その1 今更転生
仏壇に向かって手を合わせる。
棺桶の中の母さんはまるで昼寝してるみたいに
穏やかな顔をしていた。
まだ20歳なのに気付けば天涯孤独。
思えば壮絶な人生だった。
働かずに酒に狂い、
俺や母に手をあげるクソ親父から
どうにかこうにか逃げ出し。
ノイローゼで寝込んでしまった母さんを
養う為に高卒で就職して。
「俺の人生、何なんだろうな」
思わず呟く。
やっと、二人で幸せになれると思ったのに。
病院嫌いの母さんが珍しく身体が痛いから
病院に行くと言い出して、
心配してついて行ったら末期癌。
余命1ヶ月と言われたから、俺は仕事を休職して
母さんの死ぬまでにやりたかった事を全て叶えた。
「ふぅ」
そして、母さんは死ぬ間際、
目の端から涙を流しながら俺に微笑んだ。
『キアン、ありがとう』
それだけで、良かったのかもしれない。
俺が頑張ったかいは有っただろう。
彼女の人生は間違いなく幸せなモノだった。
少なくとも俺は、俺だけはそう信じている。
「これから、どーすっかなぁ」
両親の離婚騒動の時に親父から
毟り取ったカネがあるから、生活には困らない。
ある意味、やりたい事を好きにやれる。
目下の目標は童貞を捨てる事か。
「ま、いっか」
母さんの葬式関係が全て終わった今日くらいは
何もしなくても、バチは当たらないだろう。
仕事の長期休暇はまだまだ残っているから、
明日の心配はしなくても構わない。
俺はお気に入りの酒を軽量カップに注いだ。
キアン……キアン……目醒めなさい。
微睡みに意識を揺蕩わせる俺に、
誰かが語りかけてくる。
若い女性の、綺麗な声だ。
俺は二日酔いに抗いながら、目蓋をこじ開ける。
「どうも、タナカキアンさん」
そこには、美しい女性がいた。
「ど、どうも……?」
アルコールが抜けきっていない頭では状況が
よくわからない。
星空の中にいるような不思議な空間で、
俺とその美女は椅子に腰掛けていた。
彼女は艷やかな唇を開く。
「突然ですが、
貴方には異世界に行ってもらいます」
「は?」
何言ってんだコイツ。
「えぇ、急に言われても
飲み込めないでしょうから
ゆっくりと説明させて頂きますね。
まず、私は女神クローディアと申します」
「あっ、どうもご丁寧に。田中輝杏です」
正直こんな横文字ネームは
名前負けもいいトコだが、
母さんに貰った大事な名前なのだから仕方ない。
社会人として染み付いた挨拶を返す。
「えぇ、存じ上げております。
誠に勝手ながら、
私が貴方をここに呼び出したのです」
「は、はぁ……しかし、何の為に」
まさか、異世界転生ってやつ?
いやでも、それももう大分前の流行りだ。
小説サイトでの今の流行りは悪役令嬢モノらしい。
しかし、女神は気不味そうに苦笑した。
「……そのまさかです」
「えぇ……」
今更すぎる。
憧れが無いとは言わないけども。
現にそういう小説書いてるし。
「はぁ、それで異世界に転生してどうしろと」
「魔王を、倒してください」
女神は微笑みながら無茶を言う。
「いやいやいや、無理ですムリムリ。
自分にはできませんよ。
戦闘とか性に合わないんですから」
俺は家で酒かっくらって寝るか、
小説書くか絵を描くのが趣味な小市民だ。
そんなバイオレンスなコトごめんである。
「貴方ならできます。
というか、貴方しか居ないのです」
「いるよ? 探した?」
俺はズレてしまったメガネを直しながら毒づく、
地球に何人住んでると思ってんだこの女神は。
「本当に居ないのです。
まず、第一の条件が日本人である事です。
宗教観が理由ですね。
たくさんの神が混在する異世界なので」
1億2千万人いるな。
「そして第二の条件が、
異世界でも馴染める名前なのかと言う事。
諸事情で私の干渉を察されると困るのです」
ちょっと絞れちゃったかもしれない。
でもまぁ、日本人名丸出しじゃ
転生バレバレだもんなぁ。
あまり聞かない設定だけどまぁ分からんでもない。
だがキラキラネームなんて今時
珍しいモンじゃないと思うけど。
「第三の条件が天涯孤独です」
当て嵌ってるな。
唯一の家族を丁度亡くした所だ。
親父が生きてるかどうかは知らんが、
俺にとってアレは家族では無いので関係無い。
「そして第四の条件が、
ライトノベルに理解があるかどうか。
ある程度の執筆経験が必要です」
俺は耐えきれずに口を挟んだ。
「待ってください。
何個あるんですか、条件」
女神は目を泳がせる。
「……この調子で50個ほどです」
多すぎだろ。
アキネイターじゃねぇんだぞ。
「それで、
その条件全部に当て嵌まってるのが自分だと」
「そういうコトです。
特にこの32番目の『男性の場合は身長が175センチを超えている』でかなり弾かれてしまって……」
「婚活でもしてんの?」
その条件、いる?
