その12 剣が無くては戦はできぬ
ギガゴキブリとの激烈な死闘を制し、
討伐証明部位をどうにか剥ぎ取った俺達は
身体にこびりついた汚物を洗い流してから
ギルドへ向かった。
「はへぇ……」
到着した途端にベンチに崩れ落ちるトレシアさん。
「あーあ……なぁオッサン。
シスターとここで待ってるから
バカと一緒にカネもらってきて」
リューナがヒラヒラと手を振る。
「はいよ、行こうぜヨシケル」
「ねぇリューナ? お願いなんだけど
僕をバカって呼ぶの止めてくれないかな……」
しょうがないだろ実際バカなんだから。
不満気なヨシケルを引っ張って
受付カウンターへ並ぶ。
「お疲れ様です。依頼を完了したので、
ご確認と報酬の方をお願い致します」
「セラさん、よろしくね!」
いつも受付嬢、セラさんは
ヨシケルから朗らかにズタ袋を受け取った。
「はい、お疲れ様です♪
討伐証明部位を確認させて頂きますね……」
手袋をつけて袋から
ネズミの耳やゴキの頭を取り出すセラさん。
1個だけサイズの違うゴキの討伐証明部位を見て、
目を見開いた。
「もしかして、巨大蜚蠊に遭遇されたのですか?」
そういやそんな名前だったね。
ヨシケルが興奮しながら喋る。
「そうだよ! セラさん聞いてよ!
僕の剣が折れちゃって、
トレシアさんの魔法も効かなくて
もう絶対勝てないと思った時にキアンがさ!
奴を蹴り転がせって言って!
そのまま下水に落としたんだよ!」
なんか俺だけが頑張ったみたいな言い方はやめろ。
一番仕事をしてない身としては罪悪感がすごい。
ギガゴキを蹴り落としたのはほぼお前の力だし
決め手はトレシアさんの『結界』だ。
「それは凄いですね!
巨大蜚蠊については
発見報告は出ていなかったんですが……
何にせよ皆さんがご無事で何よりです!
キアンさん、大活躍でしたね!」
「いやぁ……ハハハ……」
俺は愛想笑いでどうにか誤魔化す。
あんまり褒められ慣れてないんだってば。
第一、完全にまぐれだし……
セラさんはニコリと微笑む。
「はい、依頼の完了を確認致しました。
報酬は全額手渡しで構いませんか?」
「それでお願いします」
トレーに置かれた札を手に取る。
ひぃ、ふぅ、みぃ……
「あれ、7000ソル?」
報酬は5000ソルじゃなかったっけ?
不思議に思っているとセラさんが説明してくれた。
「巨大蜚蠊を倒された分の追加報酬です。
発見報告があると3000ソルの
懸賞金が出されるので……」
5匹につき5000ソルだから魔物1匹につき1000ソル。
通常サイズの魔物を4匹倒して4000ソル、
ギガゴキが1匹で3000ソル。
4000+3000=7000ってワケか。
まぁギガゴキが通常の魔物と報酬同じだったら
誰もわざわざ倒さないもんなぁ。
当然の話ではあるのか。
ありがたく頂戴しておこう。
「ありがとうございましたー」
「セラさん、また明日!」
「はい、また明日です♪」
お礼を言って受付を後にする。
ベンチに戻ると引き続き
アンデッドシスターが項垂れていた。
ただ先程より顔色は幾分かマシになっている。
「大丈夫かい?」
「はい……」
ヨシケルの心配に力なく返すトレシアさん。
気になっていたコトを聞いてみる。
「昨日の『癒快』使った時より明らかに具合が悪いのはどうしてなんですかね?」
「『結界』は、ずっと術をかけ続けなくてはいけませんから……」
ふむ、展開している間は定数ダメージを
くらい続けるみたいなコトだろうか。
MP……この世界だと魔力か。
それについてもプロテクションを展開してる
時間分の消費なのかね。
まぁあんまり質問攻めにするのも悪いし、
もうちょっと落ち着いてからにしよう。
ぐぅ〜〜〜と誰かの腹の虫が鳴く。
リューナがあっけらかんと口を開いた。
「オレ腹減った、まんぷく亭行ってメシくおーぜ」
「そうしたいのは山々なんだが、ヨシケルの剣を
鍛冶屋のゴルドさんに見てもらわないとダメだ。
なぁヨシケル、俺達だけで行って
先に2人はメシ食っててもらっていいよな?」
「僕は構わないよ。
キアンさえ居ればお金については
心配いらないんだろう?」
あぁそうだ、カネ。
