第5章
作業所に栗田涼子という女性利用者が入ってきた。まだ20代前半位の可愛い女の子だった。多分精神障碍者だろう。
その子は最初の2週間は午前中のみの出勤だった。
僕はだいたい遠くから見ている方がいいのだが、何故か話しかけたくなってきた。
「こんにちは、栗田さん、僕は峰といいます。そのリボン可愛いですね、よく似合ってますよ」僕はそれとなく話しかけてみた。髪をポニーテールにしてピンクのリボンが結んであったので、とりあえずそれを褒めてみることにした。
彼女は「ああ、ありがとうございます」と会釈しながら答えた。
「その黒のジャケットもよく似合ってますね!いつもどこで服を買われてるんですか?」と何気ない質問を何個かぶつけてみた。栗田さんはそれ相応の答えを返してきた。だんだんと表情が柔らかくなってきた。帰る時、栗田さんは「じゃあお疲れ様です。まあ明日」と挨拶をしてきた。僕は「じゃあまた!」と返し、お互い手を振り合った。
次の日も栗田さんにそれとなく話しかけてみた。好きな映画や音楽の話をした。
そうこう話し合っているうちにお互いテレビゲーム好きである事が判明した。僕はこの瞬間を逃さなかった。
「ああ、あれは周りに気を付けることがポイントだよ」とアドバイスをした。お互いタメ口になっていた。
それから程なくして、職員には内緒でLINE交換をした。彼女は可愛いスタンプや絵文字をふんだんに送ってきた。
それから暫くして彼女をデートに誘ってみた。親父の車を拝借して、ドライブへと決め込んだのだ。
栗田さんの家はさほど遠くなかった。カーナビで栗田さんの住所を検索して、苦労なくたどり着けた。
栗田さんは少し緊張していた。男性の車に乗るのが初めてなのか、怖かったのだろう。
僕も女の子を助手席に乗せて運転するのはドキドキした。先ずは大型ショッピングモールに行って見る事にした。そこで食事したり服を見てまわったりした。お互いゲーム好きである事もあってゲームショップに足を運んだりもした。
帰るころにはすっかり暗くなり、僕は丁重に彼女を自宅に送り届けた。
帰り際栗田さんは「また明日ね!峰君といるとなんだか楽しい!」と言った。
「僕もだよ。今度は映画を観に行こう」と約束した。
しかし疑問に思うことがある。あれだけ恋愛には奥手だった僕が何故こんな事をやってのけたのだろう。以前の僕には考えられないことだった。