02.最期の日のこと(1)
「よっ、アキト!玉砕帰りか?」
「というか体育館裏から出てきた秋斗が玉砕してなかったことないよね」
恋心とついでに鼻っ柱をへし折られ、半ベソをかきながら体育館裏をあとにした俺を目ざとく見つけた男が二人、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらこちらへやって来た。
まだ初夏だというのにTシャツ短パンを履いている色黒の方が俊太、そして眼鏡をかけた一見優等生っぽくみえる方がで正広ある。
二人とは中学の頃からつるんでいる…まぁ所謂マブダチというやつだ。
しかしこいつら、俺が振られた時に限って要らないちょっかいをかけてくる。
「お前らなぁ!もっとこう、振られた友達に優しい言葉をかけるとか慰めるとかできないのかよ!」
「いやだってアキトが振られるのって親の顔より見た光景っつーか」
「今回の春野さんで記念すべき50連敗だね、おめでとう」
「なッッんもめでたくねぇけどな!?」
つーか数えてたのかよ!と言えば、だってどこまで記録が伸びるのか気になって、と正広が眼鏡を押し上げる。
くそぅ、お前らだって彼女いないくせに…。
いつか最高にエロかわいいモチモチの彼女を作って絶対にぎゃふんと言わせてやると決心を固めながら、体育館横に設置された自販機に小銭を入れてボタンを押す。
出てきたいちご牛乳にストローを刺して吸い付くと、「でもさァ」と缶サイダーのプルタブを押し上げた俊太が一口飲んでから口を開いた。
「なんでアキトっていっつも振られるんだろーな」
「そんなの俺が知りてーよ…」
「確かに。別に顔もフツーに悪くないし…頭はアレだけど」
「頭はアレ?」
「な!性格もいいやつだし。頭はアレだけど」
「お前らさっきから俺のこと若干ディスってるだろ!」
確かに俺は成績があまり…いやかなり思わしくない。いつも分厚い文庫本を持ち歩いて教室でも本の虫をやっている正広に劣るのはまだしも、年中Tシャツ短パンを着てサッカーコートを走り回っている俊太にも負けるレベルの知能。
この間の個人面談では担任の女教師に「大学に進学をしない、という道もね、先生はあると思うの。ほら、五十嵐くんってあの…いろいろと粘り強いじゃない?」と謎のフォローを入れられつつ諭されてしまう始末であった。
なので大変悔しいが学力面に関して俺が言えることは何もない。
…いや待てよ。その前に先生ってば俺が告白50連敗なの知ってる感じだったな!?
「それよりさ。ずっと疑問に思ってたんだけど、ぶっちゃけ秋斗って萩原さんとはどーなの? 仲いいんでしょ?」
「優花かぁ?優花はなァ。ガキの頃からの知ってし…妹みたいなモンっつーか…」
「おまッ!男が人生で一度は言ってみたいセリフ一位をサラッと言いやがって!」
「ちなみに女性が嫌がる言葉ランキングNo.1でもある。秋斗っていつか刺されそうだよね」
この贅沢者め!!と涙目になった俊太から投げてよこされた空き缶をゴミ箱に放りつつ、そう言われてみれば考えたこともなかったなぁ、と記憶の引き出しを開ける。
萩原優花。
家が隣で母親同士の仲が良かったあいつのことは、幼稚園に入る前から知っている。つまり幼馴染というやつになるのだろうが、あんまりちっせーころから一緒にいるものだから、どちらかというと兄妹のような感覚だ。実際のところ泣き虫で寂しがり屋だった優花はいつも俺の後ろを「待ってぇ」なんて言いながらついてきたものである。
あの頃は可愛かった。いや、現在は可愛くないのかと問われれば全くそんなことはないのだが…今はどちらかというと凶悪という印象がまず第一にやって来る。性格のことではない。主に胸の辺りの話だ。
親の仕事の都合やらなにやらで食事は二家合同で取ることが多いため、俺と同じものしか食っていないはずなのによくあそこまで育ったもんだよなぁと改めて感心しながら歩いていると、いつの間にか目の前に見慣れた乳…ではなく見慣れた顔があった。
「あー!やぁっと見つけた!」
「げ、優花」
「ちょっと!可愛い幼馴染捕まえといて『げ』とはなによ!」
噂をすればなんとやら。ぷくーと頬を膨らませて不機嫌です!と主張した優花は、しかし俊太と正広を見つけると「いつもうちのアキくんがお世話になってます」と人好きの笑顔を浮かべて頭を下げた。お前は俺の母親か!とツッコミたくなるのを抑え、今朝した会話の一端を思い出す。
「それよかお前今日は委員会だかの仕事があって遅くなるって言ってなかったか?」
「アキくんがまぁーた振られたらしいって噂を聞いたからすぐに終わらせてきたの。傷心中だろうから慰めてあげようと思って」
「よけーなお世話だっつうの!」
つーかなんでもう知ってるんだよ…とげんなりしていると、ポンと肩を叩かれた。振り返ると正広がチャット画面を開いたスマホをひらひらと掲げている。どうやら「俺が教えたー」ということらしい。なに余計なことしてくれてんだよ!
「あー!今日スーパーの特売日なの忘れてた!アキくん、早くリュックとってきて!」
「え?お、おう。んじゃ帰るか」
振られた上セルフ美人局にあってなんだか今日はもう疲れた。早く帰って飯食って寝よう。俺の経験上、失恋には健康な生活が一番の薬だ。
教室に放置したままだったリュックを回収して正門前に戻ると、スクールバックを肩にかけた優花が早くー!と手を振っている。
「じゃーまた明日なー!萩原さんもじゃーね!」
「明日英語のワーク提出らしいから、忘れないで」
「おー、明日なー」
二人に背を向けて歩き出す。
いつもと変わらない見慣れた風景。
__これがこいつらと交わす最期の会話になると知っていたら、俺はどんな言葉をかけていただろう。
長かったので2話に分けました。次に続きます。