺はスクイーズをこねながら息を整える。
誰だ、この人は?
視線を走らせると彼女の首には
ペンダントがかけられている。
たしか、『聖なる証』ってやつだ。
あ、この人トレシアさんか。
シスター特有の頭巾を脱いでるから
寝ぼけた頭じゃ全然ピンと来なかった。
ふぅ……と息をつく。
「……お、おはようございます?」
気付けばトレシアさんの目蓋が開かれている。
お目覚めらしい、挨拶を返す。
「あ、おはようございます」
爽やかな朝ですね。
頭痛がものすごいけど。
トレシアさんの視線が下がる。
彼女のたわわには俺の手が
がっちりと食い込んでいた。
どうやら揉みしだいていたスクイーズは、
彼女の胸だったらしい。
二人でソレを視認した瞬間、
体感気温が5℃程下がる。
トレシアさんの顔が真っ赤に染まった。
「ほ、『聖撃』ぉお!!!」
「ぎゃあああ!!!」
俺はきらめく閃光と共に
馬小屋から叩き出されたのだった。
「アンタら、めっちゃバカだろ」
「め、面目ない……」
呆れ顔のリューナへ頭を下げる。
結局トレシアさんは浄化酔いで
そのまま馬小屋へリターンしてしまった。
「今日は討伐は無理そうだね……」
あはは、と苦笑いするヨシケル。
すまん。
「オレ、シスター起こしてくるわ。
ドブさらいでも受けといて」
「あぁ、わかった。キアン、行こうか」
「おう……あいてて……」
ズキズキと痛む腹を抑える。
ここまで強いなら、『聖撃』を
魔物に撃ってもらうのもアリかもしれない。
「あー、ひどい目にあったぜ……」
「割と自業自得じゃないか?」
「ヨシケルまでそんなコト言わないでくれぇ……」
わかっちゃいるんだよ。
完全に俺が悪いってコトは。
「でもさ、聞いてくれよ。
おっぱいだったんだぜ? おっぱいだよ?
おっぱいなんだぜ? おっぱいなんだよ?」
「僕も男だから気持ちはわかるけど、
殴られて当然でしょ」
ヨシケルはジト目で肩をすくめる。
やっぱそう思いますぅ?
そんなくだらない話をしている間に
冒険者ギルドへ到着。
扉のついていない入口から足を踏み入れる。
「掲示板見ていく?」
親指を差し向けるヨシケルに答えた。
「どうせドブさらいしか受けねぇんだ。
並んじまおうぜ」
「それもそうだね」
男二人でいつものカウンターに並ぶのであった。
「キアンさん、今回は許しますけど
これからは不埒なコトはしてはいけませんよ?
いいですか? 地母神さまはいつも私達を
見守ってくださいます……
私達はそれに恥じないように
生きねばならないのです……」
ドブさらいからの帰り道、
ようやく体調が良くなってきたトレシアさんが
少しはにかみながら俺に説教する。
「はい、すんません」
お天道様が見ているみたいな考え方だろう。
納得して素直に頭を下げた俺に
トレシアさんはニコリと微笑んで
一党の全員へと話しかける。
「分かればよろしい。
ところで、皆さんには
崇めている神はいらっしゃいますか?」
神様、ねぇ……
ヨシケルが相変わらず明るく口を開く。
「僕はやっぱり地母神さまかな。
農民は皆そうだと思うよ」
「そなの?」
なんで農民と関係があるんだろう?
俺の疑問をトレシアさんが説明してくれる。
「地母神さまは土や豊穣を司る神でもあるのです……
私の魔法にも『土』というモノが
あったでしょう……?
地母神さまに仕える神官は、
土属性の魔術を覚えやすくなります」
なるほど、『地』母神だもんね。
前の方を歩いていたリューナが前髪をいじりながら
話に入ってきた。
「オレは『ギトー神』かなー」
その発言にトレシアさんは頭痛を抑えるように
眉間に手を当てた。
「それって確か東方の泥棒の神じゃ……
まぁ、信仰に貴賎はありませんけど……」
「貧民街にいた頃はスリか万引きで
どうにか食いつないでいたからなー」
あっけらかんと言うリューナ。
そういやコイツに会ったきっかけもパンを
盗まれそうになったコトだったっけ。
トレシアさんがため息混じりに告げる。
「……そういうコトはもうしてはいけませんよ?」
「今はやらねー、カネは稼げてるし」
リューナはケラケラと笑う。
まぁ、そりゃそうだ。
生活が成り立ってるんだから
そんな危ないコトはする必要も無い。
「キアンは何か居ないのか? 好きな神様」
隣を歩くヨシケルの質問に答える。
「俺は特にはいないかな」
だが、別に神を信じていないワケじゃない。
日本にいる頃はよく神社に行っていた。
小銭一枚で神様から助けてもらえるんなら
安いモンだろうと思う。
日本人にしかわからない感覚だが、
全ての神様を薄っすら信じている……みたいな。
多分根底に『八百万の神』という
考え方があるんだろう。
トレシアさんが熱く語りだす。
「キアンさん、何か主に崇める神を
決めた方が良いと思いますよ……!
