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異世界

 ねえ、知ってる?

 今、我々が生きているこの『世界』にある理とは相反する、『異世界』が存在していることを。

 「実は俺、見てしまったんだ」

 そして知ってる?

 「何をですか」

 「真っ赤に染まった夕焼けの曇り空に、遠雷が鳴った次の瞬間、空を真っ二つに切り裂いた紫の閃光が走った。それと同時に、離れた神社から深紅の煙が立ち上がるのを見た」

 異世界というものは、我々が思ったよりも身近くに存在し、そして誰しも簡単に行き来できるものだと。

 「落雷のせいで火災が起きた?」

 周りを警戒しながら声をひそめるという、なんとも怪しい仕草にあまりにも荒唐無稽な俺の話を、しかし目の前にいるお姉さんは無下にすることなく真剣に話を聞いてくれる。

 「いや、建物に火はつかなかった。その代わりに煙の向こうに人らしき影が見えた」

 「人影..?」

 「そう。最初はなにかの見間違いじゃないかと思ったけど、煙が晴れると共に徐々にその姿がはっきりして、そしてそれは金色に光る鎧と剣を装着したー」

 思い出すだけでも奥歯を噛みしめるほどの苦い思いをなんとか抑え、俺は険しい顔であの『時』目にした忌々しい姿をお姉さんに教えようとする。

 「なにやってるの、真くん?」

 「え?」

 そんな俺の後ろに突然声かしたと思い振り返ると、その瞬間目の前が真っ白になり、一拍を置いて額から鈍い痛みが俺に襲い掛かった。

 「痛っ!」

 額を擦りながら数回瞬きをする。やっと広がった視野に映るのは、俺と同じ涙目で額を抑えるアホな女の子だった。

 「ちょっとなにするのよ!」

 「それはこっちのセリフだ! 急に耳元で叫ぶな」 

 「それは...ごめん!」

 言葉の割りに全く悪びれた様子もなく軽く舌を出すひなたに、俺は色んな意味を込めたため息を吐く。

 「それで、なにやってるの? ナンパ?」

 「俺がそんな身の程知らずに見えるのか?」

 「そんな自慢げに言うことじゃないと思うけど...それにいつも色んな女の子に声をかけてくれたじゃないか」

 「そんなわけないだろう。俺は興味がある人にしか声を掛けない」

 「ふーん」

 まあ俺の趣味はオカルトに関する噂話や占いという、女子が好きそうなものばかりだから、他人には下心を持って話しかけると思われても仕方ない。

 「それよりほら、この立派な円盤を見て見ろ」

 軽く息をついて、俺は通学路の道すがらに設置された簡易机の上に置いていた様々な道具の中で、一際目を引く鈍い金色の光を放つ円盤を指差した。

 「ほぇー、本当だ。なんか色々書いてあるけど、なにそれ?」

 人の顔よりも二、三周りでがいそれは、まるでルーレット盤のように何重もの円が描かれていて、すべての円周にはあまり見慣れない漢字を一定の間隔に細かく刻まれている。

 「これはね、羅盤といって、風水や人など、この世のあらゆるものの運命を計算するものですよ」

 前のめりになって、興味津々に円盤を観察するひなたを目の前にしたら本職の人ならなにも口にせずにはいられないだろう。これまでずっと俺達のやり取りを見守っていたお姉さんはやっと口を開けて、説明してくれた。

 「えっと、つまり占いをするための道具ってこと?」

 「一般的な言い方だとそうなりますね」

 プロ的に明確な違いがあるんだろうか、口ではひなたの言葉に肯定こそしたものの、顔は若干引きずっている気がする。

 「けどさ真くん。さっき天変地異が起きたぞ! とかお化けがどうとか言ってなかった?」

 「は? なに寝ぼけたことを言ってんだお前?」

 「え!? いや確かにそういったわよ。ねぇ?」

 「はい。そのように伺っています」

 そういって顔を見合わせて首をかしげる二人。

 何言ってんだこいつら。と思ったけど、確かにさっきはまさかこんな本格的な道具を持ってる占い師に出会えるとは夢にも思わないかったからついテンションが上がって、話を盛り付けた。

 そこまではよかったものの、まさか途中で邪魔されるとは思わなかったから変に誤解されたみたい。

 「あー、すみません、前置きが長くなったので誤解されたのかもしれない」

 そして、だからこそ一度間が置いたので興が冷めたし、二人にジト目で見られるのはあまり気分のいいものじゃないので、俺はかいつまんで事情を説明することにした。

 「要するにここ最近、俺は毎日のようにガチャを爆死をする夢を見たんです」

 「あー! さっきのは『ニューワールド』のガチャ演出なのね!」

 「そういうこと」

 ぽんと手を叩いて納得した顔になり、と思ったら今度あきれた顔を俺に向けるひなた。

 「というかどんだけ楽しみにしてるのよ...アリス実装ガチャはまだ来月でしょう」

 「うるさい。ストレートロングの清楚系な見た目のサイコパスキャラは意外と少ないんだよ。絶対完凸させるからな!」

 「そういえば登場した時からずっとタイプだ! ストライクゾーンど真ん中だ! って騒いだよね...」

 「プレイアブル化されて本当によかった」

 うんうんと深く頷く俺の視界に、ふといつのまにか置いてけぼりされたお姉さんの姿が目にした。こちらから占ってもらうように頼んだのに、これ以上待たせるのは流石に悪いので俺は一旦冷静になると心かけて、話を元に戻すことにした。

