男の娘 第二十部 第一章
「このままだと双方から攻撃を受けるんだけど! 」
姉が身体の中にいる俺に当てつけのように叫ぶ。
女神エーオストレイル様の上空からの攻撃にプラスして、今度はギースが追いかけて来ていた。
女神エーオストレイル様をギースににぶつけると言う考え方が間違っていたのか。
女神エーオストレイル様が完全に俺しか見ていない。
「いまや、邪神よりもあんたの方がやばいんでしょ? 」
姉が次々と飛んでくる槍を剣で切り落としながら呻く。
そこまで言われるのは納得いかない……。
こないだまで味方だったのに。
それにしても、騎馬で姉の後ろに乗ったままのグリュンクルドが、見事に姉の剣を使う動きを心で読んでいるのか、姉の邪魔をしないようにしながらも姉に掴まったままでいれるのが凄い。
「あんたは馬車か父の騎馬に乗り移れば良かったのに……」
姉がグリュンクルドに呆れて呟いた。
「僕は戦えないからね。それに、多分、君達から離れたら先に槍で貫かれて死んじゃうよ」
そうグリュンクルドが必死だ。
必死なんで、西園寺翠の真似どころじゃないようだ。
とにかく、必死で邪魔にならないようにしがみ付いている。
「まあ、邪魔にならないように、私の心に合わせて身体を移動したりしているのは大したもんだと思うけどさ」
姉が俺と同じように感心していた。
実際、信じがたい速度で飛んでくる槍だ。
普通に女神エーオストレイル様は自分の飛行速度を槍に乗せてきている。
ぶっちやけ、普通の人間が剣で切り落としたり逸らしたり出来るものではない。
それが出来ると言うのは、とっくに人間を辞めていると言う事だろう。
俺と姉の双子は強化された人間って話も最初に出てたしなぁ。
『そうだよ! 彼女達は間違いなく特別なんだ! だから、ギースは彼女達を殺したら駄目だ! 口は悪いけど、それでもエーオストレイルの背後にいる者は彼女達を恐れているから! 絶対に何かあるんだから! 』
必死になって、グリュンクルドがギースをテレパシーで説得していた。
だが、ギースはふんと言う顔で無視しているようだった。
すでに、父のシェーンブルグ伯爵家の騎士団もシェーンブルグ伯爵領に突っ走っていて、姿は無かった。
まあ、例え修羅だとしても、とても空から攻撃してくる女神エーオストレイル様には何もできないだろうし。
どちらにしてもギースにしろ俺達にしろ、女神エーオストレイル様の抹殺対象である事は間違いない。
たまたま先に俺が狙われているだけで、結局は俺達の始末が終わればギースも殺されるのに。
ちょっといろいろと俺とかが言いすぎちゃったか?
ケルベロスだからと馬鹿にし過ぎたのが悪かったか。
「まあ、私も言っちゃったしねぇ」
などと姉も後悔していた。
だって、ギースって邪神の最強の一角って言われてたのにねぇ。
姿を見てがっかりしたので言い過ぎてしまったのは仕方ないではないか。
『謝ってよ! 許してもらわないと! 僕も死んじゃうよ! 』
もはや、恥も外聞も関係なくグリュンクルドがぐいぐいと俺達に要求する。
「ごめんなさい! 私達が悪いんです! 」
姉が手のひらを返したように大声でギースに謝った。
だが、ギースは無視したままで追ってくる。
「ほら、あんたも! 」
「ごめんなさい! 」
姉が必死に言うので、俺も姉の身体で叫んだ。
何という手のひら返しだろうか。
だが、ギースは無言でもうすぐこちらに追いついてきそうだった。
絶体絶命だ。
「おまけに、ここはガス臭いのよね。何か腐っているのかな? 」
などと姉がいらいらしたように呟いた。
それで慌てて俺が索敵して気が付いた。
「え? ガスか何か埋まっている? 」
俺が姉の身体で思わず呻く。
「ガス? 」
「もしくは原油のような可燃性の何かが……」
「どういう事? 」
姉の身体で俺と姉が交互に話す。
『ギースっ! 謝っているじゃないかっ! 僕達からしたら彼らはまだ子供なんだよ? 』
などと無理矢理な話でグリュンクルドが必死にギースに俺達を許すように話す。
「ああ、これは違う」
そう俺が慌てて姉の身体で言った。
俺達に嚙みつけるくらい追いつきそうになった途端、ギースが翻って女神エーオストレイル様を見て叫んだ。
『エーオストレイルっ! 空から槍を投げるばかりでなく! 俺と一騎打ちだ! 』
「ああ、良かった。聞いてくれたんだ」
などとグリュンクルドが涙を流して喜んでいた。
結構、グリュンクルドは本気で必死だったんだなと分かる。
でも、ギースは怒っていなかった。
多少は怒っていたかもしれないけど、これを狙っていたんだ。
「お前は……後回しだ……」
そう女神エーオストレイル様が冷ややかに呟くと、槍を投げるのを止めて、こちらを狙うように降下してきた。
というか、流石に持っている槍を殆ど投げ切ったようだ。
なるほど、持っている槍を使い果たすのも待っていたんだ。
それで、女神エーオストレイル様に声をかけたと言う事か……降りて戦わせるために……。
そう、俺が感心していた。
「はあ? どういう事? 」
グリュンクルドが読まなくても良い俺の心を読んで聞いてくる。
『ちっ! 』
余計な事を聞くグリュンクルドにギースが舌打ちした。
そして、その瞬間にギースが三つの首から火を吐いた。
それは女神エーオストレイル様が降下してくる場所に合わせて点火したのだ。
地下に膨大な可燃性のガスか原油のような燃える油が堆積していたらしい。
それは降下してきた女神エーオストレイル様を包むように爆発炎上した。
最初からギースはこれを知っていて女神エーオストレイル様を待ち伏せていたのだ。
だから、安易に俺達や女神エーオストレイル様の元に現れなかったのだろう。
最初からこれを狙っていたのだ。
と言う事は、邪神ギースの恐ろしさって、恐らく、その知恵なのだろう。
「そう言えば……」
などとグリュンクルドが昔を思い出したように呟いた。
どうやら、心当たりがあるらしい。
ぶっちゃけ、やはり神話をちゃんと読んでおけば良かったとつくづく後悔した。