その11 リベンジ・イン・ザ・下水道
ぴちょーん……と水滴が落ちる音がする。
怪物が潜む下水道の中は
相変わらず暗い。
松明で辺りを照らしながら進んでいく。
トレシアさんの魔法に『光』と
いうモノもあったけど、魔力を節約できるに
越したコトはないだろう。
基本的には松明を使おうと皆で決めた。
5分程経っただろうか、リューナが脚を止める。
「……角の向こう、いるな……
またネズミが3匹だと思う……」
「よし、手筈通りに行こう!
皆、準備はいいかい?」
片手剣と小盾を構えながら
振り返ったヨシケルに答える。
「大丈夫だ」
「オレもー」
「……はい、問題ありません……!」
松明をトレシアさんに渡して、棍棒を握る。
「行くぞ……!」
にじむ手汗が棍棒の持ち手に染み込んでいく。
警戒しながら角を曲がると
50cmくらいの体高のデカいネズミが3匹、
何かの死体を貪っていた。
後ろからトレシアさんの詠唱が響く。
「大地の欠片よ、舞いあがれ……!
『小石礫』……!」
魔法に合わせて俺達は走り出した。
「チュギ!?」
「ヂュ!」
不意討ちに、慌てて戦闘体勢を整えるネズミ達。
こちらに近い一匹の目に『小石礫』が直撃する。
「ヂヂュウ!?」
足を止めて苦しむネズミ。
俺は落ち着いてその鼻面に棍棒を叩き込む。
グシャァ!
かなり嫌な感触が手に伝わる。
まだ慣れそうにない。
「かかってこい!」
挑発するヨシケルに飛びかかってくるネズミ。
「それ! えぃやあ!」
ヨシケルは1匹を躱してもう1匹を盾でぶん殴る。
転がったネズミに再び棍棒を叩き込んだ。
が、駄目。
「クソっ!」
胴体に当たった棍棒はゴワゴワの毛皮に阻まれて
大したダメージになっていない。
だが、奴さんの動きは止まった。
そして俺は1人じゃあない。
「とどめだ!」
ヨシケルが振るった剣が
ネズミの首筋に突き刺さる。
苦しみながら絶命するデカネズミ。
「もう一匹は!?」
ヨシケルが躱した方のネズミは
仲間の死に戸惑ったのか、
俺達から逃げるように走り出す。
その視線の先には、リューナとトレシアさん。
俺は腹から声を出す。
「リューナぁ! そっち抜けたぞ!」
「わかってる!」
リューナは怒鳴りながら
ネズミのジャンプ体当たりを躱す。
「大地の欠片よ、舞いあがれ……!
『小石礫』……!」
先ほどのように目を狙ったのだろう。
だが、ネズミだって死にたくない。
咄嗟に目をかばうような動きを見せる。
硬い頭蓋骨に小石は阻まれて
こつん、と音がするだけにとどまった。
トレシアさんは歯噛みする。
「くっ……!」
リューナが射線に被っているから、
2発目には期待できないだろう。
「ふっ」
リューナは構わず突撃してくるネズミの噛みつきを
鋭く息を吐いて闘牛士のようにヒラリと躱す。
「そのまま抑えててくれ!」
走り出すヨシケル。
3人がかりならもう心配は無さそうだ。
短刀の斬りつけに怯んだネズミの首を
片手剣が叩っ斬る。
ソレを横目にしながら、まだ息のあるネズミを
ピクリとも動かなくなるまで棍棒で殴るのだった。
剣と違って確殺が大変なのがいかんね、棍棒だと。
「やったぞ! 僕らの勝ちだ!」
ヨシケルが討伐証明部位の
ネズミの右耳を切り取りながら歓喜する。
討伐依頼の場合はドブさらいと違って、
ちゃんと仕事をこなした証拠が必要になる。
ネズミの場合は右耳、ゴキブリは触角の根本が
討伐証明部位とされているらしい。
コレを合計で5個、ギルド受付へ持っていくと
依頼の達成が認められて報酬を受け取れる。