一柱、場合によっては二柱、
崇めている人もいらっしゃいます。
何より心の支えになりますし、
神に認められる生き方をしていれば
加護を賜るコトもあるんですよ……!」
加護、か。
脳裏にはヘラヘラと笑う美人が浮かぶ。
俺を異世界へと送ったポンコツ女神、
たしかクローディアとか名乗っていたはずだ。
そういや、神託や加護を寄越すとか言ってたけど
全くもって音信不通だな……
「トレシアさん、神様が力を失うって
どういうコトなんすかね?」
「え? 神が力を……?
う〜ん、信者が一人も居ないとか
そういうコトでしょうか……?
一説には沢山の人が崇める神は、
神としての位が上がるそうですよ」
例の女神クローディアは力を失っているとか
言っていたはずだ。
つまり奴は世界規模のボッチというコトか……
神様相手に使う言葉じゃあないが、
すごく哀れに感じてきたぞ……
そしてその日の夕方、
夕食も済ませた俺は寝床の馬小屋の裏で
ノコギリとトンカチを振るっていた。
「ダメだ、真っ直ぐ切れねぇ」
水浴びを済ませたのだろう、
リューナが髪を手拭いで拭きながら
こちらへ歩いてくる。
「オッサン、どうしたんだソレ?」
「あー、板の切れ端は工事現場のゴミ捨て場から
拾ってきた奴で、工具の方は馬小屋の管理室から
ちょっと借りてきたんだ」
ちなみに馬小屋の管理人さんは
気の良いおっちゃんである。
リューナはしゃがんで俺の手元を覗き込む。
「ふーん、何やってんの?」
続く質問に説明をしていく。
「いやさ、さっき神様が
どうたらって話をしただろ?
崇めている……とはちょっと違うんだけど、
気になる神様がいてな……
簡単な祠でも作ってみようかなって。
ただ、あんま上手くいかねぇんだよなぁ」
不器用なのが災いし、
板が何度切っても斜めになってしまう。
まぁそういうコトも見込んで
多めに貰ってきたんだけどさ。
「貸してみ」
手を差し出すリューナにノコギリを渡す。
「良いけど、ケガすんなよ?」
「バーカ、いつも刃物使ってるだろー?
今更ケガしねーよ」
それもそうか。
「どーやんの、コレ?」
「そっちの木を左足で押さえて……そうそう……
引いて切るんだ……上手いな」
サクサクとノコを進めていくリューナ。
「こんな感じかー?」
あっという間に真っ直ぐな板が出来上がる。
やっぱり手先が器用っていいなぁ。
「それとおんなじのをあと2枚だな」
「おっけー」
楽しくなってきたらしく、
リューナはザクザクと木材を切っていく。
そして10分後、小さくとも
綺麗な祠が完成していた。
中にはこの前ドブから拾い上げた
小さい鏡を飾ってある。
ほぼリューナが作ったようなモンだが、
まぁ気にしないでおこう。
リューナはトンカチを器用にくるくる回す。
「それで、この祠で何に祈るんだ?」
「んーと、女神クローディア、だったはず……」
俺の記憶が正しければだけど。
「ふーん、何の神様なんだよ」
そういやそんなコト一切話さなかったなぁ。
「それはわからん……」
「なぁ、祠作る意味あったのかー?」
うーむ、確かに。
「まぁ、何にしろ神に祈るの自体は
良いコトなんじゃない? たぶん……」
「ホントかよ……」
ちょっとうんざりしたカンジのリューナに
誤魔化し半分で俺は話題を変える。
「あ、お供え物なんか置いとこうぜ。
少しは祠っぽくなるだろ」
「それは良いけど、
こういうのって何が良いんだー?」
仏壇とはちょっと違うよな……
神へのお供え物……御神酒?
「日本酒……とか?」
「ニホンシュ?」
「あぁ、米で作った酒だよ」
リューナのオウム返しに答えると、
肩をすくめられた。
「酒なんて買ってこないとねーよ。
そもそもコメってなんだー?」
そこからか。
「あー、麦に似てるんだけど、
パンにしないでそのまま炊いて食べるんだ」
「へー、不思議なカンジだなー」
俺は腕を組んで話題を戻す。
「しかしどうするか……
そもそも酒なんか買ってる余裕ないしな……」
「取り敢えず今日は水と飼い葉でも置いときゃ
いーんじゃねーの?」
「まぁそれでいっか!」
何も置かないよりマシだろ!
気が付けば当たりは暗くなってきている。
俺達は水と飼い葉を祠に供え、
寝床に潜り込むのだった。