 「とにかくその夢が何を表すものなのか、そして一体どんな意味があるのかを教えてほしい」

 「意味、ですか?」

 「はい。いわゆる夢占いというやつをしてほしいです」

 「なるほど。話が見えてきました」

 答えるとお姉さんは俺の話を咀嚼するように一度目を瞑って、そしてー

 「先に断っておきますが、そもそも夢に人の運命に関わるものはありません。つまり特別な意味がないということです」

 「へ?」

 あまりにも予想外の答えに、俺とひなたは困るあまりお互いの顔を見合わせる。

 「えっと、夢占いができないということ?」

 「いえ。夢占いそのものが無意味ということです」

 もう一度きっぱりと否定されたものなので、その自信と根拠はなんなのか、俺は疑問をぶつけることにした。

 「いやでも予知夢や正夢とか、よく当たるじゃないですか」

 「そうですね...ちょっとややこしい説明になりますけど」

 「はい」

 頬に手を当てながら一体どうすれば素人である俺達にもわかるように説明できるのか、しばらく思案するお姉さん。

 「まず夢とはどんなものなのか知っていますか?」

 「ん? 寝て見るのか夢、だよね」

 「それはそうだけど...」

 「なに。じゃあ他に何だっていうの」

 「そうだな...記憶の整理?」

 「あ、なるほど。確かに」

 「そう。夢とは記憶を整理するプロセスの中で生まれるものだと言われています。そこで同じサイズの本の本棚を整理するところを想像してほしい」

 「はい」

 「時列。ジャンル。作者。一番好きな本。分類の仕方は様々だけど、まずは本の大まかな内容が分からなければ手の付けようがありません」

 「ちゃんと整理するとなると、そうですね」

 「背表紙を見るだけで中身が分かる本もあれば、一度取り出して中身を確認しなければ内容が分からない本もあります」

 「あるある。しかも一度読み始めたら懐かしくなって止まらなくなるよね」

 「わかるー。挙句にそれに関連するものまで手を出すから、いつまでたっても整理が終わらない」

 「そう。今二人が話したように、本の中身を確認すると内容だけではなく、その時自分がなにを考えているのか、なにを思っているのかをも思い出すことになります」

 「ああ。当時の思い出を掘り返ると思います」

 「しかし記憶が曖昧なので正確に、というわけにはいかなくて、中には昔の自分についての『予測』を含めています」

 「はい」

 「けれどそれはなにも忘れた『昔』に限った話じゃない」

 「...どういうこと?」

 「もし背表紙を見ただけですぐ内容を思い浮かべる『今』の場合、私たちはさっき経験した記憶を元に、自分の『未来』を思いはせて、予測することができます」

 「未来を、予測...?」

 「ええ。例えばそうですね...キミ達は今通学中ですよね」

 「はい」

 「30分後、自分は何処でなにをしているのかを、あなたは予知できますか?」

 「30分後だとおそらくホームルームの最中だから...あー、なるほど確かに想像できますね」

 担任が教室に入って来るとクラスメイト達は雑談をやめてそれぞれ自分の席に戻る。それから先生は出席を取ってからなにか連絡事項を伝える。それは毎日決まっているルーティンで、だからこそ簡単に想像することが出来る。

 「でも流石にざっくり過ぎない...? 予知ならもっと詳細な内容じゃないと」

 「ええ、そうですね。ではもし、ホームルームの内容をぴったり言い当てられることができるのなら、それは予知になると思いますか?」

 「基本の連絡事項と、噂にされたこと以外のことなら」

 「ではその二つの要素を含めたことを排除した前提にーある生徒は今日の五限目は臨時集会に変わると予想します」

 「はい」

 「そして別の生徒が、国語の先生が今日休みになるだと予測し、さらに別の人が二限目は移動教室だと予言します」

 「ん?」

 「クラス全員が予想に参加し、各々異なることを宣言します。それを毎日続けたら、どうなると思いますか」

 「いやいやどうって、そんな総当たりなことをすればそりゃ一回くらいは当たるでしょ」

 お姉さんの説明に真剣に耳を傾ける俺達だけど、途中で違和感を感じて、それは説明するに連れてどんどん大きくなるからつい我慢できなかったひなたは説明の途中にも関わらず話を折って指摘した。

 「その通り。ホームルームの内容は主に授業内容の変更と学校行事につてのお知らせになります。それらの変動は結構な頻度で起きて内容も似たり寄ったりなものになります。そのため『過去』と『未来』の境界線が曖昧になり、それを整理する『今』は無意識のうちに『未来』も予想することになります」

 「なるほど。けれど夢って毎日見るものじゃないでしょう」

 「あなた達は夢の中でなにかとても重要な、深い疑問を覚えて、目が覚めたら真っ先にそれを調べようと決心する。そんな経験はありませんか?」

 「確かにあるな」

 「わたしも、あるような気がする」

 「それはどんなことなのか、あなた達は毎回覚えているでしょうか」

 「そんな些細なこと覚えるわけないでしょう」

 「言い方が悪かったですね。それを調べようとした時、貴方たちはなぜ調べようとしたのか、なにを調べようとしたのか、ちゃんとわかっているでしょうか」

 「そういわれても...わたし寝起き悪いからね。真くんは?」

 「そうだな...」

 本当なら覚えているに決まってる。と即答したいところだけど、そう答えるのに躊躇いをさせる違和感を感じるので、俺はひとまず言われるまま思い返してみる。

 「起きた瞬間なら流石に覚えている。けど調べる途中で一体なにを調べようとしたのかを、なぜ調べようとしたのかを忘れたことが多々ある気がする」

 「この年でボケてるの!? やばいよ真くん!」

 「ボケてないわい!」

 「とにかく、それほどまでに重要で大切なたった一つことさえも、あなた達は覚えていない場合がある。であればなにも特別なことがない夢のことを、あなた達は覚えられるでしょうか」