「皆さん、怪我は無いですか……?」
松明を受け取りながら、トレシアさんに返す。
「大丈夫です、前回と違って……」
刃物を持ってる2人は
討伐証明部位の剥ぎ取りに夢中だ。
俺とトレシアさんは周囲の警戒と待機である。
ちょっと大きめに声をかける。
「おーい、お前ら! 怪我は無いか!?」
「大丈夫さ!」
「ねーよ」
2人は振り向かずに答えた。
まぁ気持ちは分かる。
その薄汚い耳が1000ソル札に化けるんだ。
俺達が1日ドブさらいをして得られる金額が
この一瞬で手に入った。
喜びはひとしおだろう。
命を賭けていると考えれば
途端に安金に変わるワケだが。
「リューナ、剥ぎ取り代わるか?」
「いーってば」
リューナは素っ気なく言う。
索敵スキルを使えるコイツには
手すきでいて欲しいんだが、
お気に入りの短刀を誰にも渡したくないらしい。
まだまだ子供よのう。
俺は諦めて、ネズミの死体に冥福を祈っている
シスターへ話しかけた。
「体調と魔力はどうです?」
「陽に当たらない分、むしろ体調は良いですね……
魔力に関しては心配は要りません。
まだまだ魔法は使えますよ……!」
上等だ。
誰も怪我をせず、魔法の弾切れは遠い。
最高の結果と言っても良いだろう。
ズタ袋を背負ったヨシケルが
ニコニコしながら言った。
「二人共、終わったよ!」
ナイフの血糊を拭うリューナを眺めながら
それに答える。
「よぉし、皆行けるな? 次を探すぞ。
あ、その前に……」
ネズミの死体を下水へ蹴り転がす。
このまま置いとくと餌になるだけだし。
トレシアさんがボソリと声をあげる。
「あぁ……火葬してあげた方が良かったのでは……」
んなコトしたら酸欠になるぞ。
5分後、再び俺達は交戦していた。
「ふんっぬ!」
グシャリ。
棍棒の一撃に胴体がひしゃげたデカいゴキブリは
体液を撒き散らしながら絶命した。
ヨシケルが構えた盾を下ろす。
「よし!」
俺は額の汗を拭った。
「1匹だけだと相当楽だな」
このぐらいなら前衛の2人だけで対応できる。
ヨシケルがゴキブリの首を斬り落としながら笑う。
「僕ら4人ならどんな魔物だって敵じゃないさ!」
「あっオイ、フラグ建てんじゃねぇよ」
そんな馬鹿話をしていると、
リューナとトレシアさんが
こちらに走り寄ってくる。
なんか嫌な予感がビンビンするんだけど。
「あっちからデカい魔物の気配が近づいてきてる!」
リューナが指差した先に目を凝らす。
なんか遠近法バグってない?
こっちに走ってきてるあのゴキブリ、
さっきの5倍くらいのサイズに見えるんですけど……
「巨大蜚蠊……!」
トレシアさんが青い顔から更に血の気を無くした。
そのギガントなんとかは良く知らんが、
勝てなそうなコトだけは良くわかる。
「に、逃げるぞ!」
俺の叫びにリューナが短刀を抜いて答える。
「駄目だ! アイツ、オレ達より速い!
逃げてもすぐに追いつかれる!」
「戦うしかないって事だね!」
ヨシケルがズタ袋を放り捨てて剣と盾を構えた。
オイオイオイ、マジで言ってんの?
ぶっちゃけ泣き叫びながら逃げ出したい所だけど、
そんなコトも言ってられない。
俺は慌てて棍棒を構え直す。
「ギシャアアアァ!」
こちらがワタワタしている間に
距離を詰めてきたらしい。
軽自動車くらいの体躯のゴキブリが吠える。
デカすぎませんか。
生き物として成立しているのか、
あのサイズの昆虫は。
「せいやぁあ!」
一瞬考え込んだ俺を置き去りにして、
ヨシケルが巨大蜚蠊……ギガゴキの横っ面を片手剣で斬りつける。
ガキィィン!
