男の娘 第十六部 第十章
激しい地割れと石造りの道路を破壊しながら植物の根か蔓のようなものが追いすがるようにゲオルクの隠れる石造りの建物に向かう。
「おいおい、割れ始めたぞ。バーキラカ」
そうアルメシアが憮然と話す。
見るとバーキラカは胴体が花が咲くように拡がりだした。
だが、血はあまり出ていない。
どうやら、その血肉自体を利用して肉体を変化させているようだ。
バーキラカはヤマタノオロチみたいな姿をしている。
8つの頭を持つ巨大な蛇の怪物だ。
その肉体を割いて現れたものは、そのバーキラカと同じようにいくつもの蛇の頭が伸びていく。
そして、巨大な禍々しい羽根が拡がる。
「こいつ、飛べるのか」
などとアルメシアが驚嘆している。
と言うか、邪神はあまり情が無いと聞くが、仲間の身体を利用して怪物化しているのに、全くアルメシアもグリュンクルドもそれに対して悲鳴を上げるわけではなく、どちらかと言うと興味深く見ていた。
全く仲間に対する情は殆ど無いと聞いた通りだった。
だから、アルメシアがエーオストレイルに固執したりしたのは特殊な例だと。
神話を殆ど知らなかったのでアメリアに怒られながら聞いた通りだった。
初めて仲間に対する情や初代皇帝に対する愛を邪神の中で獲得したのは女神エーオストレイル様だけだと言う話だったが、それは間違いないらしい。
邪神は互いを仲間と思わず、食い合うものや競い合うものとしてとしか感じていない。
そして、愛を知り仲間に対する情を持ったエーオストレイルはだからこそ特別な善神なのだと。
バーキラカを殺さず封印したのはその為だと話していたが、それは女神エーオストレイル様と俺が過去を共有した映像だと間違いないのだが、それすら初代皇帝は利用していたという事か。
蛇の頭をいくつか持っている羽根を拡げた怪物が、バーキラカの身体から出来た花のような構造物の中に現れる。
それは……それは……えええーと。
「キングギ〇ラじゃね? 首の数が8つあるけど」
などと呑気な声で横で父のシェーンブルグ伯爵が呟いてしまう。
「いや、言わないようにしてたのに! 」
別に金色でも無いんだけど、ぱっと見がよく似ているから言わないようにしてたのに。
「首は多いけど、似ているよな」
「同じ世界にいないと分かんないと思うけど? 」
「へぇぇぇ、そんな面白い劇があるんだね」
などとグリュンクルドが父のシェーンブルグ伯爵を見て、多分、父のシェーンブルグ伯爵の心を読んでいるのか感心していた。
「これは、劇なのか? 」
などとアルメシアも呑気な話をしている。
こちらは人の心はやはり読めないようだ。
「あっ、駄目かっ! 」
突然に空気が変わったのは、その後だ。
どうやら、植物の蔓のようなものが、石造りの建物の二階から姉の黒騎士を空中に引きずり上げた。
ゲオルクは分離させられたようだ。
「姉さん! 」
俺が叫ぶ。
「エーオストレイルっ! アルメシア! あの黒騎士を取り戻してっ! 」
さっきまでの呑気な声と違い金切声のようにグリュンクルドが叫ぶ。
だが、アルメシアは動かなかった。
「人間なぞ、どうでも良いわ」
「いや、あのバーキラカの中の怪物が動くのに、あの姉の中のダミーの魂がいるんだ」
「別に……ならば、怪物が動き出せば倒せばいい」
アルメシアはそっけなかった。
「あーあー、ちくしょー! 本当にやばいんだけど! 怪物が動き出してしまうっ! 」
グリュンクルドがちらちらと俺を見る。
俺と言うよりは俺の中のエーオストレイルを見ているようだが、沈黙したままだ。
グリュンクルドの今後は女神エーオストレイルは味方になるか分からないと言う深刻な指摘が本当に事実であることを思い知った。
どうやって、これでこれから戦うんだか。
それでもヨハン達が突撃を開始した。
邪魔する蔓を剣で斬りながら、姉の黒騎士の所へ突撃して向かう。
勇猛と言えば、これほど勇猛な兵士もいない。
石造りの建物の隙間から修羅の援軍も来た。
命の危険も恐怖も顧みず修羅が全員で突撃する。
それをアレクシス派の皇太子殿下の近衛騎士団が止めようと動こうとした時にアレクシスが止めた。
「もう、儀式はなった。すでに、ダミーの魂は皇太子妃の姉の上に出ている。もう、我々の勝ちだ。復活する彼女は我らの主である初代皇帝を……いや皇太子殿下を守り通すだろう」
アレクシスの顔には勝ったと言うのが表情に浮かんで見えた。
「彼女? 」
女神エーオストレイル様も女性だが、神話で初代皇帝に他に妃とかいたっけ?
とふと考えてしまう。
そのダミーの魂はキングギ〇ラのように見えたバーキラカの小型版のような怪物の上に降臨するかのように輝いている。
「くっ! エーオストレイルは動かないのかい? 僕じゃあ斬りこめないんだけど」
非力な自分を良く承知しているらしくグリュンクルドが叫ぶが俺の中の女神エーオストレイルはびくりとしたものの黙ったままだった。
本気で女神エーオストレイルは味方になるかどうかわからないのか。
俺がぞっとした。
「彼女だと? ……誰だ? 一体、誰の事だ? 」
今までショックで黙っていた皇太子殿下が叫んだ。
「貴方の事を命がけで守ってくださる御方です」
などとアレクシスが微笑んだ。
だが、それに何か得体のしれぬ恐怖を感じた。
光り輝く魂のダミーの上に何か靄のようなものが現れた。
それは人の形をしていて、それが魂のダミーに入っていく。
その姿の人物は俺も知っていた。
まさか……まさか……そんな……。
「か、母様……」
恐怖を振り絞るように皇太子殿下が呆然と呟いた。
それは紛れもない皇太子殿下を命がけで守ろうとして命を亡くされた皇太子殿下の母の第一皇妃の姿だった。
魂のダミーは合体して怪物の中に吸い込まれた。
「彼女を騙した挙句にここまでするとは……」
グリュンクルドが横で歯ぎしりをしていた。
邪神なのにグリュンクルドはなぜか第一皇妃に同情していたのを思い出した。
そして、それに対してアレクシスもアレクシス派の皇太子殿下の近衛もぞっとするような顔でほほ笑んでいた。
「あ……あああ……ああああああああああああ! 」
そして、皇太子殿下はその場に崩れ落ちた。