今日の報酬から2人の取り分を抜いて
トレシアさんに渡す。
「リューナが無駄遣いしないように
見張っててくださいね」
「オッサンはオレのなんなんだよ」
スネに蹴りが入る。
リューナさん、いてぇっス。
トレシアは笑いながら立ち上がる。
「うふふ……わかりました。
さぁ、リューナさん行きましょうか」
その背中を見送り俺達2人も
冒険者ギルドを後にするのだった。
「こりゃあ新しく買った方が安くつくな」
商店街の端っこの鍛冶屋にて、
ドワーフのゴルドさんはふさふさの顎髭を撫でる。
ぶっとい腕に握られていた片手剣は
真ん中からポッキリとキレイに折れていた。
「そうか……」
肩を落とすヨシケル。
「なんとかなりませんか?」
俺がそう言うと、
ゴルドさんは剣をカウンターに置いて腕を組む。
「ならんコトもないがの……
金についてはほぼワシの手間賃だから
負けちゃるっていうのもできなくはない。
じゃが一番の問題はソコじゃなくてな、
一度折れた剣ってのは脆いモンよ。
いくら直そうが文字通り付け焼き刃じゃ。
ワシは鍛冶屋として客にそんなモノを
渡すワケにはいかん」
なるほど。
ごくごく筋の通った話だ。
俺は慰めるようにヨシケルの肩をポンと叩く。
「ヨシケル、諦めて新しいのを買わせてもらおう」
「わかった……」
彼はゆっくりと頷いた。
「そしたらいくつか見繕ってやろう。
予算はいくらなんじゃ?」
「3000ソルという所でしょうか」
立ち上がったゴルドさんへ返す。
「よし、ちと待っとれ」
鍛冶場へ消えていくゴルドさん。
5分程で戻って来た。
「ヨシ坊、裏の庭で素振りしてみろ」
ゴルドさんの手に抱えられた数振りの剣を見て、
ヨシケルは目を輝かせる。
「わかった!」
男の子だねぇ。
2人の後ろをのんびりとついていく。
たどり着いた庭は割と広い。
剣や弓の訓練用だろう、カカシと的が立ててある。
「取り敢えずコイツを何回か振ってみろ」
「ありがとう!」
ゴルドさんから剣を受け取ったヨシケルは、
体勢を整えて剣を振る。
「振り方がなっちゃいねぇな……」
うーむ、と唸るゴルドさん。
俺から見てもガムシャラに
振り回してるだけに見える。
まぁアレでも俺よりは強いんだけどね。
「んーと、あー……キアン、棍棒は慣れたか?」
その謎の間、さては俺の名前忘れてましたね?
ま、別に良いけど。質問には素直に答えておく。
「かなり好調ですね。
ヨシケルの剣が折れてるのに、
コイツは折れないんだから大したモンですよ」
腰に差された相『棒』を撫でる。
「そいつの良い所は素人でも扱えるところだな。
ヨシ坊みてぇに振り回してれば鋼が疲れっちまう、
それでも無理に扱い続ければ折れるワケじゃ。
剣には当たりどころっちゅうモンがあるが、
棍棒にはそんなモンありゃあせんからな」
なるほど。
「だが、一番『効く』振り方ってのはある。
教えてやるから、お前も眺めてないで振ってみろ」
はぁい……
「今日はこんなモンじゃろう」
ゴルドさんの言葉に、素振りのしすぎで
体力の限界を迎えていた俺は棍棒を手放す。
もはや声も出ない俺の隣で
ヨシケルが朗らかに笑った。
「ゴルドさん、ありがとう!
コレでどんな魔物にも負け無しさ!」
「おうよ、気張ってこい」
意気込むヨシケルにガハハと返すゴルドさん。
あんたら、元気だね……
「あ、剣の代金」
カネ払ってねぇじゃん。
「おお、そうじゃったな。
どうだ、ヨシ坊? どいつが気に入った?」
ようやく本題を思い出したゴルドさんの問に、
ヨシケルは握っていた剣を掲げる。
「この剣かな!」
「ふむ、体格と筋力から考えても妥当な所じゃろ」
その片手剣はヨシケルが元々持っていた物より数段モノが良さそうだ。
俺はちょっとビビりながら聞く。
「それで、お値段の方は……?」
「うーむ、普段なら4000と言う所じゃが
予算が3000だったか……
よぉし、負けちゃる! 3000ソルで持ってけ!」
マジすか。
ヨシケルが無邪気に言う。
「ありがとう、ゴルドさん!」
「良いってことよ、ワシも久々に
冒険者の頃を思い出せたわい。
またいつでも店に来とくれ」
そう言ってゴルドさんはニカッと笑った。