 「つまり、本当なら俺達は毎日夢を見ていると」

 「ええ。そしてその度に未来を予測する。それが繰り返し行っているから、さっきあなた達が言ったように総当たりなことになって、いずれは当たることでしょう」

 「それが予知夢の原理、というわけか」

 そしてなぜ初夢は当たりやすいのか、今となってようやくわかる気がする。

 クリスマスや新年など、催し物がある日に、人が取る行動は大体決まっている。周期こそ違えと、それは学校のホームルームよりもはっきりとしたものになっていて、そのため以前の記憶と経験を基になら予測もしやすい。

 「最も、夢の中では過去の記憶と未来の予測など、色んなものが混ざって因果関係がおかしくてめちゃくちゃになることが多いから、言い当てられるのかと言われるとちょっと微妙だと思いますけど」

 「まあ、夢を全部覚えている人はごくわずかなので、中の一部だけ切り抜いても問題ないと思う」

 曖昧な笑みを浮かぶお姉さんに、しかしその心配とは裏腹に彼女の説明は実に分かりやすくて、気づけば俺とひなたは感心のため息を漏れた。

 「それにしても流石プロというか、めちゃくちゃ詳しいね」

 「今までも俺は様々な運試しや占いをしたことあるけど、『なぜ』と問われるとこれはそういうものだと片付くことがほとんどだ。けどなるほど、それにはきちんとした理屈があるんだな。今まで感じた疑問が少しだけ解けた気がする」

 「よかったですね」

 もちろん基礎知識がないと理解できない専門的な用語や理論があることは理解している。それでも今のように概念を持たせることはできるはずだ。

 今までそれができる人とあまり出会わないということは、それほどまでにこの業界に偽物が多いということだろう。

 そしてそれは目の前のお姉さんが本物の可能性が高いということを意味する。

 だからつい期待してしまう。これからお姉さんから言い渡される、俺の運命をー

 「けどそうか。あの夢は意味ないのか...」

 「はい。おそらく脳が今までの記憶と経験に基づいて、勝手に予測したものだと思われます」

 「なら普通にガチャ運について占ってもらえばいいじゃない」

 「そうだな。お願いできますか?」

 高揚する心を抑える意味も込めてお姉さんの様子を伺うと、お姉さんは頷くわけでも困っているわけでもなく、顎を手に神妙な顔を俺に向ける。

 「その前に一つ確認してもいいですか」

 「はい」

 「先ほど聞いた話だと、そのガチャではそれなりの金を使う予定ですか?」

 「はい。完凸させるのでそれなりの金を使うつもりです。出来れば抑えたいのでどうすればガチャ運アップできるのか、アドバイスが欲しい」

 「なるほど。となると金運を占うことになりますか、いかがでしょう」

 「金運、ですか」

 「ええ。この羅盤を使った計算で見えるのは、その人、ものの運命にとって何かしらの影響を与える、大きなものでなければなりませんので」

 おそらくお姉さんにとってはちゃんと筋が通ってるだろう。けど提案に対しての説明は俺達にとっては理解し難いものなので、俺は更に問いを重ねて踏み込むしかなかった。

 「さっきから気になるけど、その計算というのは?」

 「そうですね...この星にあるあらゆるものの運命は生まれた時から既に決まっています。大きな出来事に関しては『地母経』を見れば一目瞭然だけど、より細かくて小さな出来事を知りたいのならこの羅盤、簡単に言うと一種の関数グラフのようなものを使って確認しなければなりません」

 「関数グラフ...確かに観測というより『計算』の方があってる気がするな」

 「けどさ、運命は決まっているっていうけど、それじゃあ今真くんが占ってもらえるのも、わたしが真くんに声をかけることも自分自身の意志による行動ではなく、とっくの昔に決めたこと? ありえないけど」

 「いえ。さきほども言ったようにそういう細かいことまでは決められていないんです。ただそうですね、人生を変えるきっかけ、分岐点になりえる出来事は既に決まっています」

 「そんなわけある?」

 「ああ。むしろ大きな選択や重要なことほど真剣に悩んで、周りに左右されることなく自分だけの結論を出す気がします」

 説明するにつれて納得するところがむしろ更に疑問を深まる俺達の様子を見て、このままでは埒が明かないと察したお姉さんは、顎を手にしばし頭を悩ませた。

 「そうですね...では、ちょっと想像して欲しい」

 「はい」

 「あなた達はショッピングセンターの中にいるとしてます。そこで突然室内全体を震わせるほどの爆発音が響いた。音のする方へ振り向く間もなくそれは二度、少し間隔を置いて三度と同じような音が響き、火薬と焦げた肉の嫌な匂いと、悲鳴があたりに広がりました。そんな状況の中、あなたはどのような行動を取るでしょうか」