「うわぁっ!」
鈍った金属音と共に途中から刃が折れる。
ウッソだろ、何で出来てるんだあの外骨格。
あの片手剣は安物だけど、
ヨシケルは毎日真面目に手入れしていたはずだぞ。
「ギィイイッ!」
ギガゴキは仕返しだと言わんばかりに
粘ついた顎でヨシケルに噛みつく。
「ぐぅッ!」
何とか小盾が間に合ったらしい。
ヨシケルと鍔迫り合い、いや牙迫り合いをして
ようやく足を止めたギガゴキへ、
トレシアさんの魔法が飛んでいく。
「大地の欠片よ、舞いあがれ……!
『小石礫』!」
尖った小石が一直線にギガゴキへ命中する。
キィン!
だが、硬い殻に弾かれて小石は刺さらず、
大したダメージが入った様子もない。
だからどんだけ硬いんだってばよ。
しかし、ヨシケル1人で攻撃は防げている。
ほぼ伸し掛かられているような状態なのに、だ。
もしかして、見た目の割に体重は軽い?
基本的にデカい動物ほど動きは鈍重だ。
つまりコイツの素早さはこの体躯には似合わない。
ならば身体が軽いのは当然の話だろう。
物事には必ず何か、理由がある。
異世界の場合は魔法なんかがあるから
当てにはならないかもだけど、
ヤツに魔法を使える程の
頭があるようには見えない。
仮説に間違いは無さそうだ。
俺は考えを止めて後ろへ怒鳴る。
「おい、リューナ!
トレシアさんから松明をもらえ!」
慌ててトレシアさんがリューナに松明を渡す。
「それでどーすんだ!?」
「アイツの頭、触角の根本を焼け! 早く!」
どんなにデカくても所詮はゴキブリだ。
生態は変わらないはず……!
俺の言葉を聞きいれたリューナは
弾丸のように走り出した。
「うわぁっ!」
体勢を崩して倒れ込んだヨシケルへ
ギガゴキは容赦なく攻撃体制へ入る。
まずい!
「させるかぁ!」
カキィン!
開かれたその汚らしい顎を棍棒でカチ上げる。
「リューナ、やれぇ!」
「えいやーっ!」
ギガゴキの浮き上がった頭へ
ビッグ根性焼きがキマる。
ゴキブリの触覚は
奴らの鼻であり、耳であり、舌である。
そしてどれだけ甲殻が硬かろうが、
熱での攻撃なら何の関係もない。
じゅわぁぁあ!
一拍遅れて肉が焼ける音が鼓膜へ届く。
うわぁ、痛そう。
「ギシャァアアア!!!」
痛いらしい。
ギガゴキはその場で激しくのたうち回る。
精神が弱い人には目を塞いでいて欲しい絵面だ。
だが、まだ動きを止めただけ。
「おいヨシケル、起きろ! そして手伝え!」
俺は叫びながらギガゴキの側面へと回る。
「オッサン、何するんだ!?」
戸惑うリューナに怒鳴り返す。
「こうすんだよ!」
ギガゴキの横っ腹を前蹴りで蹴っ飛ばす。
思った通り、俺ごときの蹴りでも余裕で
動くほどコイツの体重は軽い。
「はぁ? なんでそんなコ「いいから手伝いやがれぇええ゛え゛!!!」
困惑した様子で動きを止めたリューナは
食い気味で絶叫した俺の剣幕に背筋を伸ばす。
「わ、わかった!」
「僕も手伝うよ!」
復帰したヨシケルが同じ位置につく。
リューナの掛け声が下水道に響いた。
「せーの!」
「そぉ、れぇえええ!!!」
腹の底から出てくる相槌と共に
全力で右足を蹴り抜く。
ごろり、とギガゴキの身体が転がった。
じゃっ、ぽーーーん。
そしてその先には流れる下水。
ギガゴキはデカい水柱を立てながらダイブイン。
ゲンゴロウやタガメなどの水棲の種類を除き、
昆虫は泳げない。
もちろんゴキブリもだ。
だが、キングサイズのゴキブリは
溺れながらも陸に戻ろうと必死に藻掻く。
「こなくそ!」
ガァン! ゴィン!
だが、復帰を許すつもりはない。
鈍い音を出しながら、餅つきの要領で
何度も棍棒を叩きつけ続ける。
急展開に呆けているトレシアさんへ叫んだ。
「トレシアさん! 魔法お願いします!
