異世界2
「ちょっとひなたさんよ」
「なに」
ひなたに手を引っ張られるかままに、早歩きというかもはや走る勢いで学校へ向かう。
「まだ余裕があるし、そんなに急がなくてもいいじゃない?」
「けど今日もいくでしょう。神社」
そう、俺には昔からずっと続いてきた日課みたいなものがある。
「それはそうだけど...別に無理に付き合わなくてもいいんだぜ」
しかしそれはあくまで習慣で、絶対にやらなければならないことではない。更に言うとそれで誰かを巻き込んで、迷惑をかけるつもりもない。
「そんなつれないこと言うなってーわああ!」
それをひなたに伝えると彼女はすぐさまこちらに振り返って、なぜか非常に不満そうな顔を俺に向けた。
「ほら言わんこっちゃない...」
けどそれゆえに前を見てなくて、結果車道と歩道の間にある段差に引っかかって、近くにある電柱に顔面ヒットした。
「わたし思ったけどさ真くん...」
思わず目を覆いたくなるほどの惨状に、一体どんな言葉をかければいいのかと悩むうちに既に立ち直ったみたいで、ひなたは鼻を擦りながら涙目で俺にそう、訴えかけてきた。
「おう、なんだ」
「ほらブーストスーツってあるじゃない」
「ブーストスーツって、あー、小学校の時のやつか」
ブーストスーツ。それは俺達が日常生活で動く時、関節にかけるすべての負担を無数の支柱で組み込まれた、スーツの形をした外付け補装具に肩代わりさせるアイテムのことだ。
そのお陰で使用者はより少ない気力で、大きく長く動くことができる。
しかも俺達が動いている時のエネルギーを自動的に蓄積し、それを移動速度と障害物を検出するセンサーの電力に使って、事故を防止する。まさに自己完結型の優れた一品だ。
「それかどうした?」
「あれがあれば移動が早くて楽だし、急ぐ時の事故も防止できるのにねー」
「確かに、まさにひなたのためにある商品だもんな」
「そう。わたしほど使いこなせる人はいないでしょうね」
胸を張って言えることではないと思うけど、なにせこいつは昔から運動が苦手な現代っ子に加えて、よく何もないところで転ぶドジっ子だからな。
「なのにまさかそのまま流通されることなく、たったの二年で回収されるとは...」
「正式な商品とはいえまだ試験の段階だからな。色々問題もあるのよ」
そう。今俺達が生きてるこの島、通称観測箱はその名の通り町全体が一種の実験場となっている。
そこに住む俺達住人は色んなところから開発された最新技術と商品を無料で受けることができて、その見返りとして基本、ただ定期的に意見と不満を述べるだけでいいという。
そんなうまい話があるか、と思う人も居るかもしれないけど、しかし最先端過ぎるものはそれゆえに色んな問題を抱える。
それはなにも安全性や技術に関する問題だけじゃない。
手助けになるではなくて人の存在価値そのものを奪い、それに依存する社会問題。生き物の一部を改造し、あるいは新しいなにかを生み出すこと対する倫理的問題。
それらは実用性とはまったく関係のない、言うなれば利益や感情的な問題となるため、研究室の実験ではまず発見されることはない。
しかも厄介なのは、普通ならなにか不都合な発生すれば流出された商品を速やかに回収すればこれ以上の事態悪化を防ぐことができるけど、感情的な問題が関わるとそうも行かず、例えどれだけ早く問題に気付いたとしても、既に収拾がつかない事態まで発展する可能性があることを、俺達は歴史で学んだ。
唯一、できる対策があるとすればそれは市場に流通する前にできるだけより普通の、日常生活に近い状態下で、テストを積み重なることだけだ。
そしてその役割を担うのは今俺達が生きている島、観測箱だ。
「一体なんの問題があるのよ」
「確か日常生活で使い続けるだけで、使用者の骨の強さと身体能力が同世代の人と比べて低下している、とかなんとか言ってなかった?」
普及されてない、いうなればマイナー商品の問題なので当然ニュースや番組では取り上げられなかった。
それでも好奇心で変な推測をされないように、ある程度までの情報開示と説明義務が課せられている。詳しいことは知らないけど、その時の情報によると確かにそうなってるはずだ。
「あんなの誤差の範囲でしょう」
「でも下がったのは事実だろ」
「らしいね」
「二年でそれはやばいって...十年単位で使うことを想定してるからそりゃ深刻にもなるよな」
「だとしても、その間にプラマイゼロにできる別の商品を開発すればいいだけでしょう」
「まあ体を補強できる商品なんでごまんといる。問題はそもそも上の連中はなぜかこういう便利過ぎるものを嫌う傾向があるからな」