 意図は掴めないけどとりあえず言われるがままに考えてみる。要は突発的な事故や災難が起きた時、俺達自身がどういった行動を取るのかということだろう。

 もちろんその時はなにも考える余裕はなく、体が真っ先に動くから身に任せるしかないと思うけど、もしも頭を動かせる時間があるのならー

 「ひとまず現場からある程度離れて、それから何起きたのかを確認すると思います」

 「今の話だと建物が崩れる可能性があるから、振り返らずにそのまま外まで避難した方がいいと思うけど」

 「...それも一理あるな」

 「どちらにしてもまずは逃げること。それがあなた達が自分の意志による判断、ということですね」

 「そう、ですね。そうなると思います」

 「しかし本当にそうでしょうか。確かにこれはもしもの話で、現実と違って色々考えた上で答えを出すことができます。けれどあなた達が考え抜いたその答えは、咄嗟にとった行動となにか違うでしょう」

 「それは...」

 言われて、俺はようやくこの話の肝に気づいた。

 「そう。生き物である以上、何よりもまずは自分の命を最優先にする。なら自分の安全が脅かされた時、多くの人が取る行動は絞られています」

 「でもさ、そうじゃない人もいるでしょ?」

 「一定数居るでしょう。けどそれはどんな人だと思います?」

 「えっと、ミーチューバー?」

 一問一答方式の説明のはずだけど、ひなたの答えがあまりにも予想外なのか、お姉さんは途端に言葉を詰まって、酷く動揺した顔を見せた。

 「...今の時の動画配信者って、命まで張れるのですか?」

 というやらこちらの答えに問題があるじゃなく、ただ占い師という古臭い職業をしてるから見た目に反してこういった若者の流行りには疎いだけみたい。

 「まあ再生数稼げますから、やる人多いんじゃないですか。もっとも狙って出来るものじゃないですけど」

 「へー、そうなのですね」

 とはいえ興味がないわけではないみたいで、俺達の話に興味深そうに耳を傾けた。

 けど根は真面目からなのか、それともプロ気質なのか、ひなたみたいにそのまま話を脱線することなく、自分を戒めるために軽く頭を振って話を戻ることにした。

 なに今の、可愛いなおい! 倒錯的なその一連の仕草は男心的にぐっと来るものがあるので、占いが終わったあと、軽く世間話をするついてにこういったことについて色々話して、反応を楽しもうと俺は心の中でそう固く決めた。

 「とにかく、動画配信者以外にも警備員やジャーナリスト、何かしらの役職がついている人はその責務を全うするためにむしろ自ら現場まで出向かうことでしょう」

 「あー、そうだね」

 「それと大切な人が事件現場に取り残された人も、我が強い人も、あえて自ら現場に足を運ぶことでしょう」

 「我が強い、というのは?」

 「ここだと困ってる人を放っておけない、勇敢で正義感が強いお人好しということになります」

 「なるほど」

 「けどそれど運命と、どう関係するの?」

 「簡単に説明しますと、警備員というのは人々を危険から守ってくれるもの。もしいざという時に何の行動も起さないならそれは果たして警備員と言えるでしょうか」

 もちろん程度にもよるけど、なにか大きな問題が発生する場合、例えそれが『排除』ではないものだとしても真っ先に先頭に立って『対処』するのか警備の者だ。

 結果はどうであれ誰かが問題を処理してくれる、そう認識を与えることができるだけで更なる混乱と恐怖を抑えることができる。

 そのまま問題を解決できるのであればそれでいいし、時間を稼いで専門的な人に引き継がせるのもよし。ともかく余計な問題を増やせない。それが警備員がいる意義と意味だ。もしそれができないのであればー

 「それは、ただの一般人ですね」

 「ええ。そしてそれと同じ、先ほど話した人が誰かの泣き声を無視するのはあまりにもその人らしくない。果たしてそれは『その人』と言えるでしょうか」

 つまりは、その行動こそがその職業、人をたらしめるものとなる。

 「...なにかの事情があるんじゃないか」

 「いや咄嗟の判断だからそれはないじゃない」

 そしてそれはその人の意識と無意識の下に刻まれたことだ。

 「そう、その役職その性格である限り、彼らは自分の意志でその選択を取り続けることでしょう。逆にいうと事故が起きていない、あるいはオフの日の警備員がなにをするのかを、予測することができません」

 「人の真価、本性は、ピンチの時にこそ見えるもの。だから俺達は自分の意志によって定められた運命を選び続けるということか」

 「ええ」

 人の役職は生まれた時の才能によってある程度は決まっていて、更に言うと才能は遺伝子に関係している。

 性格も、血液のA型は真面目、Bは好奇心旺盛、ABは変わり者、Oは寛大な人が多いように、実は誕生時からおおよその傾向が固まっている。

 つまりさっきの話と合わせるとー俺達の運命は、まさしく生まれた瞬間からほぼ決まっている、ということにならないだろうか。

 「ただ勘違いしないでほしい。さっきのはあくまで極端な例で、普通の場合はそれほどの強制力がありません。例えば吹き抜ける風に寒く思い、赤くなりはじめる紅葉に季節の変わり目を感じて、店先に並んでいる商品を見てそろそろ長袖の服を買いに行こうと、このように内容が曖昧で些細なことをいくつを用いて、金を失う結果という運命まで誘導されることになります」