「い、いえ頭じゃわかっているんですけど……
ただ、やっぱり世界を救う勇者には
スラッとした後ろ姿を見せて欲しいというか……」
アンタの趣味かい、随分と俗物的な神だなオイ。
もはや完全に願望じゃねぇか。
「……まぁ、事情は分かりました」
俺の言葉に女神がパァ……!と顔を明るくさせる。
だが、それを黙殺して続けた。
「ですが、こういう時の定番のチートは何が
貰えるんでしょうか?」
流石にスッポロで魔王倒せとかはムリよ。
そこが一番大事なトコだろう。
「えっと、あの……その」
女神は言い辛そうに、指先をよじよじさせている。
「実は、チートは品切れ、でして……」
「えぇ……」
何してくれてんのこの人。
「というか今の私の力では誰か1人送るので
限界と言いますか……
ぶっちゃけ言語を刷り込むので精一杯です……」
それデフォルトやんけ。
「……今からでも日本に送り返す事は」
女神は蚊の鳴くような声で答えた。
「……できません」
それは、もはや誘拐からの強制労働では。
俺は腕を組んで、ため息をついた。
「はぁ……ま、やるだけやってみますか」
ぶっちゃけ天涯孤独だし、彼女も居ないし、
この世への未練など皆無である。
正直言って転生自体は
そこまで忌避するようなコトじゃない。
むしろ望む所まである。
「で、では……!」
瞳を輝かせる女神に忠告する。
「ただし、絶対に魔王を倒せるなんて
思わないでください。
もちろん最終目標としての努力はしますが、
それだけです」
「えぇ、えぇ! 構いませんよ!
良かったぁ、丸く収まりそう!
本当にありがとうございます!」
女神はフンス!といった感じで
俺の両手を掴んでブンブン振る。
「貴方が眠ってる間に夢枕に立ちますから、
その際に神託や加護を差し上げます。
貴方が活躍すれば、
ドンドン強い加護を授けちゃいます!
異世界と私の未来は貴方にかかっているのです!」
アンタの未来もなのかよ。
大丈夫なのか、この女神は本当に。
俺達初対面だぞ。
「それでは、転生のお時間です!
じっとしててくださいね」
女神が手をふりかざすと、
足元が不思議か光を発する。
「あっ、忘れてました。これどうぞ」
紙幣を一枚手渡される。
「……なんすか、コレ」
「冒険者ギルドの登録料です。
これが無いとまともな仕事に就けないんです」
「そんな大事なモン忘れないでくれ」
てへへ♡と舌を出す女神。
美女がやると絵にはなるが、
俺としては他にも何か
忘れられていないか気が気じゃない。
足元の魔法陣が更に輝く。
女神は能天気な感じに笑う。
「魔王を倒せば、大抵の願いは叶いますから、
今から何をしたいか考えておいてくださいね!
それでは、いってらっしゃーい!」
「なぁんで倒せるコト前提なの?」
光が俺の視界を塗りつぶしていく。
そうして、俺は異世界へと転生した。
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