崩壊前7
夕日に黄昏ていたらバスはいつのまにか国道一二八号線に差し掛かっていた。
一二八号線は片側三車線の田露市最大の幹線だが、このときはバスや乗用車などでひどい渋滞が発生していた。
これだけ普通の乗用車の数が多いということは、ぼくたちのように家に待機していた人間ばかりではないということだろうか。
交通規制で市外との行き来ができないと言っていたが、こういう普通の乗用車は検問を通して貰えるのだろうかと疑問に思った。
中央分離帯を隔てた反対車線にはまだ少し流れがあった。
反対方向にあるのは保田部という小さな港町だから、向かう車両も少ないのだろう。
交通の流れがあるということは、検問は絶対ではないのかもしれない。
たしか日本の法律では完全な都市封鎖はできないと聞いたことがある。
世界の終末に備えて準備をする人のことをプレッパーと呼ぶらしいが、父の影響もあってぼくはこういう状況について勉強するのが好きだった。
もっとも本物のプレッパーは知識のほかにも物資や住居、それに武器や自給自足の方法など様々な備えをしているそうなので、
ぼくなんかその末席にも置いては貰えないだろうけれども。
合流してくる車両は陸続とやってきて、いつまで経っても先に行けそうにはなかったが、それでも着実にバスは少しずつ少しずつ進んで行った。
田露市で一番の繁華街を通りかかったとき、遠くの歩行者道路を歩いている人影が三つ見えた。
こんな時分に歩行者がいるのかと目で追っていたが、なんだか様子がおかしい。
三人ともまっすぐ歩けていなかったのだ。
一人はツーブロックヘアの、よく日に焼けた、ニッカポッカを履いた若い男。なにか現場仕事をしているのだろう。背も高くとても体格がよかった。
もう一人も似た格好をした男。少しずんぐりしているが筋肉質で、不健康な太り方ではない。頭には黄色いヘルメットを被っていて、ツーブロックの方よりも少し年齢は上に見えた。
最後の一人は子どもで、まだ小学生くらいだろうか。半袖半ズボンという活動的な服装だ。
だが彼ら三人ともあまり元気そうには見えなかった。
歩行のリズムに合わせて緩慢に頭を振りながら揺れる彼らの視線は、やはりあっちを向いたりこっちを向いたり忙しそうだった。
おまけに子どもの方は口元から胸元にかけて血のりがベッタリついていた。
「あそこ見て。様子がおかしいぞ」
ぼく以外にも気づいた人がいたようで、やにわにバスの中でざわめきが起こった。
よろめきながら歩く三人が目指す先は車道。渋滞で立ち往生している車の列だった。
足取りは重く進みは遅い。だが一歩一歩確実にそこへ近づいていく。
三人の進行方向へいる車が「早く進め!」とクラクションを何度も鳴らす。
だが車列はピクリとも動かない。距離はどんどん詰まっていく。
早く車を降りて逃げろ!
心の中でそう叫んでいたが、伝わるわけもない。
きっとほかの人そうだったのだろう。だれもが固唾をのんでその様子を眺めていた。
そして両者の距離があと数メートルまで詰まったときだった。
車の隙間を縫ってバイクが歩道へ飛び出した。バイクに乗っていたのは警察官で、三人組は両腕を前に突き出して警察官たちに向かって行ったが、その動きは緩慢で簡単に組み伏せられてしまった。
腕を後ろに捻られても構わずに激しく抵抗をしていたが、すぐに手錠を取りつけられ、口には布を巻かれて彼らは近くの警察署へと連れ去られた。
その手際をみる限り、海外の事案からすでにマニュアルが出来上がっていたのかもしれない。
あっという間の出来事にポカンとしていると、米田のおじさんが言った。
「あれが感染者か……?」
その声は震えていた。
ぼくに至っては、震えを通り越して縮み上がっていた。
この期に及んで、この感染症は自分とは遠く離れた世界の出来事だと思っていたからだ。
バスの中は不安で息苦しかったが、バスの外では少しずつ車列は動き、やがてぼくたちは田露市の境を通り過ぎた。