 「むしろどうでもいいことだからこそ、選択ということすら気づかずになんの疑問もなく流されるということ、か」

 ...なんだかアンドロイドになった気分でちょっと怖いな...いや、あまり深く考えるのはよそう。

 「ええ。けれど占いで先に結果を示せば、その何でもないようなことを『意識』させることができて、それによってはじめて選択肢が生まれることができます」

 「おおざっぱにいうとつまり、人の手によって運命を変えられる。そういうことですね?」

 「ええ。ささやかな運命も、長年に渡る大きな運命も。そしてその人にとっての悪い運命も、いい運命も」

 「いい運命...?」

 「わざわざそれを変える人なんて居るの?」

 「それが、あるんですよ。そのほとんどの場合は他人への恨み、或いは自分にとって都合のいい人生を作るために他人の運命を狂わせることになります」

 「あー、他人のってことですね」

 「なんかゲームで出てくる魔女みたいで怖いね...」

 「ええ。だからこそ我々占い師(運命を計算するもの)は、その平衡と秩序を保つためにあらゆる運命に対し過度な干渉をしてはならない。そういう掟が定められています」

 どうやらそれはとても重要で大切なことみたいで、心なしかお姉さんはちょっと誇らしげにそう教えてくれた。

 「では、金運を占うことで大丈夫ですか?」

 「課金額について占うということですね。わかりました」

 ガチャの中で特に狙いたいキャラがいない場合、結果に対しての反応はどうしても薄くて一時的なものになる。生活への影響が薄いならそもそも占うことはできない。

 そしてもし、狙うキャラがいる場合。当たれば当然テンションが上がり、爆死したら精神的にダメージを負うことになる。そのまま気が病んで、本当に健康に影響が出ることになるかもしれない。

 しかし今回の場合、俺がガチャでアリスを完凸させて、ご機嫌になるのは既に覆すことのできない確定事項。

 どんな結果であれ心情的な変化はない。けどガチャにどれくらい金が掛かるのかによって、その後の生活水準、ひいては行動にも大きく変わることになる。

 だからガチャ運を知りたいのは金運を占うのと同じ意味を持つ。というわけか。

 「ではこちらに名前と誕生日、できれば出生時間も教えてください」

 一人で勝手に納得し、深く頷くとお姉さんはそういって紙とペンをこちらに差し出した。

 「え!? そんな、個人情報を要求するなんで、なんか怖くない?」

 確かに紙なんで、なにかの契約をさせる時にしか見たことないけどー

 「いや芸人ならともかく、抜き出されても大した問題にならないことばかりだから怯える要素全くないけど。それに占いで星座や血液型などの情報を要求するのは別に珍しくなくないか?」

 「...言われてみれば確かに!」

 相変わらずの考えなし発言に、おそらく今までの話も半分しか理解していないのだろうと、軽く息を吐きながら俺はひとまず渡された紙を記入することに集中した。

 「えっと、片桐真。2103年の三月二十日で生まれて...」

 それにしてもなぜわざわざこんな古いものを使うのだろう。なにか理由や拘りがあるのだろうか。

 自分自身に関する情報なのでスマホを使って調べれば一目瞭然だけど、相手に合わせて俺はあえて機械を頼らず、記憶を振り絞りながらペンを走らせた。

 やがてようやくのことで描き終えた紙を渡すと、お姉さんはすぐさま書かれた内容と羅盤に刻まれた文字と照らし合わせるように忙しなく目を左右に動かした。

 「亥の年の戌時生まれですね。豚は水に属し、名前の『桐』に木という字が含まれているので元の生肖との相性がいい。いい名前ですね」

 「そうなのか」

 おそらく『五行』、つまり風水の人バージョンのようなもの的にいいという意味で言ってると思うけど、専門用語が多すぎてなにかいいのかいまいちわからない。

 「ええ。ただ今年は卯の年、つまり兎の年である。兎は土に属し水と相克する。つまり今年は厄年になります」

 ようやく馴染みのある言葉が出てきたと思えば、それでも大まかなことしか理解できていない。所詮は素人なので俺は話についていくことを諦めて、要点だけを抑えて会話することにした。

 「そうなんですよ。だから尚のこと心配です」

 「そうですね...」

 答えるとお姉さんは静かに目を閉じて、ぶつぶつと何かを呟きながら親指を忙しなく動いて、他の指の関節の間で行き来していた。

 「太極は兩儀を生み、兩儀は四つの象生み、四つの象は八卦を生む。ちょっと確認させたいけど、年始の時あなたは何かしらの怪我、おそらく足が負傷している。そうですよね?」

 そのまま、意味不明なことを呟きながら俺にそう、確認を取りに来た。

 「え、なんで分かるのですか!」

 あまりにも的確に言い当てられたものなので、答える代わりに俺は思わず酷く驚いた声をあげた。

 「そういえば真くん、初詣の帰り道で階段を外して、足を捻ったよね。確か結構な大怪我で完治するには一週間もかかったような」

 しかし俺の返信など無視して、お姉さんはまた何かをぼやきながら再び指を動かした。

 代わりにずっと呆けた顔をしてるひなたが、顎を手に神妙な面持ちで話しかけてくる。

 「ああ。鈴木のやつが珍しく俺に悪ふざけしたお陰でな」

 「まあまあ、花音ちゃんの家は海外を起源としたイベントを一切認めないからね。代わりに伝統な行事を超重視するから、テンションが上がって羽目を外してもしょうがないよ」

 「金持ちなのは知ってるけど、あいつの家そんなに厳しいのか?」

 「うーん...そこまでじゃないけど、割と」

 「まじか...絶対わざとと思ったけど、確かに今思い返してみるといつもよりはしゃいだような気がするな」

 「それは考えすぎ」

 呆れた顔をされたけど、しかしこいつは知ってるだろうかーひなたの前でだけ、鈴木がいつもいい子ぶっていることを。ひなたが好きすぎる故に、よく一緒に遊ぶ俺のことを敵視することを。