「本当それ! 金のこともそう。全部仮想通貨にすればいいのに、貨幣を残す上にわざわざそれ専用の機械を作るとか、意味わからん過ぎる」
貨幣しか受け付けないのなら当然、貨幣を下ろせるための機械も作らなければならない。しかも自販機のようにただ無くなった商品を補充するだけではなく、定期的に人手を寄越して、金を回収しなければならない。
そういう一手間二手間増える作業のために必要な費用は当然、計画者の自腹ではなくほぼすべてが国民の税金で支払うことになる。
それゆえに俺を含め多くの人が今でも謎に思っているー
「むしろよく推し通せたなと感心するよ」
「だね。なんだっけ? 実際に貨幣を手に持った方が金に対する実感や欲求が高まり、向上心を捗れるとかなんとか」
「あと幻想とリアルを分別させるために、あえて不便にさせるとか」
「そう。もっともらしいことを言ってたけど、現状を見る限り全く効果がない。なのにあんな言葉で惑わされるなんて、全くみんなのだらだら力がまだまだだね」
「なんだよ、だらだら力って...」
いつもながら意味不明なことを呟くひなただけど、今彼女が述べた疑問と不満はまさに現代に生きている人なら誰しも思い、感じていることだ。
俺もその一人だけど、しかし最も疑問を感じてるのは別のところにある。
「けどまあ、古臭くて不便なものにもそれなりの価値があることは認める」
「裏切られた!?」
「誤解だ。まずは話を聞け」
「話じゃなくて言い訳ね」
「はいはい」
なんだか超偉そうなに両腕を組んで、俺を見下ろしてるように見えるけどまあいい。
「例えば俺がいつも世話になっている神社。科学が発展されることによって世の中に散らばっている不可思議な現象の多くは人の手によって解明された。もちろん未だに説明できない怪奇現象もいるけど、それでも理不尽を生み出す妖怪やまやかしなど人ならざるもの。それを都合よく解決してくれる神。そんな眉唾な存在を本気で信じる人はどれだけ残ってるだろう」
「まさか真くんの口から出るとは思わなかったけど...その通り」
「とはいえ信仰は一種の文化だ。そして文化とはその国特有の象徴の一つで、町興しや観光地として利用すればそれなりの利益を生むことが出来る」
「そうなの?」
「分かりやすく例えるならクリスマス。元々はなにを祝う日なのか分からないけど、名前だけ借りて色々イベントを開いたんだろう? そんな感じだ」
「あー、なるほど」
「だから廃れた前時代の文明だけど、そこにはきちんとした価値があり、それを現代社会に取り込むのは分かる。けど誰も喜ばなくて使い道のないものにわざわざ金を積み込むのは、いくら俺でも分からない」
いや、実際はちょっと違うな。
不便には不便なりの風情がある。なので俺を含め一部の人が賛同することには理解できる。けどなぜ周りの人がそれを許すところか、協力してくれるのか、いくら頭を絞っても理解できない。
まさか俺と同じズレた感性を持つ人が多いとは言わないよね...
「まあ偉い人ほど、変態が多いみたいだからわからなくて当然だね」
「それは流石に濡れ衣を着せられるというものじゃないのかな...」
よっぽど不満を思ってるのか、さっき電柱にぶつけたこともあって言葉の節々に悪意が込めた気がする。
「そうかな。案外ー」
「ついたな」
幸い、討論してる間にいつもの神社までやってきたので、中年臭い愚痴をだらだらと聞かずに済んだ。
「さてそれじゃ、今日も祈りますか」
「そうだな」
鳥居をかいくぐって、俺達は真っすぐ境内にある祠の方へ向かう。
なんの生き物をモチーフにしたのか分からないご神体の前までつくと、俺達はポケットから取り出した小銭を慣れた手付きで賽銭箱に投げた。
「...」
ご神体に向けて二礼、そして二拍すると俺はそのまま手を合わせて沈黙する。
しかしそれは願いを口に出したらかなわないからじゃないー
俺は神を信じないから、祈りの言葉がなかった。
いや、少し語弊があるな。
神。魂。妖怪やまやかしなど人ならざる者。そして彼らが引き起こしたという理不尽や奇跡。それら森羅万象が実際に存在するのだと、俺は本気で信じている。しかしー
人が死んだあと、天国か地獄のどちらかへ行くのだと言い伝えられている。
妖怪やお化けは、この世界の裏側に存在していると言われている。
では、彼らと同じ『非科学的な存在』である神は、果たして『どこ』に存在するのだろうか。
そして我々とは別の次元、世界に生きている神は、果たして我々に干渉できるだろうか。
わからない。
けど、少なくとも火のない所に煙は立たない。だからー
神が誰か特定の人の味方になるとは思わない。それでもせめて『敵』にならないことを祈りながら、俺は今日も神(正体不明ななにか)に向けて頭を下げた。