石じゃなくて、『結界』を!
蓋するカンジで!」
俺の声にトレシアさんはハッと意識を取り戻す。
「は、はい!
大地の母よ、聖なる母よ……!
我らを悪しき者から守り給え!
『結界!』」
光り輝く板が水面にかぶさって展開される。
大体四畳半くらいの大きさだ。
浮かび上がりかけていたギガゴキは
いきなり被せられた蓋に激突し、
もう一度沈んだ。
ガリ……ゴリ……ギ……
プロテクションを引っ掻く音が下水道に響く。
どうにか水面上に戻ろうとしているらしい、
流石の生命力だ。
だが、高位神官の魔法は
ゴキブリ如きには破られない。
「……うぐぅ……!」
トレシアさんは額に冷や汗を浮かべながらも
結界を維持し続ける。
ガリゴリと絶え間ない音が
段々と途切れ途切れになり、やがて静まった。
体感だと長く感じるが、
実際は3分も経っていないだろう。
「死んだみてーだな……」
下水を覗き込みながら言ったリューナの言葉に、
プロテクションが砕け散る。
「……ぁ」
恐らく『地母神の奇跡』の浄化作用に
当てられたのだろう、フラリと倒れ込みかけた
トレシアさんを慌てて受け止めた。
「だ、大丈夫ですか!?
ヨシケル! 手ぇ貸せ!」
「あぁ!」
トレシアさんを両側から支える。
明らかに身体に力が入ってない。
「……ぅぷ、ぎぼぢわ゛る゛い゛……」
「ちょ、せめて下水に!」
今にも吐きそうな青い顔を流れる汚水へ向ける。
「お゛ろろろろ……」
マーライオンのようにキラキラが放出された。
「ほら、うがいしろよ……」
「あ、ありがとうございます……」
リューナが革の水筒をトレシアさんに渡す。
「『結界』がこんなに辛いとは……戻したら多少良くなりました……」
そんな報告しないでくれ、生々しい。
「皆、怪我は?」
俺の声にリューナは
トレシアさんの背中を擦りながら答える。
「オレは無傷だ」
「僕は多少擦り剥いたくらいだよ……」
ほぼ怪我が無いにしては暗いヨシケル。
どったの?
「剣が折れちゃったよ……
大事にしてたんだけどなぁ……」
彼の相棒の片手剣は
半ばからボッキリ折れている。
松明を拾い上げてから返事をした。
「折れた剣先を探そう。直せるかもしれない。
ソレだけ見つけたら今日は引き上げようぜ。
俺も怪我は無いけど、もう戦いたくねぇ。
トレシアさんもあの調子だし」
むせるアンデッドシスターを後ろ手で指差す。
「……げほっ、ごほげほ、ぅおえ……」
「あーあー大丈夫かよー」
甲斐甲斐しく世話をしてやっているリューナ。
アイツ意外と面倒見がいいな。
「あ、アレの討伐証明部位も
持ち帰らないといけないのか……」
ぷかりと浮かぶギガゴキに目を向ける。
ギリギリの勝ちだったと思う。
リューナが索敵スキルを覚えてなかったら、
ヨシケルが盾を買ってなかったら、
トレシアさんが結界を使えなかったら、
どれか1つでも欠けていたら負けていただろう。
ほう、と安堵のため息をつく俺に、
ヨシケルが感心したように言った。
「よくあんな倒し方思いついたね」
「いんや、俺が考えたワケじゃあないさ」
某ゴブリン駆除アニメの知識である。
人生、つくづく何が役に立つかわからんモンだ。
いまだに握っていた棍棒を腰に差す。
「さ、やる事やってさっさと帰ろうぜ。
ゴルドさんの所で片手剣、
見てもらわないとだろ?」
にやりと笑った俺にヨシケルが笑い返す。
「あぁ! そうだね!」
そして、ヨシケルは何かを思い返したのか
ギガゴキブリの死体を指差した。
「そういえば、どうやって
引き上げるつもりなんだい?」
「あーー……」
……そこまでは考えとらんかった。