 まあ鈴木に限った話じゃないけど。

 「先月、生肖が犬、おそらく一個上の先輩と喧嘩をした。そうですね?」

 人の苦労を知らずにこいつは能天気だなと、心の中でため息をつくとまたしてもお姉さんは急に声をあげた。

 「ふむ喧嘩か...」

 言われたことについてすぐ思い当たることができずに首を捻ると、俺が思い出すよりより先にひなたがポンと手を叩いた。

 「ほらオカルト部の部長と壮大な理論について、時間の無駄とかで言い争ったことじゃない?」

 「あー! 確かに相対性理論について意見が別れたな。こっちが時間の解釈について丁寧に説明したのに、事あるごとに話の腰を折って、全く理に適っていない一点張りで反論するから、訂正する度にむっと熱くなったな」

 思い返すだけでも腹立たしい。だからなのかな、知らずにそれを記憶の彼方に封印して、咄嗟に思い出せないのかもしれない。

 「そういえば結局あの時は誰か先に引いたの?」

 「俺だよ。話が通じないと思ったから二度と関わらないように逆に賛同しまぐってやった」

 ああいう手の人は人の話を全く聞かないので反論するだけ無駄。むしろ意見の違いによって、自分は他人と違い、他人より優れていると思っているから逆効果。

 逆に変におだてることなく、なにも意見を加えずにただ同意だけをすれば説明という自慢をできる口実がなくなるのでふと我に返ることが多いと、マイデータベースにあった。

 そしてやっと冷静になった相手を上から目線でとびっきり笑顔を向けると、それはさながら子供をあやす大人のような絵面になることだろう。

 「うわ...」

 おそらく細かい理屈を一切理解してないと思うけど、おおよそなにか起きたのかを察したひなたは、相手を同情するようにちょっと引いた顔になった。

 「計算が終わりました」

 全く異なる意味の笑顔で笑い合う俺達を他所に、目を閉じてずっと一人の世界を作ったお姉さんが、急にぱっと顔をあげると同時に俺にそう告げた。

 「お、どうだったですか?」

 それに真っ先反応した俺はお姉さんの顔色を伺いながら恐る恐る訊ねてみる。

 「結論から申し上げると、一ヵ月後のあなたの金運はあまり芳しくないようです」

 「まじか...」

 「おおよその原因として考えられるのは七月は五行の『金』が盛んでいる月。加えてガチャを行うために必要なデバイスも『金』に属します。つまり『金』が過剰状態になっています」

 「なるほど。要は五行のバランスが一方に傾くと、まずいことになるということになるということですね」

 「ええ。だからそれを改善するには『火』を足す必要があります」

 「『火』を足す...ってどうすればいい?」

 解決策を提案されたけど、内容が内容でこちらは首を傾げる一方だ。

 「運命を変える選択肢があるとしても運命という強大な力を前では、人一人の力はあまりにも脆い。わたし達はわたし達にまつわる森羅万象から力を借りることで、やっと運命を打ち勝つ『可能性』が手に入るのです」

 そんな俺達の困惑を予め予測してたのか、職業柄で理解し難ことを話しながらいつの間に書いたらしい一枚の紙をこちらに差し出した。

 それを受け取って、早速中身を拝借する。

 「えっとなになに。朝の9時から13時。生肖は蛇と馬の人。赤い場所」

 「天の時。地の利。人の和。簡単に言うといつ引くか。何処で引くか。誰と引くか。それらを意識することで、運命を変えられると思います」

 「つまり俺がガチャを引く際、ここに書かれた『火』と関連することをできるだけ揃えば運気があがる、ということですね」

 「はい」

 「なるほど、ありがとうございます! やってみます」

 五行や細かいことをひとまず省くとして、お姉さんが説いたのはおそらく多くの出来事は『時』と『場所』と『人』によって左右されることだと思う。

 例えば勉強。理系の勉強だと午前中が一番よくて、暗記が多い文系は寝る前にした方がいいと言われている。そして勉強する場所も静かであればあるほどいいし、隣りに黙々と書き写しをしてる人がいる方が集中力が高まり、より頭に入りやすくなる。

 天、地、人を整えると、物事がより順調に進むことができる。そしてお姉さんが言うにはそれらの条件は、五行を目印にを揃えることができるらしい。

 それは、それこそが今俺の手にある紙だ。

 「次は、次はわたしを占ってくれない?」

 後ろからひょっこりと顔を出すひなたと一緒にお姉さんから渡された天啓を熱心に見ていると、ふと顔をあげたひなたが目をキラキラさせながらお姉さんにそう確認を取る。

 「あれ? お前普段はこういう系の話には興味なさそうなのに、どういう風の吹き回しだ」

 「真くん達が普段話してた永久機関やタイムマシンのような、ある設定を前提とした妄想と違って、この人なのはちゃんとした根拠に基づいた現実的なものだから試したくなる」

 「おまっ! いいか、あれらは妄想ではなくロマンだ! ロマンがあるからこそ人は常に探求して、新たなテクノロジーを生みだすことが出来る!」

 なんだか酷い誤解と侮辱をされたので、いつになく力を入れて熱く反論したけど、全く相手にされることなくただはいはいと適当に俺をあしらうだけで、再びお姉さんの方に向き直った。

