男の娘 第十九部 第三章
「撤退だ! 撤退! シェーンブルグ伯爵家領で再起を図る! 」
父のシェーンブルグ伯爵が叫ぶ。
それでシェーンブルグ伯爵家の騎士団と修羅が退却を始めた。
シェーンブルグ伯爵はザンクト皇国を実質的に支配していたツェーリンゲン公爵家から蔑みみられている部分はあったが、何しろ転生者の事業を一括して持っているために裕福である。
だからこそ、現在の皇帝が最側近として使っていた。
そのために、武力もツェーリンゲン公爵家に対抗するために皇帝からの配慮で増強されていた。
その過程で俺が修羅を作り、軍備が増強されているからこそ、ツェーリンゲン公爵家だけでなくグルクルト王国ですら撃退した。
それで、父のシェーンブルグ伯爵ももしもの時を考えて、領土の防御を厚くしていたが、俺もいろいろと修羅を使ってしていた。
ただ、相手が女神エーオストレイル様というのは計算外だなぁ。
「あんたさぁ。まあ撤退するしかないけど、勝てるの? なんだかんだ言っても皇帝陛下の近衛軍は強いと思うよ」
などと姉が馬上で話す。
いつの間にか、しれっとグリュンクルドが姉に掴まって騎馬に乗っているのが図々しいけど。
「それは俺も聞きたい」
父のシェーンブルグ伯爵がそう心配そうに聞いてきた。
姉が返事を催促するように待っている。
その横で異様な殺気だったような顔で女官なのに騎馬で移動しているアメリアも俺の言葉を待っていた。
特に、アメリアは第一皇妃のあたりから初代皇帝の動きを怪訝に思い出して、女神エーオストレイル様の神殿の神殿長の娘ではあるが、この現実を見てシェーンブルグ伯爵家の武装メイドをそのまま続けたままでついて来ていた。
ただ、俺以上に当然女神エーオストレイル様への気持ちはあるから、余計に複雑なんだと思う。
「いや、正直、女神エーオストレイル様が関わってこないのなら、勝てるよ」
俺が姉の身体で話す。
「いや、近衛軍だぞ? なんだかんだ言っても一番強い騎士はあそこが集めているし。忠誠心も士気も高い」
「今回は国で崇めいてる女神エーオストレイル様を連れてになると聖戦になるよね。そうなると愛国心も手伝って近衛騎士なんて強くなると思うけど……」
父のシェーンブルグ伯爵だけでなく、グリュンクルドまで心配そうに話す。
うちのシェーンブルグ伯爵領は転生者の事業に関わっているため、ザンクト皇国自体でも、ある意味蔑みみられているから、差別されている側として伯爵家としての団結はあるが、あまりその手の愛国心は無いけど、ザンクト皇国の国民は違うからなぁ。
「そうなんだよね。女神エーオストレイル様が参戦してきたら、近衛軍抜きにしても勝つのは難しいよね。それなんだけど、グリュンクルドは初代皇帝か誰かの洗脳を溶ける? 」
「いや、エーオストレイル自体が初代皇帝に愛を持っているから、それがある間は無理だと思うよ。純粋に好きなんだろうし、何よりも夫婦でいた時代もあるし」
「そうか。じゃあ、皇帝陛下は? 」
「ああ、皇帝陛下はできるかもしれないけど。ただ、初代皇帝は直接介入してきたから、そうなると分かんないけど」
「やっぱり、すでに降臨しているの? 初代皇帝は? 」
「わからない。でも、この世界からの介入に見えたけどね」
「やっぱりか……じゃあ、皇太子殿下はどうなの? 初代皇帝がコントロールできてないみたいだけどすでに初代皇帝が降りているのでは? 」
そう俺が姉の身体で聞くと、今は皇太子妃として俺がいた馬車の中に寝かされている皇太子殿下の名前を出した。
さっき気絶させてしまったので、そのまま姉が運んでいるのも変だから、俺……皇太子妃の馬車に寝かせたのだ。
それで皇太子妃の馬車を守りながら騎馬で移動している皇太子殿下の近衛のクラウスさんがびくっとした顔をした。
あまりの展開で動揺はしまくってたから、余計にびくっとするみたいだ。
「いや、皇太子には降りてないよ。皇太子は皇帝……というかザンクト皇国に対して抱いている感情が複雑だから、入りにくいんじゃないの? 」
「じゃあ、どこから女神エーオストレイル様に話しかけたんだろう」
「エーオストレイルにいる時に向こうの世界から話しかけてきたという感じでは無いんだよね」
グリュンクルドが首を傾げながら聞いた。
「向こうの世界から見ているなら、あり得るけど、そこまで介入できるなら、ザンクト皇国がグルクルト王国に負けたりしないような気がするけど」
「それは言えているかもしれない」
女神エーオストレイル様がいるから気にしないのかもしれないのだけど、少なくとも属国であったグルクルト王国の離反とそこにアルメシアが参加するという事態は避けていたと思う。
邪神達を女神エーオストレイル様は各個撃破しただけで、アルメシアがいると邪神が連携して敵に回る恐れもあったわけだから。
「誰に? 降りているって言うの? 」
「いや、それをグリュンクルドに調べてもらおうかと思っていたんだけど」
姉が喋った後に俺が喋るのでいろいろと傍から見たら変な姿だろうなとは思う。
「いや、僕は正直全然強くないからね。心を覗いたり触ったりいじったりは出来るけど、それだけだし。この状況でそんなの調べたら皇帝の近衛の騎士達に殺されてしまう」
「えええ? 地下神殿で死にかけたりとか平気でするのに、そういうのは怖がるの? 」
「君さぁ。邪神だって生きているんだよ? そりゃあ、そのくらいは気を遣うよ。あの時は興味より目的があったからね。初代皇帝が何かしていて、それが何なのかよくわからなかったからさ。それで命がけで探りに行って大怪我したわけだ。第一皇妃が助けてくれたんだけどね」
などとグリュンクルドが第一皇妃を思い出したのか悲しい顔をした。
見た感じは西園寺翠だから、こういうのが可愛く見えたんだろうな、あの女優は……などと思ってしまう。
「いや、それよりもだ。どういう考えで皇帝陛下の近衛軍に勝つの? 女神エーオストレイル様がいなくても難しいだろ? 火薬を密かに作っているのは知っているけど、それでも勝てるのか? 」
「いや、修羅にいろいろと、もしもの時を考えて対策を練習させているから」
「……なんか嫌な予感」
「ええと、この世界では初めてでしょうけど、皇太子妃の前の世界であったゲリラ戦とかいうのの訓練はしてますよ」
などとヨハンがつぶやいた。
「この世界だと身分がきっちりしていて、戦うのは騎士だけとか言う世界だから、便衣兵とかのゲリラの攻撃には対応できないと思いまして……」
「ああ、やっぱりかぁぁぁ」
まあ、ぶっちゃけ、ベトナムとかでやってた戦術を練習させていたという事である。
「それは、どうなの? 花束を持った少女が騎士に花束を捧げながら自爆するの? 」
父のシェーンブルグ伯爵をじっと見てから、その心を読んでグリュンクルドが呆れたようにこちらを見た。
どうやら、父のゲリラ戦のイメージはそれらしい。
「最低」
姉が冷ややかに呟いた。
「いや、そこまではしないけど」
それで、俺が必死になって否定した。
とはいえ、弱者として戦うには、この世界で異端の方法しかないし。