 「ともかくー占ってください! お願いします!」

 その態度は更に俺をイラつかせたけど、こんな所で喧嘩をしてもお姉さんに迷惑だろう。それにー

 確かに今はロマンやプライトよりも、目の前にいるお姉さんの方に興味がある。だから紳士たる俺は、ひとまず大人しく引き下がってやることにした。

 「構いませんよ。ではこちらに名前と出生の日付と時間を記入してください」

 真剣な眼差しで軽く頭を下げるひなたの申し出に微笑みをかけると、お姉さんは俺と同様に紙とペンをひなたに差し出した。

 「分かった! えっと...神崎ひなた」

 めっちゃ嬉しそうにそれを受け取るひなたは意気込んで、最初こそ俺と同じ記憶だけを頼りに記入しようとしたけど、あいつの頭になにか入っているはずもなくすぐスマホで必要なものを調べながら書き進むことにした。

 「出来っーうわ!」

 こうして科学の力によってさくさくと書き終えた紙をお姉さんに渡そうとすると突然、一陣の風が二人の間に吹く抜けて、紙をさらった。

 咄嗟にそれをキャッチしようとしたけど、紙は予測不能な動きをしているためそれはかなわなかった。

 何やってんだかとため息をつきながらも、座ってる二人では紙を追いつくには時間がかかり、その間紙は更に遠くまで飛ばされるかもしれない。だから即行動できる俺は代わりに回収してやることにした。

 「っと」

 紙が飛ばされた方向へ振り返ると、目の前に俺の進む先を立ちふさがる何かがあった。

 衝突を避けるべく咄嗟に足を止めて、身を引くと、そこには巫女服と神父の格好をしている、なんとも奇抜な二人組が居た。

 「ここにいらしたのですね、観測者様」

 どうやらその片方は俺の代わりに紙を拾ってくれるみたい。しかし彼女はそのまま紙をこちらに渡すのではなく、一言断つこともなくまるで俺の存在を無視したように澄ました顔で横を通り過ぎて、俺の後ろに向けて声をかけた。

 そのあまりの態度の悪さに本来なら睨みの一つでも利かせてやるところだけどー

 その立ち振る舞いと体から漂うオーラ。こいつらはただのコスプレイヤーではなくもっとこう、異質だけど神聖な、とにかく気安く触れてはいけない存在だと、本能がそう認識した。

 その証拠に体が固くなって身動きができない。それは日向も同じようで、俺達は一歩引いて二人のことを目で追うしかなかった。

 「あら、神里。それとー」

 ただ一人、簡易机の方に近づく二人にお姉さんは先ほどと同じ、穏やかな口調と大人びた笑みを彼らに向けた。

 「ここに来る途中で出会ったモルペウス教の神父さんです」

 「お初にお目にかかります。オネイロスと申します」

 「どうもはじめまして」

 なんだか色々気になる単語が出てきたようだけど、あまりにも自然に使用しているため、きちんとその違和感を認識することができない。

 戸惑っている俺のことを巫女は言葉を止めて一瞬不思議そうにこちらを見上げて、そして今度はひなたにも視線を送った。

 「それで観測者様、そちらにいる二人は?」

 「関係のない者よ。気にしないで」

 お姉さんの答えに巫女もこれ以上追求することなく、お姉さんの方に向き直る。

 「そうですか。ともかくまもなく会議の時間になりますので、そろそろお戻りになってください」

 「もうそんな時間ですか...」

 空を見上げて、目を細めながら太陽の位置を確認するお姉さん。いや巫女の言葉に納得したようだけど、そんなんで時間が分かるわけないだろうと、内心で軽くツッコミを入れる。

 「分かりました。ただその前にこちらの方に運命を教えると約束したので、先にそれを終わらせてください」

 「え? 観測者様、まさかこの人達を占うんですか!?」

 手を差し出して、先ほど拾った紙を要求するお姉さんに、二人は酷く驚いたように目を見開いた。

 「ええ。次は彼女を占うつもりだけど、何か問題か?」

 「...」

 その言葉に、巫女は衝撃のあまりフリーズした。

 神父の方も一瞬動揺したようけど、それを表に出ないように無理やり息を飲み込んでから、鋭くて真剣な眼差しで真っすぐお姉さんの目を見つめた。

 「お言葉ですか観測者様、今、この世界を干渉しようとしている『なにか』があるということを、ちゃんと理解していますか?」

 「ええ。もちろんよ」

 「なら今、私達のやるべきことはその正体を探り、目的を明らかにすることです。しかしもし、私達自身がこの世界に何かしらの影響を与えるなら、尻尾を見つけた時それはどっちによるものなのかを判断することか難しくなるでしょう」

 「確かにそうですね。けれどこの世の理に縛られない存在を、理の中で見つけ、対処出来ると思いますか」

 「それでも最小限に抑えるべきでしょう」

 「ええ。しかしそこらへんにいる誰かの運命を『観測』する程度のことで捜索に支障が出るのなら、もう見つけ出すのは不可能だと思います」

 「そういう問題ではなく、意識することに意味があると思います。それに一つ一つが微々たる力しか持てなくとも、それらを積み重ねると大きな力を持つことになります」

 「しかし、現実では集結することはない。もちろん多少なりともお互いがお互いに干渉することもあるでしょう。それでも何重も重なることはない。できないようになっている」

 「それでもー」

 相変わらず話の内容について行けないけど、雰囲気から察するに彼らはなにやら言い争っているようだ。

 「あの...」

 元々三人を纏う異質な雰囲気に、嫌悪な空気という最悪な空間が完成させたわけだけど、トラブルの原因がこちらにあると知ったからには傍観者で居られるはずなく、俺は勇気を出して話に割り込んだ。 

 「ごめんなさいね、ご覧の通りちょっとした問題が発生したので少々お待ちください」

 しかしお姉さんはただ大人びた笑顔で軽く俺をあしらうだけ。もちろんそれで引き下がる俺ではない。

 「大丈夫ですよ。それにこいつもどうしても占って貰えたいなにかがあるというわけじゃないと思います。ねぇ?」

 ちょっと大袈裟な仕草でそう問いかけると、それにひなたも我に返って、全く状況を掴めないままただ流されるかままにひとまず頷いた。

 「え、あ、はい」

 「なのでその、もしなにか不都合があれば取りやめにしてもいいですよ」

 「いえ、あなた達が気にするようなことではー」

 それでも全く取り掛かってくれないお姉さんに、意外なところで助け船が出た。

 「本人がそう言ってるんです。それに彼には彼の信念があり、このまま簡単に引き下がるとはとても思いません」

 「それは...」

 「お互いがどのような考えをお持ちしているのかわかりませんが、少なくともこの二人を巻き込むべきではないと思いませんか」

 俺の時と違って、巫女の話にはちゃんと耳に傾ける二人はそのあまりの正論に押し黙り、冷静になって今一度現状を俯瞰することにした。

 「そうですね...」

 「私としたことか、既にしかるべき場が設けられたというのに、こんなところで勝手に『話し合う』のはよくないですね」

 「ご理解して頂きありがとうございます」

 やがて二人が出した結論に、巫女は満足げな顔で頭を下げ、形式だけの礼の言葉をこぼす。

 「お二人も、こちらへの気遣いに感謝します。そしてこちらの都合で貴重な機会を無にして申し訳ありません」

 そして今度はこっちに向けて、まくしたてるように色んなことを述べながら同じようにした。

 まさか面と向かってこちらの思惑を暴露し、おまけに頭まで下げられるとは思わなかったもので、巫女の行動に酷く戸惑った俺達はどうすればいいのか分からず、ひとまず『いえ...』と言葉を返すしかなかった。

 「それでは、話がまとまったことで、これで戻っていただけますね」

 そんな俺達に一つ頷くと、巫女はとびっきりの笑顔を浮かべて再びお姉さんに向き直った。

 「わかったわ。すぐ片付けるのでちょっと待って」

 ここまでされたら流石のお姉さんももう反論する気が起きないだろう。お姉さんはただ諦観のため息をついて言う通りにするしかなかった。

 「お手伝いします」

 こうして机の上にある道具の一つ一つを丁寧に手提げバッグの中に入れる二人の撤去作業をぼーっと眺めると、ふといつの間にか隣りまで来た神父に声をかけられた。

 「ところで二人とも大丈夫ですか?」

 「え? なにかですか?」

 「私の記憶が正しいならもうすぐ学校が始まる時間になりますけど」

 指摘されるままにスマホを立ち上げて、時間を確認する。

 「本当だ。もうすぐ8時だ!」

 まだ余裕はあるけど、のんびりできるほどのものではない。

 それでもスマホ画面を覗くひなたの顔は見る見るうちに青くなり、てんぱり始める。

 「やばいやばい! 早くしないと遅刻しちゃう!」

 そのまま俺の腕を掴んで、急かすように前へと進むけど、まだやり残してることがあると思い出したので慌てて下半身に力を入れる。

 「あ、でもちょっとまっていくらですか?」

 「なにかでしょう?」

 問いかけに対していまいち話の主旨が掴めてないお姉さんに首を傾げられた。

 「金額。占ってもらう料金のことです」

 「あぁ。いいんです、元々取るつもりはなかったし、こちらの不手際で不快な思いをさせたので、そのお詫びに」

 「でもー」

 「観測者様ほどの方に占ってもらうのに必要な見込みは、とてもじゃないが一介の学生さんが負担できる額ではないと思いますよ」

 「そんなに!?」

 でも確かに、他所のようなあやふやの言葉ではなく、お姉さんの言葉の一つ一つにはちゃんとした意味と力がある。一切の小細工のない純粋な実力をもつ『本物』の価値はいかなるものなのか。

 「もちろんどうしてもというのなら受け取りますけど、どうしますか?」

 「...分かりました。ご厚意に甘えさせていただきます」

 巫女の意地悪な笑顔に、なんだか額を聞くのか怖くなって、俺は諦めて素直に引き下がるしかなかった。

 「では、僕たちは先に失礼させてもらいます。興味深い話をありがとうございます。紙に書かれたことを試させてもらいますね」

 代わりに俺は精一杯心を込めて、感謝の言葉を述べることにした。

 「幸運を祈ります」

 軽く手を振って俺達を送り出すお姉さんに、俺もこれ以上彼らを邪魔してまた厄介事にならないようにひなたと一緒にその場から離れた。

